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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
空飛ぶ邪精編
181/222

心に秘める

 カッツェ家をどうするか悩んでいるうちに、クロゥレン領の上空へ差し掛かった。眼下ではミル姉の結界が機能している。

 魔力の流れを確認し、思わず目を細める――どうやら、このまま進む訳にはいかないようだ。

「ああ……こりゃ駄目だな。仕方無い、ちょっとあそこに降りてくれ」

 恐らく結界に接触すると同時に、ミル姉から狙撃される仕組みになっているのだろう。攻撃的な意思が、広い範囲に張り巡らされている。屋敷からは距離もあるし防げないことはないが、確実とは言えないため、大人しく歩くことにした。

 着陸の場所を探していると、不意に突き刺すような視線を感じ皮膚が粟立つ。

 ……ミル姉ではない。この気配には覚えがあるな。

 龍に指示を出し、領地の近くにあるなだらかな丘を目指して急降下すれば、そこには長剣を構えたジィト兄が待機していた。俺の姿を確認した途端、漲っていた殺気が急速に萎んでいく。

「……お前かよッ!」

「ああ、ゴメンゴメン。先触れを出す余裕が無くて。無駄に警戒させたね」

 龍の接近に気付き、慌てて飛び出してきたのだろう。従者の一人も連れず、覚悟を決めて待っていたようだ。

 制御下にあるため大丈夫だと伝えると、ジィト兄はつまらなさそうに長剣を納めた。

「久々に強烈なのが来たと思ったら……そいつ、一体どうしたんだ?」

「教国の洞窟にいたんだよ。頭を覗いてみた感じだと、ファラ師に痛めつけられて、傷を癒すために潜んでいたみたいだな」

「で、それを魔術で支配した、と。従えてるならまあ見逃すが、普通は討伐対象だぞ」

「解ってるよ。だから領地の手前で止まったんだ」

 あれこれと注意を受けつつも、並んで歩きだす。説教はすぐに終わり、次に教国での出来事へと話題は飛んだ。

 ……丁度良い機会だな。

 話したいことは多々あれど、今は大事なことがある。祝福やら精霊化の話をするより先に、メリエラ様の件を相談しておくべきだと判断した。

「穢れの対処法は手に入れたよ。目的は達成したんだが、実は別件でちょっと面倒なことになっている」

「魔術的な話なら俺には解らんぞ?」

「そっちじゃない。国の使節団があまりに未熟だった所為で、メリエラ様は連中を無視して動くことにしてな。ワイナにも事業から降りるよう伝えて、俺達は教国へ向かった訳なんだが……指示を受けた彼女が、使節団への参加を強行してしまったんだ」

「はあ? おいおい、領地は誰が管理するんだよ」

 ジィト兄が当然の疑問を口にする。

 そうだよな、領地を持つ貴族なら真っ先に意識する点だ。

「使節団の参加者がわざわざ俺達に注意をしてくれたんで、メリエラ様には帰還してもらった。ただ、メリエラ様は領地を放棄したワイナにお怒りでなあ……自分の死後、カッツェ領をクロゥレンと統合出来ないか、という提案をされてしまった」

「自分の子に継承しないつもりか。……ちょっと確認させてくれ。事業から降りるって話は、使節団に承認されたのか?」

「話し合いの場には国の文官も同席していたよ。だから俺は、それで話が済んだと思っていたんだ」

「顛末は確かめていない訳だな。じゃあ、メリエラ様に責があるんじゃないか?」

 ……ジィト兄がワイナの肩を持つとは思わなかった。意外な発言に、思わず眉が跳ね上がる。

 俺の苛立ちを察して、ジィト兄は呆れたように溜息を漏らした。

「メリエラ様が怒るのは解るし、当時お前の状態が悪かったのも知ってるよ。ただ、領地の今後に関わる問題であるなら、やっぱり当主本人が使節団へ正式な決定を伝えるべきだった。国の裁定へ歯向かうなんて真似を、代理に任せるべきではなかったな。領地が大事なら猶更だ」

 巧い反論が思いつかず、俺は口を噤む。ジィト兄は真っ直ぐに前を見詰め、首を揉んでいた。

「自分の意思ならいざ知らず、お前等の勝手で立場を失うとなれば、俺でも似たような真似をしたかもしれん。ワイナを一方的に責めるのは酷だよ」

「……じゃあアイツが見捨てた民は、カッツェ領はどうなる? 領民のために尽力するメリエラ様は?」

 返答次第では、ここでジィト兄を無理矢理にでも説得する必要がある。今後に備えて膝と肩の力を抜き、姿勢を柔らかく保つ――しかし、相手は至って淡々としていた。

「随分と短慮になったもんだな。ここでやる気かよ」

「ジィト兄の回答によるな」

 そう告げると、ジィト兄は表情を変えずに長剣を抜き放ち、切っ先をこちらへ向けた。俺は敢えて一歩進み出て、無防備な状態で身を晒す。

 喉元で刃が煌めいている。

 不意に強い風が吹くと同時、相手は何事も無かったように武器を仕舞った。

「お前とやるのも魅力的ではあるが……まあ同情の余地があるってだけで、ワイナが許されるとは思ってねえよ。理由はどうあれ、領民を見放すのは貴族として絶対の禁忌だ。でもどうすっかなあ……統合するより、カッツェ領はこのまま存続してほしいんだよな。フェリスは、余所の領地の問題に首を突っ込むなって言われてるんだろ?」

