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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
教国マーディン訪問編
159/222

祝福

 柔らかな寝台で惰眠を貪り、翌朝からは早速現地へ向かうこととなった。

 教国で穢れが発生する場所は、既に大半が特定されているらしい。その内の一つ、首都近郊にある洞窟の前で俺は腕を組む。

 戦力として期待されていないのだろう、俺の役割は荷物持ちに決まった。限界まで膨らんだ背嚢を押し付けられた所為で、両肩が痛みを訴えている。中身は武器とのことだったが、正直なところ使い道は解らなかった。

 こんな量の予備が必要なんだろうか? それとも、まだ嫌がらせが続いている?

 面子は俺と上官殿の二人だけ――部隊でという話だった筈なのに、他に動員はされていなかった。

「普段から、こんな少人数で作業しているのか?」

「お前が隊員を減らしたから、人員の調整が必要になったんだ。軍人は死ぬのも仕事とはいえ、すぐに補充されるものではないのでな」

 疑問に対して、鋭い言葉が即座に返ってくる。

 ……なるほど、俺の所為か。

 国境沿いの警備を手薄には出来ないし、そうなれば他から人を回すことになる。原因となった者が割を食うのは当然の流れだろう。

 素直に頭を下げると、上官殿は手に持った棒でこちらのつむじを強く押した。

「今更そんな殊勝な態度を取ったところで、人命は戻らん。まあ……ここだけの話、軍人として不適格な者達が排除されたことは、私にとっても喜ばしいのだ。だからこれくらいで済ませている、というのは理解しておいてくれ」

「……解った、ありがとう」

 身内にここまで言わせるとは、連中はどれだけやらかしていたのだろう。部下を殺したというのに、感謝されるとは思わなかった。

 深く追求するととんでもない話が出そうなので、俺は敢えて触れずに目的地を指差す。

 このまま雑談を続けていたいところだが、そろそろ切り替えが必要だ。光を通さぬ暗い入り口からは、確かな穢れの気配が漂っていた。

「お許しを得たところで……さて、今後はどうする? あの様子だとかなり溜まってるぞ」

「ほう、この距離で穢れの有無が解るのか?」

「まあ一応な。ただ俺の陽術はいまいちなんで、踏み込むのは危険だと思う」

「対処法が無ければそうだな。とはいえ、各地を清めるのも教国では軍人の仕事だ。危険だからといって逃げる訳にもいかん」

 嫌そうに呟いて、上官殿は目を細めた。

 邪精としての能力を使える状況なら、中に入って穢れを吸収するだけで事は済む。ただ、人前でその手札を晒すような真似は出来ない。

 俺が動けなければ、上官殿が動くしかない――教国の誇る穢れ祓いとはどういうものか、この局面なら見せてもらえそうだ。

 内心で期待していると、彼女は棒を構えて先端を洞窟へと向けた。

「浄化に自信が無いからといって、諦める必要は無い。……穢れ祓いは二種類に分かれている。一つは陽術によるもので、もう一つは祝福された武器を用いるもの。教国の主流は後者でな。折角の機会だし、君が目指すものを先に見せておこう」

 言うや否や、彼女は持っていた棒に魔力を込め、何も無い空間を勢い良く突く。先端から真っ直ぐに放たれた波動が、入り口付近の澱みと正面からぶつかった。

 衝撃で空気が震え、景色が歪んでいる。

 ……ただの一撃で、穢れはあっさりと消し飛んでしまった。

「何だ? 何をした?」

 棒が魔力を帯びた瞬間、祭壇に似た雰囲気が周囲を支配していた。肌が粟立っている――明らかに人間の使う業ではない。

 祝福とやらの正体は、上位存在や精霊による何かしらの干渉か?

「うむ、これで少しは綺麗になっただろう。気をつけろよ、中に入るぞ」

 考え込んでいると、上官殿は棒を振り回しながら、そのまま洞窟へ踏み込んでしまった。俺は慌てて後を追い、先を行く背に問いをぶつける。

「凄まじいな……あれだけの効果があるとは思わなかったよ。祝福と言ったが、その棒は何か特殊な素材で出来ているのか?」

「ん、これか? これは元々、私が訓練で使っていた単なる木の棒だ。我が国には、物質を祝福するための聖地が存在していてな。穢れ祓いには、そこで清められた武器を用いるのだよ」

 あまりに破格過ぎる。これはやはり、祭壇絡みのようだ。

 恐らく聖地とやらは制限がかかっておらず、皆が使えるようになっているのだろう。人ではなく物に依存した力であるならば、俺でも穢れ祓いは扱えることになる。

 ……そうなると問題は、祝福が邪精の力と衝突しないかどうか、か。

 祝福が物質に作用すると言うならば、その際に俺ごと浄化されたっておかしくはない。穢れ祓いの近くにいても、特に痛みなどは無かったが……こればかりは試してみないと解らないだろう。

 そしてもう一点――祝福されておらず、邪精の力も振るえない現状では、穢れへの対抗策が無いというのも拙い。

「聖地の存在は初めて聞いたよ。そうなると、俺の仕事は荷物持ちだけになりそうだな」

 やれることが無いなら、穢れ祓いに巻き込まれないためにも、大人しく隅っこに隠れていよう。

 しかし上官殿は、その判断を真っ向から否定した。

「いいや、それ以外にも任せたいことはある。私は何となくでしか穢れの位置が解らないし、君の方が精度は高いようだから、可能な限り探知は続けてほしい。武器があるとはいえ、安全を最優先にしたいのでな。それに、こうして君を連れ回す最大の理由は別にあるんだよ」

 別の理由?

