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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
カイゼン工国金策編
135/222

冷静と情熱のあいだ

 初手、九――正着。

 大男は一瞬だけこちらを見たものの、額が低過ぎるからか、すぐに俺から視線を外した。対面に座る男が十万の勝負に出ているため、まあ俺を気にしても仕方が無い状況だ。

 とはいえ、対面の手は七。放って置いても外れる札だった。場に九は俺を含め二人であり、普通なら素直に勝たせてくれる進行だろう。

 果たして親は札を捲り、九を晒した。

 俺は五万を手にし、多少の回数をこなせるだけの余裕を得る。さっきと同様、六回に一回勝ちを狙って場を探りたいところだ。参加者が多い分、誰かがいずれは勝負に出る。その際数字が噛み合えば、大男が如何様に手を染める可能性は高い。

「幸先が良いな」

「さっき負け越した分がここで来たかね」

 軽口を叩いて返す。

 ザナスンがどこまで俺を警戒しているのかは解らない。親し気な顔をして、気安く接してくるからこそ相手を信じられない。とはいえ、俺を御し易いと報告してくれるなら、ある意味有用とは言える。

 まあ、取り敢えずは次戦に『集中』だ。

 再び手札が開かれ、そして混ぜられる。

 こうして見ていると、大男は札を混ぜる手捌きが遅い。敢えてそうしているのかもしれないが、目で追うだけならさっきよりは楽だ。ただ……手がでか過ぎて、札が隠れる瞬間がある。

 少なくとも、今回は追い切れていない。予定通り、わざと外すことにする。

「獲物は藪に伏せた。さあ幾ら賭ける?」

 伏せられた札を睨む。恐らくは二か四……確信を持って外せる五を選択し、一万カーゼを提示した。場の状況を確認すると、他の連中からの人気は二と四に集まっている。

 その様子を見て、自分の失着に気付いた。

 子は札を出す順番が決まっていない。親が数字を操作するつもりなら、むしろ今回は二と四を外してくる筈だ。ある程度場の状況が出揃ってから、俺は動くべきだった。取り返しがつかないほどではないが、軽々しく数を決めてしまった。

 要反省。何もかも最短で行こうとするから、見落としが発生する。勝つための動き方を、身に染み付けなければならない。確かめるべきは、親だけではなく場の全てだ。

 大男は全員が賭け終わったことで、自身の札に手を掛ける。

「では藪を刈る」

 振りかぶった手が、五の札を卓に叩きつけた。周囲から落胆の吐息が零れる。

「獲物は五匹だ。……二連勝とは運が良いな、坊主」

 嘲るように唇を歪め、大男が俺の一人勝ちを大袈裟に褒める。こちらは愛想笑いを浮かべ、和やかに返した。

「……皆さん二と四だったので、外したと思いました」

「何言ってんだ、他の誰が賭けたかじゃねえ、自分を信じて当てた奴が偉いのさ」

「あはは、ありがとうございます」

 勝ち分を受け取り、頭を下げる。

 大男の発言はさておき、今すり替えがあったな。しかしいつ仕掛けた? 札を混ぜる時か、それとも捲る時か? このまま札を表にすれば、五の札が二枚あることが解ってしまうが……流石に処理は終わっているだろう。

 大男が札を全て引っ繰り返す。やはり、晒された札に重複は無い。

 手口が見えなかった。ならばまず前提を考えるべきだな。

 二と四に賭ける者が多かったということは、ある程度客にも札が追えているということだ。本職の狩人なら、当然に目は良いのだろう。敢えて解り易く札を混ぜ、それを利用して数字を偏らせることで、一気に嵌め殺す――手で一瞬札を遮るのも、技術という訳だ。

 俺なら全員の手を確認した上で、相手を選んで外すところだが……最初に数を誘導している以上、大男も一緒とは言い切れまい。あくまで赤字を防ぐことが目的であって、客を狩り尽くす真似はしないだろう。そもそも、博打であまり綺麗に勝ち切ると、儲けられないと知った客は離れてしまう。狩猟者が獲物を逃がす筈が無い。

