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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
カイゼン工国金策編
130/222

戦争と差別

 誤字脱字報告、大変助かっております。

 また、紙版・電子版の書籍をご購入いただいた方々、まことにありがとうございます。

 お楽しみいただければ幸いです。

 仮眠を取り、適当な獣を何匹か狩ってから街に戻る。

 市場が荒れそうなので、街の雰囲気をもう少し把握すべきだと判断した。稼ぐためにも、今は思いついた手段をとにかく試してみるしかない。適正な価格がつけば良し、そうでなければ自分で食べるだけだ。

 少しは稼げると嬉しいが。

 狩猟組合の中に踏み入ると、人々の視線が一斉にこちらを向いた。音にすぐさま反応してしまうのは、狩人としての習性だろう。集まった視線が徐々に外れていくのを感じながら、受付へと歩み寄る。

「失礼、買い取りの査定をお願いしたいのですが」

「組合員証はお持ちですか?」

「こちらに」

 素直に組合員証を見せると、受付嬢の眉が跳ね上がった。表面を確かめ、裏面に触れ、もう一度表面に戻る――これは嫌な反応だ。

 目が他人を蔑んでいる。

 生産組合の対応も微妙だったが、こちらはもっと態度が露骨だ。完全に失敗したことを理解し、溜息を噛み殺す。

 受付嬢は放るようにして証を俺に返し、机の上に板を乗せた。

「では、こちらに獲物をどうぞ。担当が来るまでお待ちください」

 言われた通り、先程仕留めたばかりの獲物を乗せる。何となく、順番をどんどん後回しにされるんだろうなと思いつつ、少し待つことにした。

 隣の窓口で新人が登録の申請をしている。もう一つ奥の窓口で、打ち合わせが始まった。何処かから談笑が聞こえる。

 椅子に座っている男が、半笑いでこちらを眺めている。大層面白そうにこちらを見るので、俺は敢えて無表情を作って相手を見詰め返した。相手が笑いを引っ込め、目を逸らしてもなお見詰め続ける。

 暫くそうして暇を潰していると、窓口の面子はどんどん変わっていった。

 俺よりも後に来た人間の査定が三件終わる。先程の受付嬢が、先の男と似た表情を笑いを浮かべていた。

 なるほど。

 まあ想定通りだなと落胆した。思った以上にこの国の差別意識は強い。解決出来る問題ではないだけに厄介だ。

 ひとまず獲物を引き上げ、鮮度が落ちないよう冷凍処理を施した。売れないのであれば、これは夕食に回す。

 さてどうするかと出口へ向かうと、丁度見知った中年が入って来るところだった。狩りは順調だったようで、鞄が重たげに膨らんでいる。

 俺は横にずれ、彼に会釈をする。

「先程はどうも」

「ん、ああ、お前さんか。早速獲物を持って来てくれたのか?」

「いえ、査定すらしてもらえないんで、持ち帰ることにしました」

「はあ?」

 俺が王国民であることを含め、今あったことをそのまま伝えると、彼は眦を吊り上げて窓口を睨み付けた。俺は苦笑して彼の腕を引く。

 周りが敵ばかりではないという事実は、本当にありがたい。だからこそ、彼の立場が悪くなることは本意ではない。

「別に対応してもらわなくても構いませんよ。好きにすりゃいいんです」

「じゃあ、お前はどうするんだ」

「どうもしませんよ。ただ、これは攻撃だな、と思うだけです」

 必要に応じて反撃はする。けれど、今はその必要が無い、それだけだ。いざという時はどうとでも報復出来る。

 そんなことよりも、男の鞄から血が垂れていることの方が気にかかった。

「俺のことはともかく、早く行かないと折角の肉が台無しになりますよ。今なら窓口も空いてますし」

「ッ、……ああクソッ。すぐ戻るから、そこで待ってろ!」

 肩を怒らせて、彼は窓口へと向かった。恐らくは善意から出た言葉だ、俺はひとまず指示に従う。

 ……このご時世に、随分と珍しい御仁だ。俺のような得体の知れないガキに構ったところで、何にもなるまいに。

 でも、ああいう人がいるからこそ、世の中は巧く回るのか。

 気持ちがしんみりしてしまった。

 入り口脇の壁に寄りかかり、窓口を眺める。俺とは違い、彼はすぐさま対応をされていた。とはいえ、量があるため時間はかかるだろう。

 外で待った方が良いな。

 雰囲気も悪いし、ここにいる理由も無い。扉に手をかけると、離れた席にいた男の一人が、鼻を摘まみながら俺に近寄って来る。

「随分と臭え肉だなあ。獲物が可哀想だから、そんなの持って来るんじゃねえよ。食ったら腹壊しちまうぜ」

 髭面で、体格の良い男だ。如何にも荒事に慣れた雰囲気がある。話しかける隙を窺っていたようだが……わざわざ追い討ちをかけに来たのだろうか?

