不意を突かれる
王国の面々がどういう道を辿るか――結果は夜を待たずして確定した。
独断専行への罰を求める面々に対し、シャシィは悪びれることなく笑って返答する。
「皆さんの仰ることは理解しました。なら、ここは私が責任を取って浄化を終わらせますので、皆様は街で過ごされては如何です? こちらから王国への報告はしませんので」
元々、名誉が欲しいだけで苦労はしたくなかった連中だ。仕事を全てこなすなら許そう、監視はクロゥレン家がやれと、偉そうな発言を残して引き上げていった。シャシィはさておき俺達は国に告げ口をしないなんて言っていないし、命令に従う理由も何一つとして無いのだが、まあ下手に居座られても困ってしまう。
だから――シャシィと彼等の交渉中に感じた、妙に甘い匂いは無視することにした。何処となく彼等の目が虚ろになっていたのは、俺の考え過ぎだろう。
それよりも、意地でも残ると決めたサイアン殿とワイナが気にかかった。
「……ええと、魔術師であるワイナはさておき……サイアン殿は無理をしなくとも良いのですよ? 世話をする人間もいなくなった訳ですし」
「いいえ、そんなことはありませんよ。王国部隊の誰か一人でも残っている限り、私の仕事は消えません」
現場を離れるように誘導しても、サイアン殿の意思は揺らがない。一個人の在り方としては美しいと思うのだが、面子がほぼ変わらない現状なら、自衛出来ない人間は邪魔になる。
さて、どう説得したものか。
したり顔でこちらを見詰めるシャシィに内心で苛立っていると、今まで黙り込んでいたワイナが一歩前に進み出た。
「サイアン殿の安全を確保出来るかどうかが問題なんでしょう? なら、私が補佐としてこの場に残ります。穢れ祓いを撃てない私は、どうせ現場に出られませんからね」
「……どうした? 随分と殊勝だな」
「ハッ、殊勝も何も、母を唆したのは貴方でしょう? 逃げ出した連中よりも実績を上げられたなら、私も先が繋がるんですよ。国で働く道があれば、領地に戻れなくても暮らしていけるんです」
かつて前面に出ていた、取り繕った態度が消えている。とにかく生き残ろうと、形振り構わなくなってきているようだ。
ふうん、あのワイナがねえ……下手に格好つけられるよりも余程好感が持てるな。
「そうか、なら拠点の管理は二人に任せよう。国に重用されたいなら、とにかくサイアン殿を守れよ」
「ええ」
「お待ちください、私のために作業の手を減らすような真似は……!」
反射的にサイアン殿が口を開いた途端、シャシィがすぐさまそれを遮る。
「いえ、汚染者が出るとその治療に魔力を使うので、却って手間が増えるんですよ。熱心なのは素晴らしいことですけど、貴方は拠点で報告内容でもまとめていてくださいな。……ミルカさんとワイナさんのことを、ちゃんと高く評価するんですよ?」
会話の相手はサイアン殿なのに、シャシィの視線は明らかに俺を向いている。何故俺に取り入ろうとするのか、意図が解らず困惑してしまった。
周囲から攻めるより直接俺を崩した方が早いと、方針を変えたのだろうか?
「まあ評価については、規定通りにしていただければ構いません。クロゥレン家としては、何もしていない連中より上になるなら充分です」
「クロゥレン家? 私が見る限り、一番頑張っているのはフェリスさんですよ。ご自分の評価は?」
「サイアン殿は部隊に所属していない人間を評価する立場ではありませんよ。俺も国に奉仕しているつもりはありませんし、ダライ王子もこの辺は承知しているでしょう」
返答に対し、サイアン殿は高尚だと呟き、ワイナは小さく舌打ちをした。教国の面々など苦笑いをしている。
まあ誤解するのは勝手だが、俺は祭壇の都合で動いているだけであって、他の参加者とは目的がちょっと違う。自由が欲しいのに、国から評価されては柵が増えるだけだ。
このまま持ち上げられる流れは歓迎出来ない。
「俺はあくまで、当主が到着するまでの繋ぎですよ。その役割も終わりましたし、後は勝手にやらせてもらいます」
「代理を頼んだつもりはないけど……取り敢えず、私の指揮下には入らないってことで良いのね? 人員も減ったし、食糧なら余ってるわよ?」
「いや、正規の隊員でもない人間に、物資を割り振るべきではないな。後で何を言われるか解らん」
クロゥレン家ばかりが功を立てると、後で疎まれる原因になる。シャシィやワイナといった異分子が残っている以上、体裁というのは意外と大事だ。
作業が巧く回り始めたばかりの現状で、油断は出来ない。
ミル姉は思うところがあったのか、少し考えてから判断を下した。
「解った。アンタは好きに動いた方が、こちらにとっても利があるでしょう。ただ、何か問題が起きた時は知らせて頂戴。なるべく安全策を取るから」
