表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
空飛ぶ邪精編
178/222

床に転がる

 祭壇に着くと、降り注ぐ書架が俺を出迎える。ただ今回はいつもと違い、やたら豪奢な椅子も一緒に落ちてくる始末だった。潰されたら死ぬなと思いつつ、取り敢えず用意された椅子に皆で腰掛ける。

 水精は膝の上で細い指を組んで、柔らかく微笑んだ。地精は座面を叩いて気儘に楽しんでいる。双方から特に不調のようなものは感じ取れない。そんなに日が経った訳でもないのに、ある程度は復調しているようだ。

「あの後どうなったのかと思っていましたが、お元気そうで安心しました」

「その節はお世話になりました。そちらは、学術院へ無事に入学出来たのですか?」

「いえ、王国民はあちらだと差別の対象らしく、それは叶いませんでしたね。代わりに、卒業した者から人材を募ることにしました」

 問題の無さそうな話から、お互いの近況を少しずつ探る。別に敵対している訳でもないのに、遣り取りは何処かぎこちないものだった。俺達は前回の別れ際をまだ引き摺っていて、距離を測りかねているらしい。

 何処を見たものか視線がどうにも定まらず、落ち着かない。

「そちらは……まあ、回復のために籠っていたんですかね」

「籠っていたのは事実ですが、環境が良いので回復に時間はかかりませんでしたよ。ここは清浄な魔力が満ちていますし、何より管理者が不在だったので、祭壇との接続も簡単でした」

「うん? 存在の維持に接続は必須なんですか?」

 カイゼンに縛られていたのは、上位存在の意向によるものだと思っていた。俺の疑問に、水精は首を横に振る。

「必須ではありませんよ。祭壇は浄化以外にも機能を持っていて、欠損の回復等にも使えるというだけです」

 ふむ……穢れ祓いによる転送を浄化と表現しているのは、わざとなのだろうか? それとも、穢れが消えていることに変わりはないから、区別されていない?

 いやそれよりも、欠損の回復とはまた破格だな。

「その機能があれば、アレンドラの眼も治せるのではありませんか?」

「残念ながら無理ですね、河守には接続権がありませんので。彼等はその分、異能を強化されています」

 そうだ、元々はその接続権について聞きたかったのだ。丁度良い話題になったと、俺は身を前に乗り出す。

「その言い方ですと、異能を強化されていない人間であれば祭壇と接続出来る、というようにも聞こえますが」

「いえ、どう説明すべきでしょうか……確かに河守は接続権を与えられていたのですが、異能の強化とのどちらを取るかで、後者を選んだという経緯があるのです。かつてあの地域は魔獣が多かったので、水害を防ぐ力よりも、外敵から身を守る力の方が重要だったのですね」

 まあ異能の強化だって充分に有意義だし、当時の状況もあるだろうから、どちらを選んでもおかしくはない。なら問題となるのは、元々の権利をどうやって得たのかだ。

 俺は転生によって特権を得たが、元々この世界の住人だった河守に、上位存在がわざわざ話を持ち掛けるとは思えない。

「では、何故河守は権利を持っていたのでしょう?」

「それは、彼等が祭壇に掲げられた依頼を偶然にも達成し、報酬を与えられたからですね。河守は開拓の邪魔になる大岩を除去したのですが、その岩は地脈に刻まれた術式の経路を塞いでいたため、祭壇にとっても邪魔な存在だったのです。お互いの利害がたまたま一致した結果ですね」

「なるほど。……そうなると、アレンドラの排除に協力したジャークは、もう一つ報酬を得られるのではありませんか?」

 俺に報酬が与えられたのだから、ジャークにも無ければ話がおかしくなる。それに対し、水精は何やら祭壇に魔力を飛ばすと、すぐさま問いを否定した。報酬の確認――祭壇にはまだまだ知らない機能が沢山あるようだ。

「ジャークについては……強化された異能を失っていない、というのが報酬扱いになっているようです。これ以上を望むのは、河守の失態からしても無理筋でしょう」

「ううん。そんなに甘くはない、か」

 ジャークを受託者として取り込めるなら楽だったが、こうなると別の人間を探す方が早いな。

 水精は悩んでいる俺の様子を暫く見詰め、ふと首を傾げた。

「無理をしてまで、祭壇と関わり続ける必要も無いと思いますが……人員を増やそうというのですか?」

「ええ、このまま受託者として頑張ることに限界を感じましてね。かといって、ただ使命を放棄するのも寝覚めが悪いですし、後任を探すなり人を増やすなり、手を考えなければなあと」

 面倒な話に飽きてきたのか、地精は椅子から軽やかに飛び降りると、俺の膝の上へと攀じ登ってきた。俺は敢えて好きなようにさせ、彼女の髪を梳きながら告白を続ける。

「人間の生活圏に穢れが溢れている以上、何らかの対処をしなければなりません。しかし、それを俺が一人で背負い込むのは何か違う気もする。……今回お邪魔したのは、貴女なら俺以外の受託者について知っているのではないか、と思ったからなんです」

