表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
カイゼン工国金策編
131/222

幸福な食卓

 誤字脱字報告、まことにありがとうございます。

 連れて行かれた先は、赤茶色の外壁が目立つお洒落な店だった。食堂というより喫茶店といった佇まいで、女性に好まれそうな雰囲気がある。

 男は勝手知ったる様子で裏口に回ると、扉を開け俺を手招きした。

「部外者の俺が入って良いんですか?」

「ああ。もうすぐ忙しい時間になるからな。客席を埋めない方が良い。おーいモナン、いるかぁー」

 呼びかけに応え、ふくよかな女性が奥から顔を覗かせる。彼女は濡れた手を前掛けで拭きながら、男を見て破顔した。

「ああバンズィ、いらっしゃい。そっちの子は初めましてね?」

「お邪魔します、フェリス・クロゥレンと申します」

 王国民だということは名前で解るだろうが、もう隠すのも面倒臭い。覚悟を決めて、正直に名乗ることにした。

 どういう反応で来るかと身構えていると、モナンさんは笑顔を崩さずに俺を迎え入れる。

「狭い所でごめんなさいねえ、あっちの部屋で座って待ってて。バンズィ、お任せで良いの?」

「ああ、それで頼むわ」

 ……何の裏も無く、純粋な客として、俺を扱っている。

 人によって対応に差が有り過ぎて、脳が混乱する。不覚にも感動で言葉に詰まった。

「あの。よろしければ、これを使ってください」

 どうせならと、俺は行き場の無くなった肉をモナンさんに手渡す。彼女は肉の質を確かめ、心底嬉しそうにそれを掲げた。

「あらあら、素敵。これで美味しいの作るから、沢山食べていってね」

 肉を持ったまま小躍りする彼女を見送り、俺は男と共に隣室へ向かう。こちらは食堂ではなく、彼女の家の居間なのだろう。食器棚やら座卓やら、やたらと生活感に溢れている。

 俺は男と向き合う形で座り、一つ息をつく。

「……バンズィさん、で良いんですかね?」

「ああ、そういや名乗ってなかったな。バンズィ・ダ・ガナンだ。さっきの奴はモナン・ダ・ヴァンド……俺と一緒にいた若い狩人がいたろ? アイツの母親だ」

「家族ぐるみで付き合いがあると」

「家族ぐるみというか、親族だからな。そういうこともあって、あいつの息子に狩りを教えてる」

 因みに若い狩人はディーダ・ダ・ヴァンドというらしい。カイゼンは王国に比べて名前が長いなと、どうでも良いことを考える。

 ……さて。

 歓待は喜ばしいことではあるが、彼にも目的はある筈だ。料理が出来るまでには、まだ時間がかかるだろう。モナンさんを待つ間、少し探りを入れてみることにした。

「ところでバンズィさん。奢ってもらえるのはありがたいとして、何で俺に声をかけたんです?」

「その件か。本当ならモナンが来てから話した方が早いんだが……肉が値上がりしそうだ、って話はしたよな」

「ええ」

 それで稼ごうとして、思い切り空振ったばかりだ。バンズィさんに誤魔化すつもりは無いらしく、素直に語り出す。

「狩人がどれだけ頑張っても追いつかないっていうのは、もう現場の感覚として解るんだ。遠からず値上げはあるし、こういう小さい店はその影響がでかい。なもんでディーダは、自分で肉を調達して店の負荷を減らしたいって発想に至った。狙いそのものは悪くないと思ったんで、俺も狩りを教えることにしたんだよ。ただアイツはまだ駆け出しで、独り立ちには程遠くてな」

 まあ、毒蟲に気付かず棒立ちしていた辺り、危機感に欠けるとは思っていた。彼を一人で森に残せば、半日と保たずに死ぬだろう。志は立派でも、実力が伴っていない。

 とはいえ彼が努力しているということは、部外者の俺でも見ればすぐに解った。つくべき筋肉はついていたし、森歩きで息が乱れてもいなかった。暫く訓練すれば立派な狩人になれる筈だが……そうなるとやはり時間が問題になるか。

「今までは、俺がこの店で使う肉を獲ってたんだ。でも人に狩りを教えてると自分の狩りが出来んから、獲る量がばらついちまう。安定した肉の確保が課題だったんだが、そこで出会ったのがお前だったんだ」

「ははあ……彼が成長するまで場を繋いで欲しいと?」

 組合を通さない仕事を受けてくれて、一定以上の腕が保証されている人間となると、そういないのかもしれない。確かに俺の立場は特殊で、求める条件に当てはまるだろう。

 善意だけで誘われるより、内容としてはしっくり来るな。

「事情は解りましたし、こちらにとっても悪くない話だとは思います。まあ、モナンさんが受け入れてくれれば、ですけど」

「あの様子だと、肉には満足してただろう。……ああ、あれの金も払わなきゃな」

「別に構いませんよ? 契約をするのなら、手見せの必要はある訳ですし」

 それに、夕食を奢ってもらったら、あの肉はどうしたところで余ってしまう。獲物は無駄にならない方が喜ばしいし、本職が調理すれば俺よりもずっと美味しい物が出来上がる。お互いに損をしていないのだから、あれは金にならなくとも良い。

