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集団戦

 気配を頼りに走り続けたら、水源地へと行き着いた。

 複数の殺気に足を止め、息を潜める。『観察』を起動して現場を覗き見れば、修羅場の真っ最中だった。

 広い泉の真ん中には、四肢に枷を嵌められた状態のアレンドラが浮かんでいる。無理矢理眠らされているのか、顔は歪み、目はきつく閉じられていた。幸い出血は無く、すぐに死ぬような印象は受けない。

 問題は陸地だ。

 ジャーク一人に対し、相手は十人。中には、道中で逃がした男も混じっている――長老衆とその護衛だろう。敵が多過ぎるからか、ジャークには負傷が目立つ。

 結構減らしたつもりだったが、流石に無理があったようだ。戦況はかなり厳しい。

 このままでは、ジャークの勝ち目は無いな。場を乱す一手が必要か。

 囲みを破るべく、大きく側面へと回り込む。

 ……可能であれば、ジャークには任せたい仕事がある。まだ死んでもらっては困るのだ。

 悟られないよう、魔力を両手に込めた。息を止めて走り出し、無防備な男達の背に向けて散弾を斉射する。

「ぐ、ああッ!」

「つぅっ、なんだ!?」

 一人しか仕留められんか!

 奇襲に対する反応が異様に早い。これはジャークが苦労する訳だ。

 戦場に飛び込んだ俺と、ジャークの視線が絡む。俺は薬を投げ渡し、石壁を作って敵を分断した。

「あ、アイツだ! あのガキが仲間を殺りやがったんだ!」

「敵は魔術師だ、離れすぎるなよ!」

 そう叫ぶ老人が、一番距離を取っている。どうかと思うが、まあ指示役は必要か。

 俺は石壁を追加し、ジャークに回復の時間を与える。

「止血剤だ、飲んでおけ」

「……御使い様、で合ってるよねェ? 来てくれたんだ?」

「思う所があってな。……連中を始末する、来るぞ!」

 石壁の一枚が崩れ、男が二人突っ込んで来る。ジャークは鞭のように腕を撓らせ、敵の顎を的確に撃ち抜いた。脳震盪により、二人の脚がもつれる。

 体勢が崩れていれば、殺すことは容易だ。両者の喉を石槍で刺し貫く。

「お見事!」

「前衛の腕が良いと、こっちも楽だよ。奴等、なんであんなに避けるんだ?」

「ああ……あの一番奥の爺さん、アイツの異能が『危機管理』ってヤツなんだ。指揮下にある人間は、攻撃への感度が上がるんだよ」

 自分だけではなく、他人にも効果が及ぶのか。なるほど、自分が落ちると全員の補助が解除されるため、後ろに控えている訳だ。

 ……面倒臭え!

 強化異能の影響範囲が広過ぎる。河底の術式を解析して、該当箇所を削除しておくべきだった。

「やり辛いし、まずはあの爺を狙いたいな。……接近出来れば、仕留める自信はあるか?」

「勿論」

「じゃあ、あそこまで道を作ってやる。援護は任せろ」

 返事を待たず、石柱を乱立させる。ジャークはすぐさまそれに反応し、高所へとよじ登った。

 敵も慌てて続こうとするが、柱は俺の魔術によるもので、作るも壊すも思いのままだ。一人が迂闊にしがみついた瞬間、柱を爆散させてやった。全身血塗れになりながら、男は遠くへと吹き飛んで行く。

 想像した通り、反応出来ても避け切れない攻撃なら、問題無く仕留められるようだ。

 さて、ジャークは無事包囲を抜けた。敵の大半は石柱という罠で、まともに身動きが取れなくなっている。

「助けに行かなくて良いのか?」

 仲間が目の前で死んだ所為か、彼等は挑発に乗らない。爺の援助に向かったのは、柱の外側にいた二人だけだった。その他は柱の間を抜け、ゆっくりと距離を詰めようとしてくる。

 死にたくないから慎重になるのは解る。しかし、それにしたって遅い。

 相手が悠長にしているので、俺は石柱の数を増やし、どんどん進路を塞いでいった。オマケで樹のように横棒を生やしてやれば、更に行動は制限される。今や包囲されているのは彼等の方だ。

「くそッ、ジャークはアイツ等に任せる! まずはあのガキを殺るぞ!」

「おう!」

 嗄れた声の老人が号令を掛ける。声は老いていても、筋肉に衰えは感じられない。老人は腰に巻いていた革紐を解くと、それを鞭にして支柱を破壊し始めた。

 珍しい得物を使う。あの老人なら多分、ジャークに対抗出来そうだ。

 ならば、俺の仕事は老人をこちらに引き付けることか。石柱を爆破して攻撃するより、遮蔽物が多い方が良いと判断する。やるのはもう少し頭数が減ってからだろう。今は鞭さえ注意していれば、包囲はされない――こちらへと迫る男の一人へ、接近戦を仕掛けた。

