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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
ミズガル領滞在編
18/222

職人の評価


 伯爵領での作業内容を聞いた二日後、部隊を二つに分けて私は領を出発した。先行する私とグラガスの部隊に二十名、一日遅れで出発する部隊にも二十名の計四十名が、演習の参加者となる。

 本来ならば私とグラガスは別れて移動するべきだが、フェリスの汚染した土地の場所を知っているのはグラガスだけだ。現場の浄化が進んでいない可能性も考え、道中でそこを確認した後に伯爵家へお邪魔することとした。

 どうせ人は歩いていないからと獣車を飛ばして、目的の場所を目指す。

「ミルカ様、見えました。あの一帯です」

 グラガスが指差す先に、広範囲が変色した地面が覗いていた。それなりに日が経っているのにこの状態ということは、かなり魔力を込めたようだ。

「何か手を加えた感じはしないわね。フェリスはまだ治療中ってことかしら?」

「あの方ならばもう復調していてもおかしくはないはずなのですが……」

 それについては私も同感だ。意識がありさえすれば、『健康』を使って後は終わりのはずである。

「ああでも、真っ当な医者なら、安静にしろって止めるかもね」

 クロゥレン家は母上が医術に秀でており、また、当人に容赦もないので、必要以上の休養は与えられない。大事を取って、なんて言葉は存在しない。あるのは大丈夫か大丈夫じゃないかの二つだけだ。

 自分で口にしてみて、拘束されている可能性が一番高いと感じる。グラガスも同意したらしく、一つ頷いた。

「なるほど、有り得ますな。しかしそうなると、やはり今のうちに浄化しなければなりません」

「ま、そのために来たんだしね。……本番の前の肩慣らしには丁度良いってことにしましょう」

 間違い無く本番よりきついだろうとは知っていても、不始末の処理はしなければならない。

 配下の面々に休憩を指示し、離れたところに陣を張らせる。グラガスに彼らの監督を任せ、汚染された地に足を踏み入れた。ここから先は私一人で充分だ。

 土地の表面に魔力を這わせ、そのまま沁み込ませるようにして状態を確認する。……良し、地中深くまでは浸透していない。ただし範囲は広いため、それなりに消耗はすると判断。追い詰めなければこうはならなかったろうに、ジィトは余計なことをしてくれた。

 まったくもって腹立たしい。

 長引かせても仕方がない。大きく息を吸い、魔力を練り上げる。体内で陽術を組み上げ、息吹とともに風に乗せて吐き出す。浄化の渦が地面を舐め、少しずつ本来の自然を復元させていく。

 ……うん、効果は出ている。しかし、完全な浄化にはまだ程遠い。

「魔力量に差があり過ぎるか……」

 魔術師としての腕は私が上でも、込められた魔力量が膨大であれば、相応の消耗が要求される。今消費した私の魔力が二割ほど、解呪出来たのが大体三割。一日あれば終わる仕事ではあれど、やり切った後で仕事には戻れないだろう。

 さて、ここで夜を明かすべきか。それともまずは伯爵領に入ってしまい、宿を確保してまた別の日に改めるか。

 考え込んでいると、うなじにうっすらと悪寒が走った。

 これは、敵意?

 目を細め、周囲を警戒する。直感――勝てない相手ではない。だが、かなり距離があるらしく、何処にいるかが解らない。

「ふうん?」

 ここで一夜を明かすのは自殺行為、と。

 舌で唇を湿らせる。小物狩りかと思っていたら、なかなか楽しめそうだ。


 /


 患者は一命を取り留め、ある程度容態が落ち着いたところを見計らって、一般の治療院へ移送されていった。こちらとしては何が出来たという認識も無いのだが、シャロットさんと本人が偉く感謝してきた所為で、去り際は却って居心地が悪かった。そういう称賛は頑張った人間に対してこそ与えられるべきで、何となくその場にいただけの俺にはそぐわない。こちらからすれば、単に知識不足が露呈しただけの話だ。

 母上も本腰を入れて指導はしなかったし、俺もそう必要性を感じていなかったので、治癒は真面目に取り組まなかった。今更子爵領で教えを乞えないと考えると、惜しいことをしたように思う。

