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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
教国マーディン訪問編
161/222

献策


 基地へ戻り、そのまま応援と一緒に洞窟へ挑戦するのかと思ったら、俺は待機を命じられてしまった。恐らく穢れの濃度が高過ぎたため、足手纏いを同行させる余裕が無いのだろう。

 武器を貸してくれれば、それなりに体裁を保った形で働けるとは思うが……まあ、それは高望みというものだ。第三者にあんな重要な道具は渡せないし、たとえ渡されたとしても、要らぬ注目を集めることになる。

 祭壇が絡んでいる以上、こちらは疑われない程度に隠れて動かなければならない。迂闊な真似をしてしまったことだし、暫く目立つ行動は自粛すべきだ。

 まずは魔力を回復するためにも、体を休めよう。

 自室から出るなというお達しだったので、取り敢えず俺は寝台に腰をかける。そのまま目を薄く閉じ、ゆっくりと呼吸をした。

 一人落ち着いた環境で、すっかり変わってしまった体の機能を再確認する。

 普段なら四肢に魔力を巡らせるところを、敢えて穢れで代用する。量を増減させても、外に漏れてはいない――どうやら、まだ俺は人界にいられるようだ。

 一時間ほどかけて、気になる点を丹念に潰した。

 そうして作業を終え、食事をどうするか考え始めた頃、不意に扉が叩かれる。

「失礼、フェリス殿はおられるか?」

「……おりますよ、どちら様でしょう?」

 廊下に顔を出すと、そこには立派な髭を蓄えた老人が、背筋を伸ばして俺を待ち構えていた。軍人ではないらしく、ゆったりとした法衣に身を包み、穏やかな笑みを浮かべている。

 所作というか、態度の端々に優雅なものを感じる。教国は貴族制ではなかったと思うが、それに近い立場の貴人なのだろう。

 お互いの視線が絡み、ほぼ同時に頭を下げる。

「お休みのところ申し訳無い。私は教国で穢れの対策を研究している、アーウェイ・サナク・ノクスと申す。貴殿が聖地を目撃したとの話をミーディエンから聞き、こうしてお邪魔した次第だ」

「フェリス・クロゥレンです。その件であれば、時間はありますので構いませんよ」

 気になるなら調査をすれば良いと進言したのは俺だ。当事者に話を聞きに来るのは当然の展開である。

 ひとまず老人を中に招き入れ、一つだけ用意されている椅子を勧めた。

「ううむ、客人に提供する部屋としては簡素過ぎるな。過ごしていて気になることは無いか? 何か要望があるなら用意させよう」

「いえいえ、寝床もありますし、食事も提供されておりますので、特に不便はありません。お気遣いなく」

 長居をするつもりもないのに、あれこれ家具を揃えても無駄になってしまう。

 それに、一応俺は刑罰として労役を強いられている立場だ。あまり贅沢をしては周囲に示しがつくまい。

 返事に対しアーウェイ殿は自身の髭を撫でると、地術で机と椅子を生成した。

「粗末な出来だが、私も調書を作りたいのでね。差し支えなければ、これはそのまま使ってくれ」

「……ありがとうございます、それでは失礼して」

 向かい合って座ると、アーウェイ殿は机に紙を広げ、真っ直ぐに姿勢を正した。

「うむ、始めようか。まず今回の探索で、君がどのような行動を取ったか教えてくれ。時系列に沿った形で頼む」

「畏まりました」

 出発前の準備段階から、順番に記憶を並べていく。洞窟までの道中に異常は無かったか、入り口の雰囲気はどうであったか、中の様子は?

 様々な質問に素直に答え、ここに帰還するまでを説明し終えると、アーウェイ殿は一つ頷いた。

「ミーディエンの報告と大きな差は無し、と。ふむ……フェリス殿は若いのに、随分と穢れに詳しいようだ。今回の訪問のために勉強したのかね?」

「いえ、最低限のことは幼少期に教わりました。周囲に陽術師が多いもので」

「珍しいな。王国は穢れの発生頻度が極めて少ないだろう。あまり必要の無い知識ではないか?」

 ……そうなのか? いや確かに、言われてみればそうか。

 国を出るまで、穢れを目にすることなど無かった。工国での遭遇だって、術式が破損していた所為だ。祭壇がある土地では、上位存在によって既に基本的な対処が為されている。

 むしろ、祭壇があるのにこうも汚染が頻発する教国の方がおかしい。

「うちは母と姉が、そうした意識が高いようでしてね。領地の存続に影響する要素は、なるべく排除しておきたかったのでしょう。しかし……先程のお話ですが、教国は何故、穢れが他国と比べ発生し易いのでしょう?」

「それは我が国の成立がそうだから、としか言えないな。生活圏を広げるため、汚染されていた土地を浄化し、切り拓いていったのが我々の祖先だ。元々そういう土地を利用している訳だから、再発もし易いのではないかな。ただ……汚染されている土地は、魔獣による被害が少ないという利点もあるからね」

