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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
空飛ぶ邪精編
185/222

上げて落とす

 ある程度やるべきことはやった。

 明日にも出立するとミル姉に告げたところ、暇なら中央までの護衛を頼まれてくれ、との話があった。何から守るのだという気はしたものの、龍を使えば一日で済む旅だ。断るほど忙しい訳でもない。

 翌朝には文字通り雲上人となり、俺達は中央への空路を飛んでいた。

「そういや、護衛が必要って中央に何しに行くんだ?」

「カイゼンとの国境沿いの件で、王子に呼ばれてるのよ。使節団がなかなか戻らないから、他の候補も用意しておきたい、ってことみたい」

「チッ、アイツに呼ばれてるのか。……因みに参加するつもりか?」

「それは条件次第ね。ただ、事態を解決するためにシャシィ・カーマを招聘したって話だから、そっちが気になってはいる」

 ほほう、ついに魔術師世界一位のお出ましか。中央も本気だなと驚く反面、呼べるなら最初から呼んでおけよ、という感もある。

 ただまあ……ミル姉とシャシィがいたところで、どうにかなる問題でもないんだよな。

「会って話すのは良いとして、参加はしない方が無難だと思う。多分、二人が揃っていてもあそこの汚染は解決出来ないから」

「あら、言ってくれるじゃない」

「ミル姉やシャシィ・カーマを貶している訳じゃない。でもな、俺の穢れを消しきれない程度じゃ、いつまで経っても作業は終わらないよ」

 大河近辺の穢れが全て集まっている場所なのだ。元より少数の人間で解決出来る範疇を超えている。

 多分――手が出せるのは俺だけだろう。

「どうしても参加したいなら、穢れ祓いの用意はする。でも、それはミル姉の分だけだ。俺が祝福を扱えることについては広めたくない」

「バレたら王国に使い潰される未来しか無いだろうし、私もそれは望まないわ。しかし……アンタはあの街を結局どうしたいの? このまま放置って訳にもいかないんじゃない?」

「正直なところ、穢れを取り去ることは出来ると思う。敢えてそのままにしているのは、俺としては条件が揃うまで待ちたい、ってだけなんだよな。いい加減何とかしなきゃ、という気持ちもあるにはあるんだが」

 引継ぎのことさえ考えなければ、俺が一人で事態を解決し、祭壇から報酬を貰って終わりだ。とはいえそうなった場合、他者を受託者にする機会が失われてしまう。

 あまりに手前勝手な理由なので口にするのは憚られるが、ミル姉は当然そこに突っ込んでくる。

「条件って?」

「今回のような問題が起きた時に、解決出来る人間が俺だけ、という状況を避けたいんだよ。作業を引継ぐために、国家間を動き回れるくらい行動範囲が広くて、穢れ祓いを使える程度に魔力があって、かつ信頼に足る人材が欲しい」

「あまりに要求が酷い」

 心底呆れたような嘆息に、俺は黙って頷く。あんまりだという自覚はこちらにだってあるのだ。

「当初はファラ師かミケラさんにやってもらえるんじゃないか、って期待してたんだよ。如何せん間が悪かった」

「ファラはジィトに、ミケラはヴェゼル師に必要だものね。ああ、戻って来たのはそのためだったんだ」

「一応な。役割を押し付ける形にならなくて、結果的には良かったのかもしれん」

 無理強いする意図は無いにせよ、俺が言えば二人は断れなかったのではないだろうか。そうやって逃げ場を塞がれたミル姉を前にすると、猶更そう思う。

 ぼんやりしていると、後ろに乗るミル姉が不満げに鼻を鳴らし、俺の肩に手をかけ力を込めた。

「ふうん? なに、私のことまだ引き摺ってるの?」

「そりゃあ、多少はな。当時はああするしかなかったにせよ、今になってみると考え無しだった」

「迷惑をかけたのが他人じゃないだけマシだったんじゃないの。私は当主になってから嫌なことばかりだった、って訳でもないけど」

 肩に食い込む爪から、勝手に憐れむなという意思が伝わってくる。 

 何処となく微妙な空気が流れ――そして、お互い弾かれたように顔を伏せた。

 不意に全身が粟立つ。

「フェリス、警戒!」

「解ってる!」

 肌に蜘蛛の巣が纏わりついたような、うっすらとした不快感。どうやら何者かの結界に触れてしまったらしい。龍にすぐさま高度を上げてもらっても、視線が何処までも追いかけてくる。

