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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
アディンバ地区浄化編
195/222

垣間見えた答え

 ここから新章。

 仕事に使えそうな道具を抱えて特区へ戻り、ヴィヌスに乗って廃墟の街へ飛ぶ。想像していたよりも周辺への汚染は進行しておらず、コアンドロ氏の奮闘が見て取れた。

 彼の魔力では穢れ祓いを日に何度も撃てない筈だが……一体何をどうしたものやら。もしかして、回復薬でも隠していたのだろうか。

 首を捻りつつ街へ入れば、当の本人は硬い地面に寝そべったまま、くたびれた様子で俺を迎えてくれた。汚染が理由ではなく、どうやら単純に疲れているらしい。

「こんな格好ですまんね、今から寝るところだったんだ。そちらの用事は済んだかね?」

「万事恙なく……とは言いませんが、必要な条件は整えたつもりです。そちらも穢れ祓いには慣れましたか?」

「流石に簡単にはいかないね。まあ多少は成果があったと思うよ」

 俺は道中で仕入れた果物をコアンドロ氏へ投げ渡し、成果とやらを拝見する。すると、彼は周囲の穢れを体内に取り込み、そのまま魔力へと変え始めた。そして、それを使って穢れ祓いを発動させる。

 ……俺が邪精となってようやく得た権能を、人の身のまま会得したと言うのか。

 変換し切れない穢れが内臓に溜まり、負荷がかかっているようだが、それも含めてよくやるものだ。やはり穢れの扱いに関して、コアンドロ氏には尋常ならざる才がある。

 俺は彼の穢れを取り除いてやり、ついでに周囲の穢れも併せて吸収した。

「お見事です。ただ如何せん、体が技術に追いついていませんね。そのまま続けると遠からず死にますよ」

「とはいえ普通にやっていては、いつまで経っても作業が終わらんのではないか? 教国の連中がこの惨状を見て逃げ帰らないか、正直不安だよ」

「それは……否定出来ません。ただ近いうちに王国も教国も人を派遣してくれるということだったので、ある程度の頭数が揃えば、踏み止まってくれるのではないかと」

 これは予想というより願望に近いものだが、まあ他国の人間がいれば、ある程度は意地を見せてくれるのではないだろうか。取り敢えず、俺としてはミル姉がいるだけで気持ちが楽だ。

 さて、疲弊した人間に無理をさせたことだし、コアンドロ氏に一つ安心材料を与えなければなるまい。

「コアンドロ様。余人が来る前に街中の拠点をお教えしようと思うのですが、構いませんか? この街の住民だった者から、隠れられそうな場所を聞き出してあります」

「ふむ? 国にその場所は把握されていないのかね?」

「大河の管理者だった一族の利用していた場所なので、国は知らない筈です。私も何度か入ったことはありますが、中は迷路のようになっているので、追手から逃げる時に使えるでしょう」

 祭壇の場所までは教えられないが、軍の倉庫へ通じる道なら構うまい。陸路でこの街に来る場合、門からあの建物までは距離もあるため、そういう意味でも都合が良い。

 大儀そうに起き上がると、コアンドロ氏は体を伸ばして背骨を大きく鳴らした。

「それは知っておかねばなるまいな。どれ、早速行こうか」

「ではこちらに」

 事前にジャークへ尋ねたところ、入口の一つは街の中心地に位置する水飲み場の近く、との話だった。情報に従って現地にある資材置き場と思しき小屋の中に入り、床板を外したところ、そこには地下へ繋がる梯子が隠されていた。

 日差しが入らないため中は暗く、視界は非常に悪い。その分、相手も移動に困るだろう。

「明かりをお願いしても良いかね?」

「それくらいはお任せください。むしろ、コアンドロ様は消費を抑えて休むべきです」

 穢れ祓いを撃った直後で、コアンドロ氏からは殆ど魔力を感じられない。早く寝床を提供すべきと判断する。

 俺は宙に光球を浮かべ、まずは最初の分岐を目指す。地上とは空気の流れが違う所為か、幸いなことに、地下はそれほど穢れが溜っていなかった。

 これなら、一か所くらい安全地帯を浄化部隊に教えた方が良いか……いや、万が一を考えると避けるべきだな。

 恐らく、本件に関して一番頼れるのはコアンドロ氏であり、彼を優先するのは当然のことだ。こちらの方が、穢れを戦争に利用しようなどという、工国の舐め腐った連中への意趣返しになる。

 そう思い直してから無言で進み、幾つかの分岐を経て、ようやく俺達は広い空間へと抜けた。

「道は覚えられましたか? 入口から距離はありますが、これくらい離れていれば連中に気付かれる可能性は低いでしょう」

「なかなかに過ごしやすそうな場所だね。奥に左右へ抜ける通路があるようだが……何処に繋がっているんだい?」

「右は知りませんが、左は河沿いにある軍の倉庫に繋がっています。いざとなったらそちらへ逃げて、突き当たりの壁を壊してください。後、食料は駄目でしょうが、他の物資ならまだ使える物が残っているかもしれません」

