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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
アディンバ地区浄化編

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206/226

人の価値とは

 式場の穢れを全て飲み込み、当座の時間稼ぎが終わった。栄養摂取もついでに済ませられて、飢餓感も完全に消えた。

 爽快感が頭の中を駆け巡っている。解き放たれた気分だ。

 気付けば数時間経っていたらしく、式場の入口でコアンドロ氏が呆然としていた。

「おいおい……まさか、あれからずっと作業していたのかね?」

「そうですね。……いや、自覚は無かったんですが、私はどうやら腹が減っていたようでして。穢れに飢えていたんですね」

「ふむ? 穢れを吸収出来るようになった段階から更に進んで、穢れを栄養として求めるようになったのか……? 奇妙というか、面白い進化だね。作業は進んだ訳だし、今に限っては望ましいんじゃないかな」

 人間として生きるのに困る仕様でも、現状を打開出来るなら構わない――コアンドロ氏の立場ははっきりしていた。こうして態度を変えずにいてくれることが、今の俺にとっては何よりありがたかった。

「我ながらおかしな体だと思いますが、取り敢えず、やれることはやったので暫くは保つでしょう。私は一度上に戻って報告をして来ますので、この場をお任せしても良いですか?」

「勿論だ。次は君がゆっくり休んでくれ」

「多分、休まず次の作業に入ることになりますよ。助けが必要な時は呼びます」

 応じるように軽く手を挙げて、コアンドロ氏はその場に腰を下ろした。穢れが拭い去られていても、周囲を確認する目に油断は無い。休憩で気持ちを切らしてはいないようだ。

 うん、これなら大丈夫だな。

 俺は安心して式場を抜け出し、そのまま地上へ向かった。ずっと籠っていたので時間の感覚が失われていたが、日差しの感じからしてどうやら昼が近い。このくらいの時間なら、誰かしらは拠点にいるだろう。

 そうして体を慣らしつつ拠点へ戻ると、全員が並んで食事をしているところだった。俺に気付いたミル姉が、食べかけの骨付き肉を皿に置く。

「お疲れ」

「……お疲れ様。まだ戻らないと思ってたけど、案外早かったわね。首尾はどう?」

「大体は片付いたよ。黙っていても三日くらいは保つんじゃないか」

 こちらを見る全員の目が、何故か驚きを含んでいる。予想していなかった反応で俺は少し戸惑う。

 ミル姉は地面を手で叩き、俺を自分の隣へと招いた。

「まあ座りなさい。汁物なら多少残ってるわよ」

「いや、いい。腹は減ってない。そっちの調子はどうだ?」

 尋ねると、挙手をしたシャシィが勢い良くこちらに身を乗り出す。

「あ、その件であれば私から。街中に入って作業を始めてみましたが、外周よりも穢れが濃いのであまり進んでいません。危険も多いように思いましたので、基本的には私とミルカさんの二人で担当することにしました」

「……そうですか。俺が命じることではありませんが、安全第一で進めてください」

 なるほど、ハルネリアとミーディエン殿を外周に回し、ハナッサ殿をまとめ役として宛がったのか。個々の力量を考えれば当然の流れだな。

 教国部隊が罰の悪そうな顔をしているが、除染作業の面で言えば、ハナッサ殿以外は初心者を脱したくらいの扱いだ。手に余る場所へ突っ込めと命令はし難いし、判断としては間違っていないだろう。

 俺は頷いて、取り敢えずお湯を分けてもらった。場の空気に耐えられなくなったのか、ハルネリアが姿勢を正して頭を下げる。

「すまん。中で作業するには、こちらの力が不足していた」

「これくらいでわざわざ謝るなよ。お前が手を抜いていないことくらいは解ってるさ」

 魔力切れで昏倒しても再び立ち上がり、なお穢れ祓いを振るっているハルネリアやミーディエン殿の姿を、俺は何度も見てきた。二人は頑張ってくれているし、むしろ成果を挙げている。外周の様子が落ち着いたのは彼等の尽力があってこそであり、多少巧くいかない程度で悔やむべきではない。

 大体にして、武術師に魔術師の仕事をやらせている現状がおかしいのだ。ミーディエン殿はその辺の現実を既に飲み込んだ後らしく、特に動じる様子を示さなかった。

 うん、この態度が正しい。俺はハルネリアの思考を改めるべく、口を開く。

「焦る気持ちは解るが……例えば部隊に新人が入ったら、まずは日々の訓練で体力をつけてもらうだろう? それが第一で、いきなり敵将の首を求めたりしない。お前も同じで、まだ魔力を増やすべき段階なんだ」

「建前としてはそうだろうさ。しかし、悠長にしていられる状況ではない、というのも事実ではないか? このままではフェリスの負担が大き過ぎる」

「ああ、俺? 俺のことは気にするな。解決策はあるから大丈夫だ」

「解決策って?」

 何気なく漏らした単語に対し、聞き捨てならないとばかりにミル姉が食いつく。

 話が大掛かりになるため、細かい説明をするつもりはなかったが……まあこの際か。全員が注目しているこの状況で、誤魔化すのは無理があるな。

「穢れを浄化するための術式が解った。河底にそれを刻んで、街や周辺地域の汚染を抑える」

「術式が正しいかは……まあ試せばすぐ解るか。でも、この広い河にどうやって?」

「そりゃあ河底に仕込むんだから、水を止めるか、潜るかしかないだろう」

 因みにどちらを選ぶかはまだ決めていないが、双方に長所と短所があると俺は考えている。水を止める場合はかなり魔力を消費する一方で、潜る場合だと水の抵抗があって作業が遅くなる。なるべく早めに決着したいので、水を止める方が現状だと優勢か。

