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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
アディンバ地区浄化編
203/224

超人

 隠し扉を開けて、階段を下る。大きく息を吸い、そして肺を一杯に膨らませて止めた。

 地下に入るに当たり、意識を『集中』して『観察』を起動する。場の異変を見落とさないように――ではなく、シャシィの仕掛けを見抜きたい。とはいえ、遥か格上の魔術師の業を、簡単に破れるとも思っていない。

 確信は持っていないが、頭の中に仮定は出来ている。遥か上空を飛ぶヴィヌスを感知した結界によって、音声も聞いているのであれば、俺達の遣り取りは筒抜けだ。

 だからまずは、気を抜かないことから始めた。

 濃密な穢れを吸収し、異能へ魔力を回しつつ慎重に歩く。急がなければならないのに、足音を殺して速度を抑えなければならない現状が煩わしい。数日前に来た時よりも汚染は進んでおり、視界が歪んでいるような感覚に陥る。錯視の所為でぶつかった壁が、罅割れて床に欠片を落とした。

 穢れは心身にばかり作用すると思っていたが、どうやら無機物を劣化させる力もあるらしい。まあそうでもなければ、祭壇が壊れる筈も無い。

 何処まで視野が狭くなっていたのやら。すぐに気付ける事実だったろうにと己を呪う。

 さておき……地下道が崩れるかもしれないし、補強も必要だな。仕事が一つ増えてしまった。

 思わず溜息が出る。

 そうして地術で足元を押し固め、除染しながら歩いていると、少し広い空間に行き当たった。そこで、瓦礫を枕に休憩中のコアンドロ氏を発見する。

 常人なら一時間もせずに死ぬような場所で、彼は平然と天井を眺めていた。あまりに優雅な様子で、俺は思わず笑ってしまう。

「こんな所を寝床にしているんですか?」

「良いじゃないか、ここなら安全に眠れるだろう?」

「どう考えても安全ではないでしょう」

 しかし、応じるコアンドロ氏からはあまり不調を感じない。内臓まで完全に汚染されているのに、呼吸は落ち着いているし、会話もしっかりしていた。

 ……邪精でもない生身の人間が、穢れを克服しつつある。やはり俺を超えられるとしたら、コアンドロ氏しかいないようだ。

 待てよ……コアンドロ氏なら、力量的には仕事を任せられるな。通路だけでも協力してもらうか?

「申し訳ありませんが、暫く食事を届けられなくなりました。いつもの場所に数日分をまとめて置いてありますので、どうにか凌いでください」

「ふむ。それは構わんが、何かあったのかね?」

「地上よりも地下の汚染が進んでいると解りました。私は奥の状況を確認しに行きますので、コアンドロ様も当面は地下で作業をしていただけませんか」

 俺の発言でコアンドロ氏はふと周囲を見渡し、明かりを宙に浮かべると、納得したように短剣を振るった。帯のように広がった光が、小部屋の穢れを引き裂いていく。

 切れが増している……のは良しとして、この反応からすると、状況に気付いていなかった?

 訝るこちらの態度に、コアンドロ氏は苦笑で応じる。

「寝る前に穢れ祓いを使って、ある程度綺麗にしたつもりだったんだ。ここは暗くて当たり前だから、気にしていなかったよ」

「体調にも異常は無さそうですね?」

「もう慣れたよ。人間は適応する生き物だからね」

 ……確かに、汚染されたまま数十年を過ごしていたのだから、今更これくらいで倒れたりはしないだろう。とはいえ『我慢』でどうにかなる範疇を超えている気がする。

 呆れとも尊敬とも取れない感情で言葉に詰まる。取り敢えず、俺はコアンドロ氏の穢れを抜き取って吸収しておいた。

「平気かもしれませんが、一応処置はしておきますよ」

「助かるね。さて、奥は無理でも、途中まではお供しようか。危険な場所に行くのなら、少しでも消耗を抑えた方が良かろう」

 コアンドロ氏は手首を使って飛び起きると、そのまま短剣をゆったりと構えた。そうして通路の補修を俺が、穢れの処理を彼が受け持つ形で先へと進む。

 残念ながらコアンドロ氏は属性が風と水であるため、俺と同じ作業は出来ないとのことだった。それでも仕事を一つ受け持ってもらえるだけありがたい。

 お互い無言で歩いていると、本日五度目の穢れ祓いを放ちながら、コアンドロ氏がふと呟く。

「しかし……姉君と一緒に来るかと思っていたが、一人なのだね」

「王国部隊の大半が安全地帯へ戻ったので、再編に忙しいんですよ。死人が増えるよりは気楽ですがね」

「はっはっは、儂としても余計な追手が増えるのは勘弁願いたいな。少数精鋭というのも悪くないさ、っと?」

 大きく振るわれた短剣が、一瞬空中で止まる。切っ先が僅かにぶれた違和感に、コアンドロ氏は首を傾げた。

 目には見えない何か――有り得るとしたら、シャシィの結界か?