 ああ、なるほど。そういう意味なら、確かに王国は魔獣による被害が多い。どちらがより厄介なのか、それは人によって判断が分かれるところだろう。

 思わぬところで建国の歴史を知ってしまった。勉強になるなあ。

「戦う相手を選んだ訳ですね。これは興味深い」

「恐らく祝福の存在を知って、先人も穢れの方が与し易いと思ったのだろうな。完全な浄化が果たされたなら、そこは人間にとって安全な土地になる。だからこそ、聖地の発生条件を特定することは必要な作業なのだ。……これで回答になったかな?」

「ええ、大変面白いお話でした」

 クロゥレン領もまだまだ開拓すべき土地を残しているため、他者の実体験は参考になる。俺が為政者になることは無いにせよ、こうした流れは覚えておくべきだろう。

 一人で感心していると、アーウェイ殿は何故か疲れたように目を伏せた。

「随分と勉強熱心な若者だ。……いや、だから穢れを感知出来るだけの魔術強度を持っているのか。貴殿のような者が、使節団の一員であったならなあ」

「……何かありましたか?」

「先程、国境沿いの街に使節団が到着したと報告があったのだが、どうやら物資を無償で寄越せと住民に無理強いをしたようでな。早々に問題が発生している。……フェリス殿、同じ王国民として彼等を制御してほしいと言ったら、それは可能かね?」

 ……教えを乞う身だというのに、連中は馬鹿なのか? そもそも、責任者であるワイナは何をしているんだ?

 国内の有力者を集めたという話だったし、貴族に我慢しろという方が酷だったか?

 脳の奥が絞られるような痛みを発する。

「残念ながら、私は継承権を持たない地方貴族の次男坊に過ぎません。忠告をするくらいなら可能としても、それで止まる相手ではないでしょう」

「では、何か対策となる案は?」

 当然の主張をしても、引き下がってはくれないか。

 俺に言っても仕方の無い話だし、そもそも対策を考えるのは教国の仕事だ。それでも敢えてこちらに振るということは――調書の作成など単なる建前で、これがアーウェイ殿にとっての本題だったのかもしれない。

 俺という人間を信用出来るのか、手元に置くだけの意味があるのかが試されている。連中も余計なことをしてくれたものだが……これで価値を示すことが出来るなら、展開的に悪くはない。

 さて、どう立ち回るのが正解だ?

 使節団に気を遣う必要は無い。やらかした連中が野垂れ死ぬことになろうと、別に心は痛まない。自身の利益を追求するとして、どうするのが最善だろう。

「……今回、王国からの使節団を受け入れることで、教国に齎される利益は何ですか?」

「基本的には金銭だな。加えて、この国では採れない幾つかの石材について、今後は取引をするという話になっている」

「石材は別の伝手を頼ることにして、使節団の受け入れをしないという選択は?」

「もう国内へ入っているのにか? 今更無理であろうよ」

 石材が欲しいだけなら、使節団を拒絶し、ヴァーチェ伯爵家を直接紹介するという方法もあった。その手を選べないなら、邪魔者には消えてもらった方が早いな。

「然様ですか。それなら首都へ向かう道中で、実地指導を行うというのは如何です? 元々、彼等の目的は穢れの対策を学ぶことです。軍部は国賓を現場へ連れて行くことに抵抗があるようですが、今後を考えれば、どうしても経験を積んでもらう必要はあります。まずは、監督者の指示に従う、という基本から学んでもらいましょう」

「ふむ、体感してもらえば話が早い、と。とはいえ、彼等へ危険が及んだ場合はどうする?」

 使節団の身を案じるかのような発言だ。しかし実際のところ、アーウェイ殿が気にしているのは王国本体の動向だろう。

「その時は、彼等が忠告を無視して逸ったことにすれば良いでしょう。国策で動いている以上、使節団だって結果を出さねば帰れない。理由は幾らでも作れますよ」

「本気かね。知人が汚染されるかもしれんのだぞ?」

「それを解決するために来たのです、勉強になるではありませんか」

 そして身の程を知れば、横柄な態度を取ることだって無くなる筈だ。

 アーウェイ殿はこちらを探るような視線を向けると、やがて溜息を吐いた。

「本気で言っているのだな。何がフェリス殿をそうまでさせる?」

「連中の問題行動は今に始まった話ではない、とだけ言っておきましょう。それで、どうなさいますか?」

 国家間の関係性を悪化させたくないなら、強硬策は控えた方が良い。しかし、それでは相手を増長させるだけだ。釘を刺すなら今だと思う。

 俺は既に出せる手札を晒した。

 髭を指先で弄びながら、アーウェイ殿は黙って思考をまとめている。

 今回はここまで。

 ご覧いただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 読者の目線で考えてたから疑問があったんだが それぞれの国の歴史を鑑みて考えるとなるほど 王国(の上位層)の大半は穢れに対して危機感を持ってないんだな だから今回のような人選で災害の文化交流み…
[気になる点] 国策ってことは王のあいつも把握してるはずなんだが、この人選なのはなんだろう [一言] やっぱり以前のフェリスと比べると邪魔なら切り捨てる感じが強くでてきてるな、これも穢れの影響か…?
[気になる点] メリエラ様は出来た方だったのにワイナはなぜこんな出来が悪いんだろ 実力無いうえ性格も悪いとかグレちゃったのかな?
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