 そうなると問題は、俺が意図的に勝ちを恵まれたのか、それとも偶然当たったのかだ。相手が数字をどれだけ操作出来るかによって、今後の攻略難度は変わってくる。

 なるほど歯応えがあるな。

 まあ今は、勝ちを恵まれたというより、敵にすらなっていない印象だ。いずれにせよ、俺の財布ではまだ脅威にはなり得ない。悟られないよう、少しずつ手持ちを増やさなければ。

「やるじゃないか、結構な儲けになったんじゃないか?」

「出来過ぎだな。反動が恐ろしいね」

「よく言うよ」

 ザナスンが俺の背を叩き、楽しそうに酒を煽る。こちらを乱そうとしているのか、要所要所で話しかけてきて、勝負に没頭させてくれない。若干苛立ちを覚えるものの、これも敵の戦略の一つと思えばその感情も引っ込んだ。

 とはいえ次からは、一人で勝負をすべきだな。

 半ばうんざりしつつ、対戦を繰り返す。

 勝ち負けを完全に度外視し、相手の動きを追いかける。思いついた数を適当に出し続け、手持ちをかなり減らしたところで、ようやく手がかりらしきものを掴んだ。

 なるべく一定の動作を保っていた大男が、不意に乱れた服の胸元を手で払う。その瞬間の、手首を軽く曲げる動作が不自然なものに見えた。

 袖から胸元に札を移したのか? 或いは逆に、胸元から取り出したのか? 取り敢えず、袖口と胸元には仕込みがあることは解った。

 大男の服は薄手の素材で出来ているため、多くの物が入るようになっていない。あまり沢山詰めれば、傍から見ている人間にすぐ気付かれてしまう。これは恐らく、通常動作の邪魔にならないよう、動き易さを優先した結果なのだろう。

 これは隠せる場所や枚数には限りがある、と判断して良いのではないか。

 単純に考えて左右の袖と胸元は確定。ただいつ仕掛けるかと、何処に何の数があるかが解らなければ、勝ちには繋がらない。まず一歩前進したことを喜びつつ、まだまだ探りを入れる。

「おいおい、負けが続いてるぞ? 大丈夫か?」

「落ち着かない奴だな……別に慌てるような状況じゃないよ。最低限は確保するから心配すんな」

 ここから十連敗しても稼ぎは残る。むしろ、それくらいが今日は丁度良いと思っている。

 そこから更に三度負け、四度目で当たりが訪れた。何も意図せずに数字を選び、賭ける頃合いだけを変えて試行しているため、当たる時は当たる。大男も、俺が適当にやっていることは察しているようだ。最早俺が賭け終わっているかどうかの確認以外で、視線がこちらを向くことが無い。

 客に紛れるように、淡々と賭けを続ける。極端な高確率で当たっている訳でもなく、ただ浮き沈みを繰り返している。ひとまず、印象を消すことには成功した。

 さて……前進はしているものの、決定打に欠けている。場が高騰している時にすり替えが起きている気はするが、まだ確信に至らない。そうそう何度も来たい場所ではないし、ある程度の結果が欲しくなってきた。

 少しだけ悪戯をするか?

 相手が如何様をするのに、こちらだけ平手で勝負する理由も無い。周囲を探知した限りでは、俺に及ぶ魔術師はいない。動くなら今の内か。

 大きく息を吸い、止める。

 溜めていた魔力を使い、地術で極小の針を生成する。肌に触れても気付かないような、ぱっと見では粉にしか見えないようなそれを、晒されている札へと飛ばした。後は自分の魔力を感知すれば、伏せられていても数は解る。

 止めていた息を吐き出すと、こめかみを汗が伝った。

 『玉魔』に至る練磨と精霊の気を組み合わせ、俺が知る中で最高位の魔術師――ラ・レイ師の奥義を再現した。こんなに緊張する魔術行使は久し振りだ。

 戦闘中にこれと陽術を同時に使っていたラ・レイ師には、やはりまだ遠く及ばない。それでも、背中くらいはどうにか見えただろうか。

 巧く行ったか確認するため、場を進行させる。

 相変わらずの賭け方で、目で追った結果と感知の結果とをすり合わせる。当たり前ながら、相手も毎回すり替えをしている訳ではないため、見えなかった時を除いて結果は合致した。

 そうやって、何戦繰り返しただろうか? 不意に大男が、札を混ぜる前に小さな鈴を鳴らした。全員の間に緊張が走る。

 ……何の合図だ?

