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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
教国マーディン訪問編
157/222

捕捉

 探知に全力を費やしつつ、藪の中を駆ける。

 現在地も目的地も、何一つとして解らない。ただ、あの建物は国境を監視するための詰所だったらしく、周囲に人の気配は感じられなかった。そうなるとあの女兵士は、増援を求めて人里に向かっているということだ。

 他人との接触は極力避ける必要があることに加え、国境沿いの街は軍備が整っていることが多い。事をすぐにでも終わらせなければ、兵が押し寄せることになる。

 先のことを想像し、どうしようもなく心が逸る。もっと範囲を広げ、効率的に追跡をしなければならない。

 石柱を生成し体を持ち上げ、高所から魔力を飛ばす――何らかの異能を使っているのか、この短時間でサファは遥か遠くへと進んでいた。移動距離が尋常ではない。俺の体に問題が無かったとしても、相手の方が圧倒的に速いようだ。

 何から何まで逆風だな。

 状況が悪過ぎて、笑いが込み上げる。笑っている場合ではない、そう己の中の冷静な部分が言う。

 身体強化を使い可能な限り速度を上げ、必死で距離を縮める。只管に気配を追いかけていると、不意にサファが足を止めた。

「……チッ、別動隊がいたか」

 考えてみれば当たり前のことだ、たった四人で国境沿いを警備し切れる訳がない。巡回で外に出ていた奴もいれば、交代要員だっているだろう。向こうの街道で武装した兵が五人、サファと合流してしまった。

 これ以上の接近は危険だと判断し、息を殺して繁みに身を伏せる。サファが連中に何やら訴えかけると、その中の一人、鎗を持った男が俄かに顔を上げた。

 ああ……油断したな。

 背筋が冷えるような双眸が、俺を射抜いている。魔術による隠身をしていなかったとはいえ、この距離で気取られるとは。

 ただ立っているだけだというのに、相手からの圧を感じる。これは、自身を武に捧げた強者の気配だ。

 男は鎗を地面に突き立てると、よく通る声で警告を放った。

「私は教国第五警備隊所属、ハルネリア・コスパディス・スライである! そこに潜んでいる者に告ぐ、速やかに姿を現したまえ!」

 存在感に分厚さがある……ルーラやジグラ殿に近い力量の持ち主だろう。一人だけでも厄介なのに、部下もいる状況で物証を強奪することは不可能か。

 どうあれ、居場所が割れているのに隠れている意味は無いな。

 俺は素直に繁みから這い出し、くっ付いた葉を払いながら男と向き合う。そうしてお互い視線を外さないまま、声の聞こえる距離まで歩み寄った。

「素晴らしい反応だな。余程名のある武人と見える」

「警備兵複数を相手に単身で凌いだ君こそ、油断ならぬ男のようだ。……所属と目的を明らかにしたまえ」

 部下が死んだことは察しているだろうに、相手からは怒りを感じられない。冷静さを保ったまま、こちらから情報を引き出そうとしている。

 問答無用で襲ってきたならまだやり様はあるのだが、迂闊に隙を晒すような手合いではない、か。

「所属なら、その女が持っている組合員証を確認すれば解るだろう。目的は穢れに関する知識と技術の習得だ」

 サファを棒で指し示すと、ハルネリアは彼女から証と短剣を受け取り、暫く具に眺めていた。やがて気が済んだのか、俺へと二つを投げ渡す。

「……良いのか?」

「構わん。クロゥレンといえば、王国の名家ではないか。教国と王国の間には貴人の扱いについて取り決めがある」

 あの僻地を名家と呼ばれる日が来るとは思わなかった。込み上げる苦笑を噛み殺し、俺は周囲を警戒する。配下の連中が動き出す気配はまだ見えない。

 俺の微妙な心情を感じ取ったのか、相手は咳払いと共に鎗を握る手を緩めた。

「……ひとまず話を戻そう。そういった目的であれば、普通に首都へ向かえば済む話だ。何故私の部下を殺した?」

「一人目については、尋問中にいきなり殺されそうになったから、だな。その女や一緒にいた男二人については……まあ、脱出の際の障害になりそうだったから、としか言えない」

 ここに至っては誤魔化すような事実も無いため、俺は正直に白状する。

 ハルネリアはサファに向き直ると、顎をしゃくって問いかけた。

「尋問を行っていたのは誰だ?」

「ええと、その、グァルネです」

「グァルネに尋問をさせることは禁じていた筈だ。お前達は何故その程度のことも守れなかったのだ?」

 疑問の声と共に、ハルネリアの腕が艶めかしい軌道を描く。一瞬の後、サファの喉には鎗の石突が突き立っていた。彼女は大きく目を見開き、激しく咳き込みながら仰向けに倒れる。

 ……何が何やら解らないが、上官が命令を無視する部下を罰した、といったところだろうか?