 まあ、何でも自分で出来ると思うことこそ、烏滸がましいのか。

「それよりもまずは本業かねえ」

 魔獣騒動で多少先送りになっていたものの、バスチャーさんの包丁は出来上がった。我ながらなかなかの出来映えで、そう無駄に時間もかからず仕上がったように感じている。後はこれからやって来る本人に確認してもらい、必要に応じて微調整を加えれば終わりだ。

 考えてみれば、個人発注の仕事をこなすのは初めてだ。納品間近になって、俺は柄にも無く緊張している。

 鞘から包丁を引き抜き、改めて刀身を『観察』する。手慰みに魔力を込めて質を高めながら、何か見落としが無いかを探り続ける。

 初めての仕事でコケたくはないし、認めてくれた人には応えたい。不安な反面、どうしようもなく評価を気にしている。

 組合を通じて何度も仕事はしているし、納品だって初めてではない。なのに、こんなにも自分を制御出来ないとは思っていなかった。ある意味では姉兄と戦う前より緊張している。

 何度見たって、出来映えは劇的に変わったりはしない。

「フェリス様、よろしいですか?」

「はい?」

 扉の向こうから、家令さんの声が聞こえる。

「バスチャー様をお連れしました」

 さあ、お待ちかねの時間だ。一度包丁を鞘に仕舞い、魔力で封をする。

「ありがとうございます、お手数をおかけしました。どうぞお入りください」

 硬い唾をどうにか飲み込んだ辺りで、バスチャーさんが笑いを浮かべながら中へ入ってきた。家令さんは扉の隙間から一礼をして、優雅に去っていった。

「すっかりここの主だな」

「そういうつもりじゃないんですけどね。伯爵家の教育がそれだけ行き届いているんでしょう。……では、早速ですが、見てもらってもよろしいですか?」

「ああ、俺も早く見たいよ。こっそりだけど、試し切り用の肉まで持ってきちまった」

 バスチャーさんは持っていた鞄を開けると、葉に包まれた塊を覗かせた。あまりに準備が良くて、俺まで笑ってしまう。

 ここまで期待されているのならば、焦らす訳にはいかないだろう。

「では、どうぞ」

 先程鞘に戻したばかりの包丁を、震える手を誤魔化しながら渡した。バスチャーさんは一度目を閉じて魔力の封を破ると、ゆっくり包丁を引き抜いた。

 握りを確かめ、刃を水平に保って眺め、裏返し、上段から下段へと振る。勢いに負けて持ち手がぶれるようなことは無かった。

「すげえ手に馴染むな。振り下ろしてもずれたりしないし、吸い付いてくる。……柄の部分だけで金が取れるな、これは」

「ならそこは大丈夫ですね。じゃあ、次は肝心の切れ味ですか」

「おう、そうだな」

 俺の言葉に、バスチャーさんはさっきの肉を取り出す。正体がよく解らないが、取り敢えず骨が多いことだけは確かだ。

「何ですかそれ」

「ポスピルってな。こっちじゃあんま流通してないはずだ。脂っ気のない、しっとりした赤身が特徴で、焼くと旨い」

 聞けば、共和国の方に生息する駝鳥のような生き物らしい。ちょっと味が気になるものの、それも巧く捌けてこそだ。

 固唾を飲んで作業を見守る。尖らせた先端が肉にすっと滑り込み、骨の並びに沿ってしなりながら先へ。バスチャーさんの腕に力みは感じられない。包丁はそのまま、骨の通りに合わせて澱み無く進んで行く。

