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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
アディンバ地区浄化編

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214/225

屋台の片隅で

 暫く街の様子を観察した結果、新たな汚染は発生していないということで、使節団は王国へ帰還した。

 虚ろな目で何も話さないシャシィや、見つからないコアンドロ氏の所在等、気になる点は多々あったようだが――誰一人として疑問を口にせず、俺も一切の回答をしなかった。

 どういう思考の末に、そうなったのかは解らない。

 自分達は助けられた、だからその借りは返す、という意図があったのかもしれない。或いは、手柄を譲られることへの負い目もあったのだろうか。いずれにせよ、彼等はこちらの意思を尊重し、沈黙を選んでくれた。

 まあ起きた全てを詳らかにすれば、シャシィの名誉と功績を守るため、彼女の故国と戦争になる可能性が高い。だから喰われた者達を事故死へとすり替え、シャシィも偉大な魔術師という体裁を保ったまま――多少歪な形であっても、とにかく事を平和に終わらせた。

 晴天の下、王国の門前は、救国の英雄達を一目見ようという群衆で賑わっている。

「ミルカ様ぁーッ! シャシィ様ぁーッ!」

「いやあ、教国の方々は大したもんだねえ。ありがたい話だよ」

「へえ、軍人であんな綺麗な人いるんだなあ」 

 通りに犇めく人々が、口々に使節団を賞賛している。それを受ける彼等は少し唇を引き攣らせながら、にこやかに手を振って応えていた。シャシィの操作は……身振りが多少ぎこちない感はあるが、不自然ではない程度で収まっているようだ。まあ他国から来た人間の、普段の様子を知る者などいない筈だし、控え目にしていれば大丈夫だろう。

 俺は華々しい凱旋を、屋台の片隅で眺めている。 

 ――そうそう、皆、もっと褒めてやってくれ。彼等は命懸けで頑張って、結果を出したんだ。

 明るい雰囲気に包まれて、俺は良い気分で盃を空にする。向かいに座るウィジャさんが、苦笑しつつ酒を注いでくれた。

「やれやれ、騒がしいこっちゃ。ほれ、飲みな」

「ありがとうございます。ウィジャさんもどうぞ」

 返杯をし、俺達は美酒で唇を湿らせる。

「呑気なもんだねえ……アンタも現場で働いたんだろう? 行かなくても平気なのかい?」

「私は使節団の所属ではありませんからね。でもまあ折角の晴れ舞台ですし、見てはおきたかったんですよ」

「面倒な男だね。ご覧よ、姉貴が殺気立った目でこっちを睨んでるじゃないか」

 いや、ご覧と言われても、ミル姉の顔は恐ろしくて見ていられない。これで周りに誰もいない状況だったら、熱線の一つも飛んできていただろう。

 俺は聞かなかった振りをして、串焼きの追加を頼んだ。ウィジャさんは空いた皿を脇に寄せつつ、熱っぽい吐息を漏らす。

「昼酒なんて久々だねえ。祝い事だから良いんだが……喜んで良いんだよな?」

「ええ、構いません。これはダライが何か企んだからではなく、彼等が仕事に全力で取り組んだ結果です」

 師匠から内乱の顛末を聞いている所為で、ウィジャさんは国に対し懐疑的になっているようだ。感覚としては解らなくもない。

「しかし……混乱を避けるため、汚染の件は伏せられていると思っていたんですがね。使節団がこんな注目を集めるなんて、何かあったんですか?」

「特別なことは何も。国だって、こんな都合の悪い話を広めたかった訳じゃないだろうさ。でもねえ……三日前まであった物が急に手に入らなくなれば、誰だって理由が気になるだろう? 工国からの物流が滞っている、って事実は隠せなかったんだよ」

 当然ながら、汚染の影響を真っ先に受けたのは、仕入れを輸入に頼っていた商人達だったそうだ。工国とは陸路でも繋がっているので、往来が完全に途絶えた訳ではないが、教国を跨ぐ形となるため移動距離にかなりの差がある。物が無い、或いはあっても価格を上げざるを得ない状況に陥り、彼等は窮地に立たされてしまった。

 何故そんなことになった? 国境沿いの街に毒が湧いたからだ――如何に国が緘口令を敷こうとも、人の噂は止められるものではない。むしろ、この噂が一気に広まったからこそ、国は使節団の派遣を表に出したらしい。

「……いやもっと前に、国としてこういう対応をします、だから大丈夫ですよ、って周知しておくべきだったのでは?」

「そう言われても、あたしゃ役人じゃないから知らんよ。ただ、対応が後手に回ったのは確かだろうね。その辺の不手際は今に始まったことじゃないさ」

 この一大事でも、国の在り方は変わらず、か。

 事の解決を遅らせることで、自身の死を近づけようとしているのか……ダライは本当に読めない。達成感に水を差されたような気がして、俺は嘆息と共に酒を呷った。

 まあ今後がどうなるにせよ、俺はもう中央からは身を引く立場だ。暫くはミル姉の周りも騒がしくなるだろうし、ほとぼりが冷めるまで、クロゥレン領にも戻らないだろう。

「やっぱり中央政治とは相容れませんね」

「前よりも暮らしぶりが良くなるなら文句は言わんがね。発言権の無い下々にはどうしようもないこった。……で、使節団と無関係を貫いて、アンタの報酬はどうなるんだい?」

「少なくとも、金や物品みたいな解り易い報酬はありません。私が得たのは国境沿いの街の人事権ですね。工国側の協力者の中にかなり優秀な人物がおりましたので、その方を管理者に据えたかったんですよ」

