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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
アディンバ地区浄化編

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207/226

貴方のために

 大変お待たせいたしました。

 河沿いにやって来た面々は、一様に顔を引き攣らせていた。それも当然だ、穢れを街へ引き込む経路なだけあって、危険度は外周を大きく超えている。あのシャシィですら惨状に気圧され、生唾を飲み込んでいる。

 拠点へ到着してすぐに除去作業を始めた所為で、誰も大河の様子を観察していなかったらしい。皆が動けずにいる――その隙を突いて俺は掴まれたままの両腕を振り解き、一人だけ前に出た。

「待ってください、フェリスさん。このまま進むのは流石に危険です」

「俺は対応出来るので、周りを守ってあげてください」

 シャシィの危惧を無視し、ひとまず呼吸を整える。『観察』を使った感じでは、式場より範囲は広いが濃度は低いといった印象。あれを一度味わってしまうと、大体の現場は予想の範疇に収まる。

 まあ今となってはどれだけ大量の穢れを見ても、餌場を見つけた、という気持ちにしかならない。腹の底で食欲が疼くのを我慢して、俺は穢れ祓いの乱射で視界を確保した。

 ……精気を使わないよう制限している所為で、無駄に時間がかかるな。だから一人で行動したかったのに。

「なあ。俺は行くけど、本当に皆もついて来るのか?」

「いやいや、本気で言っているのか? あれは人間が生きていられる環境ではないぞ。少なくとも私には無理だ」

 ハルネリアは穢れ祓いを構えたまま、冷や汗を滲ませている。状況判断は合格、街に着いた当初はほとんど穢れを感知出来なかった男が、この短期間で随分成長したものだ。これなら教国に戻っても活躍出来るだろう。

 未来は明るい。耐え切れず、口元が緩んでしまった。

「……何がおかしい?」

「いや、あの光景を見て足を止められるなら、お前はもう大丈夫だと思ってな。お仲間はあれよりも優しい環境で逃げたじゃないか」

「あの判断を馬鹿には出来ん。今ならアイツ等が逃げた理由も解る、私も足が震えるよ」

「その感覚は大事だから覚えておけ。たとえ命令違反になろうと、退くべき時は退くようにな」

 立て直しを図ろうとして足掻くのは、弱気の表れではない。責任感なんてものに縛られて死ぬくらいなら、みっともなくても生きていた方がずっとマシだ。

 俺が撤退を促すと、教国部隊とワイナ、そしてサイアン殿が悩みつつも立ち止まった。ハナッサ殿は陽術で障壁を張り、シャシィとミル姉以外の全員を覆ってしまう。

 流石、慣れている人間は切り替えが早い。

「ハナッサ殿、この場をお願いします」

「ええ……畏まりました、お任せください。代わりに、貴方が何をするかだけでもこの場で見届けさせてください。まさかそれまで制限はしませんね?」

「そりゃあ、わざわざ制限はしませんが……拠点で休んでいた方が良いと思いますがねえ。地味で退屈な作業ですよ?」

「それでも、知識は力ですから」

 河底を決まった形に彫り込む作業を、遠くから見て何が解るのだろう。それに術式を知ったとしても、祭壇の持つ無尽蔵の魔力が無ければ浄化は機能しない。何かに術式を刻んで魔力を流すより、穢れ祓いを使った方が話は早い筈だ。

 ……とはいえあの表情だと、説明しても意思を翻しそうにないな。だったら好きにさせるか。

「暇だったら帰っても構いませんからね」

「貴方ほどの魔術師が手札を晒してくれるのに? そんな勿体無いことは出来ません」

「持ち上げますねえ。そんな大層な存在になった覚えはありませんよ」

 基本的に俺は単独行動を続けていて、人前で作業を見せたりはしていない。好き勝手に動いただけで、大した結果も出せていないように思うのだが、その割に随分と評価が上がったものだ。どう取り繕ったところで、俺がコアンドロ氏に加担したことは否定されないし、ハナッサ殿もそこは察しているだろうに。

 ……皮肉な話だな。周りと協調せず我を通した方が、働きを認められるとはね。

 ならまあ、精々期待に応えるとしますか。

 苦笑を噛み殺し、俺は振り返らずに歩き出す。背後で皆が息を呑む気配がしたため、手を振って平気だと示すことも忘れない。

 さて、まずは検証から。河の縁で膝をつき、水の中に手を突っ込む。魔力を通してみると、想像していたよりも流れは速く、底も深いようだった。このまま河へ飛び込むのは厳しいとなると、当初の予定通り水を堰き止める方法が望ましいな。取り敢えず一旦試してみよう。

 俺は河の一部を凍らせ、術式が刻まれた場所までの道を作る。慎重に踏み出すと、すかさずシャシィの糸が腰に絡みついてきた。視線を投げると彼女は祈る形で手を組みながら、俺を見て頷いている。悪意の表れではなく、どうやら命綱のつもりらしい。首肯して返し、更に先へ踏み出す。

