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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
新生活編

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220/231

 何度か試してみたものの、俺一人での長距離転移は巧くいかなかった。已むを得ずトラメの補助を受け、ミズガル領へ無事辿り着く頃には二時間が経過していた。

 ……まあ、最初から巧くやれるとは思っていない。以前より距離は伸びたので、ひとまずは良しとしておこう。

 現地で精霊二人を体内へ収め、貴族ではなく職人としての身分証で中へ入る。クロゥレンの名を見て門兵は眉を跳ね上げたが、俺が目を伏せると苦笑いで済ませてくれた。

 空気の読める男は嫌いじゃない。

 さて行くかと足を進めた瞬間、去り際に管理職と思われる人間が、慌てて駆け寄って来る。

「あの、すみません。事前の通達がこちらに届いていなかったようなのですが、ミズガル家へ向かわれるのでしょうか? 先触れが必要であれば、手配させていただきますよ?」

「後程伺うとは思いますが、特に約束はしておりませんのでお気になさらず。今回は公務ではなく、ただの私用です」

「然様ですか。滞在先はどうされるおつもりで?」

「伯爵邸に最寄りの宿が空いていれば、そちらを利用するつもりです。『森の雫亭』……でしたか、何かあればそちらへお願いします」

 身分上必要なことではあるのだろう、とは思う。しかし、別に俺は重要な客でも何でもないのに、随分と丁寧な扱いをするものだ。

 あまり手間をかけると申し訳無いので、俺は適当なところで話を切り上げその場を辞した。

 腹の中でトラメが身じろぎをしつつ、疑問の声を漏らす。

「ねえ。何であの人は、お兄ちゃんのことをあんなに気にしてたの?」

「俺が一応貴族だからだね。立場としては門兵よりも俺の方が上になるんで、気を遣ってくれたんだよ。あとはまあ、伯爵が俺を招待する可能性があるから、滞在先を知っておきたかったんだろう」

「ふうん? あの人はお兄ちゃんが精霊だって解ってないと思うんだけど、同じ人間同士でそんなに違いがあるの?」

「良いか悪いかは別として、人間は立場や身分によって扱いに結構な差が出るんだ。極端な話をすると、俺が彼を殴っても許されるけど、彼が俺を殴ることは許されない。貴族は数が少なくて、偉い存在なんだってことだけ覚えておいて」

 人間って変だね、と呟いたきりトラメは黙り込んでしまった。実際のところ、王国における貴族優位の在り方は首を傾げる点も多いので、変というのは否定出来ない。建国からの歴史が浅いということを踏まえても、法整備がまだまだ甘く、過剰な権限を与え過ぎな気はしている。

 ……貴族である俺が言うべきことではないな。

「人間社会については、トラメも徐々に覚えれば良いでしょう。急いで覚えなければならないほど、重要なことでもありません。それより、今後はどうするのです?」

「距離的には宿よりも治療院の方が近いので、先にそちらを済ませましょう。落ち着いたら声を掛けるので、暫くゆっくりしていてください」

 人目の無い個室でもなければ、二人を解放することは出来ない。彼女等もそれを解っているので、全て俺に従うという回答が返って来た。

 散歩がてら周囲を『観察』しながら、ゆっくりと道を進んでいく。久々のミズガル領は運営が巧くいっているようで、以前よりも道が整備されている印象を受けた。農作物を積んだ荷車が頻りに行き来しているのに、枝葉や泥といったごみの類がほぼ落ちていない。管理者が衛生環境に気を遣っている証拠だ。

 年齢的に、そろそろビックス様に代替わりする頃だと思うが……どちらの政策だろう。クロゥレン領とは違って余裕を感じる。

 魔獣の被害がもっと少なければまだしも、実家には人を斡旋し難いんだよなあ。命の危険がある職場に、知人を送り込みたくない。

 ううん……未開地帯と接しているうちは無理か。開拓民ってのはつくづく損な立場だ。

 埒も無いことをつらつらと考えているうちに、治療院に辿り着いた。建物奥には患者らしき気配が一つと、シャロット先生の気配が一つ。そして、受付には退屈そうに頬杖をつく女性がいた。そんなに時間はかからなさそうだと、俺は開いたままの扉から中へ入る。

「すみません、フェリス・クロゥレンと申します。受診ではなく、シャロット先生と面会をしたいのですが、お願い出来ますか?」

「ああ、じゃあそのまま廊下を進んで、右手側の部屋でお待ちください。先生をお呼びしますので」

「ん? 診察中なのでは?」

「もうすぐ終わるので、大丈夫ですよ」

 受付は動く様子が無かったので、取り敢えず言われるがままに部屋へ進み、革張りの立派な椅子に身を預ける。多分、この感じだと茶が出てくる訳でもないだろう。俺は暇を持て余し、魔核を取り出して加工を始めた。

 一つの魔核を棒に変え、無数に枝分かれさせていく。そうして各々の先端に花びらを付け、造花として仕上げていく。

 早く、細かく、硬く。本物よりも美しく鮮やかに。

 途中でルリとトラメが精気を混ぜろと勧めてきたので、試しにその通りにしてみると、得も言われぬ妖しい色気を放つ花束が出来上がった。宝石を超える輝きを放つそれは、要らぬ騒動を生み出しそうな危うさを湛えている。

