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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
教国マーディン訪問編
160/222

聖地


 


 歩き始めて一時間は経っただろうか。先の一撃がどれだけの効果を発揮したのか、暫く何事も無い探索が続いている。

 そろそろ緊張感も途切れそうな頃合いだが、上官殿は未だに気を抜いていない。宙に火を浮かべて視界を確保したまま、慎重に奥へ向かっている。

 ……俺という素人の補助まで考えて動くとなれば、流石の彼女でも負担は大きいだろう。こうなった以上、少しは頑張らねばなるまい。

「明かりくらいは受け持とうか? 魔力は残しておいた方が良い」

「ん? ああ、それもそうだな。お願いしよう」

 承諾を得たということで、俺は光球を規則正しく並べ、道を明るく照らしてやる。前方に異常は無いと言いかけたその瞬間、ふとこめかみに気配を感じた。

「ん……近い。前方右手側、穢れがあるな」

「本当に精度が高いな、私にはまだ解らん。……尋問中にグァルネを殺ったなら接近戦になる筈だが……武術師かと思いきや、本質は魔術師か?」

 妙なところを気にするものだ。

 いずれは解ることだろうし、これくらいなら教えても差し支えはない。そう判断して、俺は素直に答える。

「魔術の方が得意ってだけで、本質というならそもそも俺は職人だ。武人として捉えるのが間違いだよ」

「ハッ、前線基地を単身で突破する職人などいるものか。いるとしたら、そいつはどうかしてるよ」

 どうかしてると言われても、本当のことなのだからどうしようもない。

 ……毎度のことながら、誰にも信じてもらえないな。

 内心で苦笑する。こんな遣り取りも久々な気がした。

「まあどう捉えても構わんが、俺は職人という立場を変える気は無い。あまり持ち上げるのは勘弁してくれ」

「私だって、別に持ち上げようとしている訳ではないよ。素行はさておき、前線には腕の立つ者を配置していたんだ。君が連中を超えているという事実は変わらない」

 確かに言うだけあってグァルネの一撃は鋭かったし、他の連中も反応は早かった。俺が勝てたのは、奇襲に徹したからというのも大きいだろう。

 順位表に教国の人間はいなかった気もするのだが……その分全体的な質は高いらしく、どの兵も油断ならない印象がある。

「かろうじて凌いだだけで、正直、楽な相手は一人もいなかったよ。上官殿の予備動作だって解らなかったし、攻めを捌ける気がしない」

「そうかい。ところで、その『上官殿』というのは何とかならんのか? 私は君の上官ではないよ」

「……いや、上官殿の名前をまだ聞いてなかったからな」

 いきなり風呂で出会い、そのまま会話を始めたため、自己紹介の暇は無かった。今更なことを白状すると、相手は僅かに苦笑を浮かべる。

「アイツから説明されなかったのか? 私は教国第五警備隊長、ミーディエン・カルナダ・コランだ。細かいことは気にしないから、好きなように呼んでくれ」

「ミーディエン殿ね、了解。俺のことは既に報告を受けていると思うが、クロゥレン子爵家次男、フェリス・クロゥレンだ。貴族といっても大して偉い訳ではないから、こちらのことも適当に扱ってほしい」