 やがて包丁は、骨を削ることも無く、肉だけを綺麗に切り離す形で端まで行き着いた。

 大きく息を吐き出す。個人的に及第点は超えた。

 肉の断面を指でなぞりながら、バスチャーさんは何度も大きく頷く。

「いかがなもんでしょう」

「……うん、何だこれ、楽しいな! しなる包丁ってこんな感じなのか、素晴らしいじゃないか! うわあ、これはいい買い物をした!!」

 感極まったらしく、バスチャーさんは俺の手を取って何度も上下に振り回す。安心感が過ぎ、ようやく喜びが俺にも湧いてくる。

「喜んでもらえて何よりです」

「喜ぶよこんなもん、お前やるなあ! いい出来だよ本当に。そういや、これだけやれるってことは魔核加工で階位はもう持ってるのか?」

「一応第五です」

「第五ってお前、普通に中堅職人じゃねえか! ええ? 成人したばっかだよな?」

「まあ……十二の頃から暇を見つけては消耗品を納めてましたしねえ……」

 師匠の教えの一つに、小物でも何でも良いから時間を区切ってとにかく作れ、というものがあった。魔核は魔力を込めるほど質を上げられるものであるため、ある意味作業に終わりが無い。そんな中で一定の製作速度と質を保つ訓練になり、かつ実績に繋がる行為として、組合への定期的な納品は丁度良かったのだ。

 低階位の認定は本当に基本的で、物を作って納められるかどうかが問われる。誰も初心者に質なんて求めない。不格好でもなんでも、まずは作れるかどうかなのだ。これは、魔核職人が多量の魔力を求められるが故の、特殊な事情だろう。

 そういう面で見れば、幼少期から魔術の修業を続けていた俺は、職人になれる程度の下地が出来ていたと言える。

「俺は調理の分野しか認定知らないからなあ。それでも、何の認定も受けてない奴の方が多いぞ」

「あ、俺実は結構認定持ってるんですよ」

 資格取得が趣味という訳でもないが、必要上あれこれと認定を受けてはいる。

「何持ってるんだ?」

「狩猟、解体、調合、調理が第四ですね。魔核加工と錬金が第五です」

「……お前、何なの? 才能が無い奴を笑うのが趣味なの?」

 どんな言い様だ。

「そんな歪んでませんよ。単に、ちょっと家がおかしかっただけです」

 守備隊に混じって訓練に参加すると、魔獣を狩りに行くことになる。道中で薬草を採取し、怪我に備える。魔獣と出会えばそれを狩り、解体後に調理して食べる。素材を無駄にしないように、余った骨やら何やらを錬金で変性させ、細々とした物を作る。

 主としている魔核加工以外は、食い扶持を増やすためと、生活上必要だったから認定を受けたのだ。

 因みにジィト兄は解体の第六、父上は運送の第八を持っている。商人からなりあがった父上はさておき、俺と兄は領主にならないと決まった時点で、何かしらの箔付けは必要だったと言えるだろう。

 その辺の説明をすると、バスチャーさんはえらく渋い顔でこちらを眺めた。

「貴族は苦労もせずに贅沢してる、って向きがあるが、少なくともお前んとこは違うな」

「使えない土地を押し付けられただけの弱小貴族なんてそんなもんですよ。五体満足で食っていけてるんで、マシな方ではあるんでしょう」

 現状を辛いと感じている訳でもないし、別に良い。基盤はある程度出来ているのだ、後はミル姉が無難な形で伸ばしてくれるだろう。

 とまれ、話が脱線してしまった。そんなことより包丁だ。

「うちのことはひとまず置いておきまして。その感じだと、修正は不要ですか?」

「おう、充分過ぎる。三十万でこれ以上を求めたら罰が当たるな」

「いや、罰とかは別にいいんで、何かあるなら今のうちに言ってくださいね。俺もあと半月すればここを出るでしょうから」

 何度か突っついてみたが、バスチャーさんに不満は無いようだった。満面の笑みの彼から、当初の予定よりも多い四十万ベルを受け取る。

「いいんですか? 本当に」

「五十万でも不満は無い。無いけど、あんまり出すと怒られるから……」

 高評価の反面、何だか思ったより世知辛いことを話されてしまった。取り分が増える分にはこちらは問題無いとしても、彼は大丈夫なのだろうか。

 返す訳にもいかず、俺はひとまず曖昧な笑みで包丁に再度封をした。

 微妙な雰囲気を残しつつも、満足の行く仕事が一つ出来た。

 今回はここまで。残業が多いと話が進まねえ……。

 ご覧いただきありがとうございました。

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[気になる点] 殺される側のヘイト稼ぎが足りない 主人公が殺しすぎだと思う
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