 ……駄目だな、こりゃ。

 単なる手遊びにしては、人目を奪い過ぎる。作品の持つ魅力が、俺の技量とは無関係なところも気に入らない。

 ひとまず精気を抜いてただの造花に戻してやると、まさにその瞬間シャロット先生が部屋へ入って来た。相当慌ててやって来たのか、彼女の息は僅かに弾んでいる。

「お待たせしました――って何してるんですか?」

「暇潰しに魔核を加工していました。お久し振りです、シャロット先生」

 残念ながら破棄するまでには至らなかったが、この状態であれば支障は無いだろう。このまま持ち帰ってから捨てようと考えていると、相手の視線が花束を追っていた。

 普段落ち着いているシャロット先生にしては、瞳に解り易く物欲しげな熱がある。

「ん? これ要ります?」

「すみません、不躾に。応接室に飾ると良さそうだなと思いまして……お支払いはするので、譲っていただけませんか?」

「捨てるつもりでしたし、別に無料で構いませんよ。ああ、素の魔核があったら交換出来ませんか?」

「捨てるのは流石に勿体無いですよ。魔核で良ければ、後でお持ちします」

 聞けばシャロット先生は、俺がこの地を離れてからも、訓練として魔核加工を続けていたそうだ。部屋には結構な数の魔核を溜めているとのことだったので、ありがたく頂戴することにした。

 前置きで緊張が解れたところで、俺達は改めて再会を喜び合う。

「ご無沙汰しておりました。フェリスさんはその後、体調にお変わりはありませんか?」

「お陰様で元気にやってますよ。すみませんね、突然お邪魔してしまって」

「いえ、今日は珍しく患者が少ない日なので構いません。今回は……ミズガル家ではなく、私に用があるのですか?」

「ええ。あちらにも用はありますが、重要なのはシャロット先生の方ですね。実は診察をお願いしたい患者がおりまして……ここの治療院は、妊婦の受け入れはしているのでしょうか?」

 話を持ち掛けた瞬間、相手の口元が何とも言えない形に歪んだ。目を見開いたまま、にやけるのを無理矢理抑えているような……ああこれ、俺が誰かを妊娠させたと勘違いされてるのか?

 残念ながら、俺にはその機能が無いんだよなあ。

「……あの、ご期待に沿えなくてすみませんが、女性の相手は俺じゃないですよ?」

「あら、違うんですか。失礼しました、続きをどうぞ」

「まあ知人が妊娠しまして、今ザヌバ特区にいるんですよ。ただ、あそこは医者がどうこうという環境ではないので、信頼が置ける医者に診てもらった方が良いという話になったんですね。で、どうせなら男の働き口があって、任せられる医者がいる土地ということで、ミズガル領を勧めた訳です」

 筋道立てて説明をすると、相手は笑みを引っ込めて素直に納得してくれた。しかし代わりに、若干の迷いが浮かんでいる。

「ははあ、光栄な話ではありますね。勿論、来院されたら受け入れるつもりはありますが……私は妊婦相手の経験があまり無いんですよ。この話を聞いても、先方はうちで大丈夫と言ってくれるんでしょうか?」

 ……そうか、この辺は流石に若さが出てしまうか。

 でもそれだったら、お互いのために猶更任せたいと思ってしまうな。

「当人達は医者無しでどうにかしようと考えてたくらいなので、そこは説得しますよ。経験が少ないと言っても、一通りの対処法くらいは既に学んでいるでしょう?」

「そこはミスラ様から教わりましたね。実際に妊婦を一人任せてもらったこともあります」

 ああ、じゃあ大丈夫だ。未熟者に迂闊な発言を許さないほど、母さんの圧は強い。あの人が仕込んで、相手が教わったと言い切るのなら、大きな問題は起きないだろう。

「うん、やはりシャロット先生に診てもらいたいですね。しくじったら、それは母の指導が悪かったんですよ。取り敢えず、二週間後くらいに本人を連れて来ますので、その時は対応をよろしくお願いします」

「解りました……ってあれ、ちょっと待ってください。今、ご本人はザヌバ特区にいるんですよね? まだ時間はあるとしても、どうやってここまで連れて来るんです?」

 空を飛んでと馬鹿正直に説明しても、理解されないだろうな。いや、理解されたとしても、騒ぎに繋がるだけか。

 適当に伏せよう。

「詳細については説明出来ませんが、ちゃんと準備しておりますので、ご心配なさらず。移動中の責任はこちらが持ちます」

「ここに来るまでの安全が確保されているのであれば、方法は問いませんよ。そこまで頼られたらどうしようと思っただけです」

 踏み込まない方が無難と判断したのか、シャロット先生は苦笑して追及を止めてくれた。

 以前より、貴族相手の遣り取りが身に付いているように感じる。何か違和感を覚えなくもないが――まあ一旦は様子見か。

「……いやあ、急な話だったので不安だったんですが、助かりました。断られたら、次は誰に依頼しようかと思いましたよ」

「基本的に患者は断りませんよ。ミスラ様からも、なるべく経験を積むよう言われてますから」

 医者に限らず、専門職は数をこなしてこそ、と母さんは常々口にしていた。指導方針は変わっていないらしい。

 俺達はそこから暫く、互いの近況について語り合った。こちらにはあまり話せることが無かったが、久し振りに魔核加工についてあれこれ議論出来て、楽しい時間を過ごせた。

 遣り取りを始めてからどれくらい経ったのか、ふと、遠くから呼び鈴の音が響く。

「ん、患者さんが来ましたかね?」

「いや、ミズガル家の方でしょう。この呼び鈴はそういう意味です」

 入口まで魔力を巡らせてみると、感じ取れたのは懐かしいビックス様の気配だった。

 僅かにシャロット先生の様子が浮つき始める。貴族慣れ、専用の呼び出し手段――なるほど、そういうことね。

 逢瀬の邪魔をしたくはないが、申し訳ないことにビックス様にも用事がある。

 お邪魔でなければと前置きして、俺は面会に向かうシャロット先生に、同席を願い出ることにした。

 今回はここまで。

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