祈
さて、爆散させるとは言ったものの、火属性をほぼ使えない俺に出来る方法は限られている。爆散の部分だけジェストの付与に頼っても良いのだが、加工中横にいてくれる訳でもないので、結局は自力でどうにかするしかない。作業工程はなるべく人任せにしない方が、仕上がりが良くなるものだ。
とはいえ、どうするべきだ?
思いつく手段を手当たり次第に形にしていく。何度も実験を繰り返し、無数の魔核を消費する。
……矢の内部に圧縮した空気と水分を詰めておけば、着弾と同時に衝撃が周囲へ撒き散らされる……これで最低限、矢は砕けて物証が消えるな。後は威力を上げるために、最適な硬度や鏃の角度を決めて……ああしまった、アイツの弓を借りておけば、もっと正確な検証が出来たのに。
全体の仕上がりを気にしつつ、細部を突き詰めたい欲求は抑える。この仕事には納期があるのだ。決められた時間の中で、最善の品質を求めなければ。
そうして無我夢中で作業を続け、俺は二日目の夜になってようやく、満足のいく答えに辿り着いた。一度手順が定まってしまえば、後は手を動かすだけになる。
試射の結果は上々。
少々やり過ぎた感もあるが、ジェストの要望は全て満たした。森を荒らさないよう、無人の荒野まで出張った甲斐があったというものだ。
期日までに出来た矢は五本――引き渡しの際にお試しで一本使うとして、これだけあれば多少的を外しても問題は無いだろう。
俺は矢の束を抱え、洞穴の前でジェストを待つ。太陽が真上に差しかかる直前、相手は欠伸を噛み殺しつつ姿を現した。
「やあ、お待たせ。首尾はどうかな?」
「この通り出来てるよ。……お前、ちゃんと寝てるのか? 顔色が悪いぞ」
「最近は不思議とよく眠れるんだ。半日くらい寝てしまう時もあって、むしろ困ってるよ」
それは鬱の症状じゃないかと思ったが、この世界の人間に精神疾患の話をしても、まだ共感は得られまい。むしろ、ジェストは弱みを見せないよう頑張って、症状を悪化させてしまう気がする。もう少しで区切りがつくのだから、暫くは触れない方が無難なのだろう。
俺は試験用に一本だけ矢を抜き取り、残りは誤爆しないよう厳重に封印した上でジェストに手渡した。
「うん? フェリスも矢を何かに使うのかい?」
「いや、本番前に効果を確かめておく必要があるだろ」
「別に出来を疑ってはいないけど……そんなに自信があるなら、一本だけ試そうか」
それはちょっと違う。
自信があるのではなく、無関係な人間にまで被害が出そうで、俺は内心恐れている。まあ、ジェストがどう評価するかは、実物を見てもらってからだ。
俺は手に持った矢を投槍の要領で構え、なるべく遠くへと放ってやる。気の抜けた軌道で飛んだ矢は地面に接すると同時、凄まじい轟音と共に暴風と砂利を其処彼処に撒き散らした。油断すると体ごと持って行かれそうな衝撃に晒され、ジェストは反射的に障壁を展開する。
ふむ……反応が早いヤツなら、防御が間に合うんだな。とはいえそれも距離次第か。
自作に点数をつけているうちに風は収まり、眼前には深く抉れた地面だけが広がっていた。爆散したため矢は欠片すら残っておらず、これならどんな攻撃を受けたのか、痕跡を辿ることは難しいだろう。
「こんなもんでどうだ?」
「どうって……壁をぶち抜くどころか、屋敷ごと消し飛びそうなんだけど」
「ちょっと過剰ではあるが、一応、依頼通りではあるだろ?」
「いや……うん、そうか。これなら確実に仕留められるか。ごめん、満足したよ。じゃあ少なくて申し訳無いけど、これが残りの報酬だね」
少額とは随分な謙遜だ。
金がみっしりと詰まった重い袋を受け取り、俺は一息吐く。
「いちいち言うまでもない話だが、取り扱いには気をつけろよ。封を解いた状態だと、落としただけで普通に死ぬからな」
「恐ろしいものを作ってくれたもんだよ。射る時、手元で爆発しないだろうね?」
「流石にそれくらいなら大丈夫だよ。他に何か気になる点は?」
「武器のことは特に。ただ別件で、幾つか確認させてほしいことはあるね。フェリスは、近々レイドルク領に行く予定はあるのかい? 可能なら、今日から十日くらいは領地に入らないでほしいんだけど」
ああ、確かにその辺は確認しておくべき事項だな。ある意味では武器より大事かもしれん。
聞かれなかったら俺から切り出すつもりだったし、丁度良いか。
「レイドルクじゃなくて、ミズガル領に行く用事はあるな。移動には龍を使うから、レイドルクの上を通りはする。問題は無いよな?」
「それくらいなら。割譲に絡んでいる訳ではないんだよね?」
「クロゥレンは無関係だし、俺もミズガル家からたまたま話を聞いただけだ。でもビックス様は会談に参加するって話だったんで、多少の調整は必要かもな」
