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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
教国マーディン訪問編
155/222

破綻

 身内の入院により、暫く更新を不定期とさせていただきます。

 3月中旬くらいにはまた週1ペースに戻る予定です。

 メリエラ様と別れてから、どれほどの日数が経っただろうか。最早記憶も薄れかかっているが、どうにか国境が見えてきた。

 まあ国境と言っても人里ではないため、単に石碑が道端に突き立っているだけだ。首都まではまだかなりの距離がある。

 ――俺はあと、どれくらい保つだろうか?

 移動手段を汚染しないよう、モーネン達に配慮してここまでは辿り着いた。その結果穢れを操作する感覚は掴んだものの、状況が改善する要素は何一つとして得られていない。仮に俺がこの場で死ねば、教国への入り口が一つ潰れることになるだろう。

 暗いことを想像していると、視界が歪み姿勢が維持出来なくなった。

「……そろそろ休もうか。少し楽にしておいで」

 モーネン達を自由にし、こちらも凝り固まった体を伸ばす。彼等もすっかり慣れたもので、俺からあまり離れない位置で膝を折り畳み欠伸を始める。放置しても問題無いだろうと御者台に戻り、『健康』へ回す魔力を確保すべく目を閉じた。

 外の情報を遮断すると、色々な懸念が頭の中を巡る。こうして穢れと向き合うと、カイゼンの老人達がどうしてああなったのかがよく解る。彼等は普通に歩いたり話したりといったことが出来るのに、その行動自体はコアンドロ氏に制御されていた。それは恐らく、意思決定をする能力が欠けてしまったからだ。俺も同じで、肉体的に死にそうだとは思わないのに、意識だけは途切れがちになっている。

 緩やかに限界が近づいている。道中の距離と残りの魔力から異能と浄化に回す量を計算すると、どう考えても間に合わない。最寄りの街まで行けるかすら怪しい。

 既に詰んでいる自分に苦笑した。

 とはいえ、俺については自業自得だ。自分で招いたことなのだから仕方が無い。

 ただ……モーネン達は、俺がいなくても野生で生きていけるだろうか? 体格に恵まれ力もあるとはいえ、彼等はそもそもの性格が穏やか過ぎる。ちゃんと外敵に対処出来るだろうか? 折角懐いてくれているのだから、せめて彼等が暮らしていけるよう、塒くらいは作ってやりたい。

 どういう構造にしようか。固い地面でも平気で寝ているが、実は柔らかい方が良かったりするのかな? 取り敢えず屋根を作って、雨でも水が入らないよう基礎を高くして、他に何をしてやれるだろう。

 モノ作りの段取りを考えていると楽しい。今際に至って、心が乱れていないことだけが幸いだ。

 目を閉じているからか、ゆっくりと眠気が襲ってくる。体から力が抜け、手足が痺れる――全身の皮膚が溶け落ち、腹の中に押し込めた穢れが、内臓を突き破って外に出て行く夢を見た。

 汗だくになって目を醒ます。身を起こした瞬間、眩暈で手をついた。精気でも『健康』でも、体調の管理が追いつかない。

 食事は欠かさないようにしているのに、ふらつくことが増えている。なるべく落ち着くように呼吸を続けていると、一匹のモーネンが俺の袖を引っ張った。

「こらこら、体に悪いから俺に触るなよ」

 いつもなら素直に指示を聞いて、その辺の草を食んでいる頃だ。それが何故だか懸命に、俺を何処かへ連れて行こうとしている。

 先を急げと言いたいのだろうか? いや、違うな。

「うん? どうした、石碑に行けって?」

 向かう先にはそれくらしか無い。問いかけに、モーネンは涎を垂らしながら頷いた。賢いなあと思いながら、ひとまず誘導に従って足を動かす。

 すると、ある程度前に進んだ段階で、体を何かが通り抜ける感覚が走った。

 今のは……結界?

 クロゥレンの領地に入った時に、ミル姉が仕込んでいたものと似ている気がする。教国は国内へ入ろうとする人間を、わざわざ結界で検知しているのか?

 あれこれ想像を巡らせていると、石碑が不意に輝き、そこら中に光を放った。

「ッ、ぐぅ!?」

 一瞬で全身が高熱で包まれ、皮膚の表面が火傷によって膨らんでいく。そして――爆ぜた皮膚から溢れた穢れも、それと同時に少しずつ焼失している。

 アレは国境を示す目印ではなく、穢れを阻む防衛機構か!

