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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
ミズガル領滞在編
16/222

腕を振るう


 閉店間際の微妙な時間に、息を切らしてアキムはやって来た。空席に座って酒を一杯頼むと、手招きで俺を呼ぶ。

 フェリスの怪我の話を聞きはしたものの、抱えている仕事から手を離せる状態ではなかったのだろう。詳細が解らないと、どうしたって気を揉んでしまうものだ。

「おう、終わりがけにすまんな。アイツの話聞いたか?」

「俺んとこにも使いが来たぞ。取り敢えず今日行って来た。喉はまだ駄目っぽいけど、手紙に書いてたよりは元気そうだったな」

「そうか、それなら良いんだが……結局、何があったんだ?」

 首を傾げるアキムに、詳しくは解らないがと前置きをして、伯爵邸で聞いた話を語る。自分で説明しつつも、決闘で死にかかるとか意味が解らんなと思った。

 それはアキムも同じだったらしく、傾げた首が戻ることはなかった。

「俺ぁやっぱり貴族の風習ってのがいまいち理解出来んようだ」

「そりゃ俺もだが、多分おかしいのはフェリスの兄ちゃんだぞ。やっぱり世界に名を馳せるような人間てのは、どっか違うんだろうなあ」

 会ったこともない人間を悪し様に言うのも失礼な話だが、普通は憎くもないのに身内で殺し合うようなことはしない。武で成り立つ家は戦いを旨とするにせよ、相手は選ぶべきだろう。殺されそうになったにも関わらず、特に何とも思っていないらしいフェリスも大概だ。

 アキムは届けられた酒を舐めながら、疲れたように溜息を漏らした。

「まあなんだ。俺らが貴族になることは絶対に無いし、そこはもういいや。知らん。んで、アイツは何か言ってたか?」

「体が鈍って仕方ないって言うんで、包丁の話を詰めてきたな」

「ああ、作業そのものは出来そうなのか」

「……シャロット先生が恐ろしい顔をしてたから、本当は駄目なんだろうなとは思う。けど、止められないだろうな。何せ、働かないと食っていけない訳だし」

 いくら貴族だと言っても、生きている限り金は使うし、その分減っていく。自分から家を出た人間に対してわざわざ支援をしないだろうし、働かない時間が長引くほど詰みが近づく。

 腕一本で食っていくなら、若い時ほど立ち止まっていられない。だから、フェリスがあの状態でも働きたがるのは、人としてはどうかしていても、職人としては正しいのだ。時代が変わり、俺たちの若い頃よりは生活が楽になったとしても、職人はモノ作りからは逃げられない。

 そういう面からすれば、俺達もどこかおかしくはあるのだろう。

「若手が食っていくには、色んなものが必要だよなあ。うちは徒弟制度を利用してるから、そこまできつくもないんだろうが」

「お前も時間が出来たら、アイツに仕事頼みに行けよ。因みに俺は好きなようにやれと言ってきた!」

 柔らかく撓る包丁は作成が難しいと聞いていたのに、フェリスはそう捉えてはいないようだった。あの出来映えの鉈とその態度で、俺は全てを任せられると判断した。あいつなら、期待に応えてくれるだろう。

 どんなものが出来るかと想像するだけで楽しい。一点物の新しい道具というものは、心を躍らせてくれる。

 一人でほくそ笑んでいると、アキムは渋い顔で酒を飲み干した。

「お前なあ……若手をあんまり甘やかすなよ。確かにあの鉈は尋常じゃなく良いモノだったとは言え、あそこまでで何年もかかってるだろう。それに、ヴェゼルさんの指導はもう無いんだぞ」

「全部解ってて任せてるから大丈夫だ。俺にとっては一種の成人祝いだし、話を聞いて尻込みしなかったってだけで充分だよ」

 成人祝い、という言葉でアキムの動きが止まる。どうやら、その発想は無かったらしい。俺からすれば、成人したと思ったら立て続けの決闘騒ぎに巻き込まれているようなヤツは、ちょっとくらい報われるべきだと思う。

