友
バルガス様との打ち合わせ通り、翌朝には特区へと戻った。今後の展開は多少気になるが、会うべき人には会ったし、必要な調整も済ませてある。ビックス様の心配は俺がすることではないだろう。
日の当たらない洞穴での生活――起伏の無い、素敵な日々の中で揺蕩う。
アレンドラに身体強化の指導をしつつ、家具や雑貨を作って日々を過ごす。流石は順位表に載る魔術師というだけあって、彼女の技術はどんどん洗練されていった。ジャークの体調も戻りつつあり、移住の準備も整いつつある。
食糧や魔核の在庫も増えてきて、余剰が生まれ始めている。全てが順調に進んでいる。
安定。平穏。何て素晴らしい響きだ。
思えば実家を出て以来、常に争いの中で生きていた気がする。あの日から今までの間で、落ち着いて職人仕事に打ち込んだ時間が、果たしてどれだけあっただろう。積極的に喧嘩を売っている訳でもないのに、何故俺は殺し合いに巻き込まれてしまうのか。他者と接して生きること自体、向いていないのかもしれない。
埒の無い悩み……こんなことを考えていられるのも、余裕があってこそか。
膝の上にトラメを乗せ、髪を梳きながらぼんやりしていると、不意にジャークが部屋の入口から顔を覗かせた。
「御使い様、ちょっといい?」
「ん、どうした」
「居住区に怪しいヤツが来たみたいでねェ。たまたますれ違ったんだけど……御使い様を探してるみたいだったよ? 色んな人に聞き込みをしてたから、取り敢えず様子見だけして帰って来ちゃった」
はてクロゥレンの関係者か、中央の手の者か……可能性は色々あるものの、こんな所まで俺をわざわざ探しに来る酔狂なヤツがいるとはな。厄介事の気配に、トラメがあからさまに不機嫌になっている。誤魔化すように顎先を撫でてやると、声を上げて笑ってくれたので、そのままの勢いで話を進めた。
「顔は? どんなヤツだった?」
「年は大体御使い様と同じくらいかなァ? 若い男で、品の良さそうな顔をしてたよ。でも、何だろう……目が尋常じゃなかったねェ。身のこなしからして、相当やれる感じだった」
……ああ、大体解った。しかし何故、という感が強い。
というか、洞穴の前まで来ているじゃないか。
「ジャーク……尾行されてるぞ」
「えっ」
「あからさまにそいつを避けただろう? そういうのって、やられた側は解るんだよ。まあ気にするな、相手が悪かっただけだ」
俺が溜息を吐いて立ち上がると、トラメはすぐさま背中を攀じ登り、首に縋りついて姿を消した。ジャークも慌てて護衛に就こうとするが、そちらは固辞し、アレンドラの近くにいるよう指示を出す。ルリは……散歩から戻る様子が無いな。気付いていて、敢えて放置している――危険は無いと判断されたかな?
実際、これは単なる友人との再会だ。警戒する必要など無い。
俺は日の当たらない通路を抜け、真っ直ぐに外へ出る。入口近くの倒木に腰掛けて、ジェストは水を飲みながらこちらを待ち構えていた。
以前よりも、周囲を警戒する姿勢に芯がある。何処を見ているか解らない瞳は、呆けているようで隙が無い。視野を可能な限り広げ、何となくで全体を把握しているようだ。ジャークに任せたら負けていた可能性が高いな。
著しい成長だ、瞠目とはこのことか。
「……よう、久し振り。よくここが解ったな?」
「そりゃ解るよ。門兵の一人が、大型魔獣が特区の方角へ飛び去る姿を目撃していたからね。……使節団の凱旋による騒ぎを利用したにせよ、ちょっと詰めが甘かったんじゃない? そっちも色々気を付けてはいるんだろうけど、流石に龍は大きいから目立つよ」
「いや、あの時は鬱憤が溜り過ぎて、精神的にちょっとおかしかったから何とも言えない」
とにかく中央から離れたかっただけで、警備がどうだとか、そういったことは一切考えていなかったような気がする。
特に何の策も練らなかったと聞いて、ジェストは少し微妙な表情を覗かせた。
「そ、そう……まあいいや、とにかく久し振りだね」
「ああ。今日はどうした? わざわざこんな辺鄙なところまで来て」
三家が会談する日程は目前に迫っている。当然警備は厳重になるとしても、行動を起こすなら人の出入りが増す機会を狙うと考えていた。むしろそうでもなければ、ジェストはレイドルク領内で目立ち過ぎる。
お前はウェイン・レイドルクを殺すため、中央で暗躍しているのではなかったのか?
