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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
ミズガル領滞在編
23/222

食事処にて


 大物を仕留め、問題が一つ片付いたと胸を撫で下ろした矢先に、領内でも名工と名高いアキム殿が襲撃されたという報せが入った。犯人はつい先日、あまりの無礼な態度にフェリス殿が拳で諫めたアキム殿の弟子らしい。

 ビックスの話を聞く限り、フェリス殿の対応は誤っていない。むしろ、温情に溢れていると言っていいだろう。残念ながら、当人はそれを活かせるだけの人間ではなかったということだ。

 私はビックスに警邏の手を増やすよう指示し、治療院へと足を向けた。一応の護衛として、グラガス殿が付き従ってくれている。

「ミルカ殿とフェリス殿はどうしている?」

「ミルカ様は治療院へ先行しております。陽術が使えますので、補佐くらいは出来るだろうと」

 魔獣のことだけではなく、そちらにも手を貸してくれたか。アキム殿は長らく伯爵領へ貢献してくれた、稀有な人材だ。彼に尽力してくれることはありがたい。

「後で礼をせねばならんな。では、フェリス殿も一緒かね?」

「いえ、フェリス様は……犯人を捜しに出ました。自分とのやり取りが原因だろうから、と」

 思わず足を止める。

 今回の件に関して言えば、彼が責任を感じる必要は無い。むしろ我が領内において、他家の子息が素行の悪い人間に絡まれてしまった、という方が正しい。ああいった手合いは徒党を組んでいることも多く、捜索には危険が伴うだろう。

「配下の誰がついておられるのかな」

「いいえ。単独で動いておられます」

「……馬鹿な。グラガス殿、今からでも遅くはない。私よりフェリス殿の身を守るべきだ」

 多少老いているとは言え、私もこの領を守ってきた人間だ。そこらの領民を相手に不覚を取ったりはしない。だが、武門の家柄で全く名を売れなかった少年が、多数に囲まれればどうなることか。

 私の危惧に対し、グラガス殿は苦笑いを浮かべる。

「いいえ、ミルカ様の指示はバルガス様の護衛でしたので、それを破る訳にはいきません。そして、フェリス様のことであれば心配はご無用です。確かにフェリス様は無才や凡夫と言われてはおりますが、それは姉兄と比較をされているためです。あの方はその気になれば、クロゥレン家のどちらの守備隊にも入れる強度は持っております」

 クロゥレン家の守備隊へ入るには、単独強度が4000以上というのが条件だったはずだ。武術・魔術のどちらにも入れるというのであれば、総合強度で8000以上。それだけの強度があれば、王国で随一と言われる近衛兵団にだって入ることが可能だ。

「あの若さでその強度であれば、立派な猛者ではないか」

「そうです。あの方は評価されていないだけで、充分に強い」

 ならば、確かに護衛は不要だろう。喧嘩自慢の素人など、多く見積もっても総合強度で1500程度。むしろ相手が気の毒だ。

「そうか……では余計な手出しはするまい。我が領のことで、フェリス殿に手を煩わせてしまうのは申し訳無いな」

「罪人の処罰は貴族の義務でありましょう。あの方もそれは承知しておられます」

「家を離れたというのに、彼も縛られることが多いものだな」

 継承権を放棄したということと、貴族籍を捨てたということは同義ではない。貴族籍を捨てていないのであれば、貴族としての義務と権利はまだ彼の手の中だ。本来であれば罪人の処罰は領主及びその縁者のなすべき業務に当たるものの、相手が罪を犯したことが明確である時は、貴族は対象の命を奪う権利を有する。

 今回の例はたった一人の証言が挙がっているだけであるため、犯罪行為が明確であるとは言いかねる。ただそれでも、前後の状況やその弟子の客観評価から考えて、違う人間が犯人である可能性は極めて低い。

「出来れば相応の段取りを踏んだ上で相手を処刑したいところではあるが……まあ、フェリス殿が対象を殺したとしても責めまい」

 そもそも、命を取らなかった気紛れを撤回したと言われればそれまでだ。

「ご配慮いただきありがとうございます」

 グラガス殿は跪いて謝意を述べた。私は手を振って立ち上がるよう促す。

「礼を言うのはこちらの方だ。フェリス殿には損な役回りをさせている」

 本来は工房で無礼を働かれた時点で、ビックスが処理すべき案件だった。今はそれの尻拭いをしてもらっているようなものだ。

 返礼として何を与えるべきか思いつかないまま、治療院へと辿り着いた。


 /


 あの男と相対してから、そう時間が経っていないことが幸いした。直接体に触れたことも相俟って、俺の体は相手の魔力や気配をまだある程度覚えていた。

 それさえ掴めているのであれば、相手の足跡を探ることなど容易い。自重を捨て、『集中』と『観察』を全開にする。それと同時、大角の時にも使った術式で街中に魔力を広げていく。