 訝っていると、今まで渋い賭け方をしていた客の一人が、いきなり十万を場に出した。他の連中もそれに合わせ、徐々に賭け額を増やし始める。急な展開を見守っていると、ザナスンが後ろから警告する。

「さっきのは、残り十戦のお知らせだ。賭場がそろそろ閉まる」

「そんなにやってたのか」

 手持ちは残り八万カーゼ。完走出来ない可能性はあるものの、初回としては充分な調査が出来ただろう。

 俺は白熱していく周りに乗らず、淡々と一万カーゼを賭ける。高騰していく場を『観察』しながら、魔力の移動を感知し続ける。すり替えは短い間隔で行われ、その度に明らかになっていく技に、知らず笑みが零れた。

「……今日はこれで終わりだ。次の勝負を楽しみにしている」

 十戦を走り切り、大男が丁寧に一礼する。各々が体に溜まった熱を逃がすように、大きく息をついた。そして、席を立ち汗を拭いながら去って行く。

 途中一回の勝ちを挟み、残額三万カーゼで勝負は終わった。一日分の稼ぎとしては悪くない額だ。俺も席を立ち、ひとまず暗幕の外へ出る。

 長時間同じ姿勢だったため、体のあちこちが軋んでいる。ザナスンも目を擦りながら、体を曲げ伸ばしししていた。眠気が強くなっているらしく、はっきりしない声でザナスンは俺に問う。

「……初めての賭場はどうだった?」

「感触としてはそこそこじゃないかね。ちょっと時間はかかり過ぎるが……」

 狩りに使う時間は一時間もかからないものの、食堂への卸は一日二万から三万で限界だ。どちらが良いとは言いかねる。

 とはいえ、今回で大体のやり口は把握した。次からはこの倍率でも狩れるだろう。いずれは大きく稼ぐことになる。

「まあ、今日で終わりって感じではない、かな。暫くは遊んでみるさ」

「そうか、なら良かった。また来る時は声掛けてくれ、奢ってもらった分の情報提供くらいはするからよ」

「いや、俺はもう組合には行かんよ。ここで会ったらな」

 便乗しようとするザナスンを、やんわりと遠ざける。監視を外す以前に、あんな場所には行きたくないし待ち合わせが出来ない。俺の言葉に納得したのか、ザナスンは苦笑いを返すばかりだった。

 話し込んでいると、賭場の人間が外へ出るよう、声を張り上げているのが聞こえ始める。倉庫の外が少し明るくなっている気がする。

「そろそろ出ないと拙いな。じゃあ、またここで会ったら頼むわ」

「勝ってたら奢ってやるよ、じゃあな」

 倉庫を抜け出し、別々の道を行く。遠くで酔った男達が、まだ元気に騒いでいる。

 長い夜だった。目は疲れるし魔力も減った。下位互換とはいえ、ラ・レイ師の真似が出来たことが何よりの成果だろうか。次からはもう少し踏み込もうと考えていると、不意に鼻を嫌な臭いが掠めた。

 腕を持ち上げ、鼻に近づける。

 一張羅には嫌な臭いが染み付いて、当分取れそうもない。洗濯のことを手間を考えたところで、今度は腹が鳴った。

 全てが億劫になる。

 早く戻って眠るため、森を目指して全力で走り出した。

 今回はここまで。

 来週は私用につきお休みします。次回は5/21の予定です。

 ご覧いただきありがとうございました。


2023/5/19追記

 利き手が炎症・発熱を繰り返しているため、装具により固定し治療することになりました。

 片手が使用不能になったので、申し訳ございませんが、治るまでひとまずお休みします。

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