 ミル姉はこの策の問題点にすぐ気付いたらしく、呆れたように目を細める。

「それはまた随分と……口にするだけなら簡単だけどね。街より広い範囲になるのに、一人でどれだけ魔力を注ぎ込むつもり? あまり現実的じゃないような気がするけど?」

「その辺をどう評価するかはご自由に」

 身内が相手だから、俺はやるべきことを一応告げたというだけだ。納得してほしい訳でも、協力を求めている訳でもない。そもそも俺は部隊とは別の第三者であって、誰の指揮下にも入っていないのだから、行動を縛られる謂れはない。

 状況がどう転ぶかは解らなかった。それでも最終的に、俺かコアンドロ氏しか事態を解決出来ないだろうと予想していた。その他の参加者に求めたのはあくまで補助であり、その役目は充分に果たしてもらっている。

 他人に期待出来るような状況ではなかったし、抱えているものが多過ぎたから――俺は自分を部隊から切り離したのだ。無理をするのは一人だけで良い。

「俺が失敗したとしても、部隊の活動に影響は無いだろう? 元々いない筈の存在なんだし」

「いやあの、何言ってるんです? 表面上はどうあれ、この面子をまとめ、動かしているのはフェリスさんでしょう。貴方がしくじったら皆動揺しますよ」

「ええ……?」

 シャシィの突っ込みに皆が一斉に頷く。普段別行動で何か指示している訳でもないのに、どうして俺を当てにしているんだ。特に、ハナッサ殿やワイナはどちらかと言うと俺に反発しているだろう。

 状況を整理出来ずにいると、溜息を吐いてシャシィが立ち上がる。

「解ってない顔ですねえ。ほら取り敢えず、実行可能な策かどうか、まず見せてください。貴方が部隊を心配するように、部隊も貴方を心配します。詳しく説明してもらった方が、皆も気兼ねなく過ごせるでしょう」

「……そうね。というかさっきの態度は生意気だったから、手札をさっさと晒しなさい。指揮下じゃないとしても、作戦に支障を来すようなら私は貴方を止められる立場なんだからね」

 シャシィとミル姉が俺の両脇を抱え、無理矢理に引き起こす。思いの外力が強く、絶対に離すまいという意思を感じた。

 何故ここまで俺に拘る……? こんな勝手な人間を、ありがたがっている場合でもないだろうに。

 どうにか抜け出そうとしていると、ミーディエン殿が棒を持ち上げ、俺の額に軽く振り下ろす。気の抜けた音が響き、俺は唖然として顔を上げる。

「あのなあフェリス。教国部隊が瓦解した時、我々が踏み止まれたのはお前がいたからだ。シャシィ様だってお前だから従っているし、ミルカ様も同じなんだよ。自分を軽く扱うんじゃない」

「いやいや、立場が無い人間の扱いなんて、軽くて当たり前だろう」

「ふん、そうやって我々を危険から遠ざけるのか? 見え透いていると言ってるんだよ」

 いかん、敵が三人に増えた。話を聞いてくれない。

 ハルネリアに視線を向けると、彼は苦笑して首を横に振る。ハナッサ殿は食事の片付けを始め、すぐに出発出来るようにしているし、サイアン殿とワイナは空気に徹している。

 ……まさか全員の前で、作業を見せなきゃいけないのか? それが嫌で単独行動をしていたのに?

 現実が想定から外れていく。俺は何を間違ったんだ。

「諦めなさい。こっちは当主権限で命令しても良いのよ?」

「そこまですることかね。何でそんなに必死なんだ」

「アンタが自分をどう思っていようと、価値が損なわれることは無い。そういう話ね」

 はて、俺は自分の都合で動いているだけで、表に出せるような実績なんて無い筈だ。切欠は祭壇を誰かに任せたいというだけの我が侭だったのだ、それを勝手に持ち上げられても困ってしまう。

 だが、ミーディエン殿とハルネリアが前後を塞いでしまい、俺は逃げ道を失ってしまった。

「……価値なんて見出されなくても構わない。俺は功績なんて要らない」

「そうなんでしょうね。でも、アンタが無報酬ってのは誰も納得しない。さてそうなると……じゃあクロゥレン家から王家への請求はアンタの希望に従う。これでどう?」

 流石はミル姉、俺の価値観を知っている。

 コアンドロ氏を亡命させるなら、この提案が好都合なのは確かだ。王国や工国と交渉するにしても、ミル姉から提案した方が説得力は出るだろう。なかなか断りにくいところを突いてくる。

 暫し悩んだものの、答えを出す暇も無いまま、俺は河まで引き摺られていった。

 今回はここまで。

 なお来週は私用のためお休みです。次回は15日を予定しております。

 ご覧いただきありがとうございました。


6/13追記

 急な休日出勤により次回更新は6/22となります。

 申し訳ございません。

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