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通貨の違い

 大変喜ばしいことに、荷物を積み込んだ商人は大人しく箱を引き取ってくれた。

 どうも上司に輸送を任されはしたが、中身については知らされていなかったらしい。蓋を開いたらあまりの悪臭で泣いていたので、これを許可出来ないという発言は即座に理解された。

 最後には大変迷惑をかけたと謝罪をし、下船と同時に吐いていた。

 うずくまって、小刻みに震える背中が目に焼き付いている。あまりに気の毒な姿だった。

 相手が素直に引き下がったため、事はあっさりと済んだが――積み荷を確認した人間が誰かは解らなくなってしまった。決まった担当がいるのではなく、船員が作業の合間にこなす業務とのことであるため、白を切られたらそれまでだ。

 密輸を目論んだのか、そもそも作業工程の不備で確認すらされていないのか。

 船員が仕事に対して真面目であると信じたくとも、素直に頷くための決め手に欠ける。

 とはいえ、真相に興味はあっても、正義漢ぶって俺が追及するようなことではない。自分の身を守るのは自分だけということで、船員の真似事は終わりにしよう。

 予定より遅れたものの、ひとまず船は出発した。日程の決まった旅という訳でもない、数時間くらいは誤差だ。

「やれやれ……」

 着替えて手も洗ったのに、まだ臭いが残っている気がする。

 お詫び兼箱の撤去費用として貰った、酔い止めの飴を舐める。花蜜に香草を入れて煮詰めたという飴は、顔の周りに漂っている不快感を多少打ち消してくれた。

 俺はもう食事をする気分にはならないが、船員達は体が資本であるためか、交代しつつ朝食を摂っている。こういう面での意識は高い。

 何となく周囲を探る――最終的に船に乗り込んだのは、船員が五名に俺を含め乗客が六名。船旅は金がかかるものだからなのか、客の身なりというか、装備はしっかりしている。

 中年の男商人とその家族が二人に護衛で併せて四人。もう一人は俺と同じく単身で船旅か。

 一方で船員は食事中が三名、櫂を操っている者が二名。全員が引き締まった体をしており、服装も同じであるため、遠目だと判別がつきにくい。

 何かが起きると、誰も彼もが怪しく見える。

 先入観を捨てろ。深入りするな。俺には関係無い。

 冷静な自分がそう主張している。

 結局のところ、王族や貴族との縁を断ったとしても、別に世界が優しくなる訳ではない。外界は魔獣が闊歩しており、かといって人里は貴族や王族が幅を利かせているこのご時世において、人が強かになるのは当然なのだろう。善良な人間も数多くいるが、善良なだけで生きていける環境ではない。

 何らかの力が必要だ。最低限、己の生活を確保出来るだけの何かが。

 そう考えると、あの壺はどうにかして届けたい、誰かにとっての力だったという訳だ。

 しかし何故、あんなやり方をしたのだろうか? 持ち込みが禁止されている品でなければ、普通に輸送はされた筈だ。船はどうとでも出来る。ならば仕入先か出荷先、どちらかの目を誤魔化そうとしたということにならないか? そこを調べれば、ある程度事情が解りそうだが……生憎今は船の上で、何が出来る訳でもない。

 いや、そもそもの話、これは密輸ではないのだ。隠しているから犯罪のように見えただけで、問題となったのは醤漬けの方だ。だからどこか半端な印象が残っている。

 考え事に耽っていると、ザナキアさんからお声がかかった。

「フェリス、樽が一つ空になった。行けるか?」

「行けますけど、早いですね?」

「そりゃあ……船室を洗ったからな」

 あの臭いにあの汚れであれば、かなり使っただろう。

 納得して樽へと向かう。一つ分をすぐさま満たして、軽く息をついた。

「……ザナキアさん、さっきの件があるじゃないですか」

「壺のことか?」

「ええ。ああいう、荷物を隠して持ち込む話ってよくあるんですか?」

 ザナキアさんは苦笑いを浮かべると、水を一口啜る。

「……国境沿いまで下るとデグラインとカイゼンの軍事基地があるから、まあ色んな荷物が動いている訳でな。いちいち突っ込んでたらこっちの命が危ないんで、航行の妨げになる物以外は全部通すことにしてるんだ。さっきのも賄賂か何かじゃねえか?」

 なるほど。

 臭いはさておき、ザナキアさん達は荷物の内容について特に慌てていなかった。あれは慣れているからか。

「それ、俺に話しても大丈夫ですか?」

「公然の秘密という奴かね。バレることが少ないだけで、怪しい荷物が無い方が珍しい。敢えて法整備もしてないようだしな。むしろ、アレを通した奴が名乗り出なかった方が、俺としては痛い」

 仕事において信頼出来ない人間が身近にいる、という事実はどうしても負担になる。しかし船上で犯人捜しをしたところで、結果を出せなければより雰囲気が悪くなるだけだ。

 この状況はやりづらいだろうな。

「取り敢えず……この便が終わるまでは、ちょっと動けないでしょうね」

「まあなあ。仕方無え、まずはそろそろ仕事に戻るかねえ。ああ、暫く甲板は危ないから、船室に引っ込んでた方が良いぞ」

「何かあるんですか?」

「流れが速い場所を通る。それと、チージャの巣が近い」

 チージャは口の先端が鋭く尖った魚で、水面から獲物へと跳び掛かる習性があるそうだ。船を壊すほどの力は無いものの、当然ながら人には刺さるし死者が出ることもあるため、一般客には下がってもらうとのことだった。

