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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
ミズガル領滞在編

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成人の祝儀


 ビックスが焦っているのを見るのも、重傷者の治療に呼ばれるのも久々だったので、内心緊張していた。

 普段は来客用として扱われている、伯爵家別邸。その一室で眠っていたのは、まだ年端もいかない少年だった。額の周囲が黒ずんでいる所為でやけに痛ましく見えるが、顔の損傷はそれほど酷くはなさそうだ。

 それよりも、奇妙に捻じれた首が気にかかる。

「さて……」

 異能に魔力を回す。『鎮静』と『鈍化』で患者が不意に暴れることのないよう挙動を抑え、体表から診断を開始する。ビックスが重症と判断したということは、それなりに痛めつけられているのだろう。

 心臓に手を当て、薄く深く、ゆっくりと魔力を浸透させていく。うん、まず鎖骨が砕けている。肋骨もだ。後は両腕に罅。そして先程から目を引く首は……、

「うっ、これは拙い」

 どれだけの力で圧迫されたのか、喉は潰され、骨が折れる寸前でギリギリ保っている。自力で呼吸しているのが不思議なほどだ。何らかの秘薬で、強引に命を繋いでいるとしか考えられない。

 慌てて首に手を当て、薬草を練った軟膏を塗りつける。手持ちの薬では劇的な効果は上がらないことはすぐに解ったが、解熱と鎮痛作用くらいは期待出来る。あとは魔術による治療を、気力の限り続けるしかない。

 正直に言えば手に余る。抱えているものがなければ、もう投げ出していただろう。

 しかし、込み上げる怒りが、私をこの場に縛り付ける。

 彼が何者か、私は知らない。ビックスの様子からすれば、悪人という訳でもないのだろう。仮に悪人であるとしても、これくらいの年齢の少年が、こうも無残な目に遭う理由は何処にある。

「これは大仕事になるわね」

 医者としての矜持? いいや、違う。

 歯を食い縛り、後のことなど考えず、ひたすらに魔力を絞り出す。

 眼前の理不尽が、ただただ耐え難い。


 /


 意識を取り戻して早二日。

 声は嗄れたままだが、立って歩き回れる程度には回復した。シャロットさんが見ると目を吊り上げて怒るので、あまり大っぴらにはしていないものの、まあ不便は無いといったところだ。後は普通に生活していれば、いずれはいつもの調子に戻るだろう。

 問題となるのは、あのやり取り以来シャロットさんの監視が厳しすぎて、自由が無いことだ。いい加減頼まれている包丁に手をつけるため、バスチャーさんやアキムさんのお宅へ仕様の打ち合わせに行きたいのだが、それを許す気配が全く無い。一度鉈の手入れをしているところを見つかり、大騒ぎになってしまったほどだ。

 また不義理を重ねるのは避けたいので、ビックス様に頼んで便りを出してもらったが、果たして彼らは納得してくれるだろうか。

 悩ましい。

 溜息が漏れる。隠し持っていた魔核に魔力を流し、ひとまず包丁に出来る程度の大きさを目指して育てていく。人が使う物なので、戦闘中のような雑な造りにならないよう、丁寧に形を整えながら作業を進める。彼らが求める方向性が解らないので、この作業もどうとでも対応出来る段階までだ。それに、あまり大きくし過ぎると、今度は隠せなくなってしまう。

 うーん、仕事がまともに進まない。

 頭を抱えていると、部屋の近くに気配を感じた。慌てて鞄の中に作業中の魔核を押し込むと、程なくして、ビックス様とシャロットさんの二人が姿を現した。

「体調はどうです? だいぶ顔色は良くなったように見えますが」

「喉以外は、大丈夫です。そろそろ体を動かしたいですね」

 人目が離れたらこっそり柔軟をする、という生活にも飽き始めている。武術強度が下がったからと言って何がある訳でもないにせよ、折角評価されている点を台無しにしたくもない。

 家から離れたことだし、やりたいことが沢山あるのだ。

「あれだけの怪我をして、まだ懲りないのね」

「あまりじっとしていたら、今度は体が固まって動かなくなりますよ。何事もほどほどが大事ではありませんか?」

 医者の立場からすると、全身の骨を折られ喉を潰された人間が三日で解放しろと言っている状態なのだから、苦言が出るのは否定しない。ただ、残念ながら手加減という言葉を忘れた人間が多すぎて、俺はこんな状態には慣れ切っているのだ。師匠やミル姉の時に比べればこんなもの軽傷の範疇である。

