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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
カイゼン工国金策編
137/222

生きたお金のつかみ方

 優先順位としては金よりも素材だ。しかし、今まで勝つために続けて来た習慣を、狩りのために蔑ろにする気にもなれなかった。

 ひとまず地中に作った小部屋を全力で固め、仮の物置を作っておく。そうしておいて、今日も賭場へと足を運んだ。

「よう、来たな」

「お邪魔します」

 俺が来ることにも慣れたのか、大男が空いた席を顎で示す。連日の小銭稼ぎが効いているのか、相手の顔は少し険しいものを含んでいた。そして、常連客はそれを面白がっているように見えた。中でも、俺に便乗すれば負けないと気付いた一部の連中は、あからさまに厭らしい笑みを浮かべている。

 互いに視線を交わし合う――組合に痛手を与えられるなら、共犯は歓迎だ。体良く利用されているとは思わない。得体の知れないガキに乗るというのも、一つの賭けではあるだろう。

 今日も期待に応えるとしますか。

 まず最初はいつものように、三戦ほど見に回る。大男には、直近で大勝ちした誰かを落として場を均そうとする癖がある。そのため、親が誰を落とそうとしているか、傾向を確認しておく。

 それと同時、場に出ている札に極小の針を打ち込み、目印をつけていく。こうすれば混ぜ札を目で追わずとも、魔力探知で札の数字を把握出来る。これで負けが無くなった。

 周囲を警戒しながらの魔術行使も、だいぶこなせるようになってきた。如何様に対応して大金を得ようとした結果、魔術が伸びるとは、世の中解らないものだ。

 怠惰を求めて勤勉に行き着くか……誰の言葉だったろう。

「ふむ……」

 さて。本日の傾向として、大男は俺の動向を警戒しているらしい。小さな浮きを繰り返した結果、ようやく敵と認められたようだ。俺としてもそろそろ本気を出すつもりでいるので、頃合いとしては丁度良い。

 大男の目が、こちらを注視している。その馬鹿でかい掌で札を隠すようにしながら、素早く腕を動かしている。

 明らかな全力だ。しかし、前巡で袖にも胸元にも触れていないため、今回すり替えは無い。最早『観察』も『集中』も要らない、場に走らせた探知が、あれは七だと言っている。

 今日から遊びは無しだ。最大値――二十万を場に提示し、七を指定。大男の腕が、痺れたかのように止まった。

「……珍しいな。お前がそこまで出すとは」

「毎回一万ではお互い退屈でしょう。たまにはひりつく勝負も良いじゃないですか?」

「賭けってのはそういうもんだな」

 言いつつも、大男の目は笑っていない。口元は引き攣り、呼吸は乱れている。

 周囲は俺に同調するかと思いきや、敢えて数字を散らしにかかっていた。常連も僅かに目を細めるだけで、対応を保留したらしい。初見は俺の賭け方に首を傾げている。

 さあ勝負だ。

 大男が札に指をかけ、躊躇いがちに捲る。……晒された札は、予想通り七となっていた。

 一瞬遅れて、押し殺したような喝采が場を包み込む。誰もが自分の勝敗よりも、俺の手元へと滑り込んだ百万を見詰めていた。

「驚いた、当たりましたね」

「ああ、そうだな。やるじゃねえか」

 遣り取りが寒々しい。運営に合図を出したのか、俺の後ろに厳つい男が一人控えた。しかし、大した魔力を感じない。この男では、俺の仕掛けに気付けない。

 大男はゆっくりと深呼吸をし、筋肉を解すかのように腕を揺らす。袖口に仕込んだ札を掌に落としているらしい。

 焦り過ぎだ、行動が露骨過ぎる。しかし、これといって手が無いということも、また事実ではある。

 ……正直なところ、大男にもう勝ち筋は無い。

 何度も試したから解っている、大男は一度場に出した札をすり替えようとはしない。すり替えはあくまで、札を混ぜている最中に行われていた。結果を開示する時は、どうしても視線が一枚に集まってしまうため、迂闊なことが出来なくなるからだろう。

 ならば、俺は全ての札に印をつけるだけで良い。

 静かに呼吸を整え、魔力を練り上げる。次に出される札は、まだ印付けが終わっていない物だ。最小の一万を場に出し、経過を見守る。狙いが外れ、大男が歯を軋らせる音が聞こえた。

 不明な札が一枚減る。

 今は左袖から札を出していた。残りは右袖と胸元。

 親との遣り取りよりも、魔術行使の方に神経を使う。強張った体から力を抜き、呼吸を整えた。

「……次に行くぞ」

 大男は全ての札を掌でまとめつつ、さりげなく袖口に余分を仕舞い込んだ。怒りで感覚が鈍っているのか、いつもより動作が大きくなっている。今のは――他の客にも悟られたのではないか。周囲に目配せをすると、明らかに顔を顰めた人間が二人ほど混じっていた。

 如何様が判明するのも時間の問題か。大男は今日で終わりかもしれない。

 しかし、今はまだ彼に降りてもらっては困る。俺は気付いた二人に微弱な風弾を飛ばし、平積みにしている金を指で叩いて示した。

 卓上を滑る札の行方を見守りながら、内心で祈る。俺だけじゃない、お前達だってもっと稼ぎたい筈だ。だから苛立ったりせず、このまま堪えてくれ。

 俺の意思を汲んでくれたのか、男達は黙って不満を飲み込むと、賭けに復帰してくれた。

「獲物は藪に伏せた。幾ら賭ける?」

 顔を戻すと、札が場に提示されたところだった。奴は噛みつかんばかりの形相でこちらを睨んでいる。周囲の客が、俺が数字を指定するのを待っている。

 こちらが用意した流れに皆が乗ってくれたのなら、それに相応しいだけのご褒美が必要だ。再び二十万を掴み、誰よりも先に六を指定した。場の半数以上が握り締めた有り金を前へ出し、俺に倣って六を指定する。