 どうやらお互い、あまり丁寧な対応を好んでいないようだ。堅苦しい遣り取りは避けようと決め、俺達は雑談を打ち切る。

 穢れの根源――薄暗い道の向こうに、小部屋のような空間が口を開けていた。

「あそこだな。魔獣の気配は無し」

「穢れがある場所では、どんな生物だって長くは生きられんよ。汚染される可能性があるから、死体があっても素手で触れないようにな」

「了解、指示には従うさ」

 実際は安全が確保されているとはいえ、ミーディエン殿にそんなことは解らない。勝手な真似をして信用を失うより、従順な態度を示すべきだ。

 無力を装うのも疲れるなと考えつつ、俺は背嚢を片手で掴み直す。そうしていつでも武器を投げられるよう構え、呼吸を整えた。

「準備は良いな? まずは道を抉じ開けるぞ!」

 ミーディエン殿は自身に気合を入れると、魔力を収束させた。

 祭壇の空気で場が染まる。

 大声と共に振り抜かれた棒から、清浄な波動が放たれた。澱みを押し込むようにして小部屋へ踏み込むと、そこには魔獣の死体が二つ、並んで横たわっていた。

 ここを塒にする番だったのだろうか? 二体の両目は濁り、口の隙間からは舌がだらしなく垂れ下がっている。

 そして、穢れ祓いを受けてもなお、その体からは濃密な澱みが漂っていた。

「……むう、一回では駄目か。前の連中は一体何をやっていたんだ」

「時間もかかるし、途中で引き返したんじゃないか? 長いこと放置しないと、ここまでのことにはならんだろう」

「だとしたら軍法会議ものだよ。これが外に漏れたら、周辺一帯を閉鎖しなければならん」

 忌々しげに舌打ちをして、ミーディエン殿はもう一度棒を振るう。空間へ浸透した魔力によって、今度こそ穢れは綺麗に祓われることとなった。

 ……都合三回の発動で、もう肩で息をしている、か。

 こっそり『観察』を使ったことにより、俺は穢れ祓いの特徴を少しだけ理解する。

 まず第一に、使用した際の反動が大きい。強力過ぎて制御が難しいのか、ミーディエン殿は全身から汗を滲ませて、どうにかその場に踏ん張っている。消耗は見るからに激しく、暫くはまともに動けないだろう。

 前任者は職務を放棄したのではなく、道半ばで撤退せざるを得なかったのではないか。

 そして第二に、この権能は防御することが出来る。掌を覆うように出した穢れは押し流されたものの、体内へ隠した穢れは揺さぶられることすら無かった。魔力で壁を作ってやれば、穢れ祓いはその奥へと手を伸ばせない。

 これなら怯える必要は無さそうだ。

 頭の中で情報をまとめつつ、俺は握り締めていた背嚢を下ろす。

「連発は流石に厳しいようだな。ほら、水でも飲め」

「すまん、助かる」

 水筒を手渡してやると、ミーディエン殿は中身を一気に飲み干した。唇の端から溢れた水が地面に垂れ落ち、小さな染みを作る。

 さりげなく足元に視線を遣っても、術式があるかはよく解らなかった。

 ……単独行動が出来るこの機会に、少しでも手掛かりを得ておきたい。俺は目を凝らし、『観察』を全力で起動する。

 だが異能を使っても、特に場の変化は感じ取れない。

 先程までの濃度は、生物を汚染するのに充分過ぎるものだった。にも拘わらず、聖地は現れていない。あれだけの穢れがそのまま残っていたということは、そういうことだろう。

「何も起きない、か。ここに聖地が出現した実績はあるのか?」

「洞窟内ということなら、ある。この部屋かどうかまでは解らん」

 なるほど。であれば、この部屋だけ範囲外ということは考え難いな。各地を浄化するだけの機能を持っているのに、ここだけ省く理由は無い。そうなると、祭壇の動く条件は穢れの量ではなく、時間経過によるもので確定だ。

 ――祭壇から洞窟を浄化するなら、二点を繋げる術式は必須。その経路は何処にある? 地面や壁に何かが刻まれている形跡は無い。

 いや待て、幾人もの兵士が、聖地を求めて各地を探索した筈だ。すぐに気付く場所ではないとするなら……、

「期待する気持ちは解るが、そんな簡単に見つかるものなら、我々も苦労していないよ。一度で出会えるなんて思わない方が良い」

「そうだな」

 生返事をしつつも、思考は高速で巡る。

 王国の祭壇は岩壁の奥にあった。工国の祭壇は地下にあり、術式は河底にあった。自然からかき集めた膨大な魔力を使い、人目を避けるように運営は為されている。

 そうだ、上位存在は第三者の介入を嫌っている。

「ということは、地中か」

 俺は手に多量の魔力を込め、硬い地面を殴りつける。想定していた通り、地中へと浸透した探知は奇妙な波形に歪んでいった。

 緻密過ぎて何をしているかまでは解らないが、確かに術式が感じられる。

 そして――電球が切れる直前のように、部屋全体が激しく明滅した。

「……ッ、今のは、聖地!?」

 驚きの声が響く。

「え、今のが?」

 探知をしただけで?

