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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
空飛ぶ邪精編
180/222

愚痴を零す

 精霊としての体を慣らしつつ、ジャーク達へ知識を教え込んでいるうちに、気付けば十日が経過していた。正直、このままここで暮らすのも悪くないと思ったが、いつまでも目先の問題から逃げていられない。

 また近いうちに戻ると皆に約束し、次はクロゥレン領を目指そうとして――その前に、カッツェ領へ寄り道することにした。いつものように龍には隠れていてもらい、一度だけお邪魔した領主の屋敷へ足を向ける。

 あちらも俺を覚えていたのか、家令に用件を告げるとすぐさま面会は叶った。

「……やあ、見違えたね。顔色がすっかり良くなっているじゃないか」

「お陰様で。先日は大変申し訳ございませんでした」

 状況的に仕方が無かったとはいえ、不意討ちで昏睡させたことに変わりはない。平静を装ってはいるが、内心では不満が燻っているだろう。

 メリエラ様は暫くこちらを睨んでから、やがてふっと息を抜いて笑顔を見せた。

「よくもやってくれたな、と恨んだこともあったよ。でも、あの時君が決断してくれたから、領地が救われたとも言える。正直複雑だね」

「大きな問題は起きていませんでしたか?」

「決裁の一部が止まっていた程度で、まあどうにかなる範疇だったよ。フェリス君の首尾はどうだい?」

「それについては、この通りです」

 先んじて用意しておいた短剣で、穢れ祓いを軽く放つ。魔核製の武器であっても、祝福は通常通り機能していた。

 メリエラ様は眩い光に目を細め、そして大きく手を叩く。

「素晴らしい! 使節団はまだ時間がかかりそうだ、という報せがあったばかりなのに」

「ああ……多分、彼等では難しいでしょうね。偶然が味方してくれないと、これは使えないんですよ」

「ふむ、どうしてだい? 君はこの短期間で、使えるようになっているじゃないか」

「これは恐らく、教国が伏せている話なのですが……穢れ祓いは二種類ありましてね。あちらで使用されているものの大半は、武器を介した方式なのです」

 俺が祝福の特性について説明すると、メリエラ様は唖然として口を開き、そのまま固まってしまった。まあ、あれだけ人材を揃えたというのに、習得はただの運となれば反応に迷うだろう。

 再び動き出した彼女は、明らかに言葉を選んでいた。

「いやはや、不思議なこともあるものだが……となるとその短剣さえあれば、私でも穢れ祓いは使えるのかい?」

「その筈です。ただ魔力をかなり使うので、多用は出来ないと思います。あちらで知り合った方も、二発でかなり消耗していました」

「……試してみたいね」

 恐る恐る差し伸べられた手に、短剣を押し付ける。メリエラ様が呼吸を整え、魔力を練り上げると、穢れ祓いはしっかり発動した。

 この部屋に穢れを撒き散らす訳にはいかないため、実際の効果までは伝えられないが、検証としてはこれで充分だろう。

 全身を汗で湿らせながら、メリエラ様は不意に膝をついた。

「ぷはぁっ、これはきついッ。魔力の大半を持っていかれてしまったよ。その方はよく二発も撃てるものだね」

「それでも、一定以上の魔力があれば使える、というのは利点ですよ。王国は穢れが発生し難い環境ですし、仮に発生したとしても、それがあればメリエラ様なら対処出来るでしょう?」

「は? ……まさか、これを私にくれるのか!?」

 メリエラ様は大袈裟な声を上げて驚き、俺は苦笑しつつ頷く。

 元々、この短剣は穢れ祓いの実例として用意しただけなので、誰も使う人間がいない。むしろこちらとしては、雑な造りで申し訳ないくらいだと思っている。

「色々とお世話になりましたし、ちょっとした教国土産です。短剣の質はいまいちですけどね」

「そんなことで文句は言わないさ。しかし、本当に貰ってしまって良いのかい? これがどれだけの価値を持つか、君なら解っているだろう?」

「メリエラ様が浄化をしてくれたから、私は生きて教国へ辿り着いたんです。貴女から受けた恩に比べれば、別に大したものではありませんよ」

 身内でもないのに、メリエラ様は俺という存在をちゃんと尊重してくれた。汚染者に対して偏見無く、かつ親切に接してくれる人がいるという事実が、どれだけ救いになったことか。

 本人が思っている以上に、俺は彼女に感謝している。

「……律儀だなあ。私はそんなつもりではなかったというのにね」

「気にしないでください。こちらはそう思っている、というだけです。ただ……贈っておいてなんですが、教国は私が穢れ祓いを手に入れたことを把握していません。それどころか、先方と物別れした挙句に飛び出してきた始末なので、出所については巧く誤魔化していただけると助かります」

 短剣を中央との交渉に使っても構わないが、これが原因で王国と教国の均衡が崩れる、という展開は本意ではない。俺は教国軍人と事を構えたい訳ではないので、その一線だけは守ってほしい。