 シャロットさんが俺を心配してくれているのは解るのだが、こんなに過保護にされたことも無いので、違和感ばかりが強まっていく。

 俺は当たり前の平和というものが解らないのかもしれない。

 睨み合いが続く形になってしまった俺達に気を遣ってか、ビックス様が切り替えるように明るい調子で口を開く。

「そういえば、頼まれていた便りですが、あの二人に届けておきました。バスチャー氏は今日こちらに来るという話でしたので、家令がいずれ呼びに来るはずです」

「お話し中申し訳ございません。そのバスチャー様がお着きですが、お通ししてもよろしいですか?」

 そうこうしているうちに、当の本人がもう来てしまったらしい。あの人なら確かに、こういう事態ならすぐ動くか。仕事もあるだろうに、身内のゴタゴタに巻き込む形になって、悪いことをしてしまった。

 ビックス様が許可を出すと、廊下を慌ただしく走る音が響いてきた。

「おう、フェリス、大丈夫か!?」

 割と大丈夫だが、お偉いさんの前でそっちが大丈夫かと不安になる。無視された形になったビックス様が、苦笑混じりでバスチャーさんを止めた。

「バスチャー殿、少し落ち着き給え。容体はだいぶ良くなったとは言え、怪我人が治療中なのでな」

「うおっ、ビックス様!? 大変失礼しました!」

「いや、構わん。それだけフェリス殿を気にかけているということだろうからな」

 バスチャーさんは本当に人が良い。俺は彼に頭を下げ、感謝の意を述べた。

「ご心配をおかけして申し訳ございません。仕事の件でそちらに行こうと思っていたんですが、もし良かったら今から話を詰めても?」

「いや、期日を切ってた訳でもないし、俺はどっちでもいいけどよ……体は大丈夫なのか?」

「何もしないと感覚が鈍りますからね。少しずつでも働かないと」

 バスチャーさんは迷ったようにシャロットさんを横目で見るが、彼女は諦めたのか首を横に振った。

「……無理はするなよ?」

「無理するつもりは無いですけど、働かなきゃ食っていけませんよ」

 蓄えがそう多い訳でもなく、伯爵家でこのまま世話になる気も無い以上、どうしたって働かなければならない。ビックス様は治療中の面倒を見てくれるとは言うものの、その間実績が上げられないのだから、結局は後が続かない。今後の生活の為にも、復帰は早い方が良いのだ。

 俺は貴族の子弟であるより先に、何も持たない小僧なのだから。

「まずは握りから始めますか。バスチャーさん、手を」

 意思が固いと知ってか、バスチャーさんは溜息をついて俺に利き手を向けた。俺は両手でそれを掴み、『観察』をしながらゆっくりと確かめる。それから、鞄の中にあった何の変哲も無い木の棒を取り出し、試しに握らせた。

「それが一般的な包丁の持ち手と同じくらいの太さですが、どうですか? 太さ、長さには好みがあるでしょうから、合わせますよ」

「長さはこれくらいで良い。太さはもうちょい追加で頼む。あと、持ち手が滑らない方が俺としては大事なんで、そこをどうにかしてほしい」

「ふむ……」

 薄い革帯を棒に巻き付け、もう一度握ってもらう。何度か手を開け閉めし、最終的に頷いてくれたので、太さについてはこれで良し。

「滑り止めについては三つ案があります。一つ目は、持ち手を指の形に合わせて軽く凹ませるもの。もう一つは、指の通る輪っかを持ち手につけるもの。これはちょっと想像しづらいかもしれませんが……拳鍔ってご存じですか?」

「あの、モノを殴る時に手に嵌めるヤツのことか? ……ああ、あれに刃物がくっ付く感じか」

「そうです。で、最後は一番簡単な、滑りにくい素材で持ち手を巻いてしまうというものですね」

 どれにも一長一短があり、こういうのは個人の好みも大きい。どれが作業に向いているかは、実際にやっている本人でなければ解らない点も多々あるだろう。

 バスチャーさんは暫く考えていたが、困ったように首を捻る。

「フェリスならどれが良いと思う?」

「あくまで俺の好みであって、これを選べってことではないんですけど……俺なら、一番最初に話した握りを凹ませるヤツを選びますかね。包丁を掴む、離すってのがやりやすいんで、作業しやすいと思います。次点で拳鍔式。指の一部が覆われているので、逆に包丁が離れません。それに、多少ではありますが手を保護してくれます。滑り止めを巻くのは素材次第なんでなんとも言えませんが、モノによっては臭いが移りそうですし、包丁と持ち手の両方を手入れする必要があるので、人によっては面倒くさいかな?」

