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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
教国マーディン訪問編
152/222

白状

 誤字脱字報告、まことにありがとうございます。

 予想通り、母娘の争いは長引いていた。攻撃力よりも回復力の方が高い二人だ、どちらかの魔力が切れるまで、これは終わらないだろう。

 その間に俺は椅子と机を拵え、ゆっくり茶を啜ることにした。対面には、異常に気付いて駆け付けたサイアン殿がいる。

「フェリス殿、止めずともよろしいのですか?」

「さて、メリエラ様は何か狙いがあるようですので、こちらでは何とも。私も急に連れ回されたので、状況がよく解っていないのですよ。そちらは……メリエラ様かワイナ様か、どちらかになるかの確認ですか?」

「いや、メリエラ様は自分から辞退しましたので、ワイナ様に決まりでしょう。カッツェ家内部の争いがどうなろうと、こちらで関与はしません」

 まあ、勝手に飛び出して勝手に戦っているのだから、それはそうか。

 となると、サイアン殿がやって来たのは、単なる安否確認といったところだろう。攻撃が繰り出される度、彼は体を強張らせている。俺が見る限り、まだそこまで心配する状況ではないが……荒事に慣れていないようだ。

 無理して来ない方が良かったのではないだろうか。

「しかし、よく戦闘に気付きましたね?」

「昔から耳は良いのです。ここまで荒れているとは予想しておりませんでしたが」

「なるほど。因みに、あの二人に確執があるといった話を聞いたことは?」

「特にそういった話は無かったかと。いや、これを見る限りでは、我々が知らなかっただけかもしれませんね」

 貴族はこうした醜聞を嫌うというのに、それを気にするだけの余裕が今の二人からは感じられない。

 ワイナが振り回した細剣が、メリエラ様の鼻梁から下を切り裂く。割れた鼻を治すより先に、メリエラ様は貫手を相手の脇腹へと突き刺した。

 相手の攻撃を体で受け止める音が響く。空気が血生臭い……厳しい攻めが増えている。

 そろそろ準備をするべきかな。サイアン殿が二人を見詰める表情も険しい。

「……フェリス殿、先程の質問を少し変えます。いざとなったら彼女等を止められますか?」

「難しいことではありませんよ。サイアン殿も落ち着かないでしょうし、いい加減頃合いですね」

 意味の解らない展開に翻弄されたまま、というのも愉快な話ではないし、何より付き合うのも飽きた。カッツェ家の援助があれば状態が安定するとしても、何かある度に揉めるようでは先に進めない。

