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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
教国マーディン訪問編
150/222

愛玩

 あけましておめでとうございます。

 今年もよろしくお願いします。

 師匠と奴隷達には別室で食事をしてもらい、それ以外の面子は執務室へと移動する。部屋に入るなり、俺は知らぬ間に新調されていた椅子に身を沈め、大きく息を吐いた。

 父上は遠出をしており、遅くまで戻らないらしい。代わりと言う訳でもないが、ジィト兄が警邏を放り出して帰って来た。

「お、本当にいるな。お前、カイゼンで勉強してるんじゃなかったか?」

「いや、それが出来なくてね」

 全員が着席したため、俺は魔核を湯呑に変えてお茶を淹れる。それから首都での出来事を簡単に説明すると、ジィト兄は一つ頷いて腕を組んだ。

「ふうん……あちらさんは前の戦争をまだ引き摺ってたのか。よく飽きねえな?」

 噛み砕いて言えば、よく感情が風化しないな、という意味だろう。これには俺も同意する。

「まあ、俺も知ったこっちゃないとは思ったよ。けど、戦争ってそういうもんなんじゃないの? あっちは実害があったんだろうし」

「そうなんだろうなあ。……で、お前の調子はどうなんだ?」

「悪くないよ。さっきミル姉に処置してもらったし」

 内臓を混ぜっ返すような感覚が減った分、かなり楽になっていることは事実だ。しかし、全力を使い果たし顔に疲れを残したミル姉は、それを聞いて唇を尖らせる。

「溜めてた魔力を全部使ったのに、まだまだ残ってるのよ。何をどうしてそうなったのか、白状してみなさい」

 言えば絶対に怒るな、これは。

 普通に生活していて、生き物がこれほどの穢れを帯びることなど有り得ない。俺がやらかしたことは明らかだ。已むを得ず、先程ぼかしていたことも含め全てを話す。

 内容を聞くなり、母さんは顔を覆って天井を仰いだ。

「馬鹿がいる……。幾ら効率が良いからって、体内に取り込む必要は無いでしょうに」

「どうにかなると思ったんだけど、全然駄目だったね」

 正直なところ、あれは完全に過信だった。幾ら上位存在が付与した『健康』であろうと、全てに対応出来る訳ではない。魔術強度は伸びたにせよ、得られたものはその程度だ。馬鹿な真似をしたことは、自分が一番解っている。

 一方でジィト兄は特に動じず、俺に向かって笑いかけた。

「怒ったって仕方ねえだろ。その状況下でフェリスが出来ることがそれだけだった、って話だ。与えられた以上の仕事を、よくこなしてくれたよ」

 守備隊長として部下と直接触れ合う機会が多いからなのか、ジィト兄は結構人を褒める。そして、しくじった人間を過度に責めたりしない。責任を取り慣れているというのか……こういうところはありがたいと思う。

 俺の仕事が実際に有益だったこともあって、ミル姉と母さんは反論出来なくなった。お陰で話を先に進められる。

「取り敢えずやらかしたのは事実だけども、このままだと状況は改善しない。だから今度は、教国で穢れ祓いの技術を学ぼうと考えてるんだ」

 或いは、その技術を持つ人間に対処してもらうのも良いだろう。いずれにせよ、現地に行くことは確定している。

 今後の方針を伝えて、さっさと教国へ向かうつもりだったが――ミル姉は溜息を吐いて首を横に振った。

「道中はヴェゼル師に浄化をかけてもらってたんでしょう? このまま汚染が進行すれば、フェリスが穢れを制御出来なくなる可能性は高い。加えて、この状況下で自衛が出来るかも疑わしい。アンタが死ぬと、穢れが周囲に広がってしまうのよ」

