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果たして誰が悪いのか

 外は日が落ちて、すっかり暗くなっていた。

 人気は無い……というか、河守の集会所へと向かう途中には、頭を砕かれた死体が道案内のように点在していた。どれも一撃で仕留められており、ジャークの腕の良さが窺える。取り敢えず死体を血痕ごと地中に埋め、何事も無かったように隠蔽した。

 こんなことをしている内に、ジャークはどんどん先行してしまうが、やらない訳にはいかない。証拠が残っていることは、後の展開にとって都合が悪い。

 死体を片付けながら足を進めていると、短剣を持った二人組が、俺の作業を目撃していた。殺気を漲らせ駆け寄って来る――河守かどうかは知らないが、ジャークの討ち漏らしだろうと判断する。

 相手が声を上げるより先に、手近な一人へと棒を突き入れ喉を貫く。

「なっ、」

 一瞬怯んだもう一人へと踏み込み、受け止めようとした短剣ごと、鉈で頭をかち割った。今までと同様、地中に埋めて処理を済ませる。

 やはり、少し手間取る。反応されてしまう辺り、一般的な兵よりも練度が高いと見るべきだ。

 ……と、まだいるな。

 分析をする暇も無く、曲がり角の向こうに気配がもう一つ。襲撃の報せで、河守が集まっているようだ。

 何食わぬ顔で足を緩め、夜歩きを装う。手斧を持った男は一瞬俺を睨んだものの、無関係と思ったのか目の前を駆け抜けて行く。後ろから水弾を撃ち込むと、なんの異能なのか、直前で避けられてしまった。

 驚いた顔で、男が振り返る。俺はもう距離を詰めている。

 密着していれば避けられまい。顔に手を当て口から水を流し込む。くぐもった悲鳴を上げながら、男は事切れた。

 ジャークは目標に向けて一直線に動いているのか、結構敵が残っている。まあ、遅くなれば処刑が進んでしまうだろうから、已むを得ないことではある。

 俺の受け持ちが多くなりそうだな。

 しかし――大を救うために小を犠牲にするか。我ながらご立派なことだ。

 己に嘲笑をくれてやり、脚に力を入れる。

 俺は今、憎い訳でもない相手を、自分の都合だけで河守を殺している。大河の住人を救うために、それが最短の道だと信じるからだ。

 ――そこまでしなければならない理由が、本当にあるのだろうか?

 断言出来る。無い。そもそも、現状は俺が背負うべきものではない。

 大河全域が滅んでも、きっと『健康』は俺の心痛を癒し、何事も無かったかのような日常を齎すだろう。割り切って、全てを見捨てることが一番楽で当たり前の道だった。それでも知らないフリをして、心に蓋をする勇気は持てなかった。