「お任せ仕事をさせる言い訳はあるか……うーん、いや、まあいずれにせよお前の方が先だしな。それを見て判断しよう。鉈以外の腕前は知らんし、俺も弟子のいる研ぎ師として軽々しい真似は出来ん」

 弟子にすら任せてない仕事を、腕前を知らん相手に依頼するのは、指導者として確かにやってはいけないだろう。それはそれで正論だ。

 自分で口にしたのだから、どういう縛りを設けるにしろ、依頼そのものはすべきだが。

「まあ……何かしてくれそうな期待感はあるぜ? お前はそれを見て、ゆっくり判断すりゃいいさ」

 俺は背負ってるものが無いから、好き勝手に出来るだけだ。周りに気を遣わなきゃいけない奴は、後からついてくれば良い。

 たとえどういう結果になったとしても、俺は俺の勘を信じる。


 /


 ああも無条件で信じてくれるのなら、応えなければ男が廃る。

 自分にそんな人情噺に出てきそうな情熱があるとは知らなったが、そういう気持ちになってしまったのだから仕方がない。俺は恵まれている。

「さて……」

 そうとなれば、早速仕事に取り掛からねばならない。

 不安だった首の状態も落ち着いている。喉は枯れても作業に支障無し。肩は回る。腕も動く。視界もはっきりしている。

 机の上は片付いている。シャロットさんの薬湯良し。魔核は手持ちのがある。満腹感に邪魔されないよう、食事の支度は断った。どうしようもなく腹が減ったら、伯爵家本宅で果物をいただくことになっている。

 よし、作業を滞らせるものは何も無い。では何を作るべきか。

 まず、用途は小型獣の解体とする。本人はお任せと言ったが、柔らかく撓る包丁に関心があるのなら、それを体験出来るものが良いだろう。大型獣用の刃物は今まで散々扱ってきているはずだし、俺も相手を驚かせるような工夫は浮かばない。

 色々考えた結果、安直とは知りつつ骨スキ包丁を作ることとした。刀身は細身で柔らかく、狙った所へ澱み無く入り込む――それでいて頑丈な包丁。

 そして、持ち手の部分はバスチャーさんの手の形に合わせ、更に滑り止めとして細かい格子状の飾りを入れる。

 これを目指すべきものとする。

 最初に持ち手から取り掛かる。まずはバスチャーさんに手渡した棒を基準に、魔核へと魔力を流し入れる。小石程度の大きさの核を、まずは肥大させていく。名工と呼ばれる方々は最初から目的の形に沿うよう、形を整えながら体積を増やしていくらしいが、俺にそんな技術は無い。

 完璧なものを少しずつ形成するのではなく、まずは大雑把に形を作っておき、最後に調整を加える。魔力を余計に食うやり方なので敬遠されているようだが、俺は魔力を多少使ったところで苦ではないので、慣れた手段で事を進める。

 では気合を入れてどんどんと。

「ちょっ、何!? 待ちなさい待ちなさい!」

 ノってきたところでシャロットさんが現れた。戦闘時と違って特に周囲に気を配っていないので、魔力が外に漏れてしまったのだろう。魔核職人は魔力強度の低い人間と結婚しろ、なんて言葉があるくらい、敏感な人間には気になってしまうらしい。これは俺が夢中になり過ぎた。

 大したことでもないのに、工程の最初から驚かせてしまった。

「すみません、魔核の加工中です」

「えっ、魔核の加工ってこんな感じなの? とんでもない量の魔力が部屋から溢れてたけど」

 環境の問題もあるが、それは俺が気を遣わなさすぎなのと、何より未熟な所為だ。

「本当なら魔力を遮断する部屋でやるのが、当たり前っちゃ当たり前です。吃驚する人がいますからね。もうちょっと俺の方で気を付けますよ」

「あの量の魔力を扱って平気なの?」

「平気ですよ。その辺は慣れですかね、続けてれば嫌でも魔力量は増しますから」

 一日中魔力を核に込めながら加工を続ける仕事であるため、魔力量に乏しい人間はやれない仕事であるとも言える。俺は周囲に娯楽が無かったため、幼少期から核を遊び道具にしていたのが職人になれた理由ではないかと見ている。個人的に、やたらと時間のかかる粘土のような扱いだったのだ。