 まあ誰かを先行させて、そいつが汚染されたら穢れの有無は解るか。炭鉱に鳥を連れていく話を何となく思い出しつつ、俺は先を促す。

「そう構えないでくれ。……原因は解っていないんだが、聖地は穢れのある場所に突然発生し、一定時間が経過すると消えてしまうんだ。祝福を受けるためには、穢れの湧き易い場所を幾つも回る必要があるんだよ」

「ん? 聖地ってのは、特定の場所を指している訳ではないのか?」

「発生し易い場所があるというだけで、特に決まってはいない。今まで出なかった土地に、いきなり現れたこともあった筈だ。詳しく知りたいところではあるが……聖地の近くには穢れが湧いている訳だから、調査はなかなか難しいだろうな」

 それでも統計だけは取っているらしく、聖地とは大体年に一回程度巡り合える、とのことだった。

 一頻り話を聞いて、納得する。

 二人しかいないのに、どうしてこんな大荷物が必要なのかと思ったら、ちゃんと意味があった訳だ。出会える機会が少ないならば、その幸運を最大限活かすべく、一本でも多くを用意するだろう。

 実際に聖地へ辿り着けるかはさておき、機会を与える意思があるだけでも、俺にとってはありがたい。

「随分と親切にしてくれるんだな」

「ハッ、馬鹿を言うな。本当に親切な人間は他人を死地に連れて行ったりしない。それに、穢れは限られた者だけではなく、人間が一丸となって立ち向かうべき問題だ。私はより効率的な道を選んでいるだけだよ」

 若干早口で言い訳をしつつ、上官殿はそっぽを向いた。多少口調が荒いだけで、彼女は本来優しい人なのだろう。

 親身になってくれるなら、何らかのお返しをしたいところだが――さてどうしたものか。

 これまでの説明で、聖地の出現条件については概ね察しがついている。

 恐らく教国の祭壇は、穢れがある程度の量に達するか、一定期間の経過で起動する設定になっているのだろう。この推察が合っているなら、今までに聖地が発生した場所へ赴き、地脈に刻まれた術式を辿れば祭壇は見つかる筈だ。運に頼って聖地との出会いを待つより、その方が楽に目標を達成出来る。それこそこの洞窟にだって、何らかの手掛かりがあるかもしれない。

 ……俺が受託者であることはどうせ言えないのだから、何処かで相手を出し抜くことになりそうだ。

 遺憾ではあるが、上官殿の魔術強度はあまり高くはないとのことだし、気付かれないよう作業を進めるしかないな。

「ひとまず、状況としては理解した。もし聖地が見つかったら、俺も祝福を受けて構わないんだな?」

「勿論だとも。むしろ穢れに立ち向かおうとする者こそ、聖地を利用すべきだ。因みに祝福を受ける時は、穢れの近くに光る地面がある筈だから、そこへ武器を投げ込むようにな。……ここからは私も荷物を持つ。周囲の警戒を怠るなよ」

「了解」

 俺は一度背嚢を地面に置き、中に詰め込まれた短剣や棍棒を仕分ける。動き易さを重視したのか、上官殿は控え目な量しか持ってくれなかった。

 まあ実際のところ、俺は穢れの対処が出来ないことになっているので、彼女が全てをどうにかするしかない。安全第一で進めるなら、荷物など邪魔なだけではある。

 支度を終えたところで俺達は水を一口飲み、呼吸を整えた。

「じゃあ取り敢えず中を一通り回って、穢れがあったらその都度指摘する、という感じで良いか?」

「そうだな。二人で探知をした方が、見落としは減る筈だ」

 そうして話し合った結果、斥候の経験を持つ俺が前、上官殿が後ろということで隊列は決まった。

 俺はさておき、上官殿が汚染されることは避けねばなるまい。いざとなったら、こっそり穢れを吸収するのも手か。

 幾つもの段取りが頭の中を巡る。魔獣の気配も無いのに、息を殺して慎重に歩を進める。

 久し振りに祭壇と接触することを思い、いつになく体が緊張していた。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 穢れのある所に聖地が湧く… なんかマッチポンプ感がでてきたぞ [一言] ということは教国自体に陽術の対穢れノウハウと訓練法があるわけでもないのかな?
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