 しかし、確かに部屋は緑色の光を帯びた。恐らく回路に魔力が供給されたため、祭壇が一瞬だけ機能したのだろう。目立つことをするつもりはなかったのに、結果として聖地は出現してしまった。

 魔力量の問題か、それとも俺が受託者だからか。いずれにせよ祝福は得られず、ただ不審な行動を取ったという事実だけが残されてしまう。

 唖然としていたミーディエン殿が、厳しい目つきで俺を睨んだ。

「フェリス、君は一体何をしたんだ? 聖地について何を知っている?」

「何もしてないし、知らないよ。さっきまでの穢れが原因じゃないのか?」

 あまりに薄っぺらい言い訳だ。完全にやらかした。もっと密やかに事を進める筈が、こんなことになるなんて思わなかった。

 落ち着け。

 祭壇のことは伏せつつ、冷静に説明をするんだ。

「俺が聖地の話を知ったのは、ミーディエン殿から教えてもらったのが初めてだ。ただちょっと、内容で気になったことはある」

「それはなんだ」

 棒の先端が、油断無く俺に向けられている。先程まであんなに疲れていたのに、もう呼吸が整っていた。

 両手を挙げて無抵抗を示し、俺はなるべく平坦に告げる。

「聖地が現れる条件は解らないが、武器が影響を受けると聞いて、俺は付与を思い出した。聖地による祝福が付与の一種なら、必要なものは魔力なんじゃないか。もっと言えば、浄化とは無関係な魔力を、現場で浪費するような奴はいなかったんじゃないか」

 穢れ祓いは使い手に消耗を強いる。加えて浄化の失敗は己の命に係わるため、魔力切れを避けるよう、誰もが慎重に動いただろう。

 だからこそ、兵達は条件に気付かなかった。

「地面が光るなら、そこには何かがある。だから魔力を流してみたんだ。俺がしたことはそれだけだよ」

「しかし、地術を現場で用いる者もいたのに、何故君だけが条件を満たした?」

「それを俺に言われても困る。単なる偶然かもしれないし、気になるなら国が主体となって調査をすべきだろう。……ただ、やっておいてなんだが、下手に手を出して術式が壊れる可能性はある。その点は留意すべきだな」

 聖地についてはさておき、祭壇の存在だけはどうしても伏せなければならない。この言い方なら、拠点から近く浄化のし易い場所――壊れてもどうにかなる場所に、調査対象を限定出来る筈だ。

 ミーディエン殿は暫し迷っていたが、やがて納得したのか、棒を俺から逸らしてくれた。

「……説明の筋は通っている、としておこうか。まだ聞きたいことはあるが、今日のところは基地まで戻ろう。汚染が進んでいるため、応援を頼まねばならん」

「そうだな、俺も魔力を結構使ってしまった。話があるなら、せめて安全な場所で頼む」

 ひとまず追及は躱せた……だろうか?

 取り敢えず、地中を調べなければいけないということだけは解った。これ以上の調査は控えておこう。

 我ながら、迂闊な真似をしてしまった。そのことを自戒しつつ、俺はミーディエン殿に背を向けた。

 拙作「クロゥレン家の次男坊」書籍版4巻と、コミカライズ2巻の発売日が2024年7月16日に決定いたしました。詳細はこちら(https://tobooks.shop-pro.jp/?pid=180694281)となります。

 セット販売だとオマケもつきますので、興味のある方はご予約いただけば幸いです。


 ということで今回はここまで。

 Web版ともども、よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 国境沿いのいざこざが不幸な事故ってことで、シローレンに近づいてたのに、一気にグレーレンになってしまった
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