表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
教国マーディン訪問編
164/222

調査

 一通りの相談は終了した。

 条件付きとはいえ単独行動が認められた以上、すぐにでも動かなければならない。数日後には教国南東へ移動するとなれば、この近辺の土地を調べられる時間は限られている。

 監視が完全に外れていないことは解っているが……魔力は既に回復している。振り切ることは容易だろう。

 アーウェイ殿を見送り、俺は寝ることを諦めて顔を洗った。扉を施錠し、いかにも休みますという体裁を整え、窓から外へと飛び出す。

 重い背嚢さえ無ければ、先日の洞窟まではすぐに到達出来る。

 しかし長い距離を駆け抜け、ようやく洞窟が見えたそこには、呆れたようなハルネリアが待ち受けていた。

 ……何処で追い越された? 最近はよくよく待ち伏せをされるものだと、内心で苦笑する。

「早速部屋を抜け出すとはな。思考が単純過ぎるぞ、フェリス」

「自覚はある」

 自覚はあるが時間が無かったため、敢えて無視していただけだ。まあ、ハルネリアなら交渉が通じるため、見つかったところで影響は無い。

 俺は緊張を緩め、手を広げて相手に向き直った。

「これから中の探索をしようと思ってるんだが、お前も来るか? 監視を仰せつかったんだろう?」

「ああ、察しの通りだ。私も同行するよ。とはいえ仕事が終わったばかりで動き出すとは、随分と焦っているようだな?」

「焦っているというより、お前に武器を返す前なら色々試せると思っただけだ。穢れが湧く場所はここしか知らんしな」

「なるほど。そういう理由なら、今は短剣を預けておこう」

 ハルネリアは素直に身を翻し、そのまま洞窟の入り口へと足を向けた。俺は慌てて足を進め、相手を追い抜く。

 穢れ祓いが俺の手にある今、この男には身を守る手段が無い筈だ。

「一人で行くなよ。お前、予備持ってないよな?」

「自分より上の使い手がいるなら、心配することも無かろう。少なくとも、今の私にはアレを使えるだけの魔力が残っていない。そもそも万全の状態でも一回しか撃てないしな」

 ああ、だから素直に武器を渡したのか。まあハルネリアは見るからに武術師だし、魔力をそう鍛えていないことも想像がつく。

 普段武器を使わない魔術師じゃないと、充分な機能を発揮出来ないとは……やはり穢れ祓いは使い勝手が悪い。

「そう言ってくれるなら、ひとまず借りておくよ。代わりに魔獣の対処は任せても良いな?」

「そこは任せてくれ。私も少しは働くさ」

 回答と共に振り回された鎗が風を切る。ハルネリアもゆっくり休めなかっただろうに、手捌きに疲れは見られなかった。そして、随分と態度が軟化したように感じる。

 部隊の面々を助けたことが、心境の変化に繋がったのだろうか。油断無く前を睨む横顔からは何も読み取れない。

「……負傷した連中は、浄化を終えられたのか?」

「大体は済んだと聞いている。まあ、大体と言うなら終わってはいないということだろうな」

「試し撃ちの場が残ってるなら良いさ。因みにお前がここにいるのは、残務処理って意味も含んでいるのか?」

「いいや、君の監視以上の意味は無い。……私がいたところで、浄化は進まないからな」

 自嘲気味な笑みが、相手の口元に浮かんでいる。その態度で何となく、ハルネリアが隊長職ではない理由を察した。恐らく教国では、武術強度よりもどれだけ穢れを浄化出来るかが重要視されているのだろう。或いはまあ、性格的に融通が利かないというのもあるかもしれない。

 本人に出世欲があるかはさておき、彼は自分が低く見られている、という自覚があるようだ。

 俺が責めたことも関係しているのだろうか? だとしても下らない劣等感になど縛られず、ハルネリアはもっと自信を持つべきだと思う。

「謙遜は程々にしておけよ。お前みたいなのがいてくれるから、後衛は安心して作業出来るんだ。穢れ祓いを使うだけなら、兵士に頼らなくたって済むんだからな」

「兵ではない……例えば?」

「例えば魔核職人は、物質の加工に魔力を使う。そういう職種の人間は日々の仕事で鍛えられてるから、下手な魔術兵よりも魔力量が多い。でも戦闘職ではないから、現場に出ると慌てている間に汚染されてしまうだろうな。人手が足りないなら、試しに動員してみるか?」