「なるほどな、承知した。うん……あくまで、ここは緊急避難の場所として使うべきだろうな。定期的に工国へは仕事をしている様子を見せねばならん」

 ああ、そういえば食料を届けに来る連中がいるんだったな。

 とはいえ、ダライが浄化部隊について工国へ一報を入れる手筈になっているので、コアンドロ氏が不在であっても怪しまれはしないだろう。ミル姉にお願いすれば、そこは幾らでも誤魔化しようがある。

「王国から身内が来るので、必要に応じてその辺は巧くやっておきますよ。無理をさせた私が言うことではありませんが、まずはゆっくり休んでください」

「そうかね。……うん、そうだな。眠くなってきたことだし、少し失礼するよ」

 そう呟くと、コアンドロ氏は程無くして瞼を下ろした。やがて静かな寝息が響いてきたところで、俺はふと体の力を抜く。

 ……この場を離れるなら今だな。

 俺はなるべく足音を殺して、そのまま祭壇へと足を向けた。進めば進むほど、先程までの空気が嘘のように穢れは濃密になっていく。体中に纏わりつくそれを吸収し、力へと変えながら更に奥へ。

 ああ、なるほど。

 暫く歩いてようやく気付く。何故、地下の空気が地上より綺麗だったのか――穢れが祭壇に引き寄せられ、その場に留まっている所為だ。翻って、地上には大河から集められた穢れが行き先を求め、渦を巻いている。

 だから、式場は光を通さないほどに汚染されている。

 邪精の身からすればここは単なる餌場に過ぎないが、普通の人間は足を踏み入れることすら不可能だろう。

 粘り気すら感じる空気を掻き分けて、俺は部屋の中央に立つ。足を踏み鳴らしても書架が降り注ぐことはなく、祭壇の表示も明滅していて読み取れない。

 どれだけの機能が残っているのか解らないが、取り敢えず魔力は失敬出来るようだ。舌打ちをして穢れ祓いを乱射し、疲れてきたら祭壇と穢れを利用して回復する。永久機関になったような気持ちで只管に作業を続け、ようやく明かりが灯る程度の視界を確保した。

 ……おや、文字盤の表示が復活している? 室内の汚染状況に応じて、機能が制限されるのか。まあまずは使用環境をどうにかして、それから使えということなのだろう。

 新しい発見はさておき、全力でやればかろうじて祭壇の勢いに勝てるようだ。ただし、それは終わりのない苦行でしかない。この単調な仕事に生を捧げられる筈もなく、俺は途方に暮れてしまう。

 やはり状況を打開するためには、俺以外の人材が必要だ。

 コアンドロ氏とミル姉が戦力になるまで待てるか? 気が進まないだけで、己を犠牲にすれば時間稼ぎは出来る。ひとまずそれが解っただけでも良しとすべきか。

 ある程度予想出来ていたことなのに、こうして再確認しなければ気が済まない辺り、俺は未練がましいのかもしれない。独立する前なら、躊躇わなかったかもしれないのに。

 溜息を吐いて腰を下ろし、祭壇へ接続する。目まぐるしく動く視界は相変わらずで、使用感は以前のままだ。『集中』を全力で起動し、流れる景色を頑張って捉える。

 上流は元々穢れを垂れ流しているだけだから、普通に生き物が活動している。ただ、食卓にも上がるであろう、一部の魚が明らかに減っていた。こうなると、下流のことは想像もしたくない。

 半ばうんざりしつつ、それでも義務感だけで視界を追う。

「……ん? あれ? これ本当か?」

 目を疑う光景に、思わず声が漏れた。

 何度見返しても、下流は綺麗なままだった。汚染された生物やその死骸が流れ着く筈なのに、特に穢れが蓄積することもなく、真っ当な環境がそのまま残っている。

 何故だ?

 待て、整理しろ。下流は未開地帯であるため、人の生活圏ではない。だから誰かの手が入っている訳ではない。じゃあ他に何がある?

 馬鹿みたいに口を開けたまま仮定を繰り返し、そして推論が生まれる。

「大河にはまだ別の祭壇がある、ってことか?」

 よくよく考えてみれば、この河はあまりに長く幅もある。もし全域の面積を計算したら、教国の国土を遥かに超える数字が出るだろう。だとすると、一つの祭壇で全てを賄おうということ自体、無理があるのではないか。

 これが正解かどうかはさておき、本来汚染されている筈の下流が無事だというなら――次々に押し寄せる穢れの一部を、そのまま流しても問題は無いということになる。

 十の汚染が九になるだけで、俺達の負荷はかなり減る。

 水と地ならば得意分野だ。水路を引くつもりで地形を変えれば、対応出来るんじゃないか?

 急に視界が開け、知らず鼓動が高く鳴る。これはすぐにでも検証すべきだ。

 やはり現場を確認することには意味があるな。俺は祭壇との接続を切り離し、慌てて外へと駆け出した。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

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