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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
カイゼン工国金策編
132/222

夜への誘い

 誤字脱字報告、まことにありがとうございます。

 仕事を貰ったことにより、本格的に森へ籠ることとした。バンズィさん達も頻繁に狩りへ出ているため、昼過ぎくらいに合流し、そのままモナンさんの店に向かうという日々が続いている。

 限定食も好評なようで、店の売り上げも少しずつ伸びているらしい。俺の稼ぎは物足りないが、収入があるだけマシと言うべきだろう。可能であれば、もう少し取引を増やしたいところだ。

 さて夢を見ようにも、まずは肉を得なければならない。今日は何を狩るかと藪を掻き分けていると、見慣れた男達が連れ立って歩いていた。組合で俺に因縁を吹っ掛けて来た髭面と鼻水男が、気配を殺して周囲を見回している。

 目線の位置が獣を探していない――お目当てはどうやら俺か?

 あちらは俺に気付く気配が無い。不意討ちをするなら今だが、かといってこちらから攻撃するだけの理由も無い。先方の意図を探る方が優先か。

 念のため、相手の武装を確認する。髭面は一般的な鉈、鼻水男は短弓……狩人の標準的な装備だ。ただ、本職にしてはそんなに良い武器を使っていない感じがする。手入れがあまりされていないし、元々の道具の質も良いとは言えない。

 狩りに対して、あまり熱心ではないようだ。

 ひとまず脅威は無いと判断し、俺は無警戒に彼らへと声をかける。

「よう、お疲れ」

「……ッ!? お、お前か」

 相手が俺だと気付き、髭面は反射的に構えた鉈を下ろす。鼻水男も、それに倣って弓を地面へ向けた。武器をすぐさま引っ込めた辺り、直接的な暴力に訴えるつもりは無いらしい。

 まあ、騒げば騒ぐほど手頃な獲物は逃げていくし、真っ当な判断ではあるだろう。

 相手をあまり威圧しないよう、俺は一定の距離を保つ。腰が引けている髭面に代わり、鼻水男が前に出て会話を引き受ける。

「よう、兄ちゃん。調子はどうだい?」

「そこそこだな、喰う分には困らんよ。そっちは狩りか? それとも……俺を探してたのか?」

 鼻水男は僅かに息を呑み、参ったように後頭部を掻く。

「いや参ったね、お察しの通りだ。なんで解った?」

「お前等の装備じゃ小型の獣しか仕留められない。なのに、小さい奴を探す目線じゃなかったからな」

 加えて食堂への仕入れをしている以上、組合がいずれ反応することは読めていた。最初に会った時から彼等は俺を嵌めるつもりだったし、来るべきものが来たと思ったまでだ。

 人より獣の相手をしていれば良いものを。

 知らず溜息が漏れる。

「思うところが無いではないが……アンタ等も仕事だろうしな。で、どういう段取りになってるんだ?」

「段取りってなんだよ? いや、俺だって組合の中じゃああ言うしかなかったが、お前も稼ぎが無いのも困るだろう? どうしてるかと思ってだな」

 髭面が唾を飛ばし早口であれこれ宣っているが、あまりに言い訳が下手過ぎる。こういう裏仕事は、もう少し演技が巧い奴にやらせるべきだ。

 まだ続けさせるのかと視線を投げれば、鼻水男は苦笑して髭面を止めた。

「ヴェス、いい、止めろ。この兄ちゃんは正直に話した方が早い」

「おいおい、本気か?」

「責任は俺が持つさ。……段取りが悪くてすまんな。俺はザナスン、こっちはヴェス。お前が想像してる通り、組合の手先みたいなもんだよ」

「うん。で、今回はどういうお誘いだ?」

 むしろ下手な誤魔化しを続ける限り、話を聞く気にはならなかった。ザナスンはその辺の割り切りが良いのか、俺好みな対応を取ってくれる。

 俺が先を促すと、ザナスンは申し訳無さそうに口を開いた。

「有体に言えば、博打のお誘いだ。狩猟組合は勿論狩りに関する業務が主な訳だが、それ以外にも資金源を持っていてな。俺らはその一つである賭場に、他国の人間を連れて行くお役目なんだ」

「ははあ? 金に困るような状況を作っておいて、一発逆転を狙わせるのか。そうは言っても、元手が無い連中が大半だろう?」

「もし金が無いなら、賭場である程度は借りられるぞ。年齢や能力によって上限はあるけどな」

 なるほど、大体の筋書きは理解した。

 状況に明るくない外国人をそこで借金漬けにして、身柄を押さえると。回りくどい感はあるものの、博打で身を持ち崩すのは本人の勝手だし、犯罪であるとまでは言えない、か? むしろ問題なのは、率先してそれを行おうとする組織的な体質の方だな。

 胴元が勝つであろう博打に付き合うのも馬鹿らしいが――組合に正面切って喧嘩を売るなら、丁度良い場であることも事実だ。

「ふむ……俺一人連れてったくらいで、お前等の稼ぎになるのか?」

「そこそこ、ってところだな。お試しってことで、貰った金の一部を回すよ。勝てばでかいってのは本当だし、一回くらい行ってみないか? 合わなかったら止めれば良いんだからさ」