 船室で笑い合った商人が、あの優しい船乗り達が、苦痛にのたうち死んでいく未来を認められなかった。

 もしかしたら、もっと円満に解決する方法はあって、その答えを導き出せる人間がいるのかもしれない。しかし、そんなもの俺には思いつかなかったのだ。

 ああ、こんな殺し合いの最中に、余計なことを考えている。

 振り切るように走り出す。武装した男達が河守の集会所へ向かっている。左から四人、右から三人。部外者である俺を訝り、彼等は武器を握った。

「河守の人に頼まれました、ジャークはあっちです!」

 俺は声を張り上げて無関係な方向を指差し、視線を誘導する。釣られて顔を動かした奴の懐に飛び込み、鉈を思い切り横に薙いだ。一気に二人の喉を裂いて仕留める。

 残り五人。

「なんだ!?」

「く、テメェ!」

 一人の男が、苛立ちながら手斧をこちらに投げつける。俺は今しがた殺した男を盾にし、手斧を絡めて奪い取った。そのまま、背後を取ろうとした男へ死体を放り投げる。

 と、横合いから短剣が突き出され、慌てて身を捻ることになった。追撃は無理か。

「チィッ、おい、囲め!」

 指示に反応して、男達は鉈から逃げるように散開する。流石に包囲されるのは拙い。棒を振り回し、どうにか一人の足を引っ掛けた。

「馬鹿、早く立て!」

 立たせない。

 眉間を針で貫き速攻で終わらせる。残り四人。

 かろうじて後ろは取られずに済んでいるが、油断して良い相手ではない。まともに多人数を相手にしても、消耗するだけだ。

 土煙を巻き上げて敵の視界を塞ぎ、地下へと潜り込む。

「……クソ、何処に行きやがった!?」

「落ち着け、まとまって対応するぞ!」

 焦りつつも、策を提案してそれに従い動くことが出来る――良い兵隊だ。

 一人の足首を掴み、地面に掘った穴へと引き摺り込む。男は悲鳴を上げながら抵抗するものの、手を滑らせて深みへと飲まれていった。

 穴を閉じる。あと三人。

 再び地上へと這い上がり、男達と向かい合った。若干腰が引けているが、まだ気力は残っているようだ。大きく息を吸い、各々が武器を構える。

 ……不意に、敵の輪郭が歪んだ。全員の姿が瞬いたかと思うと、次々に分裂していく。気配は増えていないし、像が個別に動いたりもしない――実体は無いようだ。

 あちこちに鏡が置かれているような印象。こういう迷路が前世にあった気がする。

 地味に面倒な異能を持っているな。

 まあ大体の位置は解るのだが……目に見える姿と気配の位置が微妙にずれていて気持ちが悪い。どうしても目にしたものを頼りに反応してしまう。

 ゆっくりと呼吸をし、決める。

 視界に入ったものを無視することは難しい。ならば精度を捨てる。

 大きく後ろに跳び、岩の散弾を放つ。大体で撃ち込んだ一発が掠めたのか、一人の動きが急激に悪くなった。追撃で振り回した棒が、別の男に弾かれる。

 止められた、ということはそこにいる。

 散弾を連射し、受けた男を挽肉に変える。あと二人。

「おい、何をしてる!」

 まだ来るか。

 彼方から筋骨隆々の大男が一人、走り寄って来る。怒声の方に男二人の意識が向けられた。

 ――視線を切ったな?

 棒と鉈を接続し、薙刀へと変形させる。斜め下を刈るようにして振った一撃が、一人の膝を切り飛ばした。

「ぐ、ううッ!」

 片足を失い倒れた男の周辺を泥沼に変え、沈める。鏡像が解除され、ここでようやく大男が到着した。

 大男は周囲を見回し、顔を顰める。

「チッ、ひでえ有り様だな。……おい、お前は先に行け。ここは俺がやる」

「すまん、任せる!」

 逃げようとする背中に散弾を放つも、大男は己の身を盾に全てを受け止めた。顔を歪めてはいるものの、血の一滴も垂れてはいない。

 これは硬い。耐久力を上げる異能か?

