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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
教国マーディン訪問編
149/223

帰郷

 かつてない長旅を経て、クロゥレンの領地がようやく見えてきた。隣の席で眠る師匠が、獣車の揺れではっと目を醒ます。

「……んお、寝てた。今どの辺だ?」

「ミズガルとの境目近くです。もうすぐ着きますよ」

 師匠は欠伸を噛み殺すと、獣車の外へと首を出した。何やら頷いて目を擦ると、ついでのように俺へと浄化を打ち込む。

「調子はどうだ?」

「悪くないですね。いやあ、師匠がいてくれて助かりましたよ」

 失った腕を母に診てもらおうと、途中寄り道をして師匠を連れ出したことは正解だった。俺が寝ている間もこまめに浄化をかけてくれるので、カイゼンにいた頃よりずっと穢れが大人しい。

 師匠は首の骨を鳴らしつつ、呆れたように呟く。

「俺がいなかったらどうするつもりだったんだ? お前が暴発したら、奴隷達じゃ対処出来んだろう」

「異能を全開にしてどうにかしましたよ。ただまあ、自分でも危なっかしいとは思ったんで、協力をお願いしました」

「まあ、暇だから別に良いけどよ」

 負傷を理由にして、師匠は受けていた全ての仕事を断ったらしい。実際のところ加工が出来ない訳ではないが、今までとは勝手が違ってくるので、作業が億劫になったということだった。

 恐らく、体の使い方にまだ慣れていないので、疲れ易くなっているのだろう。あまり良くない傾向だ。

「退屈だったら、外で誰かと遊んで来たらどうです?」

「護衛の連中か? アイツ等ももうちょっと強度があれば、ってとこだなあ。現状じゃ遊び相手にもならん」

 奴隷として連れて来た護衛達は、大体総合強度が6000前後だった。一般的な兵士よりは腕があるにせよ、物足りないということも理解出来る。片腕だろうと、全員が相手だろうと、師匠が負けることなど有り得まい。しかし同時に、訓練次第で伸びるのではないか、という期待感もある。

「自分好みに仕込めば良いんじゃないですか? 文官候補と研究者はさておき、護衛と御者は配属先を決めてませんよ」

「うん? 俺が使っても良いのか?」

「こちらとしては構いませんよ。クロゥレン家も戦力は足りてるし、魔核集めでもしてもらったらどうです?」

 別に親しい訳でもないし、主従関係も形だけのものだ。生活の保障さえしっかりしてれば、本人達も文句は言わないと思う。

 師匠は僅かに考え込むと、少しだけ笑みを見せた。

「そうだな……折角の人材だ。主に相応しいだけの力量を付けてもらう、ってのも悪くはない」

「多少鍛えれば、守備隊に加入出来るくらいの水準にはなるでしょう。鈍った体を戻すには、丁度良いんじゃないですか」

 義腕の作成もさることながら、まずは本人の衰えを解消しないことには話が始まらない。幸い動くことを嫌う人間ではないし、きっかけさえあれば気力も戻っていくのではないだろうか。

 ……さて、そうこうしているうちに、巡回していた兵が俺達に気付いたらしい。丁度良いことに、ミッツィ隊長が面子の中にいる。俺は獣車から降り、足早に接近する彼女達に声を掛けた。

「お疲れ様です」

「……フェリス様? まさか、もう帰って来たのかい?」

 俺の顔を確認し、ミッツィ隊長が驚きで眉を跳ね上げた。

 さりげに失礼な物言いだが、まあ昔からこうだったなと思い出す。領地で過ごした時間が、自分の中でもう遠い過去になっていることに気がついた。俺は特に表情を変えず、淡々と返答する。

「移住者を連れて来ただけです。このまま家に行くんで、通らせてもらいますよ」

「それは構わないけど、コイツ等に何の仕事をさせるつもりなんだい?」

「文官候補ですよ。まだ人手不足でしょう?」

「なるほどねェ。そりゃ大事な人材だ」

 得心したように、ミッツィ隊長が頷く。そうして奴隷隊の顔を一人一人確かめると、実家の方に向き直った。

「折角だ、私も一緒に着いていくよ。道中でいちいち止められてたら、そっちも面倒だろう?」

「その辺はお任せします」

 ミッツィ隊長は部下に指示を出すと、獣車を先導するように走り出した。御者に後を追うように告げ、俺は獣車の中に戻る。

 座席に腰を下ろすと、師匠が不愉快そうな顔でこちらを見ていた。

「……役職持ちとはいえ、クロゥレンの家臣だろ? あれで大丈夫なのか?」

「相手は選んでるんじゃないですかね。いざという時に困るのは本人でしょうし、俺は別に」

 守備隊は礼儀で採用している訳ではないので、領地の警備さえしてくれるのなら、その辺はどうでも良い。直属の上司を差し置いて、今更ミッツィ隊長の態度を指導しようなど、烏滸がましいとさえ言える。

 そんなことは、必要だと思った奴がやることだ。

 師匠は失った腕の辺りを擦ると、長い溜息を吐いた。

「お前、人に恵まれてねえなあ」

「そうですかね? とはいえ、守備隊に関しては意図的にやったことなんで、気にしないでください」

 出立の儀を攻略するため自分を低く見せていたのだから、相手が俺を侮るのは当然の結果だ。そして、儀式を突破したからといって、馴染んだ態度がすぐに変わる筈も無い。

 不満げな師匠を宥めすかしながら、実家へと一直線に獣車を走らせる。程無くして屋敷が見えると、門前にミル姉と母さんが待ち構えていた。

 ……何かあったか?