 俺は火花を散らす二人の間に、徐に入り込んだ。

「ッ!? フェリス殿、どういうつもりです!」

「まだ気は済みませんか? サイアン殿が心配しておりますよ」

「これは私達の問題です。邪魔をしないでいただきたい!」

 その『私達の問題』とやらに振り回され、周囲が迷惑しているのだろうに。

 威嚇のために振るわれた細剣を、俺は敢えて防御せずまともに受ける。刃が鎖骨に突き刺さり、穢れが静かに溢れ出した。それが見えているメリエラ様が、ようやく我に返る。

「止めろ、フェリス君を傷付けるな!」

「母上が招いた事態です。フェリス殿、怪我をしたくなければ引っ込んでいなさい!」

 穢れを前にこの反応――ワイナには見えていないようだ。取り敢えず彼女も不適格者であることを確認し、俺は『健康』で傷口を塞ぐ。

「怪我をしたい訳ではありませんが……ワイナ様。母君の責任を問うのなら、ご自身の過ちも飲み込む覚悟は出来ているのですよね?」

 今制御を手放せば、カッツェ領を汚染することも出来る。ただそれは、稚気の代償としてあまりに酷だろう。

 代わりに俺は精気を解放し、無数の水帯をワイナの周囲に巡らせた。四方から殺意を向けられて、彼女は唾を飲み込む。

「な、なに、この魔術は……?」

「サイアン殿。ワイナ様が死亡した場合、已むを得ないことだったと証言をお願い出来ますか?」

「承りました」

 何が来ても対応出来るよう、魔術を待機状態にする。俺の行為はあくまで反撃だ。相手が退くならそれで終わり。

 暫く待っていると、ワイナは細剣を地に落とし、両手を挙げた。

「……参りました。フェリス殿に手は出しません」

「ご理解いただけたようで幸いです」

 ここで無駄に争いたい訳ではない。俺は説明を求めているだけだ。

 戦意を失った二人を、俺は先程作った椅子へと招く。全員に冷やした茶を勧めると、メリエラ様だけがそれに口をつけた。

「美味い。運動の後にこれは嬉しいね」

「お代わりもありますよ」

「いただこう」

 戦闘が終わり、切り替えが済んでいるのは俺達だけらしい。サイアン殿とワイナが黙って茶器を見詰めているため、俺は一人で話を進める。

「……それで、随分と妙な展開でしたが、結局何がしたかったんです?」

「そのことかい。うーん……サイアン殿、あまりよろしくない話が混ざるので、適宜聞かなかったことにしてもらえるかな?」

「はっ、私ですか? いえ、そう申されましても……内容によりますとしか」

 サイアン殿の立場であれば、そう返答するしかあるまい。ただ、正直であることが正しいとも限らない。

 ここをしくじると後が大変だ。俺は念のため、サイアン殿に選択肢を与える。

「聞かなかったことに出来ないなら、聞かない方が良いと思いますよ。貴族の内緒話がどういうものか、中央で働いている貴方ならご存知でしょう」

 サイアン殿は中央の関係者であっても貴族ではない。今後の態度次第で、メリエラ様は彼を消すことも考えているだろう。何となくそういう顔をしている。

 俺が僅かに圧をかけると、サイアン殿は暫し目を閉じて、最終的には席に残った。

「内容によっては仕事の成果に関わりますので、聞かずにいることは出来ません。ただ、何を聞いても黙っていることにします」

「賢明です。それではメリエラ様、続きをどうぞ」

「ふむ……まあ良いか。取り敢えず前提として、今回の事業は巧くいかないだろう?」

「そうでしょうね」

 俺が汚染されていると誰も気付かない以上、参加者の力量不足は明らかだ。彼等が一端の陽術師になるためには、数年単位の修業が必要となる。とはいえ、参加者が一人増えただけで苦言が出るような予算で、そんな長期間の遠征は出来ないだろう。

 事情を知らないワイナが、遣り取りに待ったをかける。

「ちょっと待ってください、何を言っているんです? 資金もあるし、人材もこれだけ揃っているんですよ。むしろこの計画は、かなり準備されたものじゃないですか?」

「その人材が問題なんだよ。国内で上位に位置しているとしても、それで大丈夫だなんて誰も保証していないだろう? 魔術強度4000程度じゃ、入り口に立ててすらいないんだ」

「なら、それを指摘して改善を求めれば良かったでしょう!」

 それもまあ真っ当な意見だ。ただし、あまり現実的ではない。

 メリエラ様はワイナを横目で眺め、疲れたような溜息を漏らした。

「国が主導で取り組む事業計画を、子爵家程度の発言力では変更出来ない。それに、自分の力量についてある程度自信のある連中が集まっているから、言ったところで理解を得られないよ。だから……参加して失敗を押し付けられるのか、事業から逃げて誹りを受けるか、私はすぐに決める必要があった」

 ……ああ、ようやく筋書きが見えてきた。

 責任者という立場を黙って押し付けられた以上、失敗した場合に結果を背負わされることは目に見えている。なら、カッツェ家としては不参加という形を取り、飛び出した当主の尻拭いでワイナを領地に縛りつけてしまおう、という目論見か。これなら計画が失敗して連中が戻る頃には、メリエラ様はその責任を取る形で引退しており、カッツェ家への非難は最低限に抑えられる。

 なるほど――悪くはないが、事に当たってメリエラ様からは一つ視点が抜けていた。

「理解は出来ますし、面白い判断だとも思います。ただ、ワイナ様が事業に対して本気だったなら、そのやり方では反発されるだけでしょう?」

「……うん、そうだね。私としても、ワイナがそこまで入れ込んでいるとは予想していなかったんだ。あまりに血相を変えて走って来たものだから、これはやらかしたと思ったよ。説明もさせてくれないし」

「それはッ! ……カッツェ家にも、今まで作ってきた立場というものがあるでしょう」

 自身の行動で話がややこしくなったという自覚があるのか、ワイナは途中で声を抑えた。しかし、怒りを抑え切れていない。

 そうだよなあ……記憶が確かなら、ワイナは俺の一歳上だ。その年齢で当主代理の役割を与えられ、懸命に職務をこなしていたら、身内が仕事の邪魔をしてくるのだ。怒るのも当然だろう。

 行き違いはあったものの、どちらを責めるという話ではないな。今回はお互いに狙いがあって、単に言葉が足りなかっただけだ。

「ワイナ様。貴女は職務に対して熱心で、かつ誠実な方だ。それは大変素晴らしい資質です。なので次からはそれを活かせるよう少し立ち止まって、相手の話を聞くようにしてみませんか? 確かにメリエラ様は配慮が欠けていたかもしれませんが、悪意があって行動していた訳ではないのです」

「……はい。今後は、意識してみます……」

 こちらを睨んでいる――納得はしていないと態度が言っている。それでも、俺に勝てないということは実感したのだろう。ワイナは不承不承頷いて口を噤んだ。一方で、サイアン殿は目を細め考え込んでいる。

 汚染の話をすれば説明は簡単だったが、余計な責任を増やす訳にもいかないし、俺にはこういう形にしか出来なかった。問題が解決した訳ではないにせよ、ひとまず聞くべきことは聞いたと思うしかあるまい。後は各々がどうするか、しっかり考えた上で決めるべきだ。

 誰がどういう判断をしても、俺はその決定を尊重する。

 だからせめて、無闇に争うことは無いようにと内心で願った。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 消耗した魔力の回復に時間が掛かり過ぎるのが最大のネックなんだろうねえ…。 非常にもどかしいが、中々うまくバランス取ってるよなぁ…。 これで一晩かソレ以下の時間で最大回復とかできたなら もっと…
[一言] 効率と経験と国に恩を売る形で、汚染のことを話して理解してもらい 教国向かうまでにメンバー各々が汚染を感じ取れなくとも 毎日ギリギリまでフェリスに浄化かけて 陽術の強度を上げるスパルタ方式とか…
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