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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
空飛ぶ邪精編
179/222

友達を作る

 誤字脱字報告、まことにありがとうございます。

 なかなか無くならないものだ……。

 目を醒ますと、心配そうな表情で水精が間近で俺を見下ろしていた。距離感に戸惑い、後頭部が柔らかいものに包まれていると気付く――これが噂に聞く膝枕というやつか。首が楽で思いの外心地良く、起きたばかりだというのに再び眠くなってくる。単純に、体が精気に馴れていないだけかもしれない。

 とにかく感謝を告げようとしたものの、喉が掠れて言葉にならなかった。すると水精は何やら湿気を集め、それを圧縮し俺の口元へ垂らす。

 蜜のような甘さがゆっくりと体内へ浸透し、ようやく声が出るようになった。

「お加減は如何ですか?」

「ん、ぁ、……悪くは、ないですね」

 意識を失う直前、あんなにも滅茶苦茶だった感覚が元に戻っている。むしろ、今まで嚙み合っていなかった魔力と穢れと精気の三者が、正しく調和したような気さえする。

 取り敢えず、各々の制御はかなり楽になった。地精はこれを狙っていたのだろうか。

 とはいえそれよりも――半身浴でもしているかのように、下半身が温かく蕩けるような感覚に包まれている点が気にかかった。

 水精は気遣わしげに目を伏せ、俺に詫びる。

「あの子が大変申し訳ありませんでした」

「構いませんよ。ただ、何がどうなっているのか教えていただけませんか? 体が作り変えられた感覚はあるのですが、確証がありません」

「そうですよね。……多量の精気を取り込んだことで貴方の体は人間を離れ、より精霊に近いものへと変じました。自分の体が見えますか?」

 水精が俺の首を持ち上げると、靴が脱げ、どす黒い泥となって拡がっている足が目に映った。動かそうとすると、僅かに液体の表面が波打つ。

 ……さて、少し考えよう。

 黒は穢れ、泥は水精と地精の影響かな? まさか人の形を失っているとは思わなかったが、特に痛みは感じない。欠損という訳ではなく、意図した通りに体は動いているようだ。

 あまりに衝撃的な景色だった所為か、却って頭は冷静になった。

「……これ、見かけだけでも人間に戻せるんですか?」

「馴れは必要かもしれませんが、戻ります。私達も敢えて人の姿を模しているだけで、気を抜くとそうなりますよ」

 聞けば、彼女等も日によってはただの水溜まりや石として、道端に潜むことがあるらしい。人であることも汚泥であることも、自由に選べると彼女は言う。

「精霊は自然の一部です。因みに貴方の場合、今後は水と大地があれば、食事をせずとも生きていけるようになった筈です。勿論、何か食べたい時は食べることも出来ますよ」

 確かに、二人が食事を必要とするだなんて想像していなかった。なら、俺だってそれは変わらないのだろう。地面が無い所になどそうそう行く訳もないし、事実上餓死は無くなった、ということか。

 必要としていたかどうかはさておき、あって困る能力ではない。ただ、地精がわざわざそんな能力のために、俺に精気を与えたとも考え難い。沸き立つような腹の底のうねりが、それだけではないとしきりに訴えている。

「……人間には戻れない、精霊に近づいたとして……そもそも、精霊とはどういう存在なんでしょう?」

「大雑把に言うと、精霊は自発的に行動する、属性魔術の塊です。私は監視者として機能を制限されているので例外として、地精であるあの子は、大地の全てを思うままに操作出来ます。精気に馴れれば、貴方も似たようなことが出来るでしょう」

「まあ俺も穢れを操作することは出来るようになりましたね。では精気とは?」

「魔力と精気はどちらも魔術を発動させるための媒介ですが、魔力よりも遥かに効率的なものが精気です。人間に限れば、水と地について貴方を超える魔術師は今後現れないと思います。年を経た魔獣などは解りませんけどね」

 精霊化による死因の減少、そして地術の強化……ありがたくはあれど、どの恩恵も望んでいた訳ではない。むしろ、より誤魔化しの利かない存在になった、とも言えるだろう。

 何故こうまでして、地精は俺に肩入れする? あの子は俺に、一体何を求めているんだ?