 大男は目を血走らせ、固まってしまった。それを確認した後ろの男が、俺の背に武器を押し当てる。短剣か? しかし、止めろとも出て行けとも言わない――ならば続行だ。

「早く捲ってください」

「正気か? どうなるか本気で解ってんのか!?」

「ええ、解っていますよ。我々は大金を掴もうとしている」

 それだけが確かな事実だ。

 周囲の客が、不穏な空気を察して息を潜める。背中に何かの刃先が刺さり、血が伝い落ちていく。後ろの男が俺の耳元に口を寄せ、優しく囁いた。

「今ならまだ許してやるぜ?」

「俺は許す気は無い」

 魔力と穢れをたっぷりと含んだ血ほど、陰術の媒介として相応しい物はあるまい。術式を発動すると、背中から溢れた呪詛は速やかに敵の全身を駆け抜け、その身を縛り付けた。軽く押してやれば、前に屈んだままの体勢を変えることすら出来ず、男は真後ろに転がる。

 異様な光景に、誰もが口を噤む。

 服は『健康』で直らないというのに、困ったものだ。余計な仕事が増えてしまい、気分が沈む。

「続けましょう。……賭場が勝敗を保留するな!」

「く、そッ」

 叱責してやると、呻き声を上げながら大男は札を捲った。そこには当然のように、六の数字が刻まれている。

 空気が割れんばかりの大歓声。

 大金が目の前を飛び交い、俺の手元にも勝ち分が積み上がる。それでも、まだ勝負は終わらない。

 実際に金が動いてしまえば、俺が運営に排除されそうになったことなど、皆の頭からは消えてしまう。皆が次戦を催促し、熱の籠った欲望で場が煮え滾る。

 この流れに乗る。百万刻みでしか稼げないため、今の内に回数を重ねるしかない。

 運営がまた脅しに来ないよう、呪詛に使った血液を再利用して、区画の入り口に結界を張る。これで暫くは続けられるだろう。

 大男は何をどうすれば良いのか解らず、かといって誰も助けに入らないため、諦めて札を混ぜ始めた。たった二度の負けで心が折れたらしく、その動きは緩慢だ。肩を落とし、素人のようなたどたどしさで札を混ぜている。

 これでは魔術など使わずとも、全ての札の行方が追えてしまう。客も粘ついた笑いで動作を見詰めている。負けを遅らせるためのせめてもの抵抗なのか、札を選ぶまでの時間はいつもより長かった。

「獲物は場に伏せた。幾ら賭ける?」

 場に伏せられた札は四。そして俺よりも先に、数人が四を選択。仕方が無い、あの挙動では誰にでも見破られる。

 俺も二十万を掴み、数字を指定しようとして……直前で踏み止まった。

 思わず顔を上げ、大男の様子を盗み見る。明らかに意気消沈していて、眉は泣きそうに下がっている。覇気を一切感じない、何処を取っても負け顔だ。

 なのに探知が空振った? 札から魔力を感じない?

 完全に気を抜いていた。人は勝ちを確信した時にこそ、最も油断する。

 ここに来て気配を殺した、最高のすり替え!

 俺のような素人とは違う、本物の勝負師は何よりこれが恐ろしい。唾液を飲み込み、震えそうな手でどうにか一万を前に出した。札に針を刺しておくことも忘れない。

 大男と視線が絡む。『観察』と『集中』を起動――確かな怯えを読み取った。

 ようやく追い詰めた。大男の口から、小さな呟きが漏れる。

「……俺は何を間違った?」

「それをここで話してもよろしいのですか?」

 感想戦を求めるなら、それに相応しい場所を選ぶべきだ。ただ、強いて理由を挙げるなら……運営は自らが如何様を行うことで、客側も如何様をする言い訳を作ってしまった。平手の勝負であったなら、俺は目視だけで札を読み取ろうとしただろう。

 いや、或いは。

 組合が最初から真っ当な対応を取っていれば、俺は賭場に足を運びもせず、必死になって肉を納品し続けていただろう。

 お互いの口から溜息が漏れる。

「……勝者に理由を迫るのは無作法だな。負ける時は当たり前に負けるってことか……全く、肝心な時に勝ち切れない辺り、俺らしい気もするよ」

「貴方の腕が悪いとは思いませんでしたよ。それだけやれるんです、再起は可能でしょう」

 あのすり替えが出来るなら、普通に札を混ぜられた方が余程厄介だ。如何様に頼って勝負を定型化しない方が、大男は強い勝負師になれるだろう。

 ……しぶとい相手だった。

 次戦以降、全員が俺の手に倣う形で勝負は続いた。結界に阻まれ、運営は誰一人として賭けを止めることが許されなかった。

 十人がかりで金を毟り続けた結果、運営は最終的に二億近い金を失うこととなる。

 今回はここまで。

 ご覧いただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] まぁ、ここで排除に向かうと賭場が寂れて人が集まらなくなるからね あの賭場は勝ち過ぎると殺しに来る、なんて噂が立って実際に騒動が起きたら 本当に大事にしたい大口客(貴族)にも逃げられるし こ…
[一言] 二億かー。 いつからやってるか知らないけど、長い間イカサマで巻き上げて溜め込んだ金を吐き出したにしては小額なのかも。 苦い顔して去るまで我慢するか、面子を潰されて襲撃して大虐殺となるか、運営…
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