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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
新生活編

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230/232

 眠らずにバルガス様の容態を見守っていたが、特に何事も無く夜が明けた。術式は維持されており、呼吸も一定の間隔で規則的に続いている。

 この調子なら大丈夫だろう。

 俺はバルガス様を起こさないよう席を立ち、そっと病室を出る。

 ……遠くから、誰かが家の玄関を開ける音が聞こえる。ご近所さんはもう動き始めているようだ。

 多分、穏やかで当たり前の朝。

 治療院には俺と伯爵以外に誰もいない。恐らく、シャロット先生は伯爵家で全体の指揮を執っているのだろう。母さんは……患者より先生の補佐を選ばざるを得なかったようだ。事前にバルガス様の指示があったとしても、素人に当主の仕事をいきなり任せられる訳もないのだから、流れとしては当然だ。

 いやそれでも、ある程度こちらに配慮してくれていたのかな?

 俺は外に出て、知った気配を迎え入れる。そこには、額にうっすらと汗をかいたジィト兄が立っていた。

「よう、来てやったぞ。俺は何をすりゃ良いんだ?」

「は? 母さんから何も指示を受けてないのか? なら先にこっちじゃなくて、伯爵邸の方に行きなよ」

「いや、行ったんだよ。そしたら警備の兵から、治療院に向かうよう言われてな」

 ジィト兄は眉根を寄せ、肩を竦めて見せる。顔には率直な困惑があった。

 おお、もう……。

 この投げっぷりからして母さんの采配だろうが、状況は想像以上に悪いらしい。事態が急を要するだけに、普通ならジィト兄にも説明があって然るべきところ――しかも本業である筈の治療院すら放置されているとなると、あの二人にはもう細かい指示を出すだけの余裕が無い。

 これは困った。嫌な予感がする。

 さて、どうしたものか……俺はバルガス様がどういう指示を出したのか教えてもらっていない。その俺に訊けと言ったんだから、指示は任せるということなんだよな?

 俺は顔を覆って嘆息し、ひとまず独断でジィト兄の行動を決めてしまうこととする。

「ジィト兄ってレイドルク領に行ったことあったっけ?」

「通ったことなら何回かあるな」

「そうか。じゃあレイドルク領に行って、ビックス様を担いで帰って来てくれ。バルガス様は危篤状態にあって、後何日保つか解らない。継承を円滑に済ませるためにも、とにかく最速で頼むよ。現地には侯爵家も集まっているようだから、本人は護衛が多い場所にいるんじゃないかと思う」

「おいおい、そりゃ本気で大事だな。……業務に当たって、何か注意すべき点は?」

 話を聞くや否や、ジィト兄は屈伸を繰り返し膝に力を溜める。制御の甘い魔力が、体表を駆け巡っている――放たれる直前の矢のような緊張感が場に漲った。

 こういう時、飲み込みの早い相手は助かるな。

「恐らく現地ではウェイン・レイドルクの暗殺騒ぎが起きていて、警備が厳しくなっている。門が閉鎖されていることも考えられるんで、その場合は見つからないよう侵入してくれ。ジィト兄なら往復でも今日中に戻って来れるだろ?」

「簡単に言うなあ……まあやるけどよ。おっとそうだ、行く前にこっちからも連絡事項を一つ。もう少しでグラガスが到着するんで、巧く使ってやってくれ。アイツには到着次第、お前の指揮下に入るよう命じてある。俺からは以上だ」

 そう告げると、ジィト兄は一瞬の躊躇いも見せず全力で走り出した。不意の突風に目を細め、顔を横に向けた時には、もう気配は遥か彼方へと遠ざかっている。

 ……今日中どころか、昼までかからんかもしれんな。

 まるで意味の解らない速さだ。獣車なんて比較対象にもならない。

 俺は乱れた髪を整え、軒先でぼんやりとグラガス隊長を待つ。数分後、通りの向こうからようやく姿を現した待ち人へ向かって手を振り、まずは再会の挨拶を交わした。

「お疲れ様」

「お疲れ様です。遅れまして、申し訳ございません」

「遅れたんじゃなくて、置いて行かれたの間違いだろう? 大変だったな」

「いえ、緊急とのことでしたので、ジィト様には先行してほしいとこちらからお願いしました。それで……私はまず何をすれば?」

 ふむ、グラガス隊長は話し相手としてはありがたいが……医術に詳しい訳でもないし、陰術も使えないので交代要員になり得ない。だったらいっそ、母さんのところに行ってもらうか。

 最悪の場合に備えて、あちらには一定以上の戦力が必要だ。

「じゃあグラガス隊長には、一番大事な仕事を任せよう。母さんとシャロット先生は今、倒れたバルガス様の代理として指揮を執っている。なので、今すぐ二人のところへ向かってほしい」

「伯爵が? となると、人手が足りないということですかな」

「いや、二人の仕事を手伝うのも大事だが、そうじゃなくてな。母さんの護衛がいないんで、側に控えてほしいんだよ」

 訝しげにグラガス隊長は眉を跳ね上げ、少しの間考え込む。待っている時間が惜しいため、俺は結論をぶつけてやる。

「多分だけど、伯爵邸では誰が何をするかで色々と揉めている気がするんだ。シャロット先生は医者だし、母さんは貴族とはいえあくまで他家の人間だから、執務においては二人とも部外者だろう? 余所者が自分達の仕事に口出ししてきたら、まあ普通は嫌に思うからな。指示に従わないくらいならまだしも、武力に訴えられた場合、あの二人では身を守れない可能性がある」