問いに対しジェストは軽やかに笑い、俺へと一枚の紙片を投げて寄越した。
「加工を一件依頼したいんだ。図面はその通り」
「どれどれ?」
ふむ、これは……矢か? 規格としてはかなり太く、ぱっと見では短槍と誤解しそうだが、矢羽根という記載がある以上は矢なのだろう。図面というには単純な絵が描かれていて……片隅にある走り書きは見覚えがある。この筆跡はヴェゼル師のものだな。
とにかく破壊力を追及している印象。硬度等、要求される数値があまりに逸脱していて、凡そ対人で使うような武器とは思えない。となると大型魔獣用ってことだよな。
「……原案がヴェゼル師だから、俺のところに持ち込んだってのは理解した。でもこんな妙な代物、一体何に使うんだ?」
「止めておいた方が良い。聞いたら引き返せなくなるよ」
「聞いてほしくてここまで来たんだろ? ウェイン・レイドルクの首に、もうすぐ手がかかりそうだから」
ジェストとの付き合いも長い。耐え忍んで耐え忍んで、ようやくの総決算を前に、少し不安になる面もあるのだろう。直接同行は出来なくても、俺だって話くらいなら聞いてやれる。
暫し逡巡した後、ジェストは嬉しそうに嘆息した。
「そこまで調べが済んでいるとは思わなかった」
「レイドルク領割譲の話と同時に、お前が中央に出入りしてるってことも聞いたからな。その二つは繋がっていると考えるさ。ただ折角隠れていたのに、何故今になって自分の存在を主張したのか、ってのは気になった。あれはお前が意図したものか?」
「違うよ。僕は可能な限り静かに事を済ませたかった。でも、雇い主がそれでは納得してくれなくてね」
「……ダライか」
馬鹿なことをしそう、邪魔になりそう、という理由で挙げた名前に、ジェストは驚きを隠さなかった。
ようやく話の流れが解った。恐らく割譲の話より先に、ダライはジェストの噂を流したのだ。こちらの認識とは順番が逆だったんだな。
ダライにとって、レイドルク家は自分に牙を剥いてくれる貴重な存在だ。なので暫く泳がせていたし、ジェストを内に引き入れることで、中央へ攻め入る理由も与えてやった。しかしウェイン・レイドルクには余力が無く、反撃どころか恭順の意を示すようになったため、生かしておく理由が無くなってしまったのだろう。
こうなると、レイドルク家にはブライと組んで国に混乱を齎した逆賊、という立場しか残らない。なら処分するのが当然の流れだ。
「ダライの目的は聞いたのか?」
「そろそろ先の内乱の責任を取らせる、という話しか聞いてないけど……え? あのお方に対して、フェリスはどうしてそんなに敵意剥き出しなの?」
「ダライは誰かに殺される機をずっと狙っていてな。要らん苦労をさせられたもんだ」
「え? 自死?」
やはり聞いていないか。
俺があの下らない争いの経緯と顛末を説明してやると、ジェストは得心がいったように頷いた。
「ああ、そういうこと……どうして僕の存在を明るみにしたのか、いまいち理解出来なかったんだよね。何の得も無いのにさ」
「まあアイツはそういうヤツだ。殺してやってもいいんだが……じゃあ誰が国の運営をするのか、ってなるとな。踏ん切りがつかん」
どちらからともなく溜息が漏れ、俺は地面に刺さっていた石を蹴り飛ばす。ジェストは気を取り直したのか、懐から金の詰まった袋を取り出して俺に渡した。
「あのお方については、僕がどうこうする問題ではないから措いておこう。取り敢えず、前金を渡しておくから三日でどうにか出来ないかな?」
「やれるかどうかって話ならやれるよ。結局、これ何に使うんだ?」
「遠距離から外壁ごとぶち抜いてやろうってだけだよ。ああ、図面には無いんだけど、着弾と同時に壊れるように出来ないかな? 物証が残ってると、フェリスの師匠に迷惑がかかるかもしれない」
「なら、着弾したら爆散するように仕様を変えるか? 付与を使えば被害を拡大させられるぞ」
苦しめるより相手を確実に仕留めたいという要望が出たため、最終的に図面は参考程度で、可能な限り殺傷能力を高めることに決まった。念のため付与の腕前を見せてもらい、一通りの調整を済ませジェストは去っていった。
うーん……あの感じからして、近衛の副隊長くらいには育ったか? レイドルクを離れて、どれだけの研鑽を積んだのやら。三家の強さは把握していないものの、あれなら正面から挑んでも成功率はそこそこありそうだな。
なら、後は俺がそれを補強してやるだけか。
「……手伝ってあげるの?」
「職人として依頼を受けた以上、作品については真摯に取り組みたいね。でも、現場に行ったりはしないよ」
再び姿を現したトラメは、前に回り込んで俺の瞳を覗き込む。俺はその細い体を抱き上げ、肩車をしてやった。
助力を求められたならまだしも、ジェストは自身の手で復讐を遂げるつもりなのだから、俺の出番は加工までだ。それ以上手を貸したら邪魔になる。
まあ、アイツならきっとやり切るだろう。身内から虐げられ、暗部という名の尻拭いを押し付けられた借りを返す時だ。
俺は全力を尽くすべく、金と図面を握り締めて部屋へ駆けだした。
今回はここまで。
私用のため、次回は11/9予定です。
ご覧いただきありがとうございました。




