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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
カイゼン工国金策編
136/222

人に頼む技術

 ただいまー。

 日に三万前後の稼ぎになるよう抑えながら、賭場への出入りを繰り返す。異能を全開にし、あらゆる魔術を併用して徹底的に大男の挙動を分析する。それと同時、一口十万の藪荒らしについても探りを入れ、必要な仕込みを進めていく。

 そろそろ次の段階まで事を進めても問題無いだろう。二十日もかけてしまったが、戦術は確立された。親の癖も如何様の流れも、全て把握した。ここからは制限無しで大きく稼ぐ。

 しかし――それはそれとして、やるべきことが他にも残っている。

 まずいい加減に、金の保管場所を確保しなければならない。大量の現金を抱えて歩く訳にもいかないし、管理を疎かにして盗まれるのも馬鹿らしい。生活環境を整えるためにも、地下室を作ることとした。

 周囲を見渡し、まず何処に場所を定めるべきか考える。この辺りは沼地に近い所為で、微妙に土が湿っている。水漏れする恐れがあり、あまり地下室には向いていない感もあるが……この立地だからこそ人目を避けられているという面もある。多少面倒であっても、ここに居を構えた方が良いだろう。

 地面に穴を掘り、水の浸透具合を確かめる。穴の側面に触れてみると、やはり水気が多く緩い感じがした。土と言うよりは泥に状態が近い。ある程度脱水しつつ圧縮しなければ、壁としては心許無いか。

 ……これは手間がかかりそうだ。

 崩落するかもと思いつつ、ひとまずある程度の空間を作り上げる。それと同時、天井部分に細かい穴を空けて湿気が逃げるか試すこととした。これが巧く行けば、俺の居住空間を整えることも考えたい。

 そうして作業に没頭していると、気付けばディーダさんと会う時間になっていた。作業を切り上げ、いつもの集合場所へと向かう。

「……ん、誰だ?」

 歩いていると、知らない気配が二つ、ディーダさんの近くにあることが解った。感覚からして、一つはそこそこ戦える人間のものだ。珍しいことではあるが、別に出入りが禁じられている場所でもないし、他の狩人でも連れて来たのだろうか。

 ある程度の距離を取った上で、気配の持ち主を目視する。一人は中年男性で、山歩きが出来る格好ではあるものの、格好だけで特に戦える様子ではない。もう一人は油断無く短剣を構えた若い男で、こちらは恐らく中年の護衛なのだろう。二人とも装備の質が良く、明らかに金がかかっている。

 ……さて、彼等は何をしに来たものか。

 ディーダさんの顔は、普段とそう変わらないように思える。俺絡みで脅迫を受けている、なんてことも無さそうだ。ただ、わざわざ待ち合わせに同行させた以上、こちらに用事はあるのだろう。

 相手が敵か味方かも解らない。ひとまず愛想を作れるよう顔の筋肉を解し、平常心で彼等に近づいた。

「お疲れ様です」

「ああ、フェリス君。お疲れ様」

 話しかけると、三人の視線が一斉に俺を向いた。俺は全員が視界に収まる位置で足を止める。

 双方の立場を判断出来ないため、相手の紹介を求められない。黙っていると、中年の方が微笑んで両手を広げた。

「やあ、君がモナンの食堂に最近肉を卸している狩人かい?」

「ええ、そうです」

「初めまして、私はメズィナ・ツ・キサーナ。モナンの友人で、彼女と同じく料理人だ。よろしく」

「……初めまして、フェリス・クロゥレンです」

 広げた手は真っ白で、あまり酷使された様子が無い。物腰が柔らかく身形も良い。山歩きにわざわざ護衛を連れている。料理人というよりは、地元の有力者だとか、そういった富裕層のような印象を受けた。

 少なくとも、自分の腕で喰っている人間には見えないが……何故わざわざ身分を隠す?

 メズィナ氏はやけに楽しそうに、訝る俺の顔を覗き込む。

「ふふふ、不思議そうな顔をしているね? そんなに警戒しなくとも良い、私は単に狩りの依頼をしに来ただけだよ」

「なるほど、食肉をお求めですか」

 極めて怪しい人物ではあるが、メズィナ氏の正体が何であれ、肉が欲しいというだけなら対応は出来る。収入増に繋がるならばと、まずは話を聞いてみることにした。

「簡単に経緯を説明すると、だ。十日後に、結構な人数の客を招いて宴を開く予定があってね。客人に失礼があってはいけないから、ある程度質の良い肉を探しているんだよ。そうしたらモナンの店で喰った肉が、ここ最近では飛び抜けて美味かったんだ」

「然様ですか、お喜びいただけたなら光栄ですね」

 ありがたい話だとはいえ、狩人としての俺の腕はどう頑張っても中の上程度のものだ。本当に秀でているのは、モナンさんの調理の腕である。料理人を自称するなら、その辺は理解していると信じたいが……。

「説明の途中にすみません、一点教えてください。組合であれば、私より高い技術を持った者がいる筈ですが、そちらに依頼は出来なかったのですか?」

「最近の組合は熟練者を講師に据えて、新人の育成を進めているようでね。将来的に必要なこととはいえ、そっちに人手を取られているから、あまり依頼を通せないのが実情なんだよ。馴染みの者もいるにはいるんだが……当人にも生活があるからね。組合よりこちらを優先しろとは言えなかった」

