勝つための思考法
誤字脱字報告、まことに助かっております。
また、レビューを一件頂戴いたしました。
併せて感謝申し上げます。ありがとうございました。
昼に大量の肉を獲り、夜は賭場へと足を向ける。
勝負を三日も引き延ばせたなら、まずは的当てのことを少しでも探っておく必要がある。今まで藪荒らしに傾倒していた所為で、俺は出て来る面子すら解っていない。全力なら多分勝てるとは思うが、多分で全財産を突っ込むのは蛮勇でしかないだろう。
……あの時の俺の勝ち分は二千万ちょっと。賭けの最低額が五百万だから、実のところ全敗でも儲けは出る。ただ、お偉方はそれでは納得しないだろうし、後の展開のためにも一勝は確保したい。
さて、どんな連中が出て来るか。
妨害は最大の十名と言うのなら、普段はそれ以下の人数で回しているということだ。本番までに、どれだけの相手を把握出来るだろうか。
取り敢えず今、会場では箱を持った青年が、床に引かれた線の前に立っている。対して賭場側は四人。立ち振る舞いからして、二人は武術、二人は魔術で対抗する構えらしい。
本日の一戦目だからか、司会が初見にも解るよう競技の説明を始める。
「さて、本日の的当てを開始いたします。遊び方は簡単、挑戦者の皆様には線から出ないよう、あちらにある的を狙っていただきます。魔術を撃っても良いですし、皆様お得意の弓矢を使っていただいても構いません。攻撃方法は何でもアリ! 皆様は的に当てれば勝ち、運営側はそれを邪魔する、簡単ですね? それではお一人目、行ってみましょう!」
藪荒らしと違って客も多く、場に華がある。やはり主な客が狩人ということもあって、狙撃は盛り上がるのだろう。二階からの視線もよく集まっている。
挑戦者が持っている箱の中身は……投擲用の手斧か。嵩張るため数を持ち込めないが、一発の威力はある。青年はかなり鍛え込まれた体をしているし、興味深い一戦になりそうだ。
司会が手に持った槌で、傍らに釣られていた鐘を打ち鳴らす。それと同時、青年が手斧を振りかぶり一投。そして結果も見ずに二投目を発射した。
……ああ、駄目だこれは。
単発で終わらせないことばかり意識し過ぎて、肝心の投擲そのものが雑になっている。あくまで目的は的に当てることであって、数をこなすことではない。妨害陣も拍子抜けしたような顔で、手に持っていた丸盾を手斧目掛けて放り投げていた。
空中で手斧は丸盾に衝突し、両者が弾かれたところで再度鐘が鳴る。周囲の観客から、抑えたような含み笑いが広がった。
見せ場らしい見せ場も無いままに、一人目は肩を落として去って行った。
何とも残念な勝負だった。しかし盛り上がりに欠けたとはいえ、解ったこともある。まず、与えられる猶予は大体五秒といったところだった。鐘が鳴ってから、悠長に魔力を練っている暇は無いということだ。加えて、物理攻撃は邪魔をされ易い印象を受けた。飛針も選択肢に含めていたものの、細くて軽い分簡単に防がれてしまうだろう。一戦捨てるつもりであれば、様子見には使えるかもしれないが……五百万と引き換えにするだけの意味があるかは微妙だ。
自分ならどうするかを考えていると、今度は禿頭の男が腕まくりをしながら姿を現した。不摂生なのか腹が出ているものの、魔力の流れは整っている。笑うように細められた瞳の奥に、理知的な光が潜んでいた。
手荷物無しで入場して来た辺り、見たまま魔術師なのだろう。随分と雰囲気のある男だ。
「なんだ、こっそりお勉強か?」
「ああ。今良い所なんだ」
呼びかけに一瞬だけ視線を投げると、酒杯を持ったザナスンが横に並んだ。俺の姿を見つけて、監視役としてのお役目を果たしに来たのだろう。遠ざけることは敢えてせず、そのまま二人で経過を見守る。
「彼は結構有名だったりするのか?」
「有名? いや、別にそんなことは無いな。腕はそこそこで、今は現役を退いて指導員をやってる人だよ」
実力が無ければそもそも人に教えたりは出来ないのだが、まあ良い。少なくとも、組合はあれだけの力量を持った男を重用していなかったということだ。
禿頭は微笑を崩さないまま、魔力を溜め始める。相手の視界を誤魔化すためか、彼は風術を選んだらしい。倉庫内の空気が僅かに揺れ、静かに収束し始めている。
……良いな、軍属としてもやっていけそうな腕だ。これは期待出来る。
「それでは二人目の挑戦者です! 双方準備はよろしいですか? それでは……始め!」
司会が鐘を鳴らすと同時、禿頭が風弾を発射する。妨害側の二人は瞬時に水壁を作り、それを止めようとする。
「へえ、やるね」
「運営もなかなかのもんだろ?」
禿頭に腕で劣っても、妨害側には人数という力がある。風弾は分厚い水を掻き分けて進み、ついにはそれを突破したが、軌道を曲げられた挙句かなり勢いを削がれてしまった。最後には丸盾の投擲が魔術を圧し潰し、そこで終了となった。
なるほど、あれをやられるときついな。
個人単位で比較すれば、禿頭は妨害側の誰よりも優れていた。世間的に見ても、かなり腕のある狩人と言って良いだろう。しかし、運営にはそれを覆すだけの連携があった。
突き抜けた個であれば数を物ともしないのだが、流石にそこまで求めるのは酷な話だ。
禿頭は眉根を下げると、一礼してその場を辞した。
「あの人でも駄目か。この競技、勝てる奴少ないだろ?」
「そうだな。ただ、勝ちの倍率は高いから挑戦者は多い。それに、難しくても獲物を逃がさないのが狩人だ、外す方が悪いんだよ」
外す方が悪い――それには同意する。しかし、禿頭だって魔術強度4000前後はあった筈だ。あれを突破出来るだけの人間は、市井にそうはいない。
競技性が破綻しているように感じる。いや、難敵を仕留めてこそ狩人なのか?