 そんな状態でも、船員は河の状態によって進行を決めねばならないので、甲板から離れる訳にはいかない。ここからは全員で対処をするそうだ。

 危険が迫っていると言う割に、ザナキアさんは袖を捲ったままの作業着で武装する様子が無かった。

「……何か防具は?」

「船首を担当する二人にはある。で、他の三人は盾を両手に持って、向かって来た奴を叩き落とす役割だな。動き易い方が作業が楽なんだ」

 チージャの脅威度が解らないし、慣れてもいるのだろうが、流石に何か装備した方が良い気がする。少なくとも、頭くらいは守るべきではないか。

「ザナキアさん、手拭いって余ってません?」

「多少はあった気がするな。どうした?」

 口で説明するより、見てもらった方が早い。

 俺は魔核で軽く曲がった板を作り、手拭いの上に載せて包んだ。板が額に来るようにして、布の端を頭の後ろできつく結わえる。

 お手軽な額当てだ。

「こうすれば汗が目に入らないようにしつつ、頭も守れる防具になります。板の部分だけならすぐ作れますよ」

「やけに魔力が多いと思ったら、お前、魔核職人だったのか。なるほどなあ。因みに全員分作るとして、幾らで売る?」

 正直なところ、加工に関しては全く苦労していない。魔核そのものの額と俺の手間賃を考えても、大した額にはならないだろう。ただ、あまり腕を安売りするなという忠告が脳裏を過ぎる。

 前なら一万とつけていただろうな。

「一つにつき二万でどうです」

「それ、ベルとカーゼとどっちだ?」

「あっ」

 質問に胸を突かれる。

 已むを得なかったとはいえ、慌ただしく渡航を決めた所為で、為替相場を把握していない。むしろ何故そんなことが抜けていたのかと、己を呪うほどの失態だ。完全にやらかした。

「ベルのつもりでしたが……カーゼだとどれくらいです?」

「今は百ベルが百十カーゼってところだな。カイゼンの両替商に頼むと、手数料で一律三千ベル取られるんだったか……暫く使ってないから解らん」

「カーゼを持っていないので、そちらでお願いします。勉強するんで、端数は切ってください」

 文字通りの勉強だ。ザナキアさんがこの辺の知識を惜しまない人で助かった。

「お前は本当に……発想がどっか年食ってんだよなあ」

 ザナキアさんは苦笑いを浮かべると、すぐ近くの船室から金を持って戻って来た。数えてみればきっちり十万カーゼ。気を遣われない方が、今回ばかりは気が楽だ。

 俺は立て続けに同じ板を作り、鉈の背で叩いて見せる。甲高い音が響くも、板そのものに傷は無い。割れていないことを確認してもらってから、ザナキアさんにそれらを手渡した。

「多少の衝撃には耐えられるようにしてあります。魚が相手なら充分かと」

「そうだな、これくらい頑丈なら大丈夫だ。ありがたく使わせてもらおう。……さて、今度こそ俺は仕事に戻るかね。お前は船室で、他の客と話をしておけ。彼らはお前と違って、カイゼンは初めてじゃない。色々面白いことが聞けるだろうさ」

「そうですね。そうさせてもらいます」

 話し込んでいるうちに、船もかなり進んだだろう。俺は忠告に従い、船室へと足を向ける。

「チージャは美味いから、沢山獲れたら分けてやるよ」

「へえ。期待してますよ」

 軽口を叩いて、ザナキアさんと別れる。

 一人になり、ふっと息を抜いた。

 おかしなことばかり起きている所為――と、自分を正当化するには無理があるな。誰にも頼れない土地だというのに、どうにも間が抜けている。このままでは、いずれ致命的な過ちを犯すだろう。

 あれこれ考え込むのなら、足元をしっかりさせてからだ。腕っぷしだけで全てを切り抜けられるほど、世の中は楽に出来ていない。

 急に色々なことが心配になってくる。異国ということを深く考えず飛び出して来てしまった。

 今更戻れもしないのに。

 久々の自己嫌悪だ。それでも、まだ到着までは時間がある。

 情報収集のためにも、もっと他人と交流することにした。

 今回はここまで。

 ご覧いただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] > 船首で櫂を操っている者 地球の手漕ぎ船と同じか分かりませんが、 船の側面に付いているのが櫂、 船尾に付いているのが櫓です。 船首に付いていては船は進まないのでは? [一言] 広告…
[気になる点] >最終的に船に乗り込んだのは、船員が五名に俺を含め乗客が六名。 〜中略〜  中年の男商人、その家族が二人、護衛で四人。もう一人は俺と同じく単身で船旅か。  ◇ ◇ ◇  (*゜・゜…
[一言] 前世日本人だと、異文化交流の経験値としてはあてにならないんだ…
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