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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
カイゼン工国金策編
129/222

お金がない!

 拙作『クロゥレン家の次男坊』書籍版が明日3/20に発売となります。

 よろしければお手に取っていただけると幸いです。

 電子書籍もありますので、そちらも是非。

 参った……。

 屋台通りの椅子に腰掛け、途方に暮れている。道行く人が、白けた顔で俺を見ている気がする。疲労感に負け、水筒の中身を一気に飲み干した。

 本当にどうしたものか。

 ――稼げる仕事が無い。

 街中に入り学術院の門前を覗いたところ、ジャークの言う通り、下働きの募集は色々と貼り出されていた。ただ拘束時間の割に日当は少なく、生活するだけで手いっぱいになるであろうことは明らかだった。帰国がいつになるかも解らない選択肢は取れず、ひとまずこれを諦めた。

 そして、狩猟組合も同様。

 下働きよりはマシな稼ぎになりそうだが、入学金の不足を埋めるとなるとかなり厳しい。買い取り表から大体の日当を計算すると、得られる額は多くても一日二万程度になった。

 ……入学金が一千万に対し、手持ちの金が大体五百万。頑張って王国の金を全て両替しても、まだ二百万くらい足りない。生活費を切り詰めて、ほぼ休み無しで働いたとしても、真っ当にやって三年はかかるだろう。

 こちらも時間がかかり過ぎる。

 この時点で、かなり拙いと気が付いた。何か出費を削るとして……街の外で野宿をし、食事の全てを狩りで賄ってもまだ足りない。

 もっと画期的な、別の方法を考える必要がある。

 魔核加工もどうやら手段として使えない。というよりも、生産組合に仲介を頼むことが難しい。生産組合を覗いた感じだと、カイゼンはまだ王国に対して隔意がある。そこまで露骨なものではないが、同じ仕事でも俺より自国民を優先するであろうことは、受付の態度ですぐに解った。

 買い叩かれると解っていて腕は安売り出来ない。

 ただそうなると……また最初の問いに戻ってしまう。

 どうやって稼ごうか。

 青空を見上げ、溜息を吐いた。こうして考えているだけでも腹は減る。とはいえ街中の飯に食指は引かれるものの、段取りがまとまるまでは浪費を控えたい。手近な屋台で調味料を買い揃え、地理の確認がてら狩りに出ることとした。

 街の出入りで金が取られないのは幸いだった。

 鉈を握り締め、森へと足を向ける。天気が良く、視界も割と開けているため、何処か散歩のような感じもする。

 探知を飛ばしてみても、強い気配は感じない。小型の獣ばかりがそこかしこにいる、穏やかで平和な森だ。環境的には良さそうだが……妙に狩人が多いことが気にかかった。狩場にしては危険が少ないため、講習にでも使われているのかもしれない。

 新参者が狩場を荒らす訳にもいかないと思い、邪魔にならないよう森の奥を目指す。

 と、手近な気配が二つ、俺に気付いたか距離を詰めて来た。何か用があるのかと、俺は足を止める。やがて繁みを掻き分けて、中年と青年の二人組が姿を現した。

 青年は俺を目にすると、訝し気に眉を跳ね上げる。

「……やあ、お疲れ様。君一人か?」

「はい、そうですよ」

「その恰好で奥へ行くつもりか?」

「そのつもりですが」

 青年の問いに答える。他人から見れば軽装に見えるのかもしれないが、クロゥレン領にいた時から、別に装備は変えていない。もうこれで慣れてしまっている。

 青年は何か言おうとしていたものの、中年が彼を手で制した。

「いきなり悪いな。狩猟組合に登録は?」

「覗いてはみましたけど、登録まではしてませんね。階位だけなら持ってます」

 素人に狩場を荒らされたくないとか、そういう話だろうか。俺は組合員証を取り出し、彼らに見えるよう掲げる。

「第四か……やるもんだな。すまん、経験者なら良いんだ。そっちには沼があって、たまに嵌って死ぬ奴がいるんでな。一応確認に来たんだ」

 なるほど。何を気にしているかと思いきや、地元の親切な人か。恐らく何かがあった場合、こういう人が救助に駆り出されるのだろう。

 俺は笑って頷き、彼らの背後へと針を投げる。樹の幹に毒蟲一匹が縫い留められた。青年が引き攣った顔で、後ろを確かめる。とっくに気付いていた中年は苦笑いしている。

 新人の育成も大変だ。

「ご忠告ありがとうございます。因みに……一つお訊きしたいんですが、この森はいつもこんなに人が多いんですか?」

「ん、ああ……ちょっと前からだな。最近街に人が増えてる所為で、需要に追い付いてないんだ。かといってあまり値上げをすれば、地元の人間が食えなくなるってんで、狩人が皆頑張ってる」

