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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
カイゼン工国金策編
146/222

命は誰のものか

 誤字脱字報告、まことにありがとうございます。

 応接室に転がる奴隷を蹴り飛ばし、コアンドロ氏は床にあった隠し階段の蓋をずらした。僅かに隙間が開いただけで、結構な量の穢れが溢れ出す。

 国境にあった祭壇よりはマシだが、これだけでも百人は汚染出来るだろう。

「……一体何を持ち込んだんです?」

「細かいことは現場で説明しよう。ほれ、ついて来なさい」

 本能がこの先を拒否しているものの、行かなければ話が進まない。諦めて、俺はコアンドロ氏の後から地下へと踏み入った。

 松明が点在する螺旋階段を、無言で下っていく。

 『観察』を使うと、空気の翳りがよく解る。やはり、汚染はかなり進行しているようだ。とはいえ体感的にはまだどうにかなる範疇で、腕の良い魔術師を何人か揃えれば、浄化することは難しくない。

 問題は、そんな人材がこの国にどれだけいるのか、という点だろう。残念ながら、カイゼンは魔術に関しては後進国と言わざるを得ない。だからこそ技術偏重に至ったのでは、という気さえする。

 ……なかなかに厳しい状況だ。少なくとも、俺だけでは作業の手が足りないな。

 そもそも、コアンドロ氏は穢れをどうしたいのだろうか? 利用したいのか浄化したいのか、それによって話はだいぶ変わってくる。

 いざという時はこの場で相手を始末して、誰か陽術を使える人間を引っ張って来るしかない。

「随分と儂を警戒しているな?」

 見透かしたように、コアンドロ氏が振り返る。俺は敢えて笑みを作り、ありふれた回答を返す。

「コアンドロ様というより、この場を危ぶんでいるというのが正解ですね。巧いこと穢れを閉じ込めてはいますが、管理状態として適切なのかは疑わしい。……まあ、あの連中を外に出している時点で、気にしても仕方ありませんか」

「一応、気を遣っているつもりではあるのだがな。あ奴等はこちらで操作してやらんと受け答えも出来んし、人前にはなるべく出さんようにしている。儂の関係者ということで、不自然さを見逃されているに過ぎんよ」

 まああれだけ汚染されていれば、自我は残っていないだろう。単純な命令に従うだけ、想定よりもずっと機能的だ。

 しかし……遠隔で穢れを操作する、か。

 コアンドロ氏からは、魔術的な素養を感じない。そうなると他の技術で制御していることになるが、どうやってその境地に至ったのだろう。

 俺は精霊の気と異能で抑え込んでいるだけで、油断すると簡単に穢れが暴発してしまう。

 だから『健康』との拮抗が崩れれば――遠からず破綻してしまう、己の未来が見えている。

「難しい顔をしているな。なぁに、悩んだところで仕方が無い。駄目でも取り敢えず笑っていたまえ、笑えなくなったら人間は終わりだよ」

「……なら上の連中も、まだ人間だと言うのですか?」

「勿論だとも。彼等は自発的に感情表現が出来ないだけで、ちゃんと生きている。穢れをどうにか出来れば、いずれは元に戻るさ」

 人に穢れを植え付けておきながら、彼等の復帰を願っている?

 発言は、どこか祈るようなものを含んでいた。しかし、コアンドロ氏は解った上で連中を容器にした筈だ。黙っていた方が被害は少ないだろうに、敢えて他人を巻き込む目的とは。

「何がしたいのかは……到着すれば教えていただけるのですね?」

「はっは、若いのはせっかちでいかんな。……いや、それも穢れの所為か? あれを受け入れた人間は短慮で抑えが利かない、攻撃的な人間になる。思い当たる節はあるだろう?」

「ええ。それが当たり前になっていて、違和感すら覚えない。だからこそ拙いと思っています」

 意見のすり合わせなど必要無い、殺せば全ての面倒事は片付くと、そう考える自分がいる。

 俺がどうにか踏み止まっているのは、かつて嫌った上位貴族の姿があるからだ。人間としてあそこまで落ちたくない、あんな連中と一緒になるのは御免だ――反面教師がいたからこそ、まだ自分を保っていられる。

「君は傑物だな、普通はそこまで我慢出来んのだよ。……と、喋っている間に着いたな」

 階段を降りた先は、石壁で出来た広間になっていた。中心には苦しげな顔をした女性が横たわっており、その胴体には、どす黒い蛇のような生き物が絡みついている。

 蛇に似てはいるが、羽と手足が生えている……あれが穢れの原因か。

 恐らく、蛇もどきの体内にあった穢れが女性に移り、そのまま両者共に正体を無くしたのだろう。確認のため死霊術を使ってみるも、何ら手応えは返らない。息をしていないにも拘らず、生きているらしい。

「彼女は?」

「軍部にいた頃の同僚だ。極めて優秀な研究員でもあった」

 同僚……それにしては見た目があまりに若い。仮死状態に陥ったことで、老化が止まっている?