「穢れは暫く保つし、自衛は出来るよ」

「ははっ、また出立の儀でもやりますか? サセットはフェリス様との再戦を狙ってますよ」

 今まで黙り込んでいたミッツィ隊長が、お気に入りであるサセットを推薦する。ジィト兄はそれを苦笑と共に一蹴した。

「負けっぱなしが嫌なのは解るが、サセットがやっても前の繰り返しになるだけだろうな。ミル姉、フェリスなら問題無い。だってほら」

 振り向き様の裏拳が、空気を切り裂いた。

 俺の顎を目掛けて放たれたそれを、生成した水壁で受け止める。そのまま水壁ごと腕を凍らせようとすると、ジィト兄は慌てて身を引いた。

 ……うん、性格的にやると思った。

 単に人を読んだだけだが、ジィト兄の奇襲を止められる人間がそもそも少数派だ。これで実証にはなっただろう。ジィト兄はまるで悪びれず、ミル姉へと向き直る。

「な、大丈夫だろ?」

「自衛が出来るということについては認めましょう。それで、道中の暴発に対しての解決策は? 一人でどうにか出来るの?」

 勢いで誤魔化されてはくれないか。確かに、問題の全てが解決された訳ではない。

「かといって、他に誰がいる? 師匠は暫く療養する必要があるし、義腕の作成も控えてる。ミル姉と母さんはここから動かせないだろう」

 貴族家の当主は、許可無く国外に出られない。母さんを連れて行けば領地の医療に不安が残る。陽術に秀でた人間で、手が空いている人間は残っていない。

 母さんは目を細め、少し考え込む。

「……いえ。一人だけ、いないこともない」

「俺が知ってる人か?」

「会ったことはあるでしょう。メリエラ・カッツェの娘さん」

 ワイナ・カッツェのことか?

 領地としてはお隣さんなので、挨拶したことはある。ただ、こちらは継承権を放棄した次男坊であるため、あまり積極的な交流にはならなかった。俺を忌避する訳ではないにせよ、無価値な人間に愛想を振りまいても仕方が無い、という態度だったことは覚えている。

 ありふれた貴族というか、俺とは生活の層が違う人間だ。正直なところ印象は薄い。

「彼女が今回の話に乗るかね。あちらに益が無いだろう?」

「いえ。ミズガル家と同じ形で、カッツェ家にも守備隊の兵を出すという話が出ているのよ。金銭の代わりに、こちらも協力を仰ぐという手はある」

「領内の魔獣対策と引き換えに、次期当主の身柄を引き渡せって? 釣り合いが取れないな」

 案を否定した瞬間、扉の外で誰かの気配が膨らんだ。

「ならば私が君を救おう!」

 強烈な音を立てて、いきなり扉が開け放たれる。驚いて視線を遣ると、見知った人間が俺を見つけて破顔した。

「久し振りだねフェリス君。大きくなったじゃないか!」

「……メリエラ様? ご無沙汰しております」

 華やかで整った表情に、男好きするような肢体の美女が、両手を広げて俺に抱き着く。行動が豪快過ぎて、単純に戸惑ってしまった。

 ……カッツェ家当主が何故ここに?

 全員が対応に困っていると、父上が腰を叩きながら部屋へと入って来た。

「すまん、打ち合わせの都合で早めに戻った。フェリスも久し振りだな」

「はい、お疲れ様です」

 帰還の報告より先に、メリエラ様をどうにかしてほしい。抱き締める力が強過ぎて骨が軋み、『健康』が反応している。

 宥めるようにメリエラ様の背中を叩くと、相手は何故か俺を頭上へと持ち上げた。

「うふふ、これはこれは。また随分と溜め込んだね」

「不徳の致すところです」

「やんちゃな子は嫌いじゃないよ。……国境沿いの街が、穢れに沈んだと報せてくれただろう? フェリス君のお陰で、多くの民が救われたんだ。そんな君が死んでしまうだなんて、許されないことだよ」

 発言と同時、燃え上がるような輝きが俺の身に絡みつく。体中の穴からメリエラ様の魔力が入り込み、穢れが内側から分解されていった。

 凄まじい魔術効率。王国随一の陽術師と噂されるだけはある。

 ただ――惜しむらくは魔力量が足りない。やはり穢れは削り切れず、メリエラ様は大袈裟に嘆いた。

「これでも駄目か。稀代の英雄を癒すには、腕が不足しているようだ。不出来な私を許しておくれ」

「滅相もございません。見事な業前でした」

 陽術の行使という点では、ミル姉ですら及ぶまい。こちらの状態が悪過ぎるだけだ。

 俺が素直に称賛すると、メリエラ様は瞳を潤ませる。

「健気な子だなあ。うん、こうなれば手は一つだ。君のために私が教国まで同行しよう!」

 ……この人、当主だよな? 思い付きで喋っていないか?

