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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
空飛ぶ邪精編
191/222

矛先を逸らす

 明けて翌日。朝食を終えたところで、ミーディエン殿が俺の部屋へやって来た。

 話はどこまで進んだのだろう?

 まずはハナッサ殿がどうなったか尋ねてみると、三か月の停職、という返答があった。

「処分が重過ぎる。どうにかならないのか?」

「いや、この処分はある種の温情なんだよ。ハナッサは先日戻って来たばかりで、精神的にも不安定だったんでな。この件に乗じて、長期休暇を与えることにしたんだ。勿論その間の給与は出せないが、街の浄化を達成した分の報酬は別に出るし、外出も禁じていない」

「ううん……なるほどね」

 聞けば、ハナッサ殿は不休で昼夜問わず一か月働き続け、ようやく任を終えたところだった。そんな折に怨敵である俺がのこのこやって来たので、どうしても我慢出来なくなった、と彼女は供述したそうだ。

 ……何とも間の悪い。気が済むまで殴ってくれても、こちらとしては構わなかったのに。

「穢れはさておき、使節団なんて適当に放って置けば良かったんじゃないか? あんな奴等の世話をさせるから、追い詰められたんだよ」

「他国との交流はそうもいかないさ。補佐を置こうにも、ハナッサ以外に適任はいなかったしな。……まあ上層部にも引け目があったから、ある程度事情を考慮してくれたんだ」

「ん? ああ、処分に介入したのか?」

 何となく察するものがあって思わず尋ねると、ミーディエン殿は問いに答えず、静かに苦笑を覗かせた。窮状を見かねたのだろうが、ハナッサ殿を休ませようという自身の希望を通しつつ、俺の要求にも応えるという手法は実に好ましい。

 こういう搦め手が使える武人は、やはりありがたいものだ。

「流石はミーディエン殿。周りをよく見ている」

「君こそ、よくあの状況からアーウェイ様を説得してくれた」

 お互い僅かに口角を上げ、静かに相手を称え合う。こういう人がいると、部下も気楽にやれるだろう。

 ひとまずこれでハナッサ殿の一件は大丈夫だな。あの人が頑張っていたことは皆知っているから、周囲の評価もあまり下がるまい。

 さて、嬉しいお知らせを聞けたところで、次は違う話題に触れてみることとする。

「なあ……今まで黙っていたけど、扉の向こうのお人には触れない方が良いのか?」

「ああ、うん……そうだよな、気付くよな。待ってるみたいだし、中に入れても構わないかな」

「このままだと落ち着かないよ。どうぞ」

 隠れようという気がまるで無い、重く猛々しい気配が廊下に留まっている。俺が外へ呼びかけると、見上げるほど背の高い大男が、腰を曲げて部屋へ入って来た。立派な法衣の下にははち切れそうな筋肉が詰まっており、見ているだけで圧を感じる。

 全身鎧を着た兵よりも体が分厚いのではないだろうか。本気で殴られたら、街の外までぶっ飛ばされそうな気さえする。

「くつろいでいる時にすまんな、邪魔するよ」

「招かれた客という訳でもありませんし、お気になさらず。フェリス・クロゥレンと申します」

「カノース・サナク・ノクスだ。アーウェイの兄で、この国の教主をしている」

 ……兄? 本当に?

 細身でいかにも文官といったアーウェイ殿と比べ、こちらは武の化身といった佇まいだ。吃驚するくらい似ていない。俺が思わずミーディエン殿に目を向けると、彼女は黙って頷いた。

「これはまた、恐ろしく鍛え抜かれた体ですね。研鑽を感じます」

「はっはっは、穢れに負けぬよう励んだは良いが、どうにも不格好になってしまってな。知らん者にはよく怯えられるのだよ」

「いや、素晴らしいと思いますよ」

 他者に見せつけるのではなく、敵を打ち倒すための実戦的な筋肉だ。そして、身体強化をあまりに長く続けた所為なのか、全身が陽術によってうっすらと包まれている。確かにこれなら、穢れを弾いてもおかしくはない。

 なるほど、ここまで磨けば己を守れるのか。

 素直に感心していると、カノース様は俺の前に真っ直ぐ立ち、上からこちらの顔を睨んだ。

「褒めてもらえるのは嬉しいが、この力が君に向くとは考えないのかね? 先立っての提案は興味深いものだったが、コアンドロを逃がした件については何の解決もしておらんよ?」

「逆に、いつ指摘されるのかと待っていたくらいですね。避けては通れない話題でしょうから」

 ハナッサ殿が暴れた所為でうやむやになったものの、まさかこのまま流されないよな? と思ってはいた。この大事を見逃すようなら、むしろ手を組むことを躊躇ってしまう。

 馬鹿でかい拳をいつでも突き出せるようにして、カノース様は腰を沈める。

「この俺を前にして、肝が太いな。では釈明を聞こうか」

 釈明……するようなことは特に無いな。

 俺は恥じるような行為をしていない。ただこちらの想定と教国の利益の間には、ずれがあったというだけのことだ。

「釈明も何も、現場でハナッサ殿にお伝えしたことが全てです。私は彼を捕縛するより、民を危険から遠ざける方を選びました。コアンドロ氏は既に街へ穢れを仕込んでいた。人間爆弾をもう一度破裂させるより、大人しく帰ってもらった方が被害は少ないと読んだまでです」