「それは勿論。お互い協力しつつやっていこう」
ひとまず対外的な調整は済んだ。ミル姉はそのまま教国部隊との打ち合わせに入り、俺は拠点を抜け出して街へ向かう。そこへ自然と寄り添うように、シャシィが横に並んだ。
「また一人でこっそり動いて……コアンドロさんの所ですか?」
「いや、除染作業ですよ。話し合いは長引くでしょうからね」
両国の部隊は瓦解しており、当初の計画は既に使い物にならない。そんな状況で、会議がすぐに終わるとは思えなかった。現状の確認や今後の相談もあると考えれば、今日の作業は厳しいだろう。
手が止まれば、それだけ終わりが遠ざかる。穢れは地表だけではなく、地下の方にだって溜っているのだ。
……ああ、下流の様子を見に行く暇が欲しいな。
「そういう熱心なところが、フェリスさんの魅力ですねえ」
「自分本位なだけです。……それより、先程は助かりましたよ。連中が逃げ帰るまで、多少時間が必要だと思ってましたからね」
「面倒事は早めに片付けた方が、お互い楽でしょう? でも、ワイナさんまで残るのは意外でしたねえ。影響が強く出ないよう、抑えたのが駄目だったんでしょうか」
「いや、本気だったならさておき、今のワイナなら大体のことには耐えますよ」
そうしないと今後の生活が危ぶまれるのだから、多少の無理はするだろう。こちらとしてはサイアン殿の護衛をしてくれるなら、敢えて排除するまでもない。
ただ、自分の仕掛けを突破されたシャシィは、非常に不服そうだった。
「あの程度の魔術師に凌がれるのは心外でしたねえ。因みに、フェリスさんが彼女のお母さんを唆したって……結局はどういう話なんです?」
「唆してはいませんよ。彼女は当主である母親の意向を無視して領地を危険に晒したので、放逐されることになったんです。あれは本人の選択が悪かっただけで、俺の所為ではありません」
「ははあ……つまりここでしくじると、彼女はいよいよ苦しくなる訳ですね。……そんな理由で、手札を一つ潰されるとは予想しませんでした」
シャシィからすれば羽虫に等しい存在だとしても、ワイナにだって矜持はある。それで耐え切ってしまうのだから、人間の意思は馬鹿に出来ない。
「浄化については期待薄でも、拠点に魔獣が出る可能性はありますよ。そちらで活躍してもらいましょう」
「サイアン殿は大事な証人ですか。でも褒章が要らないなら、ミルカさんだけ残す形でも良かったのでは?」
「俺には不要であっても、ミル姉には必要ですよ。辺境の貴族とはいえ、当主が動いて無報酬では許されません」
シャシィは呆れたような溜息を漏らし、腕の一振りで手近な穢れを打ち消した。この状況下で面子に拘る王国民は、非常に滑稽なものとして映るのだろう。
残念ながら俺もそう思う。だから家には協力しつつ、王国の中枢からは距離を置こうとしているのだ。
その嘆きを見透かすように、シャシィはそっと俺の背中に貼り付いて囁いた。
「何だか……フェリスさんは息苦しい生き方をしてますねえ。もし逃げたいなら、うちに亡命しませんか? ああしろこうしろと命令はしませんし、フェリスさんなら大歓迎ですよ」
腰が蕩けそうな声色だ。
なるほど、今度は色仕掛けと懐柔策の併用か……やり口があまりに豊富で、ここまでされると感心してしまう。手を尽くすという面で、彼女を超える者には今後出会わないかもしれない。少なくとも、ここまで俺に執着した人間は未だかつていなかった。
世界一位に評価されるというのは、本来光栄なことだろう。順位表に載る者の発言には、それくらいの重みがある。
しかし、これが仮に純粋な善意だとしても、俺にはもうシャシィを信じられない。
「魅力的なお誘いですが、遠慮しておきますよ。国は嫌いでも、家まで嫌いではありませんから」
「そうですか。私は本気ですよ?」
「ラ・レイ師のことがそんなに気になりますか」
「ええ。でもフェリスさんのことも気になります。こんな気持ちは初めてです」
反射的に振り向くと、シャシィは両手を挙げて、おどけるように笑っていた。恐ろしいことに、その表情が敵意でも殺意でもないと解ってしまい、俺は言葉を失う。
……何が原因だ? 切欠がまるで解らない。俺達はラ・レイ師を中心に、互いに牽制し合っていた筈だ。
なのに、あのシャシィが……本気で俺に好意を持っている。
「私は貴方の指示に従いますよ、フェリスさん。どうぞ私を使ってください。すぐに駆け付けますから、何かあったら声を掛けてくださいね」
シャシィはこちらを追い越して、穢れの濃い中心地へ颯爽と向かった。
頭の中が疑問符で埋め尽くされ、俺は立ち尽くしてしまう。
今回はここまで。
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