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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
ミズガル領滞在編
21/207

大角


 心配する要素が無い、ということはとても良いことだ。

 戦力というよりは案内役として、雑木林の中を進んでいく。手斧で小枝を払い、慎重に視界を確保しながら、ゆっくりと歩く。慣れ親しんだ道に敵が潜んでいるかと思うと少し肝が冷えるが、後ろの層の厚さがそれを杞憂にする。

「ビックス様は、斥候の経験があるのですか?」

 後ろにつくグラガス殿が、抑えた声で問う。

「多少、ですな。伯爵領の守備隊は役割を一定期間で入れ替えますので、私も斥候をすることはあります。うちは特別な人間がいない分、誰でも代わりが利くようにしているのです」

 突き抜けた才が無いのなら、違う道を選ぶしかない。最終的に領を守ることが出来るなら、そこに格好良さなど求めない。特定の誰かがいなければ成り立たない組織は間違っている。

 ……と、才無き身としては思っている。

「敢えて専門性を持たせないのは面白いかもしれないわね……うちでもやってみる?」

「そういう部隊を試しに作るのはアリでしょうな。今いる隊員は、すぐに切り替えろと言われても難しいかと思います。我が強い連中ですから」

 クロゥレン家はただでも武闘派で名を売っているのに、まだ上を目指すらしい。

「強度で行けば、王家の守備隊に引けを取らない猛者達でしょう。あまり色々と望んでは、却って成長しないのでは?」

 今までの経験からすると、何かに特化した人間にそれ以外の分野をやらせると、酷く不器用であることが多い。目立った長所があるのなら、素直に伸ばしてやった方が良いのではないか。

 私の言葉にミルカ嬢は苦笑しつつ囁く。

「苦手分野があるということとと、やりたくないことから逃げる、というのは違います。専門家になれとは言いません。ただ、他人の仕事の初歩を理解するだけでも、視野は広がると思うのです。……腕っぷしで生きている人間は、どうも他人に対して狭量になりがちだと感じているので」

 確かにそれはあるかもしれない。

 部隊編成についての雑談を交わしながら、少しずつ先へ進む。そろそろ、メルジが襲われた場所に到着する。

「その先に大きな樹がありますが、うちの隊員がやられたのはその辺りということです」

 身を沈めると、樹の根元に足で掘り返したような跡が幾つか見られた。蹄の形に覚えがないので、外からやって来た種ということだろうか。想定していたよりは、大きくはないようだ。

 フェリス殿は地面に手をつけ、しばらく目を閉じていた。淡い魔力が、地表を舐めるように覆っていく。

「そんなこと出来たのね。どんな感じ?」

「動いてたら解るんだけど、特に手応えは無いな。寝てたりするとお手上げだ。じっとしているのか、それとも近くにいないのか……ビックス様、この辺に穴倉とか、そういう場所はありますか?」

 穴倉か……岩壁が崩れて積みあがってる場所ならあったな。巧く瓦礫を寄せられれば、住処に出来るかもしれない。

「一か所、思い当たる場所はあります。そう離れてはいませんし、行きますか」

「そうですね、ちょっと行ってみましょう。いるようだったら、後はミル姉にお任せで」

「元からそういう指示だったし、私は構わないけど」

 ミルカ嬢が乗り気なら、こちらとしては避ける理由は無い。

 僅かな緊張を飲み込んで、向かう先を変更した。


 /


 ビックス様の案内で暫く歩いていると、大小様々な岩を積み上げた、ちょっとした丘のような所に行き当たった。なるほど、場所によっては魔獣が姿を隠せそうな作りにはなっている。

「ここは?」

「二年前に地震がありましてね。すぐそこに岩壁があったのですが、それが崩れてこうなりました。今では土砂を捨てる場所にもなっているので、身を隠す場所には事欠かないかと」

 岩は大きさがバラバラな所為で、そこかしこに隙間はあるようだ。とはいえ角があると考えれば、そう奥には入り込めないだろう。となれば、取り敢えず手近な所から埋めていくか?