 魔術師が自分から間合いを詰めた所為か、相手の顔に驚きが広がる。それでも、男は短剣をこちらへと突き入れてきた。しかし、石柱が邪魔で踏み込みが甘くなっている。

 『観察』で攻撃の軌道を読み、相手の手首を掴む。そのまま体をこちらへと引いてやると、相手は勢いの所為で呆気無く転がった。喉を踏み抜いて、男を仕留め切る。

「そこォッ!」

 止めに気を取られ、牽制が甘くなってしまった。気合とともに革紐が視界の隅で踊る。

 速い、が、まだ間に合う。

 足元の死体を石柱で跳ね上げ、攻撃へと押し付けた。物言わぬ肉の塊が、強かに打たれて爆ぜる。これは拙い、血の雨で視界が、

「ッ、くあッ」

 朱の隙間を抜けて、黒い影が走った。視界が明滅し、頭部に衝撃が広がる。額を割られ、噴き出した血が今度こそ俺の視界を塗り潰した。

「今だ、出ろ、殺せェッ!」

 本当に、数を減らしておいて良かった。視界を奪われ、眩暈でまともに動けずとも、これくらいなら気配を追える。

 左側に老人、右側にその手下。まず警戒すべきは老人だ。革紐であるため大した威力にならなかったが、中距離からの鋭い一撃が厄介過ぎる。

 まあいずれにせよ、潜ってしまえば攻撃など届かない。

 わざと倒れ込み、そのまま地中へと沈む。頭の上で炸裂音が響いているものの、振動が多少感じられる程度だ。安全と判断し、『健康』で傷を塞ぐ。顔の血を水術で洗えば、立て直し完了。

「お待たせ」

 外に出ると同時、右往左往する男の足首を散弾の連射で潰す。動けないなら後はどうとでも料理出来る。石柱を崩し、相手を生き埋めにしてやった。

 気を取り直し、老人と向かい合う。戦場の音も随分と減ったことだし、あちらも終わりが見えてきたようだ。

「……さて、そろそろ決着かな?」

「もう勝ったつもりか」

「ああ、アンタには無理だよ」

 先程の攻撃が、最後にして最大の好機だった。俺を仕留められたのは、あの瞬間だけだったろう。

 この老人に地面を突破するだけの破壊力が無いことは、先程の潜伏でもう解っている。後は身を隠し、地表に対して適当に攻撃を繰り返しているだけで俺は勝てるのだ。

 気力が折れないことは立派だが、囲まれる恐れが無いのであれば、真っ向勝負で負ける相手ではない。

「やれると思うなら、試してみても良い」

 石柱を解除し、戦場を平地に戻す。

 癇に障ったのか、老人は顔を真っ赤にして手を振りかぶった。空気を切り裂いて、革紐の先端がこちらの脳天を狙う。

「そんなものか!」

 強化した左腕を敢えて打たせ、強引に前進した。裂けた皮膚は酷い痛みを訴えるものの、致命傷には程遠い。空中で揺らぐ革紐へと鉈を振り、半ばから断ち切った。

「く、くう……ッ! まだだァ!」

 一撃の威力が低いから、老人は距離を保つ必要があった。速度と精度で間合いを支配し、痛みで相手を怯ませる戦術だった訳だ。しかしそれも、武器が万全であってこそ。

 革紐を投げ捨て、老人は体術のみで俺に挑む。気合は認めるにせよ、悲しいかな、無手の練度が高いとは言えない。首を抉ろうとする腕を掻い潜り、脇腹を鉈で切り裂く。

 手応え有り。

「何故だ、何故我々を殺す……河守は……ッ」

 臓物が零れぬよう、老人は必死で脇腹を押さえる。片膝をついたまま、恨みがましい目でこちらを睨み付けている。

「在り様を間違えた者に先などありません」

 第三者の声――気付けば老人の背後に、監視者が立っている。老人の目が見開かれ、口の端から血が漏れた。

「主よ。一族を、一族を守ってはくださらんか!」

 監視者は無表情で老人を見下ろすと、首を横に振ってこちらへと歩み寄った。老人の手が力を失い、地に落ちる。

 戦場から音はもう聞こえない。

 ようやく幕か。俺は腕の治療をしながら、監視者へと問う。

「見物ですか」

「ええ。貴方の結論を伺いに」

「そうですか。ならまあ、少しお時間をいただきますよ」

 監視者は頷くと、静かに俺の中へと入り込んだ。体内の魔力が勝手に消費されている――存在を維持する力が減っているのか?

 まあ、耐えられないほどではない。監視者が何処ぞへと消えて、所在が解らなくなるよりは良い。

 離れた場所では、消耗し切ったジャークが呼吸を整えている。体のあちこちに傷を負い、出血もかなり多そうだが、意識ははっきりしているようだ。近くに水球を浮かべてやると、顔を突っ込んで喉を潤し始める。

「ぷあっ、はぁ……ッ! きつかった……!」

「すまんな、言うほど援護出来んかった」

「いや助かった、ありがとう。面倒なのを引き受けてくれたから、ハァッ、あれが無きゃ死んでた」

 元々は一人で突っ込んでいた訳だし、負荷が減っただけでも御の字なのだろう。仕事をした感はあまり無いものの、本人は感謝しているようなので、素直に言葉を受け取る。

 後は、眠り姫をどうにかするだけだ。

「動けるか? アレンドラを引き上げなきゃならん」

「そうだねェ……もうひと頑張りだ」

 陽術で体を活性化させ、ジャークの治癒力を高めてやる。劇的な変化は無くとも、復調までの時間は短くなる筈だ。

「色々と面倒をかけるねェ」

「今に始まった話じゃないだろ」

 ふらつき、脚を引き摺りながら、ジャークは泉へと一歩ずつ進んでいく。限界が近いな。早く事を済ませないと、運ぶ人間が二人になるかもしれない。

 せめて、ジャークには最後まで格好良く決めて欲しいものだ。俺は一足先に泉へ飛び込み、アレンドラの枷を外すべく泳ぎ出した。

 今回はここまで。


 活動報告にて、書籍版の購入を予定している方々への諸注意を記載させていただきました。

 いらっしゃいましたら、目を通していただければ幸いです。


 ご覧いただきありがとうございました。

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