「……ああ、こりゃ駄目だな」

 祭壇を介さず、肉眼で確かめた河底の様子は酷いものだった。

 地面は抉られ砂や石が溜っており、術式はあちこちが欠損している。地精からの情報によれば、元々は地形を保全するための術式もあったようなのだが、それが真っ先に壊れたのだろう。最早無事な場所を探す方が難しく、監視機能が何故活きているのか不思議なくらいだった。

 どうすべきかは知っているし、手に負えないとは言わないまでも、これはかなり時間がかかる。

 俺は頭を掻き毟り、自分が今何処にいるかを再確認した上で、教えてもらった通りになるよう地術を発動させる。河底は魔力の通りが良い素材で出来ており、術式はあっさりと修復出来た。念のため表面を保護するように固めて、作業は終了。

 難しい手順は一つも無い。こうなるとやはり、問題は河の面積だな。

 精気を使わず魔力だけで事を済ませる場合、一日にこなせる回数が十回程度。頭の中の図面と今回の箇所を照らし合わせると、同じ作業をあと百回繰り返しても終わらない。逆に精気さえ使えるなら、二日くらいで全てを終わらせられるだろう。

 やっていればいずれ終わる作業ではあるにせよ、本気で観客が邪魔だ。

 俺は溜息を吐いて河底から這い上がり、凍結を解除する。再び水が流れ出しても、刻んだ術式は崩れたりしなかった。

「どんな感じ?」

 声に顔を上げれば、全身を陽術で保護したミル姉が俺を見下ろしている。こちらに気を遣ったのか、他の面子は周囲にいない。

「作業としては難しいものじゃない。必要なのは根気だな」

「まあ知ってる形に地面を整えるだけだしね。どうする? 河底はアンタがやらなきゃ進められないとして、きついなら、流れを堰き止めるだけでもシャシィに任せる?」

「いや……手札を晒したくないし、そこは良いよ。むしろ全員、自分の作業に戻るよう指示してくれ。後はこれが続くだけだ」

 一応、気が散るから帰ってくれ、とまでは言わないでおいた。

 俺が助けを求めていないことも、これ以上の見所が無いことも理解したのか、ミル姉は苦笑して引き上げていった。全員が去った後、それでもシャシィだけは現場に残り、こちらを観察している。

「……帰らないんですか?」

「フェリスさんが流されないよう、止める役目が必要ですから」

 その発言で思わず腰に手を当て、気付く。

 ああ、いざという時はシャシィが俺を止めると思ったから、ミル姉は素直に帰ったのか。

 ……これは信頼されていないというより、手に余る人間を増やしたくない、という意味合いかな? 今まで散々甘えてきているし、ミル姉が背負い切れなくなったとしても不思議ではない。或いは単純に、命令を聞かないシャシィを押し付けてきた、という可能性もある。

 いずれにせよ、シャシィはここから離れないだろう。自分で蒔いた種とはいえ、不本意な展開だ。

 ううむ、どうも思い通りに事が進まない。いつまでもシャシィを警戒するより、一度腹を割って話すべきか?

「今日のところは作業を止めて、段取りを考えるつもりです。命綱はもう外していただいて結構ですよ」

「どうしましょうかね。フェリスさんはそう言って無茶をしそうですから」

 ふむ、そうか。頼んでも聞いてくれないのなら、もうお願いはすまい。

 俺は糸を自力で外し、シャシィへと投げ返す。シャシィは悲しそうに魔力を霧散させ、俺の足元に跪いた。

「気を悪くしましたか? 私は、ただフェリスさんを心配することも許されませんか?」

「自分が今までしてきたことを、振り返っていただきたいものですね。何か裏があるんじゃないかとしか思えません」

「だって、仮にフェリスさんが死んだら、ようやくまとまった部隊がまた瓦解しますよ? 私はあの人達を導くような器じゃありません」

 まあこの反論には一理ある。俺が死んで部隊が瓦解するかはさておき、シャシィが指導者向けでないことは確かだろう。何故か最近は大人しくしているが、本来彼女は他者に寄り添うような手合いではない。となると、面倒を避けようとしている? いや、わざわざそんな真似をするくらいなら、一人で場を浄化した方が早い。シャシィは出来ない人間に足並みを揃えたりしない。

 ずっとつき纏っている違和感――何故急に、彼女は俺に媚びるようになったのか?

「何が望みです? ラ・レイ師の話なら前も言った通り、ミル姉に訊いた方が早いですよ」

「ラ・レイさんの話は確かに気になります。そうじゃなくて……尊敬に足る相手は、大切にしたいじゃないですか。私だって人並の感情はありますよ」

 頬を染め、真っ直ぐにこちらを見詰める瞳が、潤んで揺れている。俺はそれを見て動揺する。

 涙の所為ではない。好意をぶつけられたからでもない。

 一体いつからだ?

 ああ、俺には解る。かつて盗賊の口を割るため、似たような手を使った経験がある。

 目の奥に魔術的な痕跡が見られる――何故シャシィは正気を失っている?

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

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シャシィが正気じゃないのは面倒だけど、従うとなればメリットではあるな 一体フェリスはどうするのか
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