 バンズィさんもディーダさんの教育で手一杯になっているし、両立が大変なのは何処も同じか。そう考えると、手空きの俺は声が掛け易かったのだろう。

 ひとまず状況は理解した。受けるかどうか、後は条件次第だ。

 俺が考え込んでいたからか、ディーダさんが躊躇いがちに口を挟む。

「……フェリス君、俺からもお願いしたい。メズィナさんは母さんが世話になってる人なんだ。出来ることなら力を貸してあげたい」

 別にそう焦らずとも、こちらも断ろうとしている訳ではない。モナンさんの得になるなら、俺だって前向きに考える。

「詳しいところを聞いてみないと、私も回答出来ませんよ。まず、期限はいつまでです?」

「期限としては本番前日までだ。量は……モナンの店に卸しているのは、十人前くらいだろう? 宴には百人くらい集まる予定だから、不足の無いよう余裕を見て百十人前かな。何の肉でも良いが、人によって肉を変えたくないので、種類は統一して欲しい」

 まあ、当たり前の要望だな。時間的にも労力的にも、そこまで厳しい条件ではない。真面目にやればこなせる範疇だ。

「畏まりました。支払いは如何ほどで?」

「それなのだが……君はどうやら探している物があるようだね?」

 俺が眉を跳ね上げると、護衛の男が身を僅かに沈めた。思わず表情を変えてしまったが、明らかな警戒態勢を見せつけられ、却って冷静になる。

 さて、この物言いをするということは――街中での行動は見られていたらしい。別に姿を隠してもいないし、店や市場には普通に足を運んでいたが、狩猟組合以外にこちらを探る者がいるとは思わなかった。

 殺意や敵意には注意していたものの、まだまだ注意力に欠けるようだ。これは俺が甘かった。

 メズィナ氏は何処か勝ち誇るようにして、話を続ける。

「どうして、と考えているのかな? 優れた人材はなるべく調べるようにしているんだ。君はカサージュが欲しいのだろう?」

「そこまでお解りですか」

 交渉の手段としては下の下だ。ただ相手への不快感はさておき、カサージュが手に入るなら話としては悪くない。実物をまだ見つけられていないし、その報酬なら我慢に値する。

 溜息と共に、不満をひとまず飲み込む。メズィナ氏は満足げに頷き、話を続ける。

「カサージュを扱っている業者とは付き合いがある。後で紹介するから、必要な分をそいつと相談してほしい。それとも現金の方が良いかな?」

「いえ、現物の方が望ましいですね。……まあ、相場を知りませんが」

「百万までならこちらで負担しよう。去年と変わっていなければ、原木を二本は買えると思う」

 十人前の肉を三万で取引している身としては、随分と気前の良い話に聞こえる。その反面、誘い方といい報酬といい、やり方が洗練されていない。

 俺に一定の価値を見出したのであれば、普通はもっと丁寧な対応を取る筈だ。しかしメズィナ氏はカサージュを利用し、強引に話をまとめにかかった。上流階級の人間にしては、どうにも余裕の無さが目立つ。

 追い詰められた人間が、何かを必死に取り繕うような。

 ……とはいえ相手の事情なんて、詳らかにすることでもないか。モナンさんに恩を返しつつ、俺も報酬を得られる――余計なことを考えるな、あまり多くを望むべきではない。

 条件としては充分だろう。俺は頭を整理し、一つ頷く。

「その条件であればお受けいたします。肉の引き渡しはどのように?」

「私が直接取りに来る。ある程度量が揃ったら、ディーダかバンズィに声をかけてくれ。何回かに分かれても構わないから、確実な納品を頼む」

「畏まりました。では引き渡しの際に、今の内容を書き記した契約書をお願いします」

「む、それは少々手間だな……どうしても必要かね?」

 絶対に必要だ。それを省略したことにより、レイドルク領でどれだけの面倒を招いたことか。

 俺はなるべく穏やかな顔を作り、メズィナ氏に笑いかける。

「昔それでしくじって、本当に大変なことになったのですよ。私にとっては大きな仕事ですから、保証も無しに受けたくはありませんね」

 目を真っ直ぐ見詰めて、反応を待つ。護衛は緊張した面持ちを隠さず、俺と主の間に挟まるよう立ち位置を変えた。

 メズィナ氏は気圧されたように唾を飲み、やがてゆっくりと頷く。

「……君が非常に苦労したことだけは理解した。そちらについては次回、肉と引き換えにしよう」

「ご理解いただけたようで幸いです。今後ともよろしくお願いいたします」

 袖を捲り、何も隠していないことを明らかにしてから、メズィナ氏と握手を交わす。握った手は柔らかく、やはり料理人としての年月を感じさせない。

 百人規模の来客があり、外出にわざわざ護衛がつくような人間が、何を企んでいるのやら。

 あまり信用は出来そうもないと思いながら、ゆっくりと手を離した。

 今回はここまで。

 大変お待たせしました。療養のため休んでおりましたが、復帰しました。

 まだ本調子という訳ではないため、暫く不定期でやっていく予定です。徐々に元のペースに戻していければと思っております。早く健康になりたーい。

 あとお休み中に拙作の二巻が出ましたので、お手に取っていただけると幸いです。


 ご覧いただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 復帰ありがとうございます [一言] この作品からしか得られない、独特の栄養素があります
[良い点] 待ってました…! でも無理せずゆっくり末永く、執筆してください。 [気になる点] 新たな怪しい人物登場ですね。 肉百人分て、相当な量ですよ。 それにしても怪しい…
[一言] おかえりなさい! 楽しく読まさせていただいています! 無理せずできる範囲で続けられてください^^ 健康第一
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