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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
カイゼン工国金策編
140/222

お金の減らし方

 賭場のことはさておき、肉の依頼についても忘れずにこなさなければならない。

 とはいえ、売れないから狩りを制限していただけで、獲物なら周りに幾らでもいる。枷を外してしまえば、必要な分を獲るのにそう時間はかからなかった。

 麻痺をばら撒いて獲物の動きを封じ、急所に針を打ち込む。それの繰り返しで、俺の周りには鳥が山となって積まれていった。

 自分で狩っておいてなんだが、百十人前ともなると量が凄まじい。狩りそのものより、食肉に加工する方が時間がかかるな、これは。

 諦めて、まずは只管に羽を毟る。そうしている内に待ち合わせの時間を過ぎていたらしく、バンズィさんがわざわざ様子を見にやって来てくれた。

「……これはまた……獲ったな……」

「ああ、ご足労いただきまして申し訳ありません。食堂の分、一羽仕上げますんで待っていてください」

「いや、それは構わんが……これだけあるってことは、もうメズィナさんを呼んだ方が良いか?」

 バンズィさんは呆気に取られて、口が開いたままになっている。

 血抜きは魔術で一気にやってしまう予定だし、四時間くらいあれば作業は終わるだろうか? バンズィさんの行き帰りを考えれば、呼んでもらっても差支えなさそうだ。

 俺は手を止めずに答える。

「お願い出来ますか? 夕方までには引き渡しが出来ますので、荷車か何かの手配もあった方が楽だと思います」

 流石にこの量の肉の山を、手作業で運ぶのは現実的ではない。

 バンズィさんは神妙な顔で頷くと、すぐさま踵を返して街へと戻って行った。その間にもとにかく羽を毟り続け、やがて握力が怪しくなってきた頃にようやく一区切りがついた。

 少し休憩を入れよう。

 手中に生成した水を飲み、大きく息を吐く。額に浮かんだ汗を風術で乾かすと、気分が幾分すっきりした。

 さて、メズィナ氏はいつやって来るだろう。出来れば使いの人間ではなく、本人と会えれば嬉しい。

 今日はただ肉の件を済ませて終わりではない。賭場の件も含め、少し踏み込んだ話をしたいと考えている。交渉が巧くいかなくとも次善策はあるが……メズィナ氏が俺の要望を飲んでくれれば、恐らくはお互い楽になる。

 何をどう伝えるかを頭の中でまとめつつ、精肉加工を進める。血抜き等の処理をし、人に提供出来る形になったまさにその頃、待ち望んでいた人間が姿を現した。

 人手が必要な時だというのに、護衛を連れていない。まあ、落ち着いて話す分には良いか?

「……も、もう用意が出来たのかね」

「時間的な余裕があった方が、現場も楽かと思いましてね」

 予定を大幅に繰り上げる納品に、メズィナ氏はたじろいでいた。

 しかし依頼主の決めた日取りとはいえ、俺からすれば前日納品など遅過ぎるくらいだ。現物が解らなければ、献立の組み立てにだって苦労する。試作も当然あるだろうし、準備が間に合うとは到底思えなかった。この辺の考慮をしていない点も、彼の料理人らしからぬところだ。

 まあ、そこは俺が口出しすることではないだろう。ひとまず肉は芯まで冷凍し、十日くらいなら鮮度を気にせずとも良い状態となっている。我ながら、なかなかの仕事が出来たのではないだろうか。

 処理済みの肉を幾つか確認してもらうと、メズィナ氏は満足げに頷いた。

「気を遣ってくれたのか、ありがとう。素晴らしい出来だよ。しかし……持って来た箱に入りきらないかもしれないな」

「ただの箱で良ければご用意しますよ。お作りしましょうか?」

「あれば欲しいが、今から樹でも彫るのかね?」

「いえいえ、まさか」

 当然ながら、そんな面倒な真似はしない。俺は日々の狩りで溜めていた魔核を、そのまま箱へと変形させた。出来上がったのはただ頑丈なだけの、味も素っ気も無い箱だ。お代を貰うのも申し訳ない代物だが、取り敢えず入れ物としては機能する。

 俺の本職を知らなかったため、メズィナ氏は制作過程を見て更に驚いていた。

「なんと、魔核加工か! 君は狩人ではなかったのかね!?」

「狩りをやっているのは食い繋ぐためであって、別に専従という訳ではありませんよ。そちらだって料理人だけではなく、商人としての顔があるでしょう?」

 軽い調子で指摘してやると、相手の表情が硬直した。

 人のことは調べても、自分は調べられないとでも思っていたのだろうか? あまり深入りはしたくなかったが、身の危険に繋がる可能性もかなりあったので、こちらも彼のことは軽く探った。大規模な宴を開くような人物は、当然ながら周囲に名が知られている。別に本腰を入れずとも情報は簡単に集まった。

「どうしました? 箱詰めをしなくてもよろしいので?」

「……そうだな。作業をしながら話をしようか」

 と言いつつ、メズィナ氏は何やら言葉を探しているようだった。持ち上げたままの冷たい肉が指先を痺れさせる。

 組合といい彼といい、どうして自分から仕掛けておいてこうも人を侮るのだろうか。いや、明らかに社会経験に欠けていそうな小僧っ子など、警戒する方がおかしいのか?

