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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
教国マーディン訪問編
156/222

非人

 大変お待たせいたしました。

 ――死んでいない?

 暗闇の中で目を醒まし、真っ先に考えたことはそれだった。穢れは不思議と安定しており、思いの外意識もはっきりとしている。周囲を見回せば、どうやら屋内にいることだけが解った。

 何がどうしてこうなった?

 重ねた分厚い毛布の上で、俺は横になっているらしい。焼け焦げた衣服は剥ぎ取られたようで、簡素な寝間着に換えられている。

「……自己確認」


 フェリス・クロゥレン

 武術強度:

 魔術強度:

 異能:「観察」「集中」「健康」

 称号:「忌者」「不浄」「邪精」


 穢れの影響なのか、強度は見えなくなっている。まあこれについては、前世に戻っただけのことだ。自分を数値化出来ないからといって、生活上で困る訳ではない。

 むしろ問題は称号の方だ。

 自分の肉体を意識すると、現状が感覚的に解ってしまう。だって心臓が動いていない。代わりに胸の中心を穢れが占有し、全身を駆け巡っている。

 どうやら俺の体は生命活動を維持するため、人間であることを放棄したようだ。恐らくは『健康』と精気によるものなのだろうが……上位存在にとって、俺の生存は不可欠ということなのだろうか?

 意志とは無関係に踊らされている気がする。あの苦痛に耐える日々はなんだったんだ。

 こうなると、むしろどうすれば死ねるのかが解らなくなってくる。

 頭を抱えていると、奥の方で扉が開く音がした。

「……起きたか」

 低い男の声だ。暗がりなので、相手の顔はよく見えない。

 恐らく近隣の住人と思われるが、取り敢えず何が起きたのか訊いてみるべきだろう。

「お邪魔しております。助けていただいた、のでしょうか?」

「そういう訳でもない。巡回していたら、国境沿いから煙が上がっていたんでな。そこで気を失っていたお前を連行したまでだ。……あそこの石碑を破壊したのはお前か?」

 なるほど、器物破損の容疑者として捕縛された訳か。

 話からすると、相手は教国の兵士なのだろう……あれほどの防衛機構を破壊したとなれば、死罪は免れまい。刑罰を下されたとて死ねるかはさておき、この時点で真実を話す選択肢は無くなった。

 俺が警戒して黙り込んでいると、男は不意に肩を竦め、少し離れた椅子に腰かける。

「……王国側から入って来たなら長旅だろうに、獣車にはかなりの物資が残っていた。加えて、現場に残されていた獣車自体も上等なものだった。この状況下でも焦ってはおらず、余裕が見られる。立場のある人間の立ち振る舞いだ――お前貴族だろう?」

「だとしたら?」

「返答が無いから、推察を述べているだけさ。貴族だとしたら、一兵卒の手に負える相手じゃない。王国にお帰りいただいた後、上に賠償を求めるよう進言するだけだ」

 素直に信じられる発言ではないな。

 家のことが頭を過ぎる……始末すべきか?

 そう迷った瞬間、男の手が翻り額から頬を斜めに切り裂かれた。挙動が素早い――僅かに見えた武器の形は、鎖鎌か? 随分と珍しい得物を扱う。

 血と共に噴き出した穢れを、俺は敢えて抑えず部屋の中に漂わせた。

「物騒なことは考えるべきじゃないな」

「何を考えようと俺の自由だろう」

 口元へ垂れ落ちた血を舐め取る。

 無難な対応は止めだ。相手は警告のつもりかもしれないが、むしろ挑発と俺は受け取った。

 相手の視線は穢れを捉えていない。ならば武術強度は秀でていても、魔術強度はそれほどでもないということ。

「やる気か? ここで戦えば、すぐに俺の仲間が集まるぞ。今のうちだ、素直に白状しておけ」

「有象無象が集まったところで何になる。大体にして、もう動けやしないのにどう対応するつもりだ?」

 再び飛んできた鎌を掌に刺して止め、更には握り締めて封じる。それと同時、男の体内へと穢れを侵入させた。唐突にやって来た眩暈によって、相手は床に倒れ伏す。

「……あ、な? な、何だこれは? 何をした?」

「教国の兵士だからといって、全員が穢れに敏感な訳ではないんだな。勉強になったよ」

 穢れは体への影響も大きいが、何よりも意識に作用する。耐性の無い人間ではまともに立つことすら出来まい。

 自分が汚染されたことを悟り、男の表情が歪む。

「き、貴様……汚染者かッ。何故正気を保っていられる!?」

「お前とは体の出来が違うだけだ。さて、終わりだな」

 こうなった以上、情報収集は後回しにするしかない。踵で首を圧し折り、相手の息の根を止める。確かに死んだと確認してから、室内に存在する全ての穢れを体内へと回収した。

 戦闘終了と同時、受けた傷はすぐさま修復されていく。『健康』は変わらずに機能しているようだ。

 久々に、真っ当な行動が出来た気がする。何一つとして異常は感じられない。あんなに苦労していたのに、最早思いのままに穢れを制御出来てしまう。相手を汚染することも、逆に汚染を引き受けることも、今となっては自由自在だ。

 穢れを源泉とする者――これが邪精の在り方か。

 生存という面では、恐らく俺にもう教国の技術は必要無いだろう。魔力と精気と穢れと――三者が混ざり合い、体の一部として当たり前に馴染んでいる。ただ、邪精としてこのまま生きるなら、人界に俺の居場所は無いということになる。

 やはり首都を目指して、知識だけでも手に入れるべきか? いや、それともすぐに領地へ帰るべきか。

 すぐには目的を決めかねる。ひとまず、ここを脱出してから考えるべきだろう。

 さて。

 このまま逃げようにも、獣車に置いていた荷物は見つからなかった。大半は放置しても構わないのだが、鉈と棒と……特に家紋入りの短剣は放置出来ない。家に繋がる物は後に響く。