 だから人が多いのか。

 大型獣の気配も無いのに、大人数で狩りをしても旨みは少ない。しかし、とにかく量が欲しいとなれば、やはり人手が必要だ。

「そういう事情でしたか。じゃあ、あまりお邪魔しない方が良いですね」

「気にすんな。俺も一応声はかけたが、お前さんは森に慣れてるみたいだし、大丈夫だろう。獲物が余るようなら肉を売ってくれ、じゃあな」

「はい、お疲れ様です」

 手を挙げて彼らと別れる。沼を目指しながら、少し考えた。

 狩人が首都の台所をどうにか支えているとして……いつまでもそれが続くとは思えない。狩場への出入りが増えるほど、獲物は遠くへ逃げて行く。

 かなり危うい状況かもしれない。

 何せ国境から逃げ出す人間で、今後も首都の人口は増える。街が一つ潰れるような事態となれば、国にしか救いを求められないのだから、それは当然の流れだ。需要が減る要素は無く、獲物は減っていくとなれば、値上げは避けられないだろう。

 俺に金があれば、土地を買って畜産に将来を賭けるところだが、何せ元手が無い。

 こうなった以上、やはり狩りで稼ぐべきか? 大物を目指して遠出をしてみるか。或いは今のうちに獲物を確保し、冷凍保存しておくという手もある。

 悩んでいるうちに沼へと辿り着いた。周囲に人はいないようだ。

「ふむ」

 何はともあれ食料だ。

 地面に手を当て、魔力を通す。あまり人の手が入っていないらしく、沼には生き物の気配が沢山潜んでいた。魚の気配を捉え、そのまま水を固めて引き上げる。

 掌ほどの大きさの魚――ゴンディか。領地にも生息していたので、幸い喰えることは解っている。味も悪くはないし、食材としては当たりの部類だ。しかしこれだけでは寂しいので、適当に山菜を摘んで更に奥へと進んだ。

 後は場所だ。

 暫く歩くと、やがて地面がしっかりし始めたので、その場で煮炊きをすることにした。

 地術で椅子と鍋を作り、水術で食材の泥を流す。昔はよくこうして、適当な飯を食ったなと思い出した。放置子が食い物を探していただけの話で、あまり良い記憶とは言えない。

 嫌な記憶が蘇ってきたので、振り切るようにお湯を張る。山菜を突っ込んで灰汁を抜いている間に、魚の腸を取ってぶつ切りにする。それから湯を新しいものに替えて、全てを調味料と一緒に煮込んでやった。最後に薬味と香辛料を気の済むまでぶち込み、やたらと赤くなった汁を啜る。

 ……うん、普通。

 見た目ほど辛くはないし、苦みも出ていない。食材が偏っている割に、味としてはまとまった方だ。独り身の男の飯なんてこんなものだろう。感動の無い食事を終えて、一息つく。

 さて。腹が満たされたなら、次は住居と行こう。

 金策をどうするかについては、少し作戦を考えたい。当座は出費を抑えるため、外に拠点を設けることとした。旅の間は野宿だったし、その前は石畳の上で血反吐に塗れていたのだから、こんなのは最早日常でしかない。

 我ながらどうかしている。なんて潤いの無い生活だ。

 ゆっくり眠れる寝床が欲しい。

 腹を満たすだけではなく、美味いと思える物を口にしたい。

 俺はそんなに多くを望んでいるだろうか? 自分なりに頑張っているつもりだが、いまいち生活が改善しない。たまには少しくらい、楽をしたって良いのではないか?

 金が無いとなると、却って欲求に負けそうになる。しかし、展望も無いのに散財をすれば、己が苦しむことも解っている。

 贅沢をしている訳でもないのに、どうしてこうも窮しているのか。いや、このご時世で勉強をしようという行為自体が、そもそも贅沢だった。

 ああ、そう言えばカサージュの値段も調べていない。アレの金額次第では更に入学が遠ざかる。何に幾ら必要なのか、一度整理をしなければ。

 地面を掘り返し、穴底を柔らかくしていると、様々なことが頭の中を過ぎっていく。追い詰められているというより、単純に困っている。この浮足立った感じも久し振りだ。『健康』で追いつかない程、心身が疲れているのかもしれない。

 まともに物を考えられない時は、休むに限る。

 空気穴を何か所か作り、何処か焦りを抱えたまま、ひとまず体を横たえた。目を閉じれば、体は一気に眠りへと落ちて行った。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

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