 歓迎されるほどのことは無いとしても、何故か二人の表情が険しい。

「全員そこで止まれ! フェリス、ちょっと獣車から出て来なさい!」

 師匠と目線を交わし、首を捻る。ミル姉があまりに剣呑な様子なのでひとまず従うと、外へ出た瞬間、強力な浄化が俺の全身を飲み込んだ。体表近くの穢れが千切れ飛び、消失していく。

 なるほど。優れた陽術師は、遠くからでも穢れの存在に気が付くらしい。俺は体内に溜まっている穢れを外へ外へと放出し、心地良い波動に身を委ねる。

 大規模な魔術行使に、周囲も息を呑んでこちらを見守っている。やがて魔力が底を突いたのか、浄化は静かに終了した。

 流石はミル姉、凡そ一割くらい削ってくれたか。俺が内心で感動していると、母さんが呆然と呟く。

「……まるで浄化出来ていない……」

「そんなことは無いよ。大分削ってくれたし、かなり楽になった」

 放置すればまた元の状態に戻るにせよ、ここまでやってもらえれば、限界をかなり先送り出来るだろう。

 ミル姉は肩で息をしながら、顔を歪めてこちらを睨む。

「そんな気はしていたけど……通用しない、か。アンタ、よくそれで平気な顔してられるわね」

「これでも落ち着いた方なんだよ。そっちこそ、よく気付いたね?」

「領内には結界を仕込んであることくらい知ってるでしょう。私の代になってから、それにちょっと手を加えたのよ」

「へえ、面白そうだね」

 外敵を検知するための結界を強化していたのか。結界があること自体は解ったが、機能までは読み取れなかった。

 ……穢れの感知はかなり有用な術式だ。こうなると、苦手だからといって陽術を敬遠してもいられない。抑え込める人がいる内に、少し勉強しておくべきだろう。

 俺は気を取り直し、二人に警戒を緩めるよう促す。

「取り敢えず、さっきの浄化のお陰でだいぶ楽にはなった。暴発はしないんで、中に入っても良いかな? 師匠と移住者を連れて来たから、説明くらいはさせてほしい」

「ああ、大人数だと思ったら、そういうこと?」

「お待ちかねの文官候補だよ。元商家とか、読み書き計算が出来る連中をカイゼンで集めたんだ。国籍がどうとか気にしないだろ?」

 候補者達がおずおずと会釈すると、母さんの目が輝く。我が家の中で、誰よりも事務職を求めていた人だ。希望が叶って嬉しいのだろう。

 母さんは魔力を周囲に走らせると、全員の状態を入念に検査する。

「……うん、カイゼンからここまでの移動で、フェリス以外は汚染されていない。これなら大丈夫ね。さあ、長旅で疲れたでしょうし、まずは食事でも摂りなさい」

 奴隷達は明らかに緊張していたが、俺が頷くと躊躇いがちに邸内へと入っていった。護衛の一人が、去り際に俺へ問いかける。

「尋常じゃない腕の魔術師っすね。あの方々は?」

「俺の母と姉だよ。後でちゃんと紹介するが、ミスラ・クロゥレンとミルカ・クロゥレンと言う」

「『天医』と『炎魔』じゃないっすか! まさか俺達、ここで働くんすか?」

 腰の引けた様子に、師匠が横から口を挟む。

「貴族の下で働くのが嫌なら、俺のお付きになるぞ。朝から晩まで魔獣狩りだ」

「俺、堅苦しいの駄目なんで、ヴェゼルさんのとこが良いっす。それに……こう言っちゃなんですけど、なんかあの人達怖えっすよ」

 率直な発言に、思わず笑ってしまう。その感性はかなり正しい。

「解った、師匠の所で働けるよう手配するから、まずはメシ食ってきな」

「頼みますよホント」

 手を合わせてこちらを拝むと、彼はすぐさま走り出した。俺は肩を竦め、師匠を見遣る。

「意外と慕われてますね。トーヴァって名前でしたっけ」

「そうだ。……奴隷が多いのは解るが、それくらい覚えてやれよ」

「すぐに手放すつもりでしたし、どうにも余裕が無くて」

 道中は車内に籠って、ほぼ瞑想を続けていた。考えてみれば、俺に代わって奴隷と交流をしていた師匠が、馴染んでいるのも当たり前のことだ。この調子なら、人材の配置を心配する必要は無いだろう。

 奴隷は主に従うものとはいえ、なるべくなら希望に沿った形にしてやりたい。不出来な主として、出来ることはそれくらいのものだ。

 考え込んでいると、ふと師匠が顔を引き締める。

「……因みに、ミルカ様の浄化はどんなもんだった?」

「言った通り、楽にはなりましたよ。残念ながら、消し切れない分がかなり残ってはいますが」

「だよなあ……アレで駄目なら、やっぱり教国か」

「已むを得ないでしょう。領地の戦力が落ちると解っているのに、全魔力を解放してくれとは言えません」

 恐らく、ミル姉は魔力量が多いため、自然回復が終わるまでに数日を要する。魔術師に燃料切れを迫る訳にはいかないし、待っている間にも汚染は進行する。この方法で問題の解決は出来ないということだ。

「ま、その辺も含めて要相談ですね。俺達もそろそろ入りましょう」

 顔を上げればミッツィ隊長が、早くしろと言わんばかりに入り口で待っている。俺は軽く苦笑をし、久々の我が家に足を踏み入れた。

 今回はここまで。

 次回は1/7を予定しております。

 関節の調子は良くなってきているので、その後は以前の通り週1回に戻したいな、といったところです。


 ご覧いただきありがとうございました。

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