 ジャークよりは一段落ちるにせよ、大男からはそれに近いだけの圧を感じる。

 ……仕方無い。まだ間に合うだろうが、一人は逃がす。コイツを片手間では済ませられない。

 薙刀を肩に担ぎ、力を抜く。相手は軽く肘を曲げ、両手をこちらに向ける形で構えた。

「よくもまあこんなに殺ってくれたもんだ。若えの、お前が御使い様ってことで良いんだよな?」

 この状況下でジャーク以外の襲撃者となれば、まあ該当する奴はそれくらいだろう。隠すだけの理由も無い。俺は首肯だけで返し、『集中』と『観察』を起動する。

 大男は嘆息し、表情を曇らせる。

「なあ、俺等はそんなに間違ったことをしたか? 一族は長いこと尽くしてきたじゃねえか、ここまでする必要があるのか?」

 強いて言えば、式場の破壊と職務放棄は間違っている。とはいえ、彼の疑問は尤もだ。心情としては、俺も近いことは考える。

 河守は、当たり前の人間の営みを求めたに過ぎない。

 それでも、今回は我侭を通すと決めた。

「別に答える必要も無いんだが……お前等だって、一族に生涯を捧げたアレンドラのことを殺すんだろ? それで何故疑問を持つ」

「……それもそうだな。もう一つ、贄は当主だけじゃ足りなかったのか? それとも、当主に拘る理由があるのか?」

「最初から贄など要らんし、ここの祭壇は既に機能不全を起こしている。この街どころか大河全域が、遠くない未来に滅ぶだろう。誰が死のうと今更どうにもならん」

「なっ、そんな……いや、待ってくれ! 尚更解んねえ、じゃあ何故今、俺達を殺す!?」

 あまり口にはしたくない――自分の醜さが露呈してしまうから。

 だが、この男は自分の罪を理解した上で、俺の前に立ちはだかろうとしている。

 唾を飲み込み、呼吸を整えた。相手に応えるというよりも、これから自分が成すことのため、俺にも覚悟が必要だ。

「集会所の奥には、街の飲用水を担っている水源があるだろう? 今から俺はそこを潰す。そしてその責をお前等に背負わせる」

 大男の顔が驚愕で硬直した。目を見開き、唇が戦慄いている。

 街の住人を出て行くよう説得することは難しい。そのため、生活に不可欠な水という要素を奪うことにした。

 住めない地になれば、離れるしかなくなるから。

 そして……飲み水を失った時、住民はどのような反応をするだろうか?

 水源を管理しているのは河守だ。その河守が何処にもいないと判明した時、現場を放棄して逃げたと思うのではないか?

「住民が滅ぶより先に街を滅ぼす。きっと、住民達はいなくなったお前達を責めるだろう。だが、どうせお前等の所為でこの地は喪われるのだから、先に恨まれることになっても問題は無いだろう? それに、他にも守り人という存在がいるのなら……お前等の愚行が良い見せしめになるしな」

「ば、馬鹿なことを言うな、貴様は何様のつもりだ! たとえ我々が過ちを犯したとしても、河守として街を滅ぼす訳にはいかん!」

 泣くのを堪えるように歯を食い縛り、大男は腕の筋肉を膨張させる。俺も薙刀を握る手に力を込める。

「俺の行為が許されるとは思っていない。ただな、この地で河守を名乗って良いのはジャークだけだ。お前がそれを自称するな」

 言い様、薙刀を全力で振り下ろす。大男は見かけによらぬ素早い動きで、一撃を掻い潜った。

 太い腕が振り回され、馬鹿でかい拳が目の前を通り過ぎていく。裏拳から入るのは、ジャークと同じか。

 前髪を掠らせ、俺も懐へと飛び込む。薙刀では接近戦が出来ないと、相手は思っているだろう。

「なん、だァ!?」

「チッ」

 鉈を首に引っ掛ける軌道で、棒を縮めて引き戻す。頭部をかち割れるかと思いきや、そう巧くはいかなかった。奇襲は肩を掠める程度で終わってしまう。

 今ので警戒心を強めたのか、大男は体を曲げて構えを小さくした。そして、退くのではなくより低く潜り込んで来る。近寄られると、体格の差でこちらが不利だ。つくづく河守は粒が揃っている。

 大男は力押しを止め、攻めを速く直線的な突きへと切り替えた。相手からすれば当てることを重視したのだろうが、筋量は見たままだ、一撃一撃がとにかく重い。

 棒でいなすものの、だんだん捌ききれなくなっていく。この距離は無理だ。

 相手の突きに合わせて武器から手を離し、思い切ってしゃがむ。そうして目の前にある相手の腹へと両手を添えた。

 零距離で石柱を生成し、強引に敵を押し返す。

 俺も相手も態勢を崩している――しかし、復帰は俺の方が先だ。地に落ちた薙刀を掴み、棒を伸ばしつつ振るう。

 大男は咄嗟に突き出した左腕で、それを受け止めようとした。

 自分の防御力に自信があったのだろう。しかし、先に撃った散弾と全力の鉈では、威力に大きな開きがある。

 刃先は骨の半ばまでを断ち、そこで止まった。俺は練り込んだ魔力をすかさず鉈へと流し込み、刃先の一部を相手の体内へと伸ばしていく。

「う、ぐ、ああああッ! やめ、やめろォ!!」

「お前は厄介だ。必ずここで仕留める」

 俺を呪え。こればかりは甘んじて受け入れる。

 やがて伸びた刃先に心臓を貫かれ、大男は動きを止めた。俺は強張った体から力を抜き、荒い呼吸を整える。

 緩めるな、まだ終わった訳ではない。

 数秒の休憩を挟み、散らばった死体を全て埋める。足に力を込め、改めて集会所を目指した。

 今回はここまで。

 来週は私用のためお休みさせていただきます。次回更新は18日か19日となる予定です。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] わざわざ皆殺しにして罪被せなくても、姿隠して水源ぶっ壊すだけではいけなかったのでしょうか?なんだか、この章に入ってからの主人公の行動に違和感があります…
[一言] またメンタルにクる選択を…
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