「フェリス様、隙間を潰せますか?」

「うん、俺もそれを考えてた。ちょっとやってみようか」

 グラガス隊長の提言に従い、丘に手を触れる。魔力を張り巡らせると、やはり隙間を感じる場所が多い。試しにすぐ側の空間を土砂で埋めてみるも、特に抵抗は無かった。塒に防壁を仕込むような相手ではないようだ。

 細かい土砂を動かして、目に見える場所からどんどん流し込んでいく。ある程度塞がったら、今度は圧縮して一つの大きな岩を形成する。箱型の岩が出来上がったら、脇へ寄せて邪魔にならないように。魔獣退治というよりは、散らかったゴミ捨て場の掃除をしているような気持ちになる。

「時間がかかりそうねえ」

「こういうのはすぐに結果が出るもんでもないんじゃない? 怪しい所を気長に潰していこうよ」

 そうは言っても、じっとしているのは他の面々も退屈か。どれ、また少し探ってみよう。

 魔力を波紋のように広げる。返ってくる感覚は虫や小動物のものばかりで、それらしいものは何も無い。

 いや、もしかして隠蔽か?

「そうか。呪詛を使えるんだものなあ」

「どうしたの?」

「いや、呪詛が使えるってことはある程度の陰術が使えるってことなんだよなあ、と。いいや、面倒くさい。ビックス様、この山全部片付けていいですか?」

「そ、それは勿論構いませんが」

 よし、了承は得た。ここにいると確定した訳でもないが、下手に隠れる場所が残っている方が厄介だ。後々のことを考えれば、整理してしまった方が良い。

「じゃあ俺が脇に寄せて行くから、ミル姉は陽術を範囲広めで出し続けてくれ。術を使って隠れてるんなら、これで絶対に引っかかる」

「なるほどね。ちょっと試してみましょうか」

 ゴリ押しや力業と呼ばれるやり方でも、成果が出るならそれで良い。

 言うや否や、ミル姉は隙間に向かって軽めの光を放つ。俺は俺で、岩をまとめてどんどん脇に積み上げていく。なるべく大きさを揃えて綺麗に並べることで、逃げ場を作らないようにする。

 周囲への警戒は解いていないものの、することの無い二人は暇だろう。こちらとしても単純作業を続けるのは本意ではない。手早く終わらせてしまおう。

「ミル姉は魔力大丈夫?」

「まだまだ余裕ね。出力上げる?」

「そうしようか」

 一つずつ作っていた塊を、三つずつ作っていく。消費魔力は当然跳ね上がるものの、これくらいで枯渇するほど軟な鍛え方はしていない。ミル姉もそれは同じで、範囲を広げても息一つ切らさずについてくる。

 同じ作業を繰り返す。どれくらい経ったかと顔を上げた時、一瞬知覚の中に引っかかるものがあった。ミル姉に目配せすると、あちらも気付いたらしく一つ頷いた。

 瓦礫の山の丁度反対側で、何かが気配を殺して潜んでいる。

 まだだ。気付かないフリで、同じ行動を繰り返す。それと同時、足を通して地面に魔力を流し込み、遠く離れた地点に石壁を作っていく。幸い材料は幾らでもある。この際、消耗は気にしない。

 多少時間はかかったが、それでも動く気配は無い。こちらの様子を窺うにせよ、その慎重さが命取りだ。

 さあ、逃げ道は塞いだ。

 ビックス様とグラガス隊長にその場で止まるよう指示。ビックス様に万が一があってはならない。それと同時、俺は左側、ミル姉が右側から回り込むようにして、怪しい気配へと近づいていく。敵はまだ逃げる気配を見せない。

 丘の向こう側でミル姉の魔力が高まる。それと同時、俺は脚に力を入れ一気に駆け出す。

「っ、何だコイツ!?」

 目に飛び込んで来た異様に、一瞬虚を突かれる。たじろいだ所為で放った石槍は避けられ、俺と魔獣は向かい合う。

 ミル姉には人為的なものである可能性は低いと言ったが、間違いのようだ。

 外観というか、形状は鹿に似ている。四つ足で、噂の通りの立派な角が生えている。問題となるのは皮膚だ。腹から足にかけてが蛇のような鱗に覆われていて、上体は黒い毛皮に岩が点々と張り付いたようになっている。素材をごちゃごちゃに混ぜ合わせた結果、失敗したような印象を受けた。

 しかし、気になることは多々あれど、討伐対象であることに変わりはない。

 ミル姉の到着まで時間を稼ぐため、今度は礫を散弾のようにして放つ。威力は低いが、面による攻撃で相手の動きをある程度抑制する。

「キイィ――!」

 甲高い叫び声が響く。魔獣は右に左に身を傾けて礫を避けようとするが、少しずつ皮膚を傷付けていく。

 最初こそたじろいだものの、脅威を感じるほどの相手ではない。勝とうと思えば簡単に勝てる。だが、コイツを倒すのはビックス様かミル姉でなければ、貴族としての名誉に関わる。誰が見ている訳ではなくとも、体裁を整えることは重要だ。