「……難しく考えることはありませんよ。あの子はただ、貴方に御礼をしたかっただけです」

「御礼と言われましても……半端者でいるより、精霊として生きる道を探せと?」

「精霊として共に生きてほしい、という意図はあるでしょうね。ただ、人を装うことも出来るようになっている筈です。人間の扱う計器は精気に弱いので、対処は簡単ですし」

 計器を使用された際に表示が狂い、人間ではないとすぐにバレる、なんてことにならないだろうか? どうにも不安を感じていると、水精は説明を重ねる。

「試してみればすぐに解りますが、強度計や称号板に精気を流すと、内容を自由に書き換えられるようになるんです。当然とはいえ、人間向けの対策しか取られていない所為でしょうね。検問で引っかからなければ、街で生きていくことも可能なのでは?」

「ああ、それなら意味がありますね。……もしかして、あの子はそうやって人里に潜り込んでいたのですか?」

 子供が一人でうろついていれば、警邏は相手に声をかけるだろう。彼女なら逃げるだけで済むとしても、それでは要らぬ注目を浴び、以降の自由を失ってしまう。だとしたら、嫌疑を真っ向から否定してしまう方が早い。

 質問に対し、彼女は静かに頷いた。

 なるほど、彼女が周囲から怪しまれていなかったのは、そういうことか。

「毎回、門を強引に突破するのもどうかと思っていたんですよ。お陰様で、今後も人間社会で生きていけそうです」

「折角の精気ですから、巧く使ってください。……貴方の意思を無視して、精霊化を進める形となりましたが……御礼にはなりましたか?」

「ええ、勿論です。どうせ人間には戻れないと思っていましたし、この結果なら、俺がお返しをしなければなりません」

 そう告げて首を曲げると、地精が壁の後ろからこっそり顔を覗かせた。何処となく気まずそうにしている辺り、俺が寝ている間に怒られでもしたのだろう。

 言葉足らずではあったにせよ、行為自体はむしろ非常にありがたいものだった。この子が引け目を感じることなんて何も無い。

 俺はなるべく柔らかく微笑んで、地精を手招きする。しかし、彼女はなかなか近づいてくれなかった。

「ちょっと今動けないから、こっちに来てくれない?」

「……怒ってる?」

「ううん。怒ってないから、こっちでお話しよう」

 根気強く呼びかけると、地精はようやく俺の傍らに腰を下ろしてくれた。水精はまだ文句を言いたそうではあるが、とにかくこれで話が出来る。

「お姉ちゃんはね、いきなり俺に精気を注いだから、ちょっと吃驚しちゃったんだ。本気で怒ってる訳じゃないよ」

「うん、解ってる」

「なら良かった。勿論俺も怒ってはいないし、むしろ君には感謝しているよ。ただ……どうして、こんなに親切にしてくれるんだい?」

 自分が人間でなくなったからこそ解る。精気は精霊にとって、生命の源だ。

 水精はまだしも、地精は自分の身を削ってまで、俺に奉仕する理由が無い。釣り竿の一件だって、そう大きな出来事ではなかっただろう。

 本人は深く考えていないかもしれないが、明らかに俺は与えられ過ぎている。

 問いに対し、少女は目を何度か瞬かせると、徐に俺の膝を掴んだ。

「そんなにおかしいかな? だって……お兄ちゃんには友達になってほしいから」

 ああ、そうか。

 水精はあくまで家族であり、上下関係がある。そうなると、同じ目線で立ち、友達になれそうなのは俺しかいない。

 ――難しく考える必要は無いと、水精は最初から言っていた。地精はただ、子供らしく素直に生きているだけだ。

 利害関係ばかり考えていた己を恥じていると、地精は俺の膝から下をすぐさま人の形に戻して見せた。先程までと違い、足にしっかりとした芯が入っている感覚がある。これもある種の献身だろう。

 尽くそうとしている姿は健気だが、これは対等の関係ではない。ジャークとアレンドラが負い目を抱えて接するため、それを他者と交流する際の基礎だと思い込んでいるようだ。

「ありがとう、これで立てるようになったよ。もう大丈夫だから、後は自分でやらせてくれ。自分で出来るようにならないと、後で困っちゃうからね」

 細く柔らかい髪を梳いてやると、少女は猫のように俺の手へ頬を擦り付ける。好きなようにさせていると、水精はその様子に肩を竦めた。

「すっかり懐いていますね。この調子で他の人に接しないかと、少し心配になります」

「お兄ちゃんにしかやらないよ」

「まあまあ。人も少ないし、寂しかったんでしょう。たまには甘えたって良いじゃありませんか」

 彼女が慕ってくれるなら、それに応えてあげたいと思う。その方が、俺達は真っ当な関係でいられる気がした。

 呆れたような水精の視線を受け流し、俺は話を続ける。

「後で実体化の方法を教えてくれる? 歩けるようになったら、一緒に木の実を取りに行こう。甘くて美味しいのを教えるからさ」

「本当!? お姉ちゃんも一緒に行ける?」

「構わないよ、お出かけしようね」

 地精は興奮のあまり鼻息を漏らし、それが俺の顔にかかった。まあ、ここにいても楽しいことは無いだろうし、散歩くらいで喜んでくれるなら幸いだ。

 ジャークには悪いが、山菜は後回しにさせてもらおう。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
将来、どういう娘と良い仲になるのかなー。と思っていましたが(貴族だし) もうそういう次元を、すっ飛んで行ってしまいましたね まあ、世の悪意に翻弄されがちな主人公には、こういう無害なお友達の方が必要だ…
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