「それは……そうだな」

 好きで介入している訳ではないが、性格的にロクなことにならないため、ミル姉に注意されているのは事実だ。祭壇の件に注力する意味でも、俺は身を引くべきだろう。

 ジィト兄の歯切れが悪いのは――この反応から察するに、何か懸念があるようだ。

「俺達がここで悩むより、父上に任せるべきじゃないか?」

「最終的にはそうなるだろうな。ただ、ここである程度の内容をまとめておかないと、父上が統合を望んだ時に止められない。今は他に集中したいことがあるんで、話を進めたくないんだよ」

「集中したいこと、とは?」

 少し実家を離れているうちに、ジィト兄が為政者の顔になっている。あまり領地の運営には熱心ではなかった筈なのに、どういう心変わりがあったのか。

 抱えている問題があるならば、もっと具体的な話をするだろう。

 黙って相手の顔を見続けていると、やがて観念したらしく、ジィト兄は照れくさそうに額を擦る。

「……ファラ師が修行を終えて、もうすぐこっちに着くという連絡があった。当時はお互い立場があったし、踏み込もうとはしなかったんだが……こうなったなら、少しくらいは立派になったところを見せたいと思っていてな」

「あ、ああ、そういう」

 言い難いことを言わせてしまったらしい。想定外の返答だったので、正直面食らってしまった。

 そうか。剣術ばかりで、他を省みなかった人が……そうだったのか。

 仮に統合が決まった場合、ジィト兄がカッツェ領を任される可能性はかなり高い。領地を離れることになれば、ファラ師と交流する機会も減ることになるだろう。それを嫌がるのは当然だ。

 かつて貴族としての責務を姉兄に押し付けた俺が、婚姻に関する機会を奪う訳にはいかない。

 ……ファラ師を受託者にする案は、断念せざるを得ないな。

「なら、あの人にはジィト兄の補佐をしてもらうことにしようか? 近衛隊長だったなら、管理職としての仕事は出来るだろうし」

「そうしてくれると助かる。すまんな、本来はお前を守るべき人材なのに」

「いや、クロゥレンに自衛出来ない人間はいないよ。俺はそんなに頼りないかね?」

 一度本気でやり合ったというのに、まさかそんな心配をされているとは思わなかった。ならばここは少し、本気を見せておくべきだろう。

 魔力と精気を全開にし、魔術を待機状態にした上でジィト兄と対峙する。汚染された挙句、一度死んだ身では説得力に欠けるが、俺は案じられるような弱者ではない筈だ。

 今後はきっと、大丈夫だと信じたい。

 ジィト兄は長剣に手をかけ、汗を滲ませながらも姿勢を維持していた。

「変われば変わるもんだなあ。さっきやる気だったのは、自信があったからって訳だ。……穢れもどうにかなったようだし、もう一人でも大丈夫なんだな?」

「ああ。今の俺で駄目なら、ファラ師でも怪しいだろうよ」

「ハハッ、言うねえ。でも今のお前なら、確かにそうだな。解った、提案を素直に受けよう」

 魔力を引っ込めると、ジィト兄はようやく笑顔を見せた。

 そう、俺のことなんて別に気にしなくて良い。ファラ師を逃せば本気で結婚が危ぶまれるのだから、まずは自分の幸せを考えてくれ。

 二人がくっついてくれるなら――後任を諦める甲斐もある。

「そっちの希望は理解したし、カッツェ領の話は俺も説得に回るよ。ただ、父上がメリエラ様の相談に乗ることになれば、領地を動かす人手が減ると思う。そこは覚悟してほしい」

「構わんさ。むしろ、そこで俺が実績を作らないとな」

 やる気があって実に結構。やはり惚れた相手を振り向かせるなら、甲斐性の一つも見せねばなるまい。

 未練を断ち切るべく頭を切り替え、俺は再び歩き出す。

「しかしなんだな、実家を離れたってのに、面倒ばかりかけて申し訳ないね」

「それは本気で反省しろ。とはいえ、汚染されて帰って来た時よりは大人しい案件だよ。暫くは家にいるのか?」

「どうだろうなあ。状況次第だけど、多分またすぐに出発するかな?」

 欲しい人材が得られない以上、領地に留まる理由は無い。ファラ師の選択肢を奪う意味でも、俺はここから離れるべきだ。そして遠くから二人の幸せを祈ろう。

 即戦力など贅沢な話だったのだ。気長にやろうと、俺は考えを改めることにした。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
んん?兄がファラに気がある、というようには全然読めない… ただ、剣術の成長を見てほしい、ってことだけなのかと… 主人公の早とちりではなく…?
おやおや、ファラ師の意思も聞かないでこっちでトントンと話進んでるけどいいのかなあ しかし、もしそうなると次の候補はジャーク辺りに… いやせっかく一緒になった二人をそうするのも野暮か
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