「そっか……聞いておいて良かったよ。機を間違えると、あの人まで巻き込んでしまうか」
頼むからビックス様ごと処理するのは止めてくれ、とは思うものの、ジェストに対しその辺の心配はしていない。大事な目的があるにせよ、コイツは大義というか、手段を選ぶだけの良識があると確信している。そうでもなければ、あんな危険な兵器を任せたりはしない。
……そういう性格だからこそレイドルクに虐げられ、散々苦労してきた訳だが。
「急に条件を付けて悪いな。まあそうだな……狙うなら会談が終わって、標的が一人になった時が丁度良いんじゃないか? 大体のヤツは終わったと思って気が抜けてるだろう」
「会談前だと護衛も多いし、それしかないだろうね。僕もそこそこ鍛えたとはいえ、あまり人が多いと厳しいよ」
「そこまで厳しいかね? 別に敵と真っ向勝負をする必要は無いが、もう少し自信を持ってもいいと思うぞ。今の王国内に、お前を超える戦力なんてほぼいない。侯爵家に有名な武人がいるなんて聞いたこともないし、ある程度は対応出来るんじゃないか?」
上位貴族は謀反を恐れているのか、突出した才よりも、中の上くらいの兵を多く抱えている印象がある。今のジェストなら、ちょっと強い程度の護衛は蹴散らしてしまうだろう。
腕が立つと評価される兵の単独強度が、大体3000程度。翻って、ジェストは魔術・武術の両方が6000前後といったところか。少なくとも、体術だけなら俺より上に到達している。視野も広く冷静であるため、脅威度としてはかつてのアヴェイラなど比較にもならない。
しかし、ジェストの口調には何処かすっきりしないものがこびりついていた。
「そうは言ってもねえ……強い弱いと、名が知られてるかどうかは別問題でしょ。僕は強い敵との対戦経験がほぼ無いし、フェリスみたいに、無名だけど強いヤツがいたら終わりだよ。だから不慣れな動きをするより、なるべく隠れて処理するつもり」
「自分に向いたやり方ってのはあるだろうから、方針にケチをつけるつもりはないよ。ただ、お前はレイドルクにいた時よりずっと強くなった。過度に相手を恐れなくても大丈夫だ」
ミズガル領は元より戦力が足りず、クロゥレンに外注しているくらいなので、恐れる相手ではない。となると後は両侯爵家の戦力だが……ブライは内乱に備えてかなり丁寧に戦力を集めていた筈なので、侯爵領なんて目立つ場所にいる人材を逃がすとは思えない。また、もしそんな存在がいたとして、今回の会談にわざわざ来ているかどうかは怪しいだろう。
慎重なのは良い。本番前で不安になるのも理解出来る。
しかしこういう場合、例外を警戒し過ぎても仕方が無いのだ。どうせ時間も機会も限られていて、やることも決まっているのだから、後は思い切って踏み出すしかない。
「どうしても不安か?」
「そうだね、隠しても仕方ない……目的を果たすだけの力がついたのかどうか、僕は自分を疑っているんだよ」
「どれだけ疑おうが、お前が強者になったという事実は変わらんよ」
実感が湧かないなら、嫌でも理解してもらおう。
表情と態度を変えないまま、俺は踏み込んでジェストとの距離を一息で潰す。そうして鳩尾を狙って突き出した拳は、寸止めするまでもなくあっさりと躱された。
矢を抱えたままで不意討ちに備えられるだけの反応と、最小限の動き――うん、強い。
「な? 大丈夫だろ」
「止めてくれよ、吃驚するじゃないか。……でもその感じだと、手を抜いた訳ではないのかな?」
「割と本気ではあったよ。……俺が保証する、お前は大丈夫だ。後は好きにやってきな」
「そうだね。フェリスがそこまで言ってくれるなら、信じてみるよ。……全て終わったらまた会おう」
「ああ。物資が無いんで、おもてなしは出来ないけどな」
お互い苦笑を交わす。
それから片手を挙げて背を向け、何処かすっきりとした様子でジェストは去っていった。僅かでも迷いが減ったなら、今の会話にも意味はあっただろう。
遠ざかる姿を見送っていると、不意にルリが中空から姿を現す。
「何だか頼りなく見えましたが……彼はやれそうですか?」
「やりますよ。たとえどれだけ気が進まなくても、やるべきことはやってきたヤツです」
「そうですか。本当に、行かなくても良いのですね?」
「ええ。ここから先はアイツの戦いですから」
気にはなるものの、現地に行くほどではない。アイツが俺の言葉を信じたなら、俺もアイツの強さを信じるまでだ。
後はジェストが無事に戻るよう、ただ祈ろう。
今回はここまで。
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