 展開が強引でついていけない。内心で首を捻っていると、見透かしたように父上が答える。

「今回の一件について、穢れの対策を学ぶため、教国に陽術師を派遣することになったのだ。これは国命なので、メリエラ殿が直々に動いても問題は無い。……カッツェ家内部の調整はすべきと思うが」

 こんなに都合の良い話など、普通は有り得ない。

 奇妙に魔力が捻じ曲がり、父上へ向けて吸い込まれている――『人運』が働いている? ならば、ここは流れに身を任せるべきだ。

「父上は誰が適任だと思っているのです?」

「メリエラ殿か、ワイナ嬢か。どちらも優れた魔術師であることは確かだ。教国に行くのはお前なのだから、どちらの下に付きたいか、この際お前が決めれば良いだろう」

 こういう物言いをするということは、カッツェ家を引っ張るまでが『人運』の範疇か。

 さて、どちらが正解だ?

 魔術師として、ワイナがメリエラ様を超えているとは思えない。だが今後を考えれば、若手に経験を積ませる方が有益ではある。俺にとって、クロゥレン家にとって都合が良いのはどちらなのか。

「質問を変えましょう。メリエラ様がいなくとも、カッツェ領の運営に支障はありませんか?」

「私はもうすぐ引退の予定だから、やれない方が問題だね」

 なるほど。ならば、ワイナには領地に籠ってもらおう。彼女の意向はさておき、現当主であるメリエラ様が乗り気なのだから、こちらとしてはその意志を汲みたい。大胆過ぎて抑え込めない感はあるが、道中で気詰まりするよりはずっと良いだろう。

「それでは。私としては、メリエラ様が同行してくださることを希望します。先程の浄化は、今までに見た中でも最上のものでした」

「あはは、君に褒められると嬉しいね。期待してくれるのなら、全力を尽くそう。そうなると……バスク殿、フェリス君にカッツェへ来てもらう形で良いね? 教国へ行く面子が、既に何人か集まっているんだよ」

「私の仕事は見込みのある人間に声を掛けるまでですので、お気になさらず。たまにとんでもないことをする奴ですが、息子を頼みます」

 こちらとしては良識の範囲内で動いているつもりなのだが、あまりそうは見えていないらしい。まあ、穏やかではない方法も選んできたことは事実だし、反論はすまい。

 ともあれ話を聞く限りだと、カッツェ領経由で教国に向かうことになるようだ。運営の人手を奪っていく以上、ワイナに嫌味の一つも言われそうな気がする。

 ……適当に聞き流すしかないか。

「ご面倒をおかけしますが、よろしくお願いいたします」

「面倒なことなど無いよ。道中のことは、何でも私に任せてくれたまえ」

 言いつつも、メリエラ様は体を下ろしてくれなかった。俺は宙に浮いたまま、どういう話をすべきかと考え始める。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 体表の穢れが千切れてかあ。意外に穢れ大好き消化微生物や魔物いたり?ドクターフィッシュみたいのとか
[気になる点] >破天荒過ぎて抑え込めない感はあるが、  ◇ ◇ ◇ 【破天荒】 「今まで人がなし得なかったことを初めて行うこと」、「前人未到の境地を切り開くこと」。 読み下しは「天荒を破る」。…
[一言] メリエラ・カッツェって誰でしたっけ?忘れてるだけかもしれませんが、何か付き合いがあった描写の覚えがないなあ
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