 そうは言っても、途中で止められなくなるような仕掛けは当然あるだろう。それでも、組合から直接金を抜き取れる機会というのはあまりに魅力的だ。

 事を荒立てないよう仕返しを保留しているだけで、苛立ちが無いという訳ではない。俺はそんなにお上品な人間ではない。

 とはいえ、無策で突っ込むのはまた話が違う。もう少し詳しい内容を聞いておくべきだろう。

「正直なところ、行くことそのものは前向きに考えても良い、とは思っている」

「お、じゃあ」

「まあ待て、その前に、博打の内容を教えてくれ。勝てそうもない遊びに金を突っ込む訳にもいかないだろう」

 完全な運任せで、少しずつ金を吸われていくような中身では行くだけ無駄だ。俺はあくまで勝ちを狙いに行くのであって、付け入る隙があるかどうかは明暗を分ける。

 ザナスンによると、賭けには幾つかの種類があるらしい。

 まず最初に、狩人らしく的当て。左右に並んだ風術の使い手からの妨害を読み切って、遠距離にある的を射抜けるかの勝負とのことだ。挑戦者は自身が宣言したどんな武器、魔術を使っても構わないそうなので、これは比較的楽に稼げそうな気がする。ただし妨害側の魔力が切れたら終わりであるため、一日に実施される回数は限られているようだ。勝ち過ぎれば、相手は魔力切れを言い訳に逃げてしまうだろう。

 次に、色抜き。壺の中に白い石と色付きの石が入っているので、手を突っ込んで色付きの物を抜き取れたら勝ちになる。一回五百カーゼと少額であるため、運試しで賭ける者が多いらしい。当たった時は五万カーゼと倍率は大きいが、白石が千に対し色付きが一の比率ということなので、これが一番割に合わないのではないだろうか。

 そして最後に藪荒らし。一から九の数字が書かれた札を親が選んで伏せ、子はその数が何かを当てるという遊びらしい。藪に隠れた獣を探そうとして、森を根こそぎ刈り取ろうとした結果、徒労に終わってしまった男の寓話が元になっているそうだ。賭場の常連には、これが一番人気のある賭けになっているとのことだった。

 どれも如何様をされ易いというか、仕込みは確実にある筈だ。しかし、こちらが仕掛ける余地もありそうな気がする。本格的に組合と争うかどうか、まず現場を確かめてみるのも悪くないだろう。

「まあ、大体解った。今回は乗ろう」

「ありがたい。早速今日行けるか?」

「夜なら構わんよ。しかし……余計な話だが、お前等その調子で引っかかる奴いたのか?」

 元々の性格と口の巧さはあるとしても、ヴェスがあまりに胡散臭すぎる。あの出会い方で急に優しさを見せられても、誘拐か詐欺としか思えない。

 ザナスンもそれについては承知しているらしく、声を潜めて俺に囁く。

「そう言ってくれるな。アイツも命令でそうしてるだけであって、根は悪い奴じゃないんだよ。不器用なりに頑張ってるんだ」

「頑張った挙句人の恨みを買ってたら世話無いだろうよ。今回だって俺に直接来たから良いものの、周りの人間に行ってたら容赦はしなかったぞ」

「……そうだな、お前はやれるか。少なくとも、俺達よりは狩りが巧いみたいだしな」

 狩人は真っ向勝負をする職業ではない。獲物を狩る者だ。待ち伏せ、罠、毒……腕の良い狩人がどんな手を使うのか、彼等は知っている筈だ。それが自分達に向くことだって、当然考えてもらわねばならない。

 俺はザナスンの肩に腕を回し、強引に引き寄せる。

「別にお前等が敵でも味方でも構わない。俺を嵌めるつもりであっても、ちゃんと説明をしてくれるなら、いつだって話は聞こう。……だから、やり方を間違えるなよ? 話は俺に持って来るんだぞ?」

 掴んだ肩から麻痺毒を浸透させていく。急速に失われていく感覚に、ザナスンは思わず悲鳴を上げる。

「待て、待ってくれ! 少なくとも俺達は、アンタと敵対したい訳じゃない。だから正直に話してるんだ!」

 単純にそれを信じるつもりは無いが――かといって、コイツ等は末端も末端だ。手を下したところで何にもなるまいし、ましてそこまで恨んでもいない。

 これは食堂に手を出すなという、単なる念押しだ。

 俺は毒を解除し、ザナスンから身を離す。

「それが本当なら嬉しいね。……賭場に行くのは飯を食ってからにしたい。問題は無いんだよな?」

「……賭場は夜にしか開かれない。それまでは好きにしててくれ」

「じゃあ、日が落ちたら組合の近くに顔を出そう」

「解った。こちらで迎えに行こう」

 ザナスンは少し怯えた様子で後退りつつ、提案を受け入れる。やがて二人はこちらを警戒しながら、森の奥へと去って行った。

 さて。

 組合はどうやら、俺を借金漬けにしたいらしい。世間知らずの小僧を喰い物にして、小銭を稼いでやろうという魂胆なのだろう。

 大変よろしい。そちらがその気なら、俺は組合の金を攫ってやるまでだ。

 こちらの魔力は充分、『集中』と『観察』を全力で使っても支障は無い。

 金を掴みに行こうか。 

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] よろしい。ならば戦争だ! …と言う空耳が聞こえた気がしたw
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