 軽い謝罪の後、今度はあまり外に漏れないよう魔力を練り上げる。何故かシャロットさんは、唖然とした顔つきでこちらを眺めていた。

「貴方、成人したばかりよね?」

「そうですよ?」

「クロゥレン家の英雄と決闘するだけあるのね……その量の魔力を平気で扱える人間なんて、初めて見たわ」

「いや、それは仕事の内容が特殊過ぎるから、知らない人にはそう見えるってだけですよ。これくらいなら割といますって」

 師匠、姉弟子、ミル姉、グラガス隊長……交友関係の狭い俺でも、四人は挙げられる。

 だが、俺の言葉を信じられないのか、シャロットさんは唇をひん曲げて吐き捨てる。

「子爵領がおかしいんじゃないの? 貴方の身内を挙げられたって、そりゃそうだろうなってしか普通は思わないからね」

「強度的におかしいのは二人だけのはず……」

 姉兄のことを持ち出されたら、俺には何も言えない。

 説得を諦め、俺はシャロットさんへと余っている魔核を放り投げる。緩やかな弧を描いて、小さな魔核は彼女の掌に収まった。

「魔核を使ったことってありますか?」

「見たことはあるけど……扱うのは初めてね。これに魔力を込めてるの?」

「そうです。大きくなるよう意識しながら魔力を込めると、それに従って大きくなります。魔力量を伸ばしたいなら、寝る前にでも余った魔力を込めてからにすると、結構良い訓練になりますよ」

 多くの医者が薬による治療を専門としている中、シャロットさんは魔術治療も扱える珍しい人間だ。そういう技術の持ち主であれば、魔力量は伸ばしておいて損は無いだろう。

 シャロットさんは興味深げに魔核を転がしていたが、やがて決心したのか不意に魔力を練り始めた。整った流れが生じ、掌と核の間を結んでいく。

 魔力量は足りていないものの、無駄はほぼ無い。気合が変に空回っていた俺よりは適正な工程だ。素直に感心してしまう。

「お、巧い。やっぱり仕事で魔力使ってる人は、最初から違うんだなあ」

「あら、才能ある?」

「あります。大きなモノを作るにはもっと鍛えなきゃいけないでしょうけど、小物なんかなら綺麗な出来になると思います」

 初心者にも関わらず、真っ当な職人と同じような工程を踏めるシャロットさんは、加工者としての才能がある。今更仕事を変えたりはしないだろうが、新しい趣味として始めるのは良いかもしれない。

 人の作業もたまには確かめてみるものだ。自己流でやっているから、こういう他人の作業には新しい発見がある。

 戦闘に利用するため、なんでもいいからとにかく速く、というのが悪癖になってしまっているようだ。最終的に調整をするとはいえ、師匠がもう少し丁寧にやれと苦言を呈する理由がよく解る。

 どうせ監視がつくのであれば、シャロットさんと一緒に作業をするのも悪くなさそうだ。

「ずっと俺の横に控えてるのも退屈でしょ? 魔核はまだ余分がありますし、暇潰しにどうです?」

 作業中の魔核を掲げ、今度は漏れないよう綺麗に魔力を流し込む。足元から登った魔力は螺旋を描き、持ち手へ帯のように巻き付いた。それと同時、今まで滑らかだった表面に細かな溝が生まれだす。

 うん、これは良い感覚。というか、これが恐らく正しい感覚。

「やっぱりサボるとダメなんだなあ」

 一日休むと自分に解る、二日休むと仲間に解る、三日休むとお客に解る、だったか。身につまされるものだ。先程とはまるで違う魔力操作に、シャロットさんは目を丸くする。

「そんな落ち着いた制御が出来るのに、さっきは何でああも荒ぶってたの?」

「調子が狂ってた……んでしょうねえ」

 久々の作業ではしゃいでいた感は否めない。感情に正直であることと、落ち着きがないことは同列にすることではない。

 成人したということと、自分が大人かどうかということは別の話なのだなあと、当たり前のことに気付いた。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。今回は妙に進まなかったなあ。

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[一言] ああ、おもしろし もっとくれ
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