「前線の危機を報せた部下に対し、随分と無体な真似をするな」

「指示に従わない軍人には教育が必要だ。……先程名前の上がったグァルネという男は、少々素行に問題のある男でね。尋問中に相手を過剰に痛めつける悪癖があるため、我々は彼を処断すべく現地へ向かっている途中だったのだよ」

「そんな人間を国境に配置するなと言いたいところだが……対応中の事案だったなら已むを得ないか」

 グァルネとやらが危険視されていたのは当然のことだろう。奴は他人に対して、あまりに攻撃的だった。外部からの来客が多い場所にいれば、問題を起こすことは想像に難くない。

 そしてもう一点解ったこと――どうやらハルネリアは、石碑の破壊について聞く前に俺と接触したようだ。聞いていたのなら、穢れを危惧して俺に鎗を向けたに違いない。

 汚染者だと知られていないことは好都合だ。ただまあそれはそれとして、残る二人を殺したことについては言い訳が出来ないように思う。

「で、責任者であるらしいハルネリア殿は、俺の処遇をどうするつもりかな?」

 相手には大義があるし、俺も自分が許されない立場だとは承知している。お咎め無しだなんてことは有り得ない。

 意図を読めるなら一発喰らっても良いかと、敢えて腹に隙を作る。しかしそれを見ても、ハルネリアは鎗を揺らすことさえしなかった。誘いに気付いていない訳ではなく、最初から攻撃する意図が無いようだ。

 淡々としているというか……どうにも相手の得体が知れない。

 ハルネリアは僅かに目を伏せ、隙を見せぬまま語る。

「尋問を行っていたのがグァルネだったなら、そもそも適正な業務が行われていなかったということだ。それはこちらの不手際なので、フェリス殿を処罰することは出来ない。しかし、行き違いがあったとはいえ、そちらが我が国の人間を殺害したこともまた事実だ。そうだな……警備兵の減についても早急な対応が求められることだし、フェリス殿はこのまま私と共に首都へ行き、上官へ経緯を説明していただけないだろうか」

 そうきたか。

 提案の形を取ってはいるが、実際のところ選択肢は一つしか残されていない。相手がハルネリアだけならまだしも、やり合っているうちに誰かは逃げてしまうだろう。そうなれば教国が本気を出し、今度こそ国際問題に発展する。

 ――うん、今回は負けだな。ここで殺されるよりマシと信じて、話に乗るしかあるまい。

「いずれ首都には行くつもりだったし、それは構わない。到着まではどれくらいかかるものなんだ?」

「途中で休憩を挟むとして、大体一週間といったところだな。ただし、あくまでこれは我々がいつもの行軍速度で進んだ場合だ。事態は急を要するので、君の歩調に合わせてはいられないかもしれない」

 ここで初めて、ハルネリアの口元に嗜虐的な笑いが浮かんだ。考えられるのは……強行軍に付き合わせて俺を苦しめたいだとか、そんなところか。

 軍人として規範には従う。かといって部下を殺された恨みが消える訳ではないし、ただで済ませるつもりも無い。決められた枠の中で、最大限己の我侭を通そうとする――当たり前の意識だ。

 ああ……良かった。

 内心で安堵する。悪意を以て、俺を咎めようとする者がいた。そしてこの瞬間、相手がようやく人間らしさを見せた。

 強力な敵と対峙するにあたって、負い目を抱えたままでいたくはなかった。しかし、これなら俺も気兼ねなく行動が出来る。

「まあそちらも都合があるんだろうし、好きにしてくれ。俺は単についていくだけだ。……ああ、ただちょっとお願いがある」

「何だね」

「あそこで失敬した装備が少し大きくてな。正直走り難いんで替えが欲しい」

 詰所にいた男達と俺とでは、体格に差があり過ぎた。服については諦めるとしても、靴はどうにかしたいところだ。

 俺の要求を聞き、軍人達が明らかに殺気立つ。ハルネリアも眉を跳ね上げた。

「……こちらの装備を強奪しておいて、よく言えるものだな」

「首都へ急ぐのは俺の都合じゃないんでね。ついてきてほしいのか、そうじゃないのか、どっちなんだ?」

 俺達は互いにとっての被害者であり加害者だ。相手に瑕疵が無いのならともかく、いずれ仕掛けてくるであろう相手に、遜る必要は無い。相手の迂闊な行動を牽制するためにも、ここで弱気は見せられない。

 ……とはいえ、ハルネリアが俺の要望に応える理由も無い訳だがな。

 問われて平常心を取り戻したのか、『観察』を起動しても相手の表情は読めなくなっていた。

「残念ながら、食糧の補給以外で寄り道をする予定は無い。そこで合う物が無ければ諦めていただこう」

「そうか。なら、裸足の方が走り易いな」

 俺は即座に靴を脱ぎ、配下の一人へと投げ渡す。受け取った男は、何故か唖然とした表情をしていた。

「返すよ。先を急ぐんだろう? 早速行こうか」

「フェリス殿は……貴族でありながら、そのような姿を晒すのか?」

「不格好とは思わないね。教国の雄大な大地を感じるよ」

 見えないだけで『玉魔』の称号は残っているらしく、足裏から整った流れを感じる。

 人はさておき、土地は素晴らしい。心からそう思う。

 俺が本気だと悟ったらしく、ハルネリアは若干戸惑いを見せた。

「そ、そうか……そちらが良いのなら、構わない。首都はこの道の先だ」

 指差した方に向けて、ハルネリアが鎗を担いだまま駆け出す。

 さて、どうなることやら。

 俺は素足の感覚を楽しみながら、置いていかれないよう全力で地面を蹴った。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 以前のエピソードでトラブルを招くようになっていると説明があったような覚えがありますが、基本的に出会う人出会う人みんなから悪意、敵意を向けられる主人公というのは読んでて少しつらいものがあ…
[一言] 意外な展開になってきて面白くなってきた 虎穴に入り、邪を持って邪を制することはできるか?
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