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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
アディンバ地区浄化編

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211/226

最高の魔術師

 人質を失い、シャシィが戸惑っている今が好機だ。

 隙を突いて一気に距離を詰めようとしたが、相手の立て直しは思いの外早く、当然のように反撃が放たれた。巨大な風の刃が首を撫でる――太い血管を正確に断つ一撃を、液状化でどうにか遣り過ごした。防御出来ずまともに喰らったように見せつつも、俺はそのまま魔力を練り上げる。

 強化は巧くいったようで、自分でも驚くほど大きな水弾が飛び出した。

「おっと!」

 シャシィが慌てて張った複数の障壁が、水弾とぶつかって割れる。立て続けの弾幕で突破を狙ったところ、足元が砂になり勢いを止められてしまった。已むを得ず退けば、頭上から炎が降り注ぐ。俺は周囲に水をばら撒き、すぐさま熱を遮断した。

 舌打ちをして前を向けば、水槍が心臓へと迫っている――これを石槍で相殺し、俺はようやく息を吐いた。

 ううむ、複数の属性を容易く扱う。流石は世界一位、頭はおかしくても腕は確かだ。とんでもなく強い。

 不意討ちは失敗してしまった。とはいえ精気を使わずとも通用する、と解っただけ良しとしよう。

「あれを捌くなんて、フェリスさんは本当に優秀ですねえ。穢れさえ無ければ、貴方が一番美味しそうなのに」

「ハッ、食中毒は流石に嫌ですか」

「うふふ、そんなに誘わないでくださいよ……今、内心の葛藤と戦っているんです。お腹が痛くなっても、治せば良いのかなあって思っちゃうじゃないですか」

 そんなことで葛藤するより、もっと前の段階で自制すべきだろう。同じ言語を使っているのに、話が通じていない気がする。狂人と遣り取りすべきではない、ということか。

 ミル姉の指示なんて無視すれば良かったなあ……内心うんざりしていると、興が乗ったのか、シャシィはどんどん饒舌になっていく。

「ううん、どうしようかなあ……折角大事に取って置いたミルカさんはいなくなっちゃうし、他の皆さんも消えちゃった。うん、こうなったら仕方ありません! フェリスさんなら私を満たしてくれますよね」

「いやもう、本気で色々と意味が解りませんが……そもそも、俺はどういう扱いだったんです? 邪魔な俺がいなくなったから、暗示を解除したのでは?」

 まだまだ余裕があるらしく、シャシィは舌なめずりをして嫣然と笑う。

「いえ、違いますよ? フェリスさんが邪魔だったことは否定しませんが、暗示を解除したのは、単純に皆さんが食べ頃になったからです」

「というと強度ですか? それとも魔力量?」

「両方ですねえ。ワイナさんとハルネリアさんが、ちょっと熟していなかったので」

 ああ、だからシャシィは率先して指導する立場に回ったのか。その二点が味に関わるなら、そりゃあ親切にもなる。そして、堪え性が無い自分を知っていたから、自身に暗示をかけて期を待った訳だ。

 知れば知るほどロクでもないな。

「んふ、魔術に秀でた人を取り込むと、自分の器が満たされて幸せな気持ちになるんです。そうなると、日々頑張ろうって思えるじゃないですか。自分へのご褒美ですよ」

 もしかしたら、シャシィが頂点へと上り詰めたのは、他者の力を我が物とした結果なのかもしれない。この考えが正しいとしたら、猶更放置は出来ないな。

「ご褒美、ですか。彼等は貴女を満たすために成長した訳じゃありませんよ」

 腹の奥底で穢れが渦を巻く。とはいえ、長々と街の浄化をしてきたのだから、奴を堕とすために邪精の力は使えない。

 まあまだ体を慣らしたいし、一旦魔術で勝負をしてみるか。

 武術強度の低いシャシィは、環境の変化に適応出来ない筈だ。俺は地術を発動し、徹底して相手の足元を崩す策に出る。

 地面を波打たせてやると、シャシィは簡単に姿勢を乱した。

「ん、あらら?」

 振りかぶったシャシィの右手があらぬ方向を差し、彼方へと火球が発射される。それでも熱気で皮膚は焼け、水膨れを作った。

 ……火術が直撃した場合、体が蒸発して負ける可能性があるか。注意すべきはそれくらいだな。

 負け筋は絞れた。次は勝ち筋を探すだけ。

 全速力で前進と後退を繰り返し、攻撃の的を散らす。防御より回避を重視しながら、相手の癖を探る。どちらかと言うと武術師のやり方で、相手の間合いを制圧する。魔術師は足を止めての撃ち合いになりがちだ、シャシィはこういう戦いに慣れていないだろう。

「ん、もう! 苛々しますねえ!」

 驟雨の如く放たれる攻撃の一切を逸らし、搔い潜り、遣り過ごす。

 なまじ魔術に秀でている所為で、シャシィは大雑把な攻撃をしてこない。正確に急所を狙うからこそ、動き続けるだけで直撃は避けられる。加えて、液状化によって人と重心が違うため、相手には俺の動きが読めないようだった。