俺にとって狩りとは挑戦ではなく仕事なのだが、本職であればこそ遣り甲斐を求めているのかもしれない。ともあれ、組合が的当てに持ち込みたかった理由は把握した。
「……なあ。妨害側は今四人でやってるけど、人数って何で決まってるんだ?」
「四人は最低人数だ。人数が増えるほど倍率が上がるんで、挑戦者が希望すれば人は増える」
「そこは単純なんだな。賭けの最低額は?」
「五万だ。人件費がかかってるんでね」
「充分儲けてるだろうに」
世知辛さに苦笑が漏れる。
ともあれこのまま眺めていても、対戦相手を全員見ることは難しそうだ。むしろ動くなら、面子の少ない今が好機なのかもしれない。
俺が今出て行けば、運営側も少しは腕を見せてくれないだろうか。
本番を三日後に指定しただけで、今遊ぶなとは言われていない。三日後もちゃんと勝負をすれば、約束を反故にしたことにはならないのでは?
「……おい、どうした?」
ザナスンの疑問を無視して、俺は会場へと踏み出す。そしてそのまま、職員と思しき男に参加の意思を告げた。男は戸惑いを浮かべると、上役に是非を確認すべく、慌ててその場を走り去る。
次の挑戦者が入場してこない内に、俺は的の本体に直接触れて『観察』する。藁に似た植物を縛って作られた的は、硬さはあってもそう頑丈な物でもない。何かが当たれば繊維質が散るだろうし、判定はし易くなっているようだ。
あれこれ調べていると、追いついたザナスンが俺の肩を掴んだ。
「待て待て、ちょっと待て! 本番にはまだ日があるだろう!」
「自分で言ったことだし、それくらい解ってるよ。ただ、やったことの無い競技なんだから、一回くらい試してみたって良いだろう。賭けの金はちゃんと出すって」
「そりゃ当たり前だろ」
いや、ザナスンは解っていない。お前が思っている以上に、この局面は重要だ。
「本当に当たり前か? 金を賭ける以上は勝ち負けが発生するんだぞ? 俺から金を少しでも回収したいなら、ここは勝負の一手だろう。そもそも、組合が未経験者を全力で潰そうとする構図で、お偉方は本当に楽しんでくれるのかね?」
我ながら酷い詭弁を捲し立てる。勝ちたいなら今俺に的当てをさせるべきではないし、そもそもお偉方が揃う前に勝負が始まる方が拙い。ただ、質の高い娯楽を提供出来るかどうかに関しては、一考の余地がある筈だ。
俺の発言に、ザナスンは眉を顰めて考え込む。
――脇が甘い。そこで黙ったら、まるでお前に決定権があるみたいじゃないか。
ザナスンの立ち位置を探りつつ、俺は運営側の返答を待つ。やがて、先程の男が息を切らせながらこちらへと戻って来た。
「……申し訳ございません。対戦の日程を三日後で組んでいるため、当日まで参加は認められません。ただ、競技への理解を深めるためにも、見学までは止めないとのことです」
流石に無理筋だったか。事は俺らだけの話ではなくなっているし、当たり前の返答だ。
どちらに転んでも問題は無かったので、俺は礼を言って素直に観戦に戻る。簡単に引き下がった所為で狙いが読めなかったのか、ザナスンの表情は渋い。
まあ、好きなだけ悩めば良い。俺は既に目的を果たした。
「さて、次はどんな人が出て来るかね?」
次戦を待っているものの、俺が進行を邪魔してしまったらしく、参加者がなかなか現れない。
妨害側の手札を伏せるために、幾つかの手を講じているのだろう。だからこそ観戦を良しとした筈だ。敵に与える情報を制限し、状況を有利なものとする――勝ちたいなら当然の流れだ。
やりたいようにやれば良い。
どうなろうと三日後の的当てを最後に、俺は賭場を去る。悔いの残らないよう、力を尽くすのが作法というものだ。
「お前……何を考えている?」
あんなに好きな酒も飲まず、ザナスンは俺を見詰めている。俺は力を抜き、その問いを茶化す。
「全額を賭けて連勝した場合、組合に支払能力があるのかを考えている。三回勝負だ、勝った時は千倍だぞ? 百億単位の負けを受け止められるのかな?」
「馬鹿な! そんな真似出来る訳が……!」
「仮にだよ、仮に。どうだろう? 夢がある話だよな」
驚いているところ悪いが、これは適当に言っているだけの与太話だ。正直、そんなに勝っても使い切れないし意味は無い。組合を潰した場合の影響も解っていないし、恐らく実行はしないだろう。
ただ、意味の解らん奴と思ってくれれば良い。
酒杯を持つザナスンの手は、何故か震えていた。気の利いた返しが無いようなので、俺は的へと視線を戻す。探りを入れたからといって、結果が伴うとは限らないだろうに。
取り敢えず……今日のところはこれくらいかな?
最低限、やるべきことはやった。仕込みに気付かれなければ、俺の一勝は確保されたも同然だ。
三人目を待ちながら、俺は次の一手をどうすべきか考え始める。
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よろしければそちらもご覧ください。
今回はここまで。
お読みいただきありがとうございました。