 因みに、作りやすさから行けば三番、一番、二番の並びになるだろう。そこは顧客の要望次第なので、敢えて口にはしないが。

 俺の解説を聞いてもなお、バスチャーさんは悩んでいるようだった。

「うーん。バスチャーさんは今回、包丁を何に使うつもりなんです? でかいのを捌くって言ってましたけど、肉用やら魚用やら、色々ありますよね。用途によって変わってくると思うんですよ」

 失敗した、最初に聞くべきことだった。そこがはっきりすれば、選ぶべきものもある程度はっきりするだろうに。

 しかし、それに対してもバスチャーさんは迷いを示した。

「当初は大型獣の解体用を想定してたんだよ。でも、アキムに聞いたんだが……魔核だと柔らかいのに折れにくい包丁も出来るんだって?」

「そりゃまあ、お望みとあらば」

 むしろそういう凝った刃物は、魔核の得意とするところだ。

 これは俺が不勉強だからとしか言いようがないが、柔らかいのに折れたり欠けたりせず、切れ味も維持する、なんて素材は魔核しか思いつかない。魔力による調整次第で、硬さや強度を自由に変えられる、というのは魔核の持つ最大の特徴であり、利点でもあるだろう。

 目的に沿った鉱物を探すのではなく、目的に見合う素材に変わってしまうという辺り、実に異世界らしい素材だと思う。だが、その自由度こそが彼を悩ませたらしい。

「大型獣の肉を捌くんなら、とにかく頑丈で、骨をぶっ叩いても壊れないヤツが欲しい。けど、柔らかい刃物なんてものが作れるんなら、小型獣相手の作業ももっと楽に出来るんじゃないかと思ってな。最近事務仕事ばっかで視力が落ちてんのか、細かい作業がしんどいんだよ」

 なるほど。本人としては細かい仕事が楽になった方が良いと承知の上で、以前に見せた鉈の感覚も捨て難いと思っているのか。

 それこそ個人の好みの問題なので、自分で決めるべきではないかと思ってしまうのだが……ここで、今までじっと話を聞いていたビックス様が口を挟んだ。

「バスチャー殿としては、どちらにも魅力があって決めかねる、というところかな?」

「ええ、お恥ずかしながら、そうなんですよ」

「じゃあ、いっそフェリス殿に任せてみてはどうだ? 職人側としても、自分で好き勝手に出来た方が、出来映えは良くなるのではないか?」

 ……ほほう。

 確かに、最初から最後まで仕事として割り切った作業より、自分の裁量に任されている作業の方が気合は入るだろう。何せ自分の判断でこなす以上、責任も重くなる。

 実現するなら面白いしやりがいもある。問題は、普通こんな駆け出しにそんな仕事をさせない、ということくらいだ。

 ところが意外なことに、この提案にバスチャーさんが乗り気になった。

「おお、そりゃいいですね。俺一人だとどうにも迷っちまいますからね。フェリスが予算の枠内で全力を出してくれるってんなら、俺は一向に構いません」

「ほ、本当にいいんですか? そりゃ適当な仕事をするつもりはありませんけど、軽く決め過ぎじゃあ」

 内心焦る俺に、バスチャーさんは軽く笑って見せる。

「まあ、成人したご祝儀みたいなもんだな。ただし、前金は払わんぞ。あくまでモノを俺のところに届けたら、支払いはするからな」

 その気風の良さに感化されたか、ビックス様まで声を上げて笑う。

「ハッハッハ、なるほどそれは良い。そういうことなら、私も責任を持って監督しよう。倒れるような無理はさせませんし、途中で投げ出すことも出来ませんからな!」

 大体一か月分の収入に当たる高い買い物なのに、手放しで仕事を任されてしまった。しかもビックス様が監督するということは、作業期間の衣食住を保証する、ということだ。

 そんな都合の良いことがあっていいのか?

 驚きで返答に詰まっていると、バスチャーさんが俺の肩を少し強めに叩く。

「傑作を頼むぜ」

「……承りました!」

 そうまで信用してくれるのだ、応えなければ嘘だろう。

 やる気が漲る。早く作業に手をつけたい。

 体内の魔力が呼応するように、渦を巻いた。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

 ……そろそろキャラも増えたし、人物一覧とか必要ですかね?

 この話はプロット等は無く気分で進めていますが、人物一覧だけは何故か作成しています。要望があるようでしたら載せます。

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