「それで護衛ですか。しかし……絶対とは言い切れませんが、当主不在のこの非常時に、わざわざそんな暴挙に及ぶでしょうか? こちらが貴族としての対応を示してやらなければ、困るのは自分達でしょう?」

「貴族として必要な業務を、平民の彼等がどれほど理解出来ているかな。それに、母さん達は伯爵の発言を代理で伝えているだけだとしても、家臣達にはその真偽が解らん。状況が逼迫している時ほど、何かってのは起きるもんじゃないか?」

 ミズガル領は土地柄も平和だし、住民も穏やかな者が大多数ではあるが、全員が一律で同じだと思えるほど俺は楽観的ではない。単に浅慮な者もいるだろうし、腹に一物を抱えている者だっているかもしれない。

 杞憂で済むならそれで良い。ただ、備えておいて損は無い。何も無かったとしても、グラガス隊長は事務能力が高いため、母さんはきっと楽になる。

 一通り説明を受けて納得したのか、グラガス隊長は気を引き締めるように呼吸を整えた。

「解りました、今から向かいます。……こちらは一人でも大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないから、母さんかシャロット先生を連れて来てくれ、というのが本音だなあ。伯爵の処置はどうにでもなるとして、一般の患者は俺に任されても無理だ」

「……確かにそれは不安ですな」

 怪我の応急処置くらいしか出来ないので、病人が来たらもうお手上げだ。いざとなったら、病状など無視して御大に出張ってもらい、二人を回収するしかないとは思っている。

 ただそれをやったら、今度こそ伯爵の寿命は尽きてしまうのではないだろうか。なるべく人死にの理由にされたくはないので、このままビックス様が間に合ってくれれば、と心から願っている。

 そんな話をしていると、不意に後ろの方で扉の開く音がした。

「ん、伯爵が起きたかな」

「ご挨拶をした方がよろしいでしょうか?」

「別にしなくても……いや、待て。屋敷に対して何か指示があるか聞いておこう」

 俺達は二人で急ぎ病室へと駆ける。部屋の前に着くと、伯爵は壁を伝いながら、どうにか足を引き摺って歩いていた。

 ……全体的に生気が感じられない。半日前までは俺を掴めるくらいの力が残っていたのに、今は色々なものが体から抜けて落ちている感がある。

 想定よりも早い。遺言状を書き終えて、気が緩んだか?

「どうしました? お手洗いですか?」

「いや……時間切れが近いようなのでな。最期に一つ頑張ろうかなと」

「屋敷に行くつもりですか? 兄がレイドルク領へ走りましたので、ビックス様は本日中にこちらへ戻りますよ。待たなくてもよろしいので?」

「配下に現状を説明する責任があるだろう? ……私はビックス以外の継承者を作れなんだ。その当人がいない以上、私が役目を全うせねばならん」

 まあ確かにビックス様が不在なのは、自身の指示の所為ではあるからな。領地のために死ぬのも惜しくないと言うのなら、その意思に任せたって良い。俺は医者として従事している訳ではないし、人には命を燃やすべき場所がある。

 うん……已むを得ない、よなあ。

 俺は少し考えてから、前に一歩を踏み出す。そうして伯爵に肩を貸してやると、グラガス隊長は目を見開いてこちらの正気を疑った。

「よ、よろしいのですか?」

「良いも悪いも無いだろう。本人が行きたいと言っているんだから。俺達は余所様の領地運営に口を挟む立場じゃない」

「しかし……」

「構わん。フェリス殿や君に責を負わせることはないと断言しよう」

 本人はもうすっかりその気で、心做しか声にも威厳が戻っている。膝の震えも何故か止まっており、今やしっかり地を踏みしめるようになっていた。

 この人、働く場所さえあればそれなりに長生きするのではないだろうか?

 俺は人体の不思議に首を傾げながら、慎重に歩みを進める。

「急ぐようなら、いっそ抱えましょうか?」

「そうか、そちらの方が早いな。頼もう」

「それでは失礼して。グラガス隊長……気は進まんだろうが、屋敷に先触れを頼む」

「……畏まりました。ではあちらでお待ちしております」

 慌てて駆け出したグラガス隊長を見送り、俺は伯爵の背中に腕を回す。抱えて持ち上げると、やはり体重が落ちているのか、あまりの軽さに驚かされた。

 努めて表情を消し、何てことのないように態度を取り繕う。

「さて、行きましょう。私は後ろでゆっくりと、晴れ舞台を見物させてもらいますよ」

「執務には派手な演出など無いがね。……ご協力感謝する」

「いえいえ。以前に独断で犯罪者を処分したことを、不問にしていただきましたからね」

 今となっては懐かしい話だ。それでも、恩返しとしては帳尻が合うだろう。

 俺が悪戯に笑いかけると、伯爵は応じようとして盛大に咽た。

 今回はここまで。

 年末年始は28日を更新して4日はお休みになるか、或いは逆になるかと思います。どちらかは更新する予定です。

 ご覧いただきありがとうございました。

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