 強い人間の持つ圧は感じない。

 少しうんざりしていたこともあり、俺は真っ向から応じる。

「お前そんなナリして、随分と繊細なんだな。仕事は大変じゃないか? 体弱い奴は狩人に向かないぞ?」

 話を聞いていた別の男が、鼻水を噴き出した。髭面が顔を真っ赤にして俺を睨みつける。

「おいガキィ……テメエ、随分舐めた口を叩くじゃねえか? 今後組合が使えなくなっても良いのか?」

「お前こそ何言ってんだ? さっきの見てたろ、既に使えてねえよ」

 まあ実際のところ、今更この組合が使えるようになったとしても、不信感はもう拭えない。二度と訪れないであろう場所に拘るだけ時間の無駄だ。

 腹を抱えて笑っていた鼻水男が、怒りに震える髭面の背を叩く。

「脅しになってねえし、止めとけって。流石に格好悪ィよ」

「うるせぇ!」

 引くに引けなくなったのか、髭面は俺の胸倉を掴み上げる。が、服に仕込んでいる針が刺さったらしく、悲鳴を上げて呆気無く手を離した。

 今のは本気で格好悪い。挑発に乗ってはみたものの、むしろ気の毒になってきた。

 鼻水男は苦笑しつつ、俺を追い払うように手を振る。俺は髭面に陽術で活性を施し、その場を去ることにする。

「まあ……その、なんだ。ここにはもう来ないから、無理すんなよ。お大事にな」

「おい、待てェ!」

 本気で止めたいなら、立ち上がって前を塞げば良い。しかし髭面は大声を上げるだけで、動く素振りを見せなかった。指からちょっと血が出た程度で止めたということは、その気が無いということだ。

 溜息が出る。正直、酷い茶番だった。

 恐らく窓口が嫌がらせを担当し、髭面が相手の反抗心を挫き、鼻水男が懐柔するという流れだったのだろう。鎌鼬みたいな連中だが……今までアレで巧くいっていたのだろうか? 組合へのお義理でやっているとしても、男二人にやる気が無さ過ぎる。

 でも、それも仕方が無いのかもしれない。

 彼らだって組合に逆らえば、俺のように弾かれてしまうだろう。どれだけ空疎な内容でも、仕事は仕事だ。働かなければ喰っていけない。そう考えると、彼らを責めようという気にはならなかった。

 だから――問題となるのは狩猟組合だ。

 今後絡むこともなかろうが、これ以上干渉して来るなら相手を潰す必要がある。食料確保の邪魔をされようものなら最悪だ、後はもうやり合うしかない。

 それは疲れるし嫌だな、と顔を顰めた辺りで、中年の男が入り口から飛び出して来た。

「ん、おおッ。いたか、すまんな。時間がかかった」

 俺が帰ったと思ったのだろう、少し息が上がっている。俺は荷物を背負い直し、一つ伸びをした。

「そんなに待ってませんよ。お気になさらず」

「そうか。あー……済まんかったな。俺が言ったから、肉を持って来てくれたんだろ?」

「まあ、一応は。ただ別に、貴方が責任を感じることではありませんよ。俺の認識が甘かっただけです」

 国境の街で会った軍人も、年配に王国民は恨まれていると言っていた。戦争を体験した連中はまだ生きているし、思想としては当たり前だ。とはいえ国境は王国との遣り取りも多く、差別意識に囚われていれば、現場が立ち行かなくなってしまう。だから問題が表面化しないよう、ある程度制御されていたのだろう。

 一方、首都は王国との交流が限られていたため、配慮なんてする必要が無かった。配慮が無いから、当たり前に人を貶める者が出る。

 これは俺が、事を楽観視し過ぎていただけの話だ。何処でも真っ当な対応を受けられるなんて、誰にも保障されていない。

 まあ、過ぎたことは仕方が無い。切り替えて、次の対応策を考えるまでだ。

 顔が強張っていたのか、男は気遣わし気にこちらの様子を窺う。

「無駄な手間をかけさせちまったな。……お前さん、腹は減ってないか? 飯は喰ったか?」

「まだですね。折角なんで、コイツを喰おうかと」

 俺はそんなに気落ちして見えるのだろうか?

 引き取ってもらえなかった獲物を見せると、男は不意に顔を引き締めた。徐に冷えた肉を持ち上げ、本職としての目で状態を確かめている。皮剥ぎも血抜きもかなり丁寧にやったので、質はそれなりに良い筈だ。

 やがて評価が決まったのか、小さく呟きが漏れる。

「ふうん……お前さん、狩りから調理まで、何でも自分でやってきた口だろう」

「解りますか?」

「解るよ。下処理がちゃんとしてるし、すぐ喰えるようになってる。凍ってるのも自分でやったのか?」

「そうですね」

 聞けば凍結を使える魔術師はかなり珍しく、首都にはこの処理をする者は数人しかいない、とのことだった。香辛料をあまり使いたくないという、貧乏性の結果に過ぎなかったのだが……どうやら満足させられたようだ。

 男は俺に肉を戻し、通りの奥を指差す。

「なあ、これから時間はあるか? 知り合いが食堂をやっててな、奢るからちょっと付き合わんか」

「買い手の紹介でもしてくれるので?」

「ああ。お前さんの腕なら、定期的に肉を獲って来られるだろう? 組合を通さない分、単価も自由に決められる。話だけでも聞いてみないか?」

 冗談で返してみたが、どうやら相手は本気らしい。契約が成立するのであれば、確かに俺にとって好都合ではある。

 何が狙いだろうか。

 どうにも話が旨過ぎる。首都には他にも狩人がいるのだし、わざわざ俺を選ぶ理由は無い。狩りも解体も、もっと巧い人間がいる筈だ。

 男からは相変わらず、悪意を感じない。

 一度深呼吸をし、自分を落ち着けた。相手を疑う癖がついてしまっている。もう少し詳しく聞いた上で、話を判断すべきだろう。

「……では、折角の機会ですので、甘えさせていただきます。こっちの味にも興味はありますしね」

「そうか、ありがたいね。結構人気のある店でな、気に入ってくれると思う」

 人懐っこい笑みを浮かべ、男は店へ向かって歩き出した。俺は肉を包み直し、その後を追う。

 あまり彼のことは疑いたくないな、と素直に思った。

 そして、そういえば相手の名前を知らないと、今更なことに気付いた。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
「お前こそ何言ってんだ? さっきの見てたろ、既に使えてねえよ」 ここの返しめっちゃ好きですw
[良い点] ずっと読んでます。 自分好みの展開になってきてワクワクします!
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