 偏見無く迎え入れてくれたお礼としては、ちっぽけ過ぎるくらいだ。

 バンズィさんは少し唇を曲げると、鼻から深い息を漏らす。

「年の割にこなれてるな。いや、余裕がある、って言うべきか」

「まあ、喰うだけなら森に行けば済む訳ですし。金以外には困ってません」

 焦ったところで成果は出ないし、衣食住についてはどうにでもなる。

 それに、実際のところ――知識を得るだけなら、学術院に忍び込めば話は幾らでも聞ける。素材だって、場所を特定して採取しに行けば済むことだ。

 金が必要なのは、最低限講師に対価を払いたいという、俺の拘りに過ぎない。それが難しいとなれば、違う道を探すしかないのだ。

 お互い難しい顔で話し込んでいると、やがて部屋に良い匂いが漂い始めた。

「お? そろそろ出来ますかね」

「ああ、腹減ったな」

 俺は持っていた布を湿らせ、座卓を拭く。支度を終えた辺りで、モナンさんが料理を持って部屋へと戻って来た。両手にお盆を抱え、窮屈そうにしている。

「お待たせ。おばちゃん張り切っちゃった」

 言うだけあって、お盆の上には様々な料理が載せられていた。一品一品の量は抑えつつも、とにかく数が多い。

「……これは、また随分と作ったな」

「だって、あんなに良いお肉久々だったから。下処理が完璧で、とにかく手間がかからないの。組合の担当さん変わった?」

「いや、あれはフェリスの仕事だな」

「あらあら、フェリス君凄いのね! お店開けるんじゃない?」

「ありがとうございます」

 こうも素直に褒められると面映ゆい。

 巧い切り返しが出来ず、俺は皿を卓に並べる。どれからも良い匂いがして、知らず唾液を飲み込んだ。

「熱いうちに食べて。私も今の内に食べちゃうから」

「はい、いただきます」

 お言葉に甘えて、まずは近くの皿から手をつける。

 肉と根菜の煮込みを食べてみると、想像とは違う味が口中に広がった。姿は見えないが、果物を一緒に煮込んで甘味を補っているらしく、爽やかな匂いが鼻を抜ける。それでいて塩味も程良く、根菜は歯応えを残したままで、肉はとろけるような仕上がり――控えめに言っても絶品だ。

 感動で背筋が伸びる。

「どう?」

「……今まで食べた物の中で一番旨いです」

 掛け値なしの本音が漏れた。全ての加減が洗練されていて、何一つ文句をつける箇所が無い。前世の記憶を含めても、間違いなく上位に入る味だ。

 発言をお世辞と受け取ったのか、モナンさんは大袈裟だと笑う。バンズィさんは口元を緩めて、俺に問いかける。

「旨いだろ?」

「最高です」

 俺の狩りがこの味の役に立つのであれば、是非とも協力させていただきたい。細かい考えが吹き飛ぶくらい、この店の味は優れている。

 バンズィさんは満足げに頷くと、モナンさんに向き直った。

「モナン、今後についてちと相談だ。前も言ったが、ディーダに狩りを教えてる間は肉の確保が難しい。だから、暫くフェリスに店の肉を確保してもらおうと考えているんだが……お前の意見を聞きたい」

「えっ、これを?」

 声に含まれる戸惑いが大きい。皿から顔を上げると、モナンさんは目に見えて困った顔をしていた。

 まあ、店にも格というものがある。それなりの質は担保したつもりだが、これだけの腕の持ち主となると、俺の肉では不足かもしれない。

 しかしモナンさんの口からは、予想とは違う意見が飛び出した。

「……バンズィ、フェリス君、気を悪くしないで聞いて頂戴。フェリス君がくれたお肉は、普段店で扱っている物よりも質が良いの。これは狩りの腕ではなくて、解体の腕の差ね。この肉を扱えることはとっても嬉しいけど、これを当たり前にしてしまうと、もう品質が戻せなくなっちゃうわ」

 なるほど。

 素材の差は、味に大きく影響する。俺はいつまでもここにいる人間ではないし、味が一定しない方が店としては困るのだろう。残念ではあるものの、店主としては当たり前の話だ。

 モナンさんの話は続く。

「でも料理人としては、この肉が手に入るなら是非欲しい、ってのも本音ではあるの。だからフェリス君が良いのであれば、少しだけ融通してくれればありがたいわ。沢山買えないのは申し訳ないんだけど、それなら値段を上げて、お店には数量限定で出せるから」

「構いません、お願いします」

 それくらいのお願いであれば、何ら問題は無い。即答して食事に戻る。

 獲る量を増やすならまだしも、減らすだけなら簡単だ。バンズィさんの悩みは解決していない気がするが、店主の意向を無視する訳にもいかないだろう。

 何より、俺はこの店の味に惚れた。細かいことはどうでも良い。

 モナンさんは驚いて、すっかり硬直してしまっている。

「……本当に良いの?」

「構いませんよ。強いてお願いをするなら、たまに飯を食わせてください。ここの店は本当に美味しい。俺はそれだけで満足です」

「歓迎するから、毎日でも食べていって。……じゃあ、これからお願いします」

「こちらこそお願いします」

 お互い頭を下げて、話はまとまった。

 価格等、詰めるべきことはまだあるものの、今は一旦置いておこう。

 心底夢中になって、久々に満ち足りた食事を堪能した。

 今回はここまで。

 肩を痛めたので来週はお休みします。次回は4/16の予定です。

 ご覧いただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 腕が良すぎるのも、市場に影響するんですねえ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