 魔力を練り上げ、『観察』を全開にしても捉えられない。でも確かに何かがあった。短剣を振るった当の本人は、天井にでも掠ったと思ったのか、姿勢を元に戻している。

 ……シャシィは俺より魔術強度が4000くらい上だったな。だとすると力量に差があり過ぎて、理解どころか知覚出来ていない可能性が高い。しかもそれを、意識から外れやすい場所に隠しているとなると、盗聴を防ぐことはより難しくなる。

 やはり推論は正しかった。豊富な魔力によって広範囲に結界を張り巡らせ、自身の支配する領域を作り上げていく――シャシィの腕が無ければ実現しない離れ業だ。これだけで、彼女の異常性がよく解る。

 それと同時、偶然でシャシィの結界を破ったコアンドロ氏は、つくづく持っている人だと感心した。

「どうしたのだね?」

「いえ。進みましょう」

 言いつつも空中に指で、シャシィの結界と書く。口を開かず頷いた彼の背を押しつつ、どう対策すべきかを考える。

 手品の種が解ったのは良しとして、空気の振動を感知しているとなると、分野としては風術になる。遮音くらいは使えなくもないが、苦手属性でシャシィに対抗出来るとは到底思えない。慣れない魔術を常時使い続けて、単純に負荷を増やすのは対策として無理がある。

 場当たり的な対応をして、シャシィに気付かれたら今度こそ終わりだ。あちらは結界の張り方を変えるだけで、簡単に俺の上に立てるのだから。

 ……取り敢えず迂闊に声を出さない、重要事項は文字で伝える、くらいが今出来ることか。後はどうにかして、隠れた結界を暴かなければ話を進められない。

「コアンドロ様、魔力はまだ大丈夫ですか?」

「不足したら穢れを変換するさ。いい加減に慣れてきたのか、最近は自分の体を使ってもそこまで体調に影響は無いんだ。この年で壁を超えるとは思わなかった、限界なんてやってみないと解らないものだね」

 まあ普通は超える前に死ぬので、そうならないだけだ。

 ……いや待てよ?

 俺は恐らく教国で死にかかったのではなく、一度完全に死んだ。しかし様々な要因が重なり、精気のお陰で蘇ったと思われる。その際、穢れに対する権能を得た代わりに、人としての体裁を失った。

 ならば精気を持たず、それでいて耐性を得たコアンドロ氏はどうなっている?

 俺は震える指を地面に突き立て、コアンドロ氏に自己確認をするよう書き殴った。眉を跳ね上げ、訝りつつも彼は指示に従う。

 結果、驚きの声を上げようとしたコアンドロ氏の口を、俺は慌てて手で塞いだ。お互いしゃがみ込んで、地面を砂に変えすぐさま筆談を始める。

 称号がどうなっているかを問うと、コアンドロ氏は「忌者」「不浄」「棄民」の三つを挙げた。

 精気を持っていないから、邪精にはなれないとして……他二つは俺と同じ。棄民は工国がコアンドロ氏を切り捨てたが故についたものだろう。ならば穢れを克服したという証明は、忌者か不浄によって為されている、ということか?

 解らない。ただいずれにせよ、コアンドロ氏は人間のまま本当に壁を突破してしまった。

『多分、コアンドロ様の体は穢れへの適応を終えています』

『強度が見えなくなることは知っていたが、称号も変わるのかね?』

『私が穢れに順応した時も、「忌者」「不浄」が勝手に設定されていました』

 顔を突き合わせてどちらからともなく頷き、俺達は筆談の跡を足で蹴散らした。少なくとも、この穢れの中で当たり前に生きているのだから、コアンドロ氏が汚染で死ぬ危険性は一気に下がったと見て良いだろう。それに加えて、魔力への変換も覚えているし、穢れ祓いを体力の続く限り撃ち続けることも可能となった。

 ……もう決まりだ。

 この地の祭壇を任せるとしたら、コアンドロ氏以外の適任はいない。彼以外、必要な条件を満たせない。

「コアンドロ様、少し先を急ぎます。お互い、消耗は気にせずやりましょう」

「君がそう言うなら構わないよ。どんどん命令してくれたまえ」

 祭壇も本気も、コアンドロ氏には明かしてしまおう。

 まずは精気を全開にし、周囲の壁や天井を一気に補修する。魔力以外の使用をシャシィに感知される恐れがあっても、そこは気にしない。これについては晒したところで俺以外に再現性が無いので、むしろ対策を強いる結果に繋がる。

 地下道の罅割れを塞いだところで、背後から穢れ祓いが乱射され、視界が明るくなった。共闘をした経験も無いのに、コアンドロ氏が俺の挙動に合わせてくれている。

 作業に安心感が生まれた。

 足元を踵で踏み鳴らし床の強度を確かめると、コアンドロ氏はこちらを見て破顔する。

「おお、素晴らしい。随分と綺麗に仕上げたね」

「そちらも完璧です」

 俺達は互いの手並みを認め合い、相性の良さを理解した。後は祭壇なんて厄介な代物を、コアンドロ氏が受け入れられるかが問題だ。

 さて、どう出るだろう。

 事実に怖気づくような人ではないが、コアンドロ氏の主眼は街の浄化ではなくカーミン女史に置かれている。後任をお願いしたところで、それが彼の目的に寄与するかは不透明だ。でも、出来れば提案を受けてほしいと思う。

 ……俺の方が怖気づいてどうする。固い唾を飲み込み、未だ歪む視界の中へ勢いをつけて踏み込んだ。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
主人公が今一番頼りにできる相手が人間辞めていた魔人じいさん! 世界一の魔術師はヤンデレ感出てきたし周辺も濃いですね
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