 消耗などは気にしない。立って武器を振るう力さえ残っていれば良い。

 領内の人間が何処をどう動いているか、また、立ち止まっているか。一つ一つを精査していく。数が多すぎてこめかみが軋みを上げるが、歯を食い縛って堪える。

 違う、違う、これもこれもこれも。

 違う人間を思考から外して、もう一度魔力を放つ。何度も繰り返しているうちに、対象が三方向に絞られる。

 体格や魔力の傾向が俺の記憶と大体合致するものが、北に一つ、北西に一つ。そして一番遠いものが南。逆方向の一か所をどうにかしたいが、ひとまず最寄りの北西から潰していこう。

 移動する時間が惜しい。石柱を利用して己を射出し、空を駆ける。飛翔というよりは長い跳躍でもって、道中の距離を稼いだ。冷たい風が汗を引かせていく。

 何度目かの跳躍で、ようやく一つ目の気配を視認する。……別人だ。しかし、同世代ではあるようなので、何か知っているかもしれない。

 水汲みをしている彼の真後ろに着地し、声をかける。

「作業中に失礼」

「うわ吃驚したぁ! なんだよ急に!」

「驚かせてすまんね。ちょっと訊きたいんだけど、君と同じくらいの年で、研ぎ師をやってる奴のことを知らないかな? それこそ背格好も君と似た感じの奴なんだけど」

 彼は若干訝しげな表情を見せたものの、こちらを拒絶することもなく、会話を続けてくれた。

「俺と同じくらい……ああ、バチェルのこと? 知り合いっちゃ知り合いだけど、あんまり親しくはないよ?」

「ありゃ、そうかあ。会って話がしたいんだけど、工房を飛び出しちゃったそうでね」

 思い付きとはいえ、流石にそう巧く手がかりに繋がらないか。

 彼は俺の問いかけに暫く腕を組んで考え込み、少し首を捻った。

「参考になるかは解んねえけど……俺らくらいの世代で、割と真面目な奴は街の南にある木霊亭(こだまてい)って食堂に行くんだ。反対に、悪ぶってる奴らは北にある辛山(しんざん)って店に行く。辛山の店主はこう言っちゃなんだけど、悪たれの元締めみたいな奴だから、あの人なら何か知ってるんじゃないかな?」

 おお、これは良い情報だ。丁度北に向かうところだったし、気配がその店にあるか確かめてみよう。

「ありがとう、ちょっと行ってみるよ。因みに、君はその辛山って店は利用しないの?」

「ああ……正直、味が好みじゃないんだよね。それに金も無いし、あんまり外食出来ないんだ」

 なるほど。俺みたいなのに真面目に対応してくれたことだし、お礼は金で良さそうだな。

「参考になったよ。少ないけど、これでたまには贅沢してくれ」

 彼の手を無理やり取って、二万ベルを握らせる。一人で行くならそれなりに良い店で、腹いっぱい食えるだろう。

「え、ちょっ、何!?」

「情報料だよ。機会があったらまた会おう。じゃあね」

 目を白黒させている彼に手を振って、その場を去る。相手が見えなくなったところで、再び宙に舞い戻った。北の気配が辛山とやらにいることを期待しつつ、道中を急ぐ。

 汗が吹き飛んでいくほどの速さで只管跳ね続け、ようやく目標地点に辿り着いた。気配は眼下の建物の中から動いていない。着地して入り口に回り込んだものの、看板等は出ていない。ただ、中は騒がしく、食べ物の匂いはしている。

 取り敢えず入ってみるか。

「ごめんください」

 中に滑り込むと、幾つかの席の男たちがこちらにちらりと視線を向けた。しかしすぐに興味を失ったらしく、目の前の食事に顔を戻す。取り敢えず、食堂ではあるようだ。手近なところにいた中年男性に声をかけてみる。