 ……そう大きな丘でもないのに、まだミル姉は現れない。本当に足が遅い。

 やむを得ず、石壁を作って相手の行動を阻害していく。俺かミル姉の方にしか逃げられないように、相手を追い詰める。時折、魔獣はその角で石壁を突き崩そうとするが、俺の魔術の方が硬いのか巧くは行っていない。

 しかし、コイツは逃げるでもなく向かってくるでもなく、何がしたいのか? 俺にあまり攻めっ気が無いのは事実としても、命がかかったこの状況であまりに積極性に欠ける。ミル姉の楽しみを奪わないよう、あまり削らないようにしていたが、この様子ではその意味も無さそうだ。

「キ、キッ」

 鳴き声と同時、相手の姿がぶれる。ようやく展開された魔術は、姿をぼやけさせる程度のもの。こちらが範囲攻撃をしている局面ではあまり意味が無い。

 適当に相手をしていると、何故かミル姉がビックス様を伴って現れた。二人にらしからぬ焦りが見える。

 ビックス様は俺を見るなり、叫び声を上げた。

「フェリス殿、そいつは囮です!」

「はあ?」

「先程父上と『交信』をしました! 街の方でもう一体の大角が暴れています!」

 遠隔地の人間との連絡とは、ビックス様もまた、破格な異能をお持ちで……。

 しかし、感心している局面でもない。妙にだらだらした戦い方だと思ったら、本命は街だったか。命がけで時間稼ぎとは、ますますもって野生の考え方ではない。しかも、効果が出ないであろう点が尚更だ。

 確かに伯爵領が落ちれば、近隣の食糧事情は一気に悪化する。とはいえ、この個体を見る限り、伯爵領で対処に困るほどの脅威ではない。ここで時間を稼いでも、コイツは単に無駄死にだろう。

 となれば……効果が出ないことは解った上での、単なる実験?

 判断材料に乏しく、敵の狙いが解らない。

 ただ今は、そんなことを考えている場合でもない。あちらで被害を抑えられそうなのは、俺よりはミル姉か。

「ミル姉、街に向かってくれ。俺らもすぐに向かう。ビックス様はグラガス隊長へ街に戻るよう伝えてください」

「解ったわ」

「しかし、今からでは――」

 ビックス様に笑いかける。大丈夫、手はまだある。

 幼少期に、両親から偉く怒られた遊び。ミル姉だって覚えているだろう。

 腹の底から魔力を練り上げる。ミル姉は身を縮めて、全力で防壁を張る。

「さあ、来なさい!!」

「おう、頼んだ!!」

 街の方へ向けて、石柱を全速力で斜めに突き出す。常人なら全身が砕かれそうな衝撃を受けて、轟音と共にミル姉が空へと射出された。

 後は風術で飛んでいけるだろう。

「さて……」

 魔獣へと向き直る。

 相手を侮って、不意を突かれる。そんな悪い例をつい最近見たばかりだというのに、やってしまった。もう遊んでいる暇は無い。

 『集中』に魔力を回す。陽術による身体強化で、ジィト兄の動きを再現する。消えるほどの動きは出来なくても、間合いを詰めるだけならば充分。

「キィ!?」

 近づかれた驚きで振り回された角を、身を沈めて避ける。眼前にある右前脚を、鉈で叩き斬った。脚を一本失い傾く体に、横合いから掌で触れる。

「シィッ」

 脇腹へと水弾を放ち、相手を吹き飛ばす。その先にいるのはビックス様だ。

「とどめを!」

「応!」

 体勢を崩した魔獣に、攻撃を避ける術は無い。

 一直線に振り下ろされた斧が、大角の首へと食い込んだ。血を撒き散らしながら、相手は全身を暴れさせる。傷口から濃い陰が立ち上る。

「させるかよ!」

 より強い陰術で、敵の呪詛を上書きする。ビックス様は大角の頭を踏みつけ、斧を全身で押し込むようにし、頸骨を断ち切ろうとする。

 やがて敵は一度大きく体を跳ね上げ、そして、動かなくなった。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

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