「百年前ならそこそこの人数がいた筈ですが、残念ながら、現在この大陸における受託者は貴方だけです。まあ……そもそも祭壇の場所を知る者は限られていますし、接続しなければ依頼の確認も出来ないので、現地の住民が自力で権利を得ることは難しいでしょう」

 それはそうだろう。

 ただ翻せば――条件を確認出来る俺がいれば、河守以外なら誰でも権利は得られるということになる。人を選ぶ必要はあるにせよ、もう少し頑張れば希望は叶うかもしれない。

 候補としては誰がいる? クロゥレン家の人間は領地経営があるから不適。師匠は腕を治さないことには始まらない。ミケラさんは適性ありだが、師匠の世話があるため保留。

 となると……後任というより補佐としてファラ師を置くか? あの人であれば、強度と人格についても申し分無い。懸念されるのは魔術的な素養くらいだろう。

 若干ではあれど、展望が開けた気がする。

「適任は見つかりそうですか?」

「ええ、思い当たる人材がおりました。問題は今何処にいるのか解らない、というくらいですね」

 なるべく早く済ませるとは言っていたものの、領地へ便りは届いているのだろうか。今度はミル姉に現状報告をしつつ、そちらを確認しなければなるまい。

 やるべきことが大分絞れてきた。その事実に満足して頷いていると、地精がふと俺の頬に手を伸ばし、左右に引っ張った。水精が慌てて窘めるも、彼女は止める様子が無い。

 大粒の宝石のような瞳が、俺を真っ直ぐに見詰めている。

「どうした? 退屈な話ばっかりでごめんな?」

「ううん、それは別に良い。それより、穢れが沢山溜っているのに、平気そうな顔してる。痛くないの?」

 地精の発言に、水精が顔色を変える。俺が体内へ穢れを取り込んでいたことは知っているだろうに、今更それを思い出したらしい。俺は腰を浮かせかけた水精を目線で制し、地精の手を頬からゆっくり剥がす。

「ちょっと前まではあちこち痛かったんだけど、水精のお姉ちゃんが守ってくれたから平気になったんだよ。穢れがあっても、体は大丈夫になったんだ」

 俺が改めて頭を下げると、何故か水精もそれに合わせるよう頭を下げる。そうして姿勢を戻し、視線を絡めた辺りで笑いが堪えられなくなった。

「笑わないでください。当たり前の顔をしているので、気が付きませんでした」

「構いませんよ、自分でも理屈が解らないくらいなんですから。どうやらいただいた精気のお陰で、邪精という存在になったようでしてね」

 何度目か解らない説明をすると、水精はあからさまな困惑を示し、地精は俺の首に縋りついて臭いを嗅いだ。

「こらこら」

「……ホントだ、半分だけ人間と違ってる。じゃあ、あたしも精気をあげたら、もっと精霊に近づくのかな?」

「あっ、待ちなさい!」

 水精が止める間も無く地精は俺の口中へ指を突っ込み、精気を直接流し込んできた。胃の奥へ不思議な感覚で満たされ、全身が熱くなっていく。酔っ払ったかのような強烈な眩暈で、俺は椅子から転げ落ちる。

 臓器が激しく収縮を繰り返している。視界が波打ち、色彩は狂い、二人の顔が歪んでいく――体感がおかしくなって、水精の悲鳴が遠ざかっていった。耐性には自信があったのに、加減無しの精気とはこうも劇物だったのか。

「駄目! 今すぐ精気を抜いて!」

「ううん。どっちつかずでいるより、お兄ちゃんも一緒の方が良いよ。だってもう、普通の人間には戻れないでしょ?」

「それは私達が決めることじゃないの、解って頂戴」

 ああ……そうじゃないかとは思っていたが、やはり変質した体は元に戻らないのか。死ぬよりはマシだろうし、これについては受け入れるしかないだろう。

 たとえ人間ではいられないとしても、地精の言う通り、彼女等と一緒なら悪くない。

 俺は気力を振り絞り、どうにか声を上げる。

「悪気は無いようですし、彼女を責めないであげてください。耐えられそうにないので、少し、寝ます」

 床が冷たくて心地良い。これ以上は起きていられそうにない。

 ……そういえば、一緒の方が良いということは、邪精であること自体は受け入れられているのだろうか? どうせなら、彼女等とは仲良くやっていきたい。

 騒がしい遣り取りを子守歌に、意識はやがて途切れていった。

 今回はここまで。

 来週は休日出勤のためお休みします。次回は11/3の予定です。

 ご覧いただきありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
精霊さん家の次男坊に!?
鍛えた「健康」であっても邪気や精気はダメなのか 異物ではないからなのかな?
キッスじゃなくて、ヒロインも安心していることでしょう(適当)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