「食事中に失礼。ここは辛山で合ってますか?」

「ん……何だ坊主、知らないで来たのか? ここは辛山で合ってるぞ。注文なら奥に店主がいるから、声をかけるといい」

「ありがとうございます」

 礼を述べ、指された方向へ足を向ける。奥は調理場か? 確認のためとはいえ、許可も取らずに勝手に入る訳にはいくまい。

 洗い物をしている店主らしき人物に、そっと近づいた。

「すみません」

「ん、ああ、何だ注文か?」

 注文……まあある意味で注文になるのか。

「ええ。バチェル君の身柄を一つ、いただきたいんですよ。ご存じありませんか?」

 まだ確証は無く、ただ勘で動いている。それでも手応えらしきものを感じている。

 店主の眉が跳ね上がり、空気が明らかに固まった。手に持っていた皿を置いて、彼は俺を不審げに睨め付ける。

「何の用だか知らんが、バチェルはここにはいないぞ」

「そうですか? じゃあそれはいいので、奥の方にいる人に会わせてください。ほら、あそこの扉の奥ですよ」

 誤解のないように、真っ直ぐに指し示す。彼のこめかみが脈打つのが解った。

 これは当たりかな? 期待に胸が躍る。

 店主のひくついた唇が、苛立ちを表している。バチェル君とどういう関係なのか知らないが、何であれ俺が斟酌する理由にはならない。手の中で魔核を転がし、いつでも発動出来るように備える。

「何を言ってるんだか知らんが、あそこには誰もいねえよ」

「いますよ。いないと思ってるんなら、不審者が忍び込んでますね。これは大変だ、調べなくちゃいけない」

「何を根拠にそう言ってるんだ?」

「こう見えて、魔術には自信があるんです。探知すればすぐに解りますよ」

 敢えて制御せずに魔力を放つ。後ろの方で椅子ががたつく音が聞こえた。俺は見せつけるように水の帯を作り、汚れた皿に絡みつかせる。油とタレを剥ぎ取り、輝くほど綺麗にしてやった。

 それと同時、枝分かれさせた帯で奥の扉に水を纏わせた。

「人の店で勝手なことをするな!」

 店主が俺の肩に掴みかかる。俺は掴まれたままその腕をくぐるようにして、相手の関節を捩じり上げた。痛みで手を離した瞬間に足を払い、倒れた男の目線に合わせて屈む。

「おい、お前誰に命令してんだ?」

 子爵家の家紋の入った短刀を、相手の顎先に突き付ける。あまり得意なやり方ではないだけで、俺は強硬策を嫌う人間ではない。ガキだからといって見縊らないでいただきたいものだ。

 彼は切っ先を見つめたまま、生唾を飲み込んだ。

「……あんた、貴族か。何だってアイツを探してる?」

「何も聞いていないのか? バチェルとやらはアキム師に重傷を負わせ、工房の金を持ち逃げした。動くには充分な理由だろう」

「そりゃ、本当か?」

「本人に聞けばいいさ。俺はそのために来たんだしな」

 彼はすっかり目を伏せて、抵抗を止めてしまった。何も知らなかったのか、それとも俺が貴族と知って抵抗する気力を失ったか。見た感じでは前者だという気がする。だとすれば状況が悪かっただけで、彼自身は義理に厚い人間なのだろう。どう言い繕ったか知らないが、バチェル君も巧くやったものだ。

 俺は店主の腕を掴み、無理やりに彼を立ち上がらせた。彼は力無く呟く。

「アキムさんには包丁やら何やらで、いつも世話になってる。……若くて元気がある奴が欲しいってんで、バチェルを紹介したのは俺だ」

 項垂れる顔をこちらに向かせ、噛んで含むように言い聞かせる。

「アンタは騙されただけで、別に犯罪の片棒を担いだ訳じゃない。この件で処断されることは無いってことだけは言っておくよ。……で、いるんだな?」

 店主は昏い目をしたまま、頷いて返す。消沈しているようでもあり、怒りを押し殺しているようでもある。いずれにせよ、もう俺を止めることはないだろう。

 魔力を引っ込め、後ろに振り返る。男たちが飯を前に固まっていた。

「食事中に騒がせて申し訳無い。非礼を重ねる形になるが、どうか今日はお引き取りいただけないだろうか。せめてもの詫びとして、食事代くらいはこちらで持とう」

 真っ直ぐに頭を下げ、様子を窺う。戸惑いや躊躇いが感じられたものの、最終的に男たちは仕方無さそうに出て行った。

 店内には俺と店主だけが残されている。奥の気配が逃げる様子は無い。

 短刀を仕舞い、代わりに鉈を抜く。

「一応言っておくけど、止めないように」

「そんなこと出来る訳ねえだろ。……俺は出て行かなくていいのか?」

「あんまり良くはない。でも、それだと納得出来ないだろ」

 ある意味彼も被害者だ。ある程度の答えは欲しいだろう。

 さて、ご対面といきましょうか。

 今回はここまで。首を痛めて進みが遅かった。

 ご覧いただきありがとうございました。

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[気になる点] 視点が変わるのは良いが、誰に変わってるのか理解するまで時間が掛かって読み直してしまう。
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