 ……悪くはない。ただまともにやり合えている反面、手数に押されてもいる。こちらが一発撃つ間に、四発は撃ち返されている。

 炎の雨、石の槍、風の刃、水の弾。刻々と属性が切り替わり、違う対処を求められるため、脳がやたらと疲れる。シャシィは適当にやっているだけかもしれないが、受けるこちらは気が気ではない。

 全ての魔術が高水準で、確かな研鑽が見られる。敵ながら見惚れてしまう程の、圧倒的な暴力。

 こちらは合間を縫って、時折障壁を割るくらいしか出来ない。その気になればいつまでも続けられるが、付け焼刃の強化ではやはり追いつかないようだ。

「しぶといですねえ。でもこれはどうです?」

 問いかけと同時、使っていなかった左手が動き出した。俺の前後を塞ぐように、結界の糸が張り巡らされる。そして、左右から挟み込むように炎壁が迫る。

 逃げ道は上下――いや、いっそ前だ!

 液状化で糸をすり抜け、一気に距離を詰める。そうして水弾の連射でシャシィの防御を突き破り、裾を濡らしてやった。

 しかし、相手を負傷させた訳ではなく、頑張った割に結果は出ていない。

「おー、凄い凄い! 攻撃を当てられるなんて久し振りです!」

「……気楽なもんですね。本気になってもくれませんか」

 水術限定とはいえ、流石に魔術戦では及ばないか。力不足を嘆きたくなるが、侮ってくれるならそれはそれで構わない。

 俺の本質は生き汚さにある。大事なのは、最後に勝つことだ。

「まだまだですよ! じゃあ次、行ってみましょう!」

 シャシィが両手を広げ、指の一本一本に火球を作り始める。どうやら今までの傾向から、俺が火属性を避けていると悟ったらしい。

 ――しかし、これは初めての悪手だ。

 シャシィはそもそも体の動きが遅い。『観察』を全開にすれば、弾道は簡単に読み切れる。

 俺は即座に氷弾を生み出し、敵の弾幕を全て撃ち落とす。蒸発によって生じた煙を目隠しにして放った石の針が、ようやくシャシィの右腕を貫いた。

「お見事!」

 血飛沫を上げながら、シャシィは笑みを崩さず拍手する。表情が変化せず、腕の動きにも澱みが無いということは、陽術でもう治療を済ませたのだろう。人のことは言えないが、怪我で乱れないというのは非常に厄介だ。

 双方、攻撃が当たらない訳ではない。ただ決定打に欠けている。

「ああ、楽しいですねえ。魔術を競うなら、かくあるべきとは思いませんか? 撃っても返してくれる人がいなくて、ずっと退屈だったんです。もっともっと続けましょう!」

「順位表に載る連中ってのは、どうしてこうも鬱屈してるんですかね」

「むしろ特殊なのはフェリスさんでは? それだけの腕を持っているのに、自分を試してみたいと思わないんですか? もっと高みを目指したいとは?」

 自分を試す、高みを目指す、か。

 昔から鍛えてはいるが、俺は誰かの上に立ちたい訳ではなく、単に自衛のために腕を磨いただけだ。ミル姉やシャシィのように、魔術へ生涯を捧げたりはしない。

 だから、他者を害してまで己を誇示したい、という感覚が解らない。

「俺にとって、魔術は身を守る手段の一つです。貴女のように、魔術師として生きていこうとは思っていません。そんな器じゃない」

「控え目な方ですねえ。……なら断言します、世間が知らないだけで、貴方は私に並ぶ魔術師です。ミルカさんでも遠く及ばない、王国最高の魔術師なんです。そんな貴方が器じゃないなんて、自分を卑下するにも程があります」

「過分なお言葉をどうも」

「私は本気で言ってますよ。だから、フェリスさんも本音で応えてください」

「本音と言うなら、俺はただ呑気に生きていたいだけですよ」

 クロゥレン領でなくても良い、何処か静かな町で、魔核を加工しながら過ごす。自分の工房を持つことも夢だ。

 そこに争いは要らない。

 本当に……おかしな話だ。

 何故こんなことになっているんだろう? 順位表に載ってもいない俺が、一位と殺し合いをしている。

「残念です。解ってはもらえませんか」

 呟きと同時、シャシィは足元の土で己の分身を作り出した。魔力を均等に配分し、どちらが本体か判断出来ないようにしている。俺もよくやる業だが、やられてみると面倒だな。

 ならば、対シャシィの秘策として用意した切り札を使おう。

「これで一対二ですね」

「いや、二対二ですよ」

 俺は魔力を等分になどしない。精気と穢れがあれば充分だ。

 本当に、人質がいなくて良かった。こんな外法は他人に見せられたものではない。

 俺は懐に手を突っ込み、体内の魔力を、王国で回収した遺体の一部に全て流し込む。最早存在しない血肉を、シャシィと同様に土で代用する。

「反魂――ラ・レイ」

 凪のように静かな魔力が、人の形を成していく。俺のような紛い物ではない、真に王国最高の魔術師が目を醒ます。

 驚きからシャシィは攻撃の手を止め、呆然と術式の完成を眺めていた。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
蘇ったラ・レイ師がシャシィに食肉として狙われてたのを知ったらどうなるか気になりますね
フェリスもなかなか食えない術を使うな シャシィにとっても血肉がないから本当に食えないという
反魂の術、久しぶりに発動!それもラレイ氏とは!
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