 俺にはさっぱり知覚出来なかったが、モーネン達はあの石碑が自然物ではないと気付いたらしい。何故気付いたのかはさておき、そうと解れば対処法もある。俺は溜まった穢れを体外に吐き出し、光へぶつけて相殺する。

 穢れの塊を貫くように、光は照射されている。俺は焼き殺されないよう身を縮め、『健康』を使って攻撃に耐え続ける。

 やがて石碑が輝きを失った時、俺の体は三割近くが浄化されていた。

「これはまた、凄まじいな……」

 石碑は汚染されている生物を、穢れごと焼却するための装置なのだろう。威力から考えて、恐らく高位の魔術師が複数人がかりで魔力を充填するような代物だ。教国が穢れを消し去ろうと躍起になっている、という話は聞いていたが、こうまで厳重な体制だとは思っていなかった。

 獣車に乗って勢い任せに突っ込んでいたら、そのまま死んでいたかもしれない。ゆっくりと手を引いてくれたモーネンに感謝する。

「助かったよ、ありがとう」

 振り向けばこちらのことなど気にもせず、モーネン達は目を閉じて地面でじっとしていた。俺は苦笑しつつ、おやつの木の実を口元に運んでやろうとし――気付く。

 息をしていない。

「は……?」

 閉じた瞼を抉じ開ければ、あんなにも輝いていた瞳は白く濁っていた。皮膚はかさついていて、触れても鼓動を感じない。

 ちょっと待ってくれ。さっきの熱線で?

 地面を柔らかくし、力の入っていない体を横たえる。すぐさま水を生成し、異様に熱くなっている体を冷やす。そうしつつも全力の活性を流し込み、手応えの無さに歯噛みした。後は何だ、他に何が出来る。

 思いつく限りの処置を施す。試行錯誤を繰り返していると、脳裏に様々なことが過ぎった。

 これから先はどう移動する? 何故こんなことになった? どうしてコイツ等が死ななければならなかった?

 穢れと共にあるからこそ、俺は知っている。モーネン達は汚染されていなかったのに。

 俺の中で、今まで必死に穢れを抑え込んでいた防壁に罅が入る。それと同時、頭の中に穢れが侵入し、広まっていく感覚が生じた。

 さっきまで当たり前にあったモーネン達の記憶が、朧になっていく。眠たげに瞬きをしながら、木の実を噛み潰している彼等の顔。欠伸をしながら、掌に頭を擦りつけてくる様。

 あんなに愛着を持っていたのに、彼等が支えになってくれていたのに、それが薄れていってしまう。ああ、でも、真っ先に俺は何を考えた? 移動手段をどうするかなんて、そんな浅ましい。

 感情の揺れに合わせるように、穢れが内側で躍る。

「クソ、があッ!」

 渾身の浄化を己の頭に叩き込み、千切れかかった記憶を繋ぎ止めた。ここに至っては、魔力の残りなど気にしていられない。温存すれば全てを失う。

 体も意識も、これは俺のものだ。

 こめかみに手を当てたまま、浄化を流し続ける。そうしておいて、モーネン達の亡骸が汚染されないよう全力の石壁で囲った。普段ならば大したことのない生成が、なかなか巧くいかない。

「ぐ、く」

 込み上げる吐き気に耐えながら、どうにか作業を終わらせる。自分が自分でいられるうちに、モーネン達から少しでも離れなければ。ここで死んだら、彼等を汚してしまう。

 俺は既に機能しなくなった石碑へ歩み寄り、その土台近くで地面へと転がった。仲間を殺したこの装置が疎ましくなり、力任せに鉈を叩きつける。刻まれた術式が断ち切られ、火花と煙を盛大に散らした。

 これで何が変わる訳でもないが、ひとまずやってやったという気持ちだけは満たされる。

 そもそも俺が汚染されていなければ、モーネン達が死ぬこともなかったけれど……そのことだけが、本当に悔やまれる。

「はあ……これで終わりか、どうにも締まらんな」

 俺の所為でごめんな、モーネン達。

 最期に作った墓に目を遣る。花の一つも飾ってやりたいところだが、魔力は既に枯渇した。武器を振るうことも出来ない。何より、気力が湧いてこない。

 もう誰に気を遣う必要も無くなった。

 今後、俺の体はどうなるのだろう? 正気を失ってただその辺をうろつくのか、単に穢れを撒き散らす形で屍を晒すのか。いずれにせよ、後始末はきっと大変なことになる。

 まあ、仕方の無いことだ。

 必要なことだったとしても、国境沿いにこんな防衛機構を配置していなければ、俺がここで破綻することはなかった。教国の連中が自分達で招いたことなのだから、今後のことは責任を取ってもらうしかない。

「……結構頑張ったよなあ、俺も」

 満足は決して出来ないし、後悔だって山積みだ。やりたいことだって沢山残っている。なのに、たった一度のしくじりが、どうしようもない結果となってしまった。

 馬鹿なことをしたものだ。どうしてこんなことになったんだっけ?

 恨みを何に向けるかも定まらないまま、諦めて意識を手放した。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言]  次回は「知らない天井だ…」から始まるのですね。
[気になる点] 持たなかったか… しかし、こうなると親父さんの『人運』があまり効果でなかった形にみえるが、もっといい流れがあったのだろうか [一言] 近況了解です、お大事に
[一言] モーネン……
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