「しかし、それでは住民の心が癒されまい。犯人が処刑され、危険は去ったと確信されなければ、彼等は安心して元の生活に戻れないではないか」

「コアンドロ氏がいてもいなくても、環境としてはそんなに変わらないでしょう。そもそも、教国は穢れが発生し易い環境です。汚染された人間が一人街へ混ざるだけで、同じ現象が起きてしまうのでは?」

 カノース様は言葉に詰まり、ミーディエン殿がたまらず口を挟む。

「いや、だからといって、犯罪者を逃がすことは正当化されないだろう。フェリスが奴を逃がしたという事実は変わらない」

「教国が犯罪者を確保したいと思うのは当然のことだし、その点については争ってないよ。それを罪だと捉えるのなら仕方が無い。俺は最初から、釈明しないと言ってるんだ」

 俺はコアンドロ氏を保護したかったし、民を危険に晒したくもなかった。そしてあの時、教国の面子など考慮しなかった。

 俺は言い訳ではなく、単に事実を列挙しているだけだ。あるがままを受け入れる覚悟は出来ている。

 返答に対し、ミーディエン殿は明らかに困惑していた。

「おいおい、その返事で良いのか? それで処罰を受けることになっても、君は構わないと?」

「まあ、処罰の内容にもよるかな。俺はハナッサ殿の自尊心を傷付けた。だから彼女が攻撃してきても、抵抗する訳にはいかないと思っていた。自分のやったことなんだから、自分で責任を取るのが当たり前だろう」

 部屋を暫しの沈黙が包む。やがて、カノース様は大笑いをしながら、俺の背中を掌で何度も叩いた。あまりの衝撃で、胃の中の朝食が暴れる。

「くく、ハッハッハ! 潔いではないか、気に入ったぞ! その様子では、コアンドロを我々に引き渡すつもりもないのだな?」

「そうですね。……流石に見逃してくれと言うほどではありませんが……正直私は、あまり彼を責める気にはなれないのです」

「ほう、それは何故だ?」

「元々この騒ぎは、工国が穢れを戦争に利用しようとしたことに端を発しています。彼の所属する部隊は穢れを確保するよう上層部に命じられ、結果、汚染されることになりました。汚染された者に対し、工国はどうしたと思いますか?」

 ふと、カノース様の顔に納得が浮かぶ。

「連中は対策など持っておるまい。ああ……故国に見捨てられたから、我が国の技術を暴こうとしたのか」

「そうです。コアンドロ氏には穢れ祓いが必要だった。許される行為ではないと解ってはいますが、どちらかと言うと、私は工国の責任の方が重いと考えてしまうのです」

「腸が煮えくり返る話よな。当人はどうしておるのだ?」

「軍部に身内を人質に取られ、飼い殺しにされてますよ。それもあって、工国を出し抜きませんかと誘った訳です」

 さあ、俺が提示出来る情報は大体晒した。

 カノース様とミーディエン殿は顔を見合わせ、悩んだ末にどちらからともなく溜息を漏らす。どうやら二人の中で答えが出たようだ。

「教主として、工国の振る舞いを許す訳にはいかん。連中が穢れ祓いを持てば、絶対にそれを悪用する。今回は君の企みに乗ってやろうではないか」

「ありがとうございます」

「ただし、これとコアンドロの話は別だ。我々はあの男を発見したら捕縛するために動く。まさか止めたりはせんだろうな?」

「已むを得ないでしょう。お互い目的がある訳ですから、合わせられるところは合わせる、というだけで充分です」

 元よりこちらは条件をつけられる立場ではない。

 コアンドロ氏は教国が動いたら身を隠すと言っていたし、すぐに捕まるようなことはないだろう。実際に鉢合わせてしまった場合どうなるかは――きっと本人が一番解っている。相応に用心はする筈だ。

 さて、これで教国との交渉は済んだ。

 後は王国との調整だが……シャシィに見つからずに城まで行けるだろうか? また水路を使うにしても、結界は地下にまで及んでいるかもしれない。あの馬鹿と会話するために危険を冒す、という現実が絶妙に俺のやる気を削ぐ。

 ……やるしかないよなあ。

 教国が乗ってくれたのだから、彼等の憂いは可能な限り排除しなければならない。ここまで来たら、最後まで走り抜くだけだ。

 俺は気合を入れ直し、カノース様の分厚い手としっかり握手した。

 2/15に拙作「クロゥレン家の次男坊」の最終巻が発売されます。よろしければお手に取っていただければ幸いです。

 ということで今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
実は6巻発売直前に書籍を読みはじましたもので、6巻で完結は驚きと共に非常に残念でした。 完結は綺麗に纏まっており、駆け足感はあれど違和感と言えるほどのものはなかったように思います。 今後はweb版を楽…
書籍、最終巻とは残念です。 引き続き、本サイトでの更新、楽しみにしております。
兄貴と似ているのかな? フェリスの態度は一貫しているけど、受け入れるには相応の器がないとダメっぽい 話が拗れるのは大体女性のヒステリーが原因だけど、今回はどうなるか……
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