「……まさか。我々はそういった民を守るために存在している」

 返答は立派なものだった。だから、一瞬悩んだことについては見逃しておこう。

 さて、話し込んでいる間に大分穢れが濃い空間が近づいてきた。俺は借りていた短剣に魔力を込め、まずは通路全体を念のため浄化する。

 ひとまず安全を確保してから、洞窟内に探知を走らせる――穢れが残っているのは奥の部屋だけだった。

「なんだ、もう一部屋で終わりか」

「話には聞いていたが、この距離で全体が解るのか?」

「これくらいならな。ただ、壁際に小さい気配が大量にいる……? 何だコレ?」

「それについては報告があった、恐らくメイマーだろう。少し下がってくれ」

 何をするのかと見ていると、ハルネリアは石突で地面を叩き、甲高い音を響かせた。一拍遅れて、鼠に似た生き物の群れが奥から群れを成して迫って来る。一匹一匹はしっかりと汚染されているというのに、動きはかなり速い。

 これがメイマー……小さいし数が多いとなれば、教国兵といえども負傷はしてしまうか。

 俺ならまず道を塞ぐところだが、ハルネリアは緊張すらせず、ただ自然体で構えていた。

「援護は?」

「不要」

 返答は自信に満ちている。ならばお手並み拝見。

 ハルネリアは数百に及ぶ群れを前に、ゆっくりと息を溜める。そうして前に出ると、敵の体の中心を正確に貫いた。小さな悲鳴が耳に届いたかと思うと、既に姿勢は戻っている。

 薙ぐでもなく払うでもなく、ただ愚直に突きを繰り返す――いっそ機械的な挙動が、次第に加速していく。

 やがて、メイマーは全て心臓を抉られ亡骸を晒した。あまりに見事な業に、俺は思わず拍手してしまう。

「素晴らしい。お前がいれば負傷者は出なかったろうに」

「それでは部隊が成長しない。……この程度の群れに隊長が不覚を取るとは思わなかった、というものあるがな」

「足手纏いがいるってのはそういうことだ。言っても仕方の無いことだし、さっさと奥を浄化しよう」

 もう俺達以外の気配は無い。踏み込んでも大丈夫だと判断し、二人で残された空間の手前まで進む。

 この距離ならハルネリアも汚染が解るらしく、視界の先を睨んで顔を顰めていた。

「さて、やるぞ」

「ああ、頼んだ」

 短剣に魔力を込めて振れば、光の帯が壁を削ぐように宙を走る。浄化の方向を弄ってやると、たった数秒で作業は済んでしまった。

 あれほど対処に苦労した穢れが、こうもあっさり処理出来るとは……抵抗さえされなければ、非常に優秀な武器なんだがなあ。

 強力なことは理解しているのに、どうにも穢れ祓いにあまり良い印象を持てない俺がいる。

 とはいえ、やるべきことは一つ終わった。後は個人的な調査の時間だ。

「すまん。ちょっと調べたいことがあるんで、少し休んでてくれ」

「別に疲れてはいない。手は必要か?」

「いや、いい。祝福や穢れについてちょっと調べてみたいだけだ」

 俺は地面に這いつくばり、弱めに魔力を浸透させる。ハルネリアの怪訝そうな表情を無視し、目立たぬよう加減することに『集中』した。手で触れられる場所よりも奥へ奥へと、己の感覚を伸ばしていく。

 地中には細かな溝が感じられ、思ったよりは浅い箇所に経路を刻んでいると解る。流れとしては一方通行になっている。

 ……ああ、なるほど。

 魔力をあちこちに流し込んで、構造を理解する。

 各所で穢れが満ちれば生物が減り、その土地の魔力を乱す者がいなくなる。そうして魔力が一定時間澱んだままになると、祭壇と現地が繋がるという仕組みか。一度経路が繋がって、それが途切れるまでに現地入り出来れば、祝福を受けられる訳だ。

 となると人間が気付いていないだけで、祝福はあちこちで発生しているのだろう。

 俺は立ち上がり、膝の汚れを払う。

 あれこれ調べた結果、源泉は南にあるということを確信した。

 俺がこれから異動させられるのは南東であるため、方向としては微妙にずれているが、北側であるよりはずっとマシだろう。これなら祭壇の状態を確認することは出来そうだ。

「すまんな、待たせた」

「何か解ったか?」

「祝福の発生条件の一部くらいだな。知ったところで運次第であることは変わらんぞ」

 手がかりを掴むと思っていなかったのか、ハルネリアの目が驚きで見開かれる。

「いずれその知識が役立つ時が来る。国の被害を減らすためにも、どうか教えてくれ」

「そうだな……お前が発見したことにしておいてくれるなら、教えても良い。俺はこの国で何らかの地位を得るつもりは無いしな」

「何故だ? 滞在中は優遇されるかもしれんぞ?」

「お前はさっさと出世しておけ。一兵士のままでいるべきじゃない」

 その方が、お互いの今後にとっても良いだろう。

 手柄を譲られることを暫くハルネリアは拒否していたが、知識欲には勝てなかったらしく、渋々といった調子で頷いてくれた。

 ハルネリアには部下を殺した分の借りがあるし、受けてくれた方が俺としても嬉しい。

 どうせ名誉を得たところで、この国での俺に未来など無いのだ。一つでも憂いを減らすべく、身辺整理を進めることとした。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