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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
アディンバ地区浄化編

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205/225

また会う日まで

 不眠不休で一日作業を続けた結果、祭壇は再び河の監視が出来る程度の機能を取り戻した。しかし、これだけ貢献してもなお、コアンドロ氏に報酬は与えられなかった。まあ直接指示を受けた俺ですら何も得られていないのだから、仕方ないことではあるのだろう。

 こうなるとコアンドロ氏を下流に派遣し、無事な祭壇と接触してもらうことも必要かもしれない。まともな祭壇であれば、流石に支払いをしてくれる筈だ。俺の功績を譲っても良いから、とにかく彼を強化してほしい。

 どんな特典があれば便利だろう……何も案が浮かばないあたり、疲れが溜まっているようだ。振り返れば、コアンドロ氏も腕が上がらなくなってきている。

「コアンドロ様、そろそろ休憩しましょう。私はここに控えていますから、食事を済ませてください。何だったら半日くらい寝ても構いません」

「急に状況が悪化することもあるまいが、君は休まなくて大丈夫かね?」

「大丈夫ですよ。私の異能は『健康』です。魔力さえ尽きなければ体調は維持出来ます」

 そして、魔力は穢れがある限り尽きたりはしない。

 コアンドロ氏は安心したように気の抜けた笑いを浮かべ、ふらつきながら通路へと出て行った。気丈に振舞ってはいたが、やはり限界が近かったようだ。已むを得ない状況だったとはいえ、俺が無理をさせ過ぎた感はある。

 ……ここまで来れば後は一人でもどうにかなるし、コアンドロ氏には暫くはゆっくりしてもらおう。

 気を取り直して俺は『健康』を全開にし、その消費魔力を穢れで賄う。長時間の労働で溜った疲れが、少しずつ抜けていった。

 さて。

 周囲に誰もいない絶好の機会、これを利用し落ち着いて考え事がしたい。目下最大の問題――シャシィの仕掛けはどうなっているのか。

 祭壇の存在を悟られないよう具体的な場所は伏せていたのに、糸は地下通路に張り巡らされていた。街中に幾つか入口がある以上、調査中にたまたま見つけたという可能性もあるが……直感はそれを否定している。

 シャシィが頼っているものは、偶然ではなく己の力だ。解らないなら、調べるのではなく無理矢理に暴こうとする。思い通りに事が進まず、俺に襲い掛かったあの時こそが本質に近いだろう。そんな彼女がある程度の確信を求めるならば、糸を狙った相手に直接結びつけるのではないか?

 ……そう仮定してはみたものの、体に違和感はまるで無い。そもそも、俺の読みが合っているのかも解らない。

 どうすれば相手の仕掛けが見えるようになる?

 魔術強度14000超えの天才が使う業を、今の俺が知覚するために何が出来るか。技術で劣る俺がシャシィに追いつくために、何を。

 俺がシャシィに勝るもの――こんな時に縋れるのは、上位存在に与えられた力である異能か?

 硬い床に腰を下ろし、意識を『集中』して周囲を『観察』する。一点を凝視するのではなく、全体を視界に収められるよう目の緊張を解す。穢れはだいぶ薄くなったとはいえ、明かりを浮かべてもまだ室内は暗いままだ。細いものや小さなものを認識するには条件が悪い。

 ううむ。気合を入れ直したところで、見えないものは見えない……困ったな。

 簡単ではないと解ってはいたが、糸が見えるようにならなければ、シャシィの行動を止められない。俺が攻撃される分にはどうでも良いが、彼女が他者に手を出す可能性も高いため、その対応策を持たなければならない。

 ああでもないこうでもないと思案していると、背中に小さな手が添えられた。

「ただいま。一人で作業してたの?」

「いや、他に一人助けてくれる人がいるけど、今は休んでもらってるんだ。もう戻って来たのかい?」

「近所だもん、すぐだよ」

 地精の少女は俺の首筋に抱き着くと、いきなり精気を流し込んできた。それと同時、下流の祭壇で得たであろう情報が、言葉にせずとも知識として俺に刻まれる。

 精霊はこんなことも出来るのか。

 俺は少女を膝の上に乗せ直し、柔らかい髪を梳く。彼女は猫のように目を細め、俺の手に頭を擦りつけた。

「ありがとう、河底にあるべき浄化の術式が解ったよ」

「どういたしまして。これで街の汚染はどうにか出来そう?」

「そうだね。二人から貰った精気もあるし、後は河の水を止めて、地形を変えれば行けるんじゃないかな」

 段取りは一応頭の中で組み上がった。二三日は徹夜する必要がありそうだが、頑張れば一人でやれそうな雰囲気はある。残る仕事はコアンドロ氏の育成と、行動を読めないシャシィについてだけだ。