 管理する側の手間を考えると、わざわざ荷物を分けて置くことはあるまい。自分で加工した物なら、俺の魔力が含まれているため所在が解る――意識を『集中』し、探知の範囲を広げた。

 そう広い建物ではないらしく、お目当ては近くの場所にあった。ただ厄介なことに、その部屋には兵が三人ほど控えている。体はまだ本調子ではないし、慎重に動く必要があるだろう。

 俺はなるべく静かに部屋を抜け出し、廊下を真っ直ぐに進む。そして、無骨な扉の前で足を止めた。向こう側から施錠されているらしく、押しても引いてもまるで動かない。

 両手を壁に当てて精神を集中させる。魔力を遮る素材ではない、ならば対処は可能。

 微かな隙間から錠前に干渉し、腐食させる。風術で音を抑えてから体当たりすると、脆くなった金属は呆気無く砕け散った。ここまでは上出来だ。

 問題はここからか。

 先の男は俺を超える武術強度の持ち主だった。あの男と同程度の兵が複数となると、流石に正面からぶつかるのは避けたい。魔力は回復しきっておらず、武器も無い今、どうすれば連中を突破出来る?

 ……ここはやはり奇襲か。

 俺は三人がいる部屋の前で立ち止まり、隙間から毒霧を流し込む。すると中の気配がすぐさま攻撃に気付き、警戒態勢へ入ったことが解った。

 想定よりも遥かに行動が早い。だが、こちらへと逃げて来るのならやり易くはある。

「おい、息を止めろ! 外へ出るんだ!」

 味方に注意を促しながら、男が扉を蹴り破る。接敵――片足立ちの不安定な瞬間を狙って、俺は相手の腹へと水弾を叩き込んだ。後ろに吹き飛んだ体を追うように、そのまま室内へと飛び込む。

 残った相手の武器は……男は短剣、女は棍棒か。

「敵襲! サファ、お前は逃げろ!」

 突き出された短剣の切っ先が目の前を通り過ぎる。当たらぬよう下がった隙に、サファと呼ばれた女の兵は、壁を破壊して外へと出て行ってしまった。

 逃がす訳にはいかないにせよ、目の前の男を無視して追うのは困難だ。

 これはしくじったな。時間をかけていられなくなった。

「貴様、いきなり何をする!」

 ありふれていて、かつ真っ当な批難だ。君に一切非は無い。

 申し訳無いとは思いつつ、無駄な遣り取りを避け強引に前へ出る。振り下ろされた短剣を敢えて肩で受け、そのまま骨で引っ掛けて止めた。激痛と共に溢れ出た血を使い、相手の体へ呪詛を放つ。

 どうせ死なせてもらえないなら、いっそ体を道具として利用する。意識せずとも穢れを制御出来るようになった分、使える魔力が増え一気に状態が楽になった。

 男二人を手早く昏倒させ、深呼吸を一つ挟む。顔を上げれば、女の姿はもう見えなくなっていた。

 嫌な展開ではあるが、相手の魔力は覚えたことだし、追跡は可能だろう。それよりも、増援が来る前に所持品を探さなければならない。

 部屋の片隅に積まれた物資を全て引っ繰り返し、まずは床に広げる。鞄、棒、鉈。金と食料は後回しだ。

 そうして何度も全体を見返した結果――組合員証と、家紋入りの短剣が持ち去られていることが発覚した。

 焦りよりも先に、諦めが体を包む。それはそうだ、不審者の身柄に繋がるような証拠品など、真っ先に確保されて然るべきだ。

 俺は已むを得ず男の一人に水を浴びせ、尋問に取り掛かる。

「おい、起きろ。サファとやらは何処に向かった?」

「うぇ、げほっ。はは、言う訳が無い……お前が捕まるのも、時間の問題だ」

「そうか、残念だ」

 最初の男と違い、交渉次第では彼等を生かしても良かったのだが、どうやらその余地は無いようだ。ならば物証を奪い返せると信じ、目撃者を消すしかない。

 せめてもの配慮として、苦しまぬよう一撃で終わらせてやろう。

 俺は男達の頭を鉈でかち割り、大きく溜息を吐く。それから装備を剥ぎ取り、寝間着と交換した。

 ……誰かのためではなく、単なる自己保身のため二人の男を殺してしまった。選択肢が無かったとはいえ、堕ちるところまで堕ちた感がある。

 事が露見すれば、教国だけでなく王国でも問題になりそうだな。いや、冷静になって考えてみると、これが原因で戦争になる可能性も有り得る。前世でそんな事件があった筈だ。女の追跡を済ませたら、むしろ首都を避けカイゼンへと抜けるべきか?

 悩む時間すら惜しい。まずは動くしかない。

 持てる限りの荷物を抱え、俺は何処ぞへと消えた女の魔力を辿った。

 今回はここまで。

 今後についてですが、まだ身辺が安定していないため、まず生活を優先させつつ投稿を続ける形とさせていただきます。

 お待ちいただいている方々にはご迷惑をおかけします。申し訳ございません。


 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
器物破損したことを黙るのに他人には法律(あるいは約束)を遵守することを求めるってのが最高にいかれてるな・・・と思ったわ。
[一言] 切羽詰まった状況でしたけどこうなっていくとは先が気になります。 本人も言ってますが、普通に生活するどころかもうこれは討伐対象になるぐらいのやばさですね…。
[一言] 今までは容赦の無い修羅の人という印象だったけど、これは暴走しかけた闇堕ちになってしまったか これは破滅エンド一直線か……?
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