 油断してくれた方が、こちらとしては都合が良い。しかし自分で隙を作っておいて、やられた、みたいな顔をするのは意味が解らない。

 メズィナ・ツ・キサーナ――料理関係者という意味では、あの時の言葉に嘘は無かった。ただ実態としては料理人というより経営者であり、それも数ある顔の一つに過ぎない。

 調べた結果、彼の本業は奴隷商人だった。

「折角お話の機会を得た訳ですし、少し質問させていただきましょうか。……結局私を売るとしたら、幾らくらいになりそうですか?」

「いやはや、君は恐ろしい少年だな。答える前に、何故そういう結論に至ったのか教えてくれないか?」

「何故って……そんなにおかしな話ではないでしょう。王国の人間が被差別民だと知って以降、私は接触して来た全員を警戒していました。考えてみてください? 金に困っていそうな被差別民の元に、儲け話を持って来る人間は何が目的だと思いますか?」

 しかもヴェスやザナスンのように、最初から嵌めますと宣言している人間とメズィナ氏では危険度が違う。メズィナ氏は、俺が賭場に入り浸るようになった頃に、立場を秘して現れたのだ。

 怪しいにも程がある。

 とはいえ相手からすれば、怪しさを隠すに値しなかったのだろう。森の中で穴を掘って過ごし、卸相手の店で食い繋ぐ俺は、他者からすればさぞや困窮して見えた筈だ。貧すれば鈍する。鈍すれば、目の前の美味い話を疑いもしない。

 ただ俺は金が不足してはいても、生活に苦しんでいる訳ではなかった。最初からメズィナ氏の想定は外れており、取った行動は軽率さという形で表れた。

 言い訳の暇を与えないよう、俺は話を先に進める。

「これは単なる想像ですが、組合から私を売った場合の査定を依頼されて、貴方は顔を見せることにしたのではありませんか? 売った先で問題を起こすかもしれないと思えば、人格の確認は必須と言って良い。それに、まとまった量の肉が欲しいというのは、実際に抱えていた悩みだった。なら丁度良い、依頼をすれば腕も解る。……どうでしょう、違いますか?」

「素晴らしい、まさにその通りだ。頭も良くて腕もある……君に値を付けるなら、最低でも五千万はするだろうね。しかし勝ち誇っているところ悪いが、我が国で人身売買は違法行為という訳ではないよ?」

「それは知っています。……ああ、勘違いしていますね? 別に私は、咎めたい訳でも恨みたい訳でもありません。単にここ至るまでの推察を述べただけです」

 当たり前の商売だから、誰だってメズィナ氏のことを調べられた、という説明をしているだけだ。今は本題に入る前に、互いの認識をすり合わせているに過ぎない。

「私もこの件があるまで、人間を大っぴらに売買出来るということを知らなかったんですよ。ただそうなると、話が変わるな、と思いましてね」

「話が変わる? 何のことだね」

 実のところ、かねてより懸念していたことがある。

 俺が学術院に入学するためには、一千万カーゼが必要だ。しかし、金を払って入学したからといって、まともに対応してもらえるのだろうか? 差別意識が強いこの国で、教育分野だけがその垣根を超えて機能することはあるのだろうか?

 膨大な金と時間をかけた挙句、必要な知識を国に持ち帰ることが出来ないのなら、別の手立てが必要だ。

「元々私は、作りたい物があってこの国を訪れたのです。そのための経験を積むつもりでしたが、どうやらそれは難しいと感じています」

「なるほど、学術院か。研究は盛んだが、王国民に知識を開示することは無いだろうな」

「ええ……なので私は、入学を諦めることにしたんですよ。ということでメズィナ様、本日は商売のご相談をさせていただきたいのです。学術院を卒業した者で、かつ創作意欲を持った有能な技術者の購入を希望します。人材に心当たりはありませんか?」

 自分でどうにか出来ないのなら、他人にどうにかしてもらうしかない。運が良いことに、金なら今から溢れるくらい手に入るのだから。

 メズィナ氏は目を見開くと、そのまま唇を吊り上げて笑う。

「自分が売られかかったというのに、それを目論んだ相手に依頼をするのかね?」

「目論んだのは組合で、貴方はただの仲介でしょう。商売の話をされたから、普通に業務をこなしただけだと私は捉えています。そもそも、合法的な行為に文句をつけても仕方がありません」

 組合は勝手にこちらを売り払おうとしているので問題だが、別にメズィナ氏から何かされた覚えは無い。肉に関しても双方満足の行く取引だったし、仕事相手としてはかなり真っ当な部類だ。

 そして何より、人間を国籍ではなく金銭的価値で見ているからなのか、メズィナ氏からは差別意識を感じない。だからこそ商談を持ち掛けようと思った。

 俺は地面に隠していた金を少しだけ覗かせ、改めて質問する。

「メズィナ様、商売の話をしましょう。私はこの国の金なんて、抱えていたって仕方が無いんです」

「ああ……君は良いな、素敵だな。好きになりそうだ。いや大好きだ。先程の言葉を訂正しよう、君に値段は付けられない。なんて心が躍る日なんだ、是非話を聞かせておくれ」

 熱に浮かされたように、メズィナ氏は捲し立てる。

 ……おや、何だか相手の様子がおかしくなってしまった気がする。

 しかし、目に宿った気力は本物だ。仕事に熱意のある人間は輝いて見える。これなら大金を任せるに足る仕事をしてくれるだろう。

 俺は唇を舌で湿らせ、本題へと話を進めた。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

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