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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
空飛ぶ邪精編
177/222

拳を交える

 龍が従ってくれるお陰で、移動が本当に楽になった。かつて何日もかけた道程が、今や数時間で到着出来てしまう。加えて、既に生命活動が止まっているため、食費がかからない点も最高だ。

 代わりに俺は龍へと魔力を注いでやり、少し遊んでから特区の洞窟へと降り立った。

 暫く内部を歩いていると、少し広くなっている空間の前で、身を低くして待ち伏せているジャークと遭遇した。

「そう警戒するな、俺だよ」

「んん? ……なんだ、御使い様じゃないかァ。気付かなかったよ、何か気配が変わってない?」

「ああ……多分、人間じゃなくなったからだな。穢れが全身に回り切って、そこから何故か汚染を克服したんだよ」

「もう何が何だかよく解らないねェ。生きてるなら良いんだけどサ」

 あの時何が起きたのか、俺にだってよく解らない。敢えてそこには触れず、俺は肩を竦めて返す。一方ジャークは姿勢を戻すと、むき出しの地面に腰を下ろして力を抜いた。

 落ち着いて周囲を見回しても、アレンドラの姿は無い。

「アレンドラはどうした?」

「ああ、外に湧き水が溜ってる場所があってねェ、今は身を清めに出てるよ」

「一人で動けるようになったのか。目はどうなったんだ?」

「片目は開くようになったんで、歩くだけならどうにかって感じ。走るのはまだまだ危なっかしい、ってとこだねェ」

 状況が好転しているなら喜ばしいことだ。俺は満足して頷き、道中で捥いだ果物を投げ渡す。ジャークはすぐさまそれに齧り付いて果汁を啜り、大きく息継ぎをした。

「うん、美味い。いやぁ、こんな場所だと食事が偏っちゃってさァ。こういう差し入れは嬉しいよ」

「これだったら山の麓に結構生ってるぞ。もっと行動範囲を広げたらどうだ?」

「いや、そもそも食えるって知らなかったし、似たような木の実で酷い目にあってるから……」

 しまった、カイゼンにはこの果物は無かったか? 王国の山の食材を知らない人間を、他国に連れ出したのは拙かったかもしれない。

 状況が状況だったとはいえ、気の毒なことをしてしまった。

 俺は手持ちの食材をジャークに与え、後で山菜について教えると約束する。そんな話をしていると、やたらと煽情的な恰好のアレンドラが戻ってきてしまった。素肌に薄い布を引っかけただけの姿――恐らく、普段は他人がいない所為で完全に油断していたのだろう。彼女は開くようになった右目で俺の姿を凝視し、すかさず、ジャークが俺達の視線を遮るように体の位置をずらした。

「御使い様の前だ。すぐに着替えてきなよ、アレンドラ」

「あ、はい。ごめんなさい」

 返答が素直だ。念のため顔を背けていると、足音はすぐさま遠ざかっていった。

 あの感じからして、アレンドラは無事にジャークと結ばれたようだ。最低限、自罰的な精神状態から抜け出せているのなら僥倖である。

「……随分と様変わりしたな。良くも悪くも肩の力が抜けたか?」

「素に戻ったと言うべきだねェ。まあ、粗相があっても勘弁してやってよ」

「詫びるのは俺の方だろう。また怒られる前に退散するかね」

「あ、いや待った。今ちょっと時間ある?」

 アレンドラも気まずいだろうし、早々にこの場から離れようと思ったのだが、ジャークは俺に用があるらしい。何かと尋ねてみれば、少し体を動かしたいとのことだった。

 魔術無しという前提で、ジャークの体捌きを思い返す限りだと、俺では相手になりそうもない。

「鍛錬なら一人でも出来るだろう?」

「鍛錬は出来ても、良くなったかどうかの評価が出来ないんだよ。御使い様は長老衆に対抗出来てたし、かなり動けるでしょ?」

「お前と比べられるものではないんだが……」

 まるで気乗りはしないものの、アレンドラはさておきジャークに面倒を押し付けたのは俺だ。それと食料不足が影響しているのか、彼は以前より痩せたように見える。技術にせよ体にせよ、自身の衰えを感じてもおかしくはないだろう。

 ……仕方無いか。

 あくまで遊びということで、少し付き合ってやることにした。

 俺が溜息を吐いて手招きすると、ジャークは嬉しそうに笑い腕を撓らせる。大股で踏み込みつつ身を沈めれば、頭の上を拳が通り過ぎていった。

 相変わらず初手は裏拳からか。まあ攻撃が遅い訳でもないし、同じ相手と二度やることも少ないのかもしれないが……、

「攻め方が単調じゃないか?」

「そう?」

 拳は引き戻され、ジャークは追撃の体勢に入っている。上からの打ち下ろしを首を捻って避け、俺はそのまま肩で相手の鳩尾を押した。

 体当たりというほど勢いはつけていないが、感触が想定よりも柔らかい。

 あっさり後退したジャークがこちらへ連打を放つ。手加減はあるにせよ、一発一発が軽いため捌くのは簡単だった。体格の違う相手の攻撃を、俺が素手でいなせるということは。

「ううん……動きは悪くないとして、筋力が落ちてるんじゃないか。調子が悪いとかそういう感覚は?」

「体が軽くなった気はするねェ。前より動き易いとは思ってるんだけど」

 お互い疑問を浮かべつつも、牽制の打撃は止まらない。俺の発言でその気になったのか、ジャークの攻めは少しずつ速さと重さを増していった。控え目ながらも強化を使い始めたようだ。忙しなく腕を動かして、俺は相手の拳を止め続ける。