「おいおい、こんな上空をわざわざ見張ってるヤツがいるのかよ」

「わざわざじゃなくて、これが普通なんでしょう。こんな場所まで感知しそうな人間が、今王国に来てるじゃない」

 まあ現実を直視したくなかっただけで、それくらいは想像出来ていた。上空から脅威が迫っていると、シャシィに気付かれてしまったのだろう。

 豆粒よりも小さく見える街にいながら、相手は恐ろしいほど精確に俺達を捉えている。

「いやはや厳しいね。ミル姉、憧れの魔術師様には勝てそうかい?」

「腕を競う気にすらなれないわね。勝ち筋の想像すらつかない」

 大絶賛だな……まあ、こうも繊細な結界を仕掛けられては当然か。技術としてはラ・レイ師の奥義に近い水準だものな。

 とはいえ感心してばかりでもいられない、何かしらの対処は必要だろう。

「どうする? 範囲外まで一旦逃げた方が良いんじゃない?」

「いや、こうなったらいっそ前に出る。ミル姉を街に届けて離脱した方が早い」

 一度知覚されてしまった以上、相手は俺達を追ってくる可能性が高いだろう。龍種はとびきりの脅威であり、かつ極上の素材でもあるからだ。

 監視だけで狙撃が無いことは気になるが……選択肢がある訳でもなし、撃ってこないなら進むだけだ。俺は防御に回れるよう備え、ミル姉は反撃のために呼吸を整える。

「……もしかして、シャシィは先手を譲るつもりかしら」

「何故そう思う?」

「彼女しか私達を認識出来ていない状況なのに、いきなり街中で魔術を撃ったら外交問題になるでしょ」

 出先で余計な揉め事は避けたい、というのは当たり前の話か。危険人物と見做された挙句、龍種を一撃で仕留め切れるとも限らないとなれば、確かに手出しはし難いだろう。

 ……あり得る話だが、これは推察というより願望に近いな。警戒を緩める根拠としては弱い。

「相手がどう動いても、やることは変わらない。こっちから街を撃つ理由は無いんだ、あくまで防御に徹しつつ、ミル姉を届けたらすぐ撤退するよ」

「その後はどうするつもり?」

「追手が来るだろうし、国境沿い方面へ向かうかなあ。現場の確認もしておきたいな」

 穢れの対処が出来なくて困っているのだから、あちらへ逃げれば誰も俺に追いつけない筈だ。シャシィが相手であってもそれは同じだろう。

 今後の方針を決め、俺は結界が緩い場所を狙って高度を下げる。

 ……いや、待て。緩い場所が何故存在する?

「ねえ、誘い込まれたんじゃない?」

「そうなんだろうが、もう今更だな。退路を閉められた」

 結界の網目が一気に狭まり、前進以外の道を全て消されてしまった。敢えて攻撃せず、相手の魔術強度が高いことを利用して誘導するとは――いや勉強になる。それとも、俺達が間抜けなだけだろうか?

 着陸の場所を指定されてしまったので、俺達は諦めてそこを目指す。包囲網を敷かれているかと思いきや、郊外の荒れ地には女性がたった一人で座っているだけだった。

 長い黒髪で、鍛えたことなど無さそうな細い体――雰囲気がとにかく柔らかい。年齢はミル姉と同じくらいか。

 彼女は何故か串焼きを口に咥えたまま、両手を振って俺達を見上げている。

「……どうする、歓迎されてるぞ」

「いや、降りるしかないでしょ」

 それはそうなのだが。

 ひとまず俺達は比較的平坦な場所へ着陸し、そのまま彼女へと歩み寄った。相手は食事を止めず、満面の笑みを浮かべている。

「おふはれさまえす」

「んん? ああ、お疲れ様です?」

 首肯されたため、俺は苦笑してしまう。臨戦態勢の龍とミル姉が揃っているというのに、何ら脅威だと思われていない。相手は完全に気を抜いていた。

 取り敢えず、こちらと敵対するつもりはないようだ。

 氷で器を作り、水を注いで手渡してやると、彼女は嬉しそうにそれを飲み干した。

「ありがとうございます、お水美味しいです」

「それは良かった。失礼ながら、シャシィ・カーマさんで合ってます?」

「はい、合ってますよ。初めまして。お兄さんはどなた様です?」

「クロゥレン子爵家の、フェリス・クロゥレンと申します。で、後ろがうちの当主のミルカ・クロゥレンです」

 ミル姉が最敬礼でお辞儀をする。互いに挨拶を交わすと、シャシィは嬉しそうに手を叩いた。

「ああ、そちらの方がミルカさんですか! 良かったあ、まともな魔術師もちゃんと手配されてたんですねえ。騙されたのかと思ってたところですよぉ」

「騙された? 誰にです」

「王子様です、ちょっと聞いてくださいよ」

 何だろう、初対面だというのに随分踏み込んでくるな。

 ともあれ素直に耳を傾けると、シャシィは一流の魔術師を揃えるから、どうにか穢れに対処してくれと乞われて王国までやって来たらしい。しかし実際に紹介された魔術師は、誰一人として結界に気付かなかった。それどころか彼女を小娘と侮る始末で、まともに会話も通じない。

 馬鹿らしくなってきたので、そろそろ帰ろうとしていた、と彼女は語った。

 ……ああ、ミル姉が頭を抱えている。

「ラ・レイ師がいなくなって以降、王国の魔術師は質が下がる一方ね。落胆したでしょう」

「アッハッハ、正直どうしようもないなあ、とは。でも、こうしてミルカさんやフェリスさんと会えて嬉しかったですよ。二人がいるならまだ希望が持てますから」

「いや、俺は招聘されてませんよ。単なる送迎要員なんで」

 シャシィの笑いが止まり、そのまま力無く地べたに横たわる。危ないので串を取り上げると、彼女は眩しそうに遠くの空を睨んだ。

「終わった」

「落胆したでしょう」

 追い打ちをするな。

 期待されても困るのだが――俺は悲しむシャシィを宥め、とにかく街へ移動することにした。

 今回はここまで。

 年末年始のため、次回は1/4を予定しております。時期的に少し早いですが、良いお年をお過ごしください。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。良いお年を! 応援してます。
王子達のバカ争いが大分尾を引いてるな 現国王の教育失敗のツケはでかい そして、大分ほんわかしたお姉さんだ
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