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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
アディンバ地区浄化編

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210/225

食の好み

 ――空気がある場所なら、何処だってご近所みたいなものよ。

 そう豪語するだけあって、風精はものの数分で俺を街へと戻してくれた。

 ……すぐ動いてくれたことは嬉しいにせよ、手にした力はまだ体に馴染んでいない。感覚が巧く制御出来ず、歩くたびに体表が波打ち、人の形を失いそうになる。

 俺があまりに不安定な状態であるため、見かねた風精が同行してくれることになった。ただし穢れが濃い場所は厳しいそうで、辛くなったら帰ると念押しをされてしまった。

 完全な好意で手伝ってくれるのだ、こちらに文句などあろう筈がない。

「手間を取らせてしまい、申し訳ございません」

「別に大したことじゃないわ。取引を勧めたのは私なんだから、これくらいは当然よ」

「とは言っても、こちらが勝手にした選択ですからね。ただ甘える訳にもいかないでしょう」

「ううん、本当に気にしないで。こういう機会でも無いと、私はずっとあそこにいたでしょうから。本来風は留まるものではないのよ」

 聞けば、風精は別に遺跡の管理をしていた訳ではなく、居心地の良さで住んでいただけらしい。ただ、精霊の在り方としてはどうなのかと、自分でも疑問に思っていたそうだ。

 まあ俺も、風には自由という印象を持っている。自身が縛られているというのは、当人ならより違和感があるだろう。

 他愛も無い会話を続けていると、風精がふと足を止める。

「私のことはさておき……この先に人間が集まっている場所があるわね。そこそこやるヤツが一人混じっているみたいだけど、そんな調子で大丈夫?」

「勝つだけなら平気かなと。問題は、人質を取られている可能性が高いという点ですね。全員無事とはいかないかもしれません」

 シャシィに俺を殺せる手札があるとは思っていないが、誰かの首に糸がかかっているだけで、相当動き難くなる。怪我人はまだしも死亡者が出たらこちらの負けだ。

 探知は……当然ながら弾かれるな。人が集まっていると言われても、現場に何人いるかすら俺には解らない。

「人間同士の争いにはあまり興味が無いけど、貴方が作業に支障を来すのは嫌ねえ。人質くらいは何とかしてあげましょうか?」

「え? よろしいので?」

「うふふ。覚えておきなさい、精霊は(ともがら)には優しくするものよ。まあ、私には除染が出来ないから、そっちは任せたいっていう打算もあるけどね」

 茶目っ気たっぷりに片目を閉じる風精に、俺は深々と頭を下げる。流された時はどうなるかと思ったが、結果的には最善の出会いに繋がった。これほど心強い味方はいない。

 もう何が待ち構えていても平気だ。俺は呼吸を整え、曲がり角から顔を出す。

 話を聞いて、まあそうだろうと予想はしていたが、コアンドロ氏以外の全員がシャシィに捕まっていた。誰もが四肢を縛られ身動きを封じられており、苦痛に喘いでいる。最後まで抵抗を続けたのか、ミル姉だけは全身を切り刻まれた状態で、なおシャシィを睨みつけている。

 ……多少の怪我はあっても、死亡者はいないな。最悪を避けられたなら、慌てる必要は無い。

 俺は敢えて淡々と、いつもの調子を崩さず距離を詰める。それと同時、風精は空気に溶けて姿を消した。

「ただいま戻りました」

「あら、お帰りなさい。……へえ、少しは動揺するかと思っていましたが、驚かないんですね?」

「そういうこともあるだろうな、とは」

 流石です、とシャシィは拍手で俺を賞賛する。自力で気付いた訳ではないが、そこは良いだろう。

 元々信じていない相手に裏切られただけなので、あまり動揺はしなかった。被害をなるべく少なくして、相手を仕留めることを心がけるのみ。

「因みに……諦めて皆を解放する気はありますか?」

「無い、って解っていて訊いてますよねえ?」

「様式美みたいなものですよ。歩み寄りの姿勢は見せておかないと」

 会話はただの時間稼ぎだ。その間に、ミル姉の様子を『観察』で改めて確認する――意識はしっかりしていても、出血が多いな。喉を絞められているため、声は出せないようだ。大人しくしているよう目配せすると、何故か俺にまで敵意を向けてきた。

 自分で雪辱を晴らしたいようだが、ここは諦めてもらいたい。

「一応、理由を訊いた方が良いですか?」

「うーん、フェリスさんなら教えてあげようかな? でもラ・レイさんのお話と引き換えですよ」

 うん? ラ・レイ師の件が理由ではないのか?