 何だろう……かつてはもっと動きにキレがあったような気がする。

 体感として悪くないと言うのなら、骨格と筋量の釣り合いは取れている。技術についても劣化した印象は受けない。しかし、かつて程の怖さも感じられない。

 恐らく一番変わったのは、当時と比べ必死になる理由が無い、という点だ。対抗すべき外敵が減り、アレンドラと結ばれた結果、ジャークは温くなってしまった……いやそもそも、背負うものによって大きくやる気が変わる人間だったのだろう。

「うん、問題は解った」

 俺は中指が高くなるよう拳を握り、相手の突きを内側から抉る。思わず腕を引いたジャークに接近し、殴ると見せかけそのまま頭突きで顎を打った。そうして衝撃でがら空きになった脇腹目掛け、横合いから肘を叩きつける。

 膝に力が入らなくなったのか、ジャークは抵抗出来ずに尻餅をついた。

「ゲホッ、つ、強いねェ。こんなにあっさりやられるとは思わなかった」

「俺が強い訳じゃなくて、お前が集中出来ていないだけだ。やる気は起きないけど、でもこのままではいけない、なんて思ってるんじゃないか」

 ジィト兄とやり合った時の俺がそうだった。迷いがあると、人は巧く動けなくなってしまう。

 図星だったのか、ジャークは気まずそうに眼を逸らす。

「一応言っておくが、それは別に悪い変化ではないぞ? ずっと気を張っていたところで、急に余裕が出来たから戸惑っているだけだ。争いごとなんて、無い方が本来は当たり前なんだからな」

「……それ、本気で言ってる? こんなに穏やかな日々を過ごしてさァ……ボク達には何らかの報いがあって然るべきなんじゃないの?」

 何処となく昏い眼差しがこちらへ向けられる。

 そういえば、ジャークはかつて自身の責任について零していたか。同胞を殺した者に安寧など烏滸がましい、平和なんて許されないと、そういうことなんだろうか?

 ……なら、苦労した人間はそれこそ報われるべきではないのか。少なくとも、全てをアレンドラへ背負わせようとした連中よりずっと、ジャークには覚悟があった筈だ。

「罪があったとして、どうだと言うんだ。その後ろめたさは一生消えないだろうし、他ならぬお前自身がお前を責め続ける。俺はそれで帳尻が合っていると思う」

 大体にして、こちらが不利益を被る訳でもないのに、人の平和や幸福に物申すつもりはない。誰かのために身を切って生きるのが正解かなんて解らないし、皆好きに生きれば良いのだ。

 そう思わないと、やっていられない。

「色々と勝手なことを言ったが、そこまで酷くなった感じはしない。思考が整理されれば、すぐに調子を取り戻すだろう。……お前が気に病むことなんて何も無いさ」

「あら――随分とその男を甘やかすのですね」

 咎めるような、涼やかな声が響く。

 まあ、住処を追われた彼女からすれば、確かに甘い采配だろう。とはいえそれは、与えられた使命に忠実だったジャークを責める理由にはならない。

「祭壇に尽くし、かつ自身の目的のため立ち上がった男ですからね。俺は彼を評価しているんです」

 両手を広げ無抵抗で振り向けば、着替えを終えたアレンドラと、精霊達が並んで戦況を見守っていた。アレンドラが不安そうに拳を握る一方で、精霊達はやけに嬉しそうな表情を浮かべている。

 口調と顔が合っていない……ということは、本心ではないな。本気で責めるつもりも無い癖に、そんな意地悪をすることもあるまいに。

「お久し振りですね」

「ええ、お久し振りです。体の調子は如何ですか?」

「お蔭様で悪くはありませんよ。さあ、お話は奥で伺いましょう。ジャークとアレンドラはこちらで待機していてください」

 跪いて従う両者に、俺は思わず眉を跳ねる。二人とも精霊の存在をしっかり認知している……いつの間にやら、主従関係が出来上がっていたらしい。

 その様子に何も言えないまま、ひとまず連れ立って祭壇へ移動することにした。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました

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― 新着の感想 ―
手を下したことに必要以上に責任を感じず 清々しく生きることを選んでくれてよかった 一方で、ブライとラ・レイも同じように捨てれていたら この二人と同じような小さな幸せ手に入れられたのではと空想もしてし…
これはフェリスの身体能力が自覚なくあがってるとかではなく?
わーい、貴重なヒロイン?の登場だ
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