 穢れにそんな作用は無いと思うが、目の前の現実を否定することは出来ない。

「一体何があったんです」

「ふふ。以前より、我が国には穢れが溜まる場所があることが解っていてな。かつて、それを王国側に流し込み、国土を浄化しつつ戦線を崩壊させるという作戦が出されたのだ。そして……我々は、見事に失敗したのだよ」

 何故か照れくさそうに、コアンドロ氏は苦笑を噛み殺す。笑いどころは何処にも無いが、敢えて触れずに続きを促す。

 ――経緯としては、簡単なものだった。

 ある日、上層部の命令で、コアンドロ氏の所属する部隊は指定された地点の調査に赴いた。到着から程無くして、部隊はこの謎の生物による奇襲を受け、部下は意識不明になってしまう。加えて同行者は地面から噴き出した穢れをもろに浴びてしまい、時間が経つにつれ正気を失っていった。

 部隊壊滅の報告を受け、軍部は計画を中止。僅かばかりの慰労金と共に、調査員達は退役させられた。

 それ以降、コアンドロ氏は穢れの研究を続け、自分を含めた被害者の症状改善を目指しているらしい。人型の保存容器は、充満する穢れを移動させる過程で出来た副産物とのことだった。

「復讐を考えたりはしなかったのですか?」

「無論、考えたさ。ただまあ、それも自分達あってこその話だ。今は色々と試したいことも多いし、困ってしまうよ」

 なるほど、奴隷の扱いが雑なことにも頷ける。他人より自分と仲間を優先するなんて、当たり前のことだ。人生を取り戻すためなら、手段など選んでいられないだろう。

 軍部が初動を誤り、厄介事から目を背けた所為で、より厄介な怪物が生まれてしまった。国に捨てられた者が、国を喰らいながら生き延びようとしている。

「……因みにコアンドロ様は、どのように穢れに対処したのです?」

「偶然が味方したとしか言えん。儂は部隊の後列にいたから、陽術による相殺がかろうじて間に合った。ただまあ咄嗟のことだったし、完全に無事とはいかなくてな。今は異能の『我慢』で誤魔化しておるよ」

 取り込んだ量が少なかったため、徐々に体を慣らすことに成功したと。とはいえ、まさかただ耐えているだけとは、驚嘆に値する。恐らく、異能の練度が凄まじいことになっているだろう。

 それから暫く、コアンドロ氏から穢れとの付き合い方について教わった。汚染された人間がどのように変貌していったか。その他、痛みが強い時はどんな薬が良かったか、精神的な抑えが効かない時はどうしたか。体調の変化に対し、どういった対処が望ましいかは、俺にとっても命綱となる。個人的な体感による内容も含まれていたが、内容には貴重な示唆があった。

 返礼として俺は自分の異能と、国境沿いの街で起きた事件について、一部を濁しながら語った。

「そんなことになっているなら、検体を取りに行けば良かったな。惜しいことをした。ともあれ……君も異能による対応となると、やはり素養がある者でなければ、状況の打開は難しいか?」

「こまめに浄化をかけて侵食を遅らせてはいますが、陽術に長けた者がいないと厳しいでしょうね。『天魔』の称号を持っている知り合いなどはおりませんか?」

「君もなかなか贅沢を言うな。そこまで極まった知り合いなど、流石におらんよ。ただ心当たりならある」

「というと?」

 手がかりがあるだけでも、話はだいぶ変わってくる。コアンドロ氏は唾液で糸を引きながら、悪戯でも思いついたような笑みを浮かべる。

「教国マーディンに行ったことはあるかね? あそこは国と称してはいるが、実態としては穢れを憎み、消し去ろうとする連中の集まりだ。良い人材がいると思うぞ?」

「不勉強なもので、存じ上げませんでした。しかしそこまで把握しているのに、どうして手を回さないのです?」

「いや、あちらに行くには行ったのだ。ただ何人か引っ張ろうとしたら警邏に見つかって、指名手配されてしまってな」

 引っ張ろうとしたというのは、要するに拉致を目論んだという意味なのだろう。国内の人間が犯罪被害に遭おうとしているのだから、そりゃあ警邏だって対応する。あちらも気の毒なことだ。

 俺は境遇の面である程度尊重されているが、どうもこの御仁は他人を軽く扱う傾向があるようだ。穢れについては専門家ではあり、頼もしくあるものの、性格的な問題で協調し難い。

 程々の距離感を保ちたいと考えていたら、コアンドロ氏は不意に俺の肩を掴み、顔を寄せてきた。

「一つ提案がある」

「何でしょう?」

 ……話を聞くだけでは済まないと思っていた。なので動揺せず、落ち着いたまま返事が出来た。

「金は全てこちらで出す。君、教国に行って穢れ祓いを体験してみないか? 穢れに汚染されていて、判断力が残っており、かつ魔術的な素養がある者など他におらん。あちらの技術を解析したいのだ。君にとっても、症状の緩和は望ましいことだろう?」

 正直なところ、魅力的なお誘いだ。現時点で余裕があるとはいえ、このままでは正気が保たなくなるであろうことは解っている。それに、カイゼンのことはさておき、汚染範囲には王国も含まれている。特区だけで全域を浄化することは恐らく出来ないし、辺境であるクロゥレン領が範囲から漏れる可能性も高い。ならば教国との繋がりは是非欲しいところではある。

 とはいえ……嫌な流れだ。

 コアンドロ氏は選択肢を示しつつ、こちらの行動を制限することに長けている。迂闊に頷けば、次に何を要求されるか解らない。かといって、穢れの遠隔操作については聞き取れていないし、専門家との関係を切る訳にもいかない。

 独断で決めるべきではない、な。

「少し時間をください。いずれにせよ、私は当主の命でこの国に来ているため、一度話を持ち帰らねばなりません。下手をすれば、数か月いただくことにはなってしまいますが……」

「それは構わん。君にも都合はあるだろうし、すぐに結論を出せとは言わんよ。まあ出来ることなら、返答は儂が狂う前に頼む」

 奴隷達の件もあるし、予定より出発を早める必要があるだろう。俺は一礼し、すぐさまその場を辞去する。

 一瞬だけ目に映ったコアンドロ氏のしたり顔が、穢れの中に溶け込んで見えた。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 拒否、じゃなければ爺さんの勝ちだよなこれ。 フェリスの負けではないんだけど。
[一言] 爺さんにしたら、打つ手がなくて対処療法してる所に 特効薬の鍵になるかもしれない人材がきたもんだから そりゃ嗤うわなぁ
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