 こうなった以上殺すことは確定しているし、別に話しても構わないが……他に本題があるとは意外だった。いや、こうして散々惑わされてきたのだから、相手の内心を思い込みで想像しない方が無難だな。

 応じずに風精の動きを期待していると、ミル姉が必死で目を血走らせ、情報を引き出せと訴えてきた。

 ……当主からの命令とあれば仕方無い。嘆息して俺は口を開く。

「そんなに聞きたいなら、ゆっくりお話をしましょうか? ああ、これでも必死で戻って来たので、椅子くらい出してほしいものですね」

「あら、じゃあ折角ですし、お茶も用意しましょうか」

 シャシィが高らかに指を鳴らすと、俺の足元が盛り上がり椅子が形成された。地術なら簡単に乗っ取れるので、俺は素直に座ってお茶を待つ。そして、脅威にならないサイアン殿がお茶汲みとして解放され、彼はすぐさま拠点へ走った。そのまま逃げるような愚は犯さず、彼は茶葉と湯呑を取って帰って来る。

 甲斐甲斐しく湯を沸かしながら、サイアン殿は平時と変わらない笑みを浮かべた。

「フェリス殿、ご無事で何よりです」

「ご心配をおかけしました。そちらこそ大丈夫ですか? 荒事に巻き込んでしまいましたね」

「私は問題ありませんよ。一文官が現場に赴くとはこういうことです、覚悟はしておりました」

 ……立派な方だ。

 自分の強度が低いと理解しているのに、ここまで冷静さを保って、職務に殉じられる者はそういないだろう。この男を喪ったら、王国にとって大きな損失になる。

「誰一人として死なせるつもりはありませんので、ゆっくり休んでいてください」

「期待して待っております」

 二人分の茶を淹れると、サイアン殿は邪魔にならないよう隅に控えた。シャシィはその仕事ぶりに満足したのか、彼の分の椅子も用意してやっていた。

 さて。

 お互いまずは一口熱いところを啜り、会話を始める。

「ラ・レイ師の話を聞きたいとのことでしたが」

「そうですねえ。では最初に……事故死というのは丸っきり嘘ですよね? 殺したのはフェリスさんで合っていますか?」

「ああ、それで合ってますよ。ファラ師とやり合って消耗したところで、私とぶつかった形ですね」

 シャシィは王子達の争いについて知るまい。心底くだらないと思いつつ経緯を最初から説明すると、彼女は一瞬だけ剣呑な色を瞳に浮かべる。ただ敵意は俺よりもむしろ、遠い王城へと向けられているようだった。

 正常に物事を判断出来る人間なら、当然あちらを憎むだろう。とはいえシャシィにそんな理性があるのも意外だった。

「回答には満足しましたか」

「満足はしませんけど、納得はしました。失礼ながら、あの王子様ちょっと足りてない気がしたんですよねえ。どうも雰囲気が頼りないというか……あの感じだと内紛くらい起きる気がします」

「彼を行政官として見るか、それとも王族として見るかで評価は分かれるでしょうね。じゃあ、そちらにもお答えいただきましょうか。何故今になって、部隊を襲ったんです?」

 問いかけに対し、シャシィは懐から取り出した肉を投げて寄越す。干し肉というにはしっとりしていて乾燥が甘く、未完成品といった感じがした。

 出来が心配で口をつけずにいると、相手は気にせずそれを嚙み始める。

「……答えを教えていただけないので?」

「んぐ、んっ。それは説明のために出したものですよ」

 全く意味が解らない。燃費が悪いのか、確かにシャシィはよく物を食べていた気はするが……だからなんだと言うのだろう。

 相手は夢中で肉を頬張り、何度も頷いている。どうも食べる気がせず、俺は貰った肉を持て余す。

「解りませんね。答えをお願いします」

「せっかちですねえ。因みに触ってみてどう思いました? まだ水分が抜けてませんよね」

「はあ、それはそうですね」

「どうしても出来上がりが待てなくて、食べてしまうんですよ。で、そうなると足りなくなるじゃないですか? だからまた作るんですけど、やっぱり我慢出来なくて」

 当たり前の話がだらだらと続く。

 シャシィのわざとらしい微笑みに、知らず肌が粟立っている。

 ふと疑問が過る――遠征に保存の利かない生肉は持ってこなかった。到着時点でシャシィは食料を持っていなかった。この周辺は汚染によって生き物の数が少なく、俺は食べられそうな獲物を見ていない。

 ならば、手の中にあるこれは、何の肉だ?

「干し肉を作るとして……材料は何処から調達しました?」

「うふふ。答えは解ったんじゃありませんか?」

「違っていたら良いなと、本気で願っていますよ」

 穢れ、除染作業、俺への興味、ラ・レイ師への執着。逃げ帰った連中は優れた魔術師だった。安否は確かめていない。確かめようもない。断片的な情報が組み合わさって、嫌な想像が頭の中を埋めていく。

 肺から空気を絞り出し、そして吸う。それと同時、取り込んだ力が完全に体へ馴染んだ。

「……ラ・レイ師はそんなに美味しそうに見えたんですか?」

「ええ、それはもう! だから私にしては珍しく、熟成を待ったんです!」

 結論は出た。これは駄目だ、すぐ殺そう。

 立ち上がり、風精に合図を出す。

 結界の糸が断ち切られ、人質が虚空へと消えていく。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
うわー 熟成を待っていた食材が台無しになったからあれほど経緯を知りたがっていたのか…
……本当に食べてしまったのか?
うわぁ。人喰いが性癖とは。過去一で人間種の敵ですね。
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