「ふうん……ああだこうだ言いつつ、国政に口を出すのかい? 得があるとは思えないね」

 あまり自覚は無かったが、確かに国政へ干渉していることにはなるのか。客観的には継承権の無い子爵家の次男が、過分な真似をしているように見える訳だ。とはいえ、俺は街の運営がどうなろうと気にしないし、住民の安全が確保されている限り放置するつもりでいる。

 俺としてはとにかく、最低限の水準を担保しつつ、コアンドロ氏に恩返しをしたいだけだ。

「得かどうかで結論を出した訳ではありません。元々、今回の件は私の自己満足がかなり入っているので、報酬なんて無くて当たり前ですから。ですが、参加者が私にも何らかの報酬を提供すべきだと言ってくれたので、こういう形を取ったんですよ。……先程の話に出た協力者の方は、かなり不遇な立場に置かれていまして。彼は作戦に大きく貢献してくれたので、いっそ亡命させてやるべきでは? と思ったんです」

「ふうん? ……まあ、アンタの報酬なんだ、好きにしな。こっちは払うもんを払ってくれりゃ構わんよ」

 ウィジャさんは酒杯を傾けると、懐から取り出した包みを俺に投げて寄越した。手で持ってみるとかなり軽い。中身は粉薬か――渡してあった蛇毒を元に、薬を作ってくれたのだろう。

「成分を抽出しただけで、試験はまだだ。事態が収束したってんなら、もう要らないかもしれんがね」

「いや、教国での被害は収まらないでしょうから、これの出番はきっとあります。送金するよう手配しておきますよ。お幾らで?」

「試薬だし増産も出来そうにないんでね。手間賃ってことで十万にしとこう」

「え、本当に? それで良いんですか?」

 得体の知れない危険な生物を押し付けられた割に、ウィジャさんの請求は安いものだった。使えるか解らないとはいえ、解析等で時間もかかっただろうに。

 俺の反応を余所に、ウィジャさんは目を細めて串焼きに齧り付くと、それを酒で一気に流し込んだ。

「だってアンタ、タダ働きになるんだろう? 仮に百万請求されたとして、金あるのかい?」

「必要なら必要な分だけ金は作りますよ。家から引っ張ってくる手もありますし」

「アンタならそれくらい稼げるんだろうけどね。実際のところ、品質の解らんものに大金を払わせる訳にはいかないんだよ。それをやったら薬師じゃない。アンタ、値付けが下手だって言われたことないかい?」

 うん……昔、ヴァーチェ伯爵家で似たような指摘を受けたことはあるな。そしてそれ以降、人に売る物なんてまともに作っていない気がする。

 一気に酒が不味くなってしまった。

 顔色が変わった俺を見て、ウィジャさんが僅かにたじろぐ。

「な、なんだい、どうした?」

「……職人として生きていこうとしているのに、抗争だの他家からの横槍だの、余計な問題ばっかり起きるんですよ。加工なんて、ここ暫く出来ていません。だから当分は実家を離れ、静かに暮らすつもりなんです」

「むう、そうかい……貴族ってのも面倒なもんだねえ。ただまあ、アンタが出来る人間だから、周りが色々背負わせちまうってのもあるかもしれないよ? 実家と距離を置くって判断は、悪くないんじゃないか。だから、祝いの場でしけた顔をするんじゃないよ」

 確かに仰る通りだ。

 俺は使節団の凱旋を楽しみたいのであって、愚痴を零したい訳ではない。そもそも、これで厄介事からは逃げられる筈なのだ。

 明るい未来を考えよう。

 美味い飯を食って、物を作って、そして、そして……、

 だが人でなくなった今、俺は何処でどうやって生きるべきなのだろう? ヴィヌスもいるし、人里近くでの生活は無理じゃないか?

 今後について考えて、我に返る。生活基盤になりそうな土地となると、あまり選択肢がないことに気付いてしまった。こうなった以上、俺は自分が普通に生きられる環境を、一から自力で用意しなければならない。

 候補になりそうなのは……やはり特区だな。精霊達にも会いたいし、まずはあそこで一度自分を見詰め直そう。

「失礼、落ち着きました。飲み直しましょう」

「そうそう、難しいことを考えるのは後にしときな」

 俺達は改めて乾杯し、遠ざかっていく行列を眺める。

 恐ろしいことに、最後までミル姉は俺のいる方を睨み続けていた。

 本章はこれで終了。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
結果的にとはいえ、ファラとジィト兄の仲を取り持ってクロゥレン家の跡取りへの路作ったし 貴重な文官候補も沢山連れてきたんだから このぐらい多めにみてーや、ミル姉 値付けが下手となると、マネージャーで商…
>中央からは身を置く立場だ 身を引く、もしくは距離を置く、の誤字かな? いつも更新ありがとうございます。 何か物を作ってる描写も好きなので、落ち着ける拠点ができるといいですねぇ。
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