「……表情が暗いね。何か心配なことでもあるの?」

「心配……いや、別に無いよ?」

 ここで言葉にしたらシャシィに聞かれてしまう。そこで俺は少女を真似して、仕掛けられた魔術が見えないという悩みを精気で伝えた。

 相手は唇を尖らせると、大きく腕を振って壁や天井を振動させる。それと同時、周囲の空気が変わったような気がした。

「わざと盗み聞きをさせてるのかな、と思っちゃった。これで大丈夫」

「あ、ああ。気付いてたんだ?」

「お兄ちゃんが精気の使い方を知らないだけだよ。お兄ちゃんは精霊なんだから、魔力じゃなくて精気を使ってモノを見ないと、いつまで経っても成長出来ないよ」

 ……仰る通りで耳が痛い。

 そうだ、魔力だって使うことで鍛えたものだ。どうも俺は精気を切り札のように考え、大事に取っておこうとしてしまう。当然ながら、使わないものに通じることはない。この意識を捨て去らないことには、いつまで経っても貰った力が馴染まないだろう。

 いつもは魔力を回すところを、精気に切り替えて『集中』と『観察』を起動する。五感が一段深くなり、脳が重くなるような圧が全身を駆け巡る。いつも以上に負荷が大きく、正直きつい。

 だが、穢れによる視界の悪さを無視出来るようになっている。心做しか世界が色鮮やかだ。

「おお……? 全然違う、よく見えるな」

「やってみれば簡単でしょ? お兄ちゃんはもっと自分の力を試した方が良いよ。じゃないと、出来ることも出来ないことも解らないんだから。人間であろうとしても、もう戻れないんだからね?」

 彼女にこう言われるのは初めてではないな。

 確かに、俺にはまだ自覚が足りないらしい。元々人間であった頃に染みついた癖は、簡単に消えたりしないだろう。暫くは苦労しそうだ。

 それでも、助言のお陰で光明は見えた。

「もうちょっと時間はかかりそうだけど、やってるうちに掴めそうな気はするな」

「お兄ちゃんなら、慣れればすぐ気付くよ。ただこれを仕掛けた人って、人間にしては魔力を隠すのが巧いんだよね。だから、魔力を見ようとするより、精気と違うものを探すつもりでやってみれば良いんじゃないかな」

 少女曰く、大半の物質には精気が僅かながら含まれており、人間や魔獣は数少ない例外に当たるという。精気に満ちた視界の中を人間が歩くと、そこだけ光が遮られるような感じになるため、割と解り易いとのことだった。生物としての区分けは思いの外はっきりしているようだ。

 なるほど、精霊については知らないこと、教わりたいことがまだまだ多い。

 助言に従って天井付近を具に調べていると、髪の毛に似た細い繊維が、千切れて消えかかっているのがようやく見えた。

「ん、あれか? あの、罅に引っかかってるヤツ」

「そうそう。器用なことするよねえ」

 人間を遥かに圧倒する強度を持つ精霊に、器用とまで言わしめるシャシィの腕よ。今後人類の中から、彼女を超える逸材は生まれないかもしれない。

 一人では決して到達出来ない道だったが、それだけの能力を持つ魔術師に、ようやく追いついた。

 本当に……この子には感謝しかない。

「俺は助けてもらってばっかりだな。どうやって御礼をすべきか解らないよ」

「やりたくてやってることだし、気にしないで。それに……あたしはもう、ここには来れないと思うから」

 不意に膝の上で、少女が痛みを堪えるように顔を歪める。

 ああそうか、邪精である俺と違い、地精は穢れへの耐性を持っていない。今の彼女は情報伝達をするためだけに、毒の中へ身を投じている状態なのだ。

 俺が慌てて穢れを抜き取り体を癒してやると、地精は床に降りて呼吸を整えた。

「河底に術式を刻むくらいはしてあげたかったけど、この調子じゃ無理みたい。お姉ちゃんの街をよろしくね」

「ああ、勿論だ。無理をさせてごめん。すぐに解決するから、あの場所でまた会おう」

「うん、待ってる。御礼はそれで良いからね」

 少女は苦しげに手を振って、この場から姿を消した。特区の祭壇があれば、いずれ体調は戻るだろうが……それまではまともに動けないだろう。

 必要の無い苦痛を与えてしまった。あそこまで無理をさせたのは、俺が不甲斐無かったからだ。

 歯を軋らせ、拳を床に叩きつける。苛立ちによって制御が甘くなり、手首から下が液状化して広がった。意思から離れた汚泥が、穢れを吸収し始めている。

 ……もう、とっとと終わらせてしまおう。

 あの子の願いに応えなければならない。一刻も早く特区へ戻り、もう大丈夫だと言ってあげたい。街を浄化し、彼女達の故郷を取り戻す――それ以外に、俺には報いる術が無い。

 この場に存在する全ての穢れを飲み干そうと、俺は全身を広げられるだけ広げる。周囲の穢れが引き寄せられ、床や壁に染みついていた頑固な穢れが剥がれていく。

 脳の奥で枷が外れ、人間であろうとする意味を暫し忘れた。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
シャシイもしつこいやっちゃなw浄化の邪魔になっとる! そして知らなくてもいいことを知った者の結末は!? 人間やめたんも、頭では解ってても中々受け入れたくないんやろうな…
クロゥレンであろうとすると人間としての自覚を持たなくてはいけないし 能力を使うとすると人間を捨てなければならない まだまだ難しいな
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