 メリエラ様は暫し考え込むと、短剣を鞘に納めた。

「ふむ、ならばこれを表に出すのは止めておこう。あくまで有事の際に、用途を限定する。それなら君にとっても都合は良いだろう?」

「ありがたい話ですが……そうなると中央への報告はどうします? カッツェ家は使節団を統括する立場なのでしょう?」

「別にどうもしないよ。責任者はワイナであって、我々は使節団の人間ではない。穢れ祓いをどう扱おうとこちらの勝手だろう。ただ、国境沿いの穢れを放置しておきたくはないから、魔力の多い人材を揃えてはおこうかな」

 さっぱりとした顔で告げて、メリエラ様は引き出しに短剣を大事に仕舞い、鍵をかけた。そして、何故かその鍵を俺に手渡す。

 開けられなくて困ったりしないのだろうか?

「引き出しの鍵は予備も含めて二つあるから、一つずつ持ち合おう。まあ棚ごと壊されたら無意味だけど……ワイナにはこれを継承したくないんだ」

 ああ、そういう意図か。

 領民を省みない者に、大事なものは渡せない――領主としては普通の判断だろう。彼女は民の命を預けられる存在ではない。

「気持ちとしては理解出来ますよ。そう仰るのなら、お預かりします」

「身内の恥に巻き込んですまないね。でも、私はどうしてもあの子が許せないんだ。……因みに、教国では使節団と接触したのかな?」

「使節団ではなく、ワイナ嬢個人とは少しだけ話をしましたよ。端的に申し上げますと、相変わらず素っ頓狂というか、ズレているなと感じました」

 あの性根はそうそう変わるまい。メリエラ様もそれを察し、深い溜息を吐いた。

 見限られたか……これで本当に、ワイナは事業を成功させるしかなくなったな。それを以て領地の外に、己の居場所を作るしかない。

 カッツェ家はワイナしか子供がいないため、これで後継者不在ということになってしまった。

「今後、領地の運営はどうなさるおつもりです?」

「可能な限り私がやるさ。とはいえ、永遠に生きていられる訳もないし……クロゥレン家と統合するのも良いかもしれないね。ミルカさんとジィト君はまだまだ甘いところがあるけれど、領民の地位向上を求める人だから。それとも、フェリス君がここを治めるかい? 君なら歓迎するよ」

 いかん、話が面倒な方向へ向かい始めた。

 流石にそこまでは背負い切れないと、俺は慌てて首を振る。

「父に統合の話はしてみますが、私は経営に手を出すつもりはありません。というより、向いていないと解っているので手を引いたんです」

「そうかい? 君は周囲がよく見えているし、能力的には向いていると思うよ。とはいえ領主なんてやる気の無い人間がする仕事ではないから、無理強いはしないさ。……やる気があろうと、やってはいけない人間もいることだしね」

 うん、これは相当根が深いな。

 どんどん居心地が悪くなってきたので、俺は強引に切り上げることにする。

「使節団は祝福を得られないでしょうし、ワイナ嬢も暫くは帰れませんよ。だったら、不在の間に話をまとめてしまいませんか? これからクロゥレン領へ戻るつもりなので、必要なら父を連れてきます」

「お願い出来るかい? いや、これで踏ん切りがついた。君がいてくれて本当に助かったよ」

「お構いなく。では、早速私は領地へ向かいます」

 本当に引き返せなくなる前に、ここは撤退だ。

 メリエラ様に本気で領地を手放す意思があるかは解らないが、同じ仕事をしている父であれば、相談相手としては相応しいだろう。一人で抱え込むよりは、ずっとマシな結果に繋がるかもしれない。

 領民を大事に想えばこそ、権利の放棄を考えるか――気楽な次男坊を気取る俺程度では、今回の一件は少々手に余るな。

「日程が決まりましたら、改めて連絡をさせていただきます。少し時間をいただきますので、ご容赦ください」

「うん、返事は急がないよ。道中気をつけて」

 扉を閉め、頭を掻き毟りながら龍の元へ早足で向かう。

 さて、怒られるか呆れられるか、かなり微妙な案件を掴んでしまった。少なくとも、褒められることはないだろう。家族の渋面が脳裏を過る。

 領地の人員からして、カッツェ領にまで手が回るかは疑わしい。でも放置してワイナが領主となり、数年後に領地間で揉めることも避けたい。

 難しいな……こんなことになるくらいなら、あの場でワイナを殺しておくべきだったか? いや、こういう短絡的な思考だからこそ、俺はカイゼンへ飛ばされたんだよな。

 本当にあの女は祟ってくれる。自分の嫌なところが目について、何だか空しくなってしまった。

 今回はここまで。

 来週は仕事のため、更新出来ないかもしれません。更新されたら「ああ、無事休みになったんだな」ということで……。


 ご覧いただきありがとうございました

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一つ解(ほど)けたと思ったら、また一つ絡みついてくる 貴族ってやーね そしてフェリスの自由はまだ遠そうだ
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