黄金華
今回から新章です。
寝て起きてを繰り返し、数日はだらだらして過ごした。その甲斐あって、気力は充実している。
これでようやく、落ち着いて作業が出来る。
しかし、本腰を入れて加工をしようという段になって、ミル姉から待ったがかかった。やる気を空回りさせられ、俺は少し不満を抱く。問いかける声が思わず荒くなった。
「まさか、また何かあった?」
俺と向かい合うミル姉は、やけに神妙な顔をしていた。何やら慎重に言葉を探している感がある。
本当に何かあったか? 気を取り直し、なるべく声を和らげる。
「あー……別に、今更何を憚るような関係でもないだろうに。どうした?」
ミル姉はそれでも迷っているようだったが、暫くして肚が決まったのか、はっきりと俺に告げた。
「そうね……まあそうか。じゃあ率直に言うけど、フェリスには暫く中央を離れて、カイゼン工国に行って欲しい」
「それはまた、急だな」
何故そんな話になったのか。俺が制作環境を整えるため、どれだけ躍起になって話をまとめたか、ミル姉が一番知っている筈だ。
苛立ちが湧き上がるものの、まず話を聞いてみなければ解らない。ミル姉に先を促す。
「理由は幾つかあってね。まず、これが一番大きいんだけど、ヴェゼルの義肢を作る話があるでしょ?」
「ああ、まさにその作業をしようと思ってた」
「うん、それは解ってる。その関連で、ヴェゼルに欲しい素材があるみたいなのよ。カサージュって樹から取れる繊維なんだけど、産地がカイゼンでね。他国となると、アンタ以外誰も動けないじゃない」
貴族家の当主であるミル姉は、王国法のため勝手に国外に出られない。負傷している師匠と、その世話をするミケラさんも長旅は厳しい。
行くとなれば、確かに適任は俺しかいないことになる。ただ、わざわざ行く必要があるだろうか。
「取り寄せは難しいのか? 幾らかかるかはさておき」
「出来なくはないんじゃないかしら。だから、次の理由になるんだけど……カイゼンは魔術を使わない機構の研究が盛んなのよ。フェリスの言う、仕掛けが沢山詰まった義肢を作るなら、物の構造を知ってた方が有利なんじゃないの?」
そう言うと、ミル姉は六面に一つずつ穴の空いた、金属製の立方体を取り出した。穴に付属の棒を差し込むと、別の面が勢い良く跳ね上がる。覗き込んでみても、中には何も入っていない。
各面の穴に棒を差し込むと、対応する面が開くのか? 分解してみたいが……なるほど、こういった仕掛けを学べば、確かに役には立つだろう。全てを魔力でどうにかするより、余程効率は上がる。
興味が無いと言えば、嘘になるな。
「あっちに行くとして、伝手でもあるのか?」
「現地の学校は金さえ積めば誰でも入れるらしいから、その分の資金を持って行って。長い旅になりそうだけど……正直、アンタは何よりもまず、中央を離れた方が良いと思う」
そういうことか。
何を躊躇っていたかを、ようやく察する。色々言ってはいたものの、ミル姉の本題はこれだ。
頭を掻き毟り、溜息をつく。自分でも半ば気付いてはいた。
――俺は、中央との相性が頗る悪い。
「クロゥレン領を出て、道中色々あったのは解る。でもアンタ、自分の言動がどんどん荒んで、取っ散らかってきてるのに気付いてる? そんな状態で、王族や上位貴族に近い場所にいるべきじゃない」
こうして指摘されるほど、俺は調子を崩していたのだろうか。
とはいえ、懸念も解らなくはない。
名匠で知られる師匠が依頼を受けられないなら、弟子である俺に目を向けられることが、今後は増えていくだろう。格のある人間に依頼をするのは、同じく格のある人間だ。
でも、俺は自分の方が格下であるにも関わらず、人を見て相手を選んでしまう。そしてそうなれば、似たようなことの繰り返しだ。絶対に揉める。
「そうだな。火消しに走る回数が増えるだけか……」
「違う。仕事の話じゃなくて、精神性の話だからね? 人間が学習する生き物である以上、アンタの対応も変化していく。たとえ『健康』があったとしても、変質が避けられないことは解っているでしょう。万事を力で解決し始めたら、それこそ上位貴族と同じになるけど、アンタそれで良いの?」
それは――それは、真っ平御免だ。そうならないように動いてきたつもりだ。
でもミル姉や師匠からすると、そういう荒っぽさが見えるのだろう。確かに最近は、どうしようもない時に力に頼るというより、面倒であれば力に頼っている気がする。上位貴族なんて、言っても聞かないと思っているからだ。
冷静になってみれば、その発想は危うい。
「思考が偏ってたか。なるほどなあ……」
耳の痛い話だ。ミル姉の言うところの品性に欠けている。
いずれにしろ中央を離れる必要があるのなら、少しでも師匠の義肢にとって益のある形を目指すべきだろう。逃げるのではなく、これは新しい挑戦だ。前向きに捉えた方が良い。
かなり悩みはするものの、選択肢なんて一つだけだ。結局、提言に従うこととなった。
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失った腕に、魔核で作った棒をつける。その棒を伸ばしつつ、先端を三つに枝分かれさせ、机の上の湯呑を絡め取る。
腕という形ですらなく、やれることもまだ限られている。それでも、多少は生活が楽になった。
横で見ていたクインが、小さく拍手をする。
「凄いですね」
「まあ使えなくはない、ってところだな。かなり意識して動かしてるし、自由自在とまではいかない」
魔核を急速に変形させること自体は元々出来たが、相応に魔力を使う。必要な時に最低限の動きをさせるくらいで、常時これを続けるのは無理がある。要改善だ。
クインは自分の義指を見詰めると、床に落ちている工具を拾い上げた。握るというより添える程度だが、取り落としたりはしない。
「……僕の指も曲げられるんですか?」
「魔力を巧く込めればな。今はやるなよ? 形が崩れたら、修理が必要になる」
「はい。自分では直せる気がしませんから。それに、魔力が足りない気がします」
……コイツ、さては試したな?
まあ作ったのがフェリスである以上、半端な魔力で変形はしない。クイン程度でどうにかなるものではないが……無駄な手直しはしたくないのも事実だ。
俺は溜息を抑え、未加工の魔核を一つ投げた。
「今のお前にはまだ無理だ。やってみたいなら、これで慣れてからにしろ」
「これが、魔核ですか?」
「そうだ。フェリスも最初はそれに魔力を込めるところから始めた」
昔をふと思い出す。
クロゥレン領は子供が遊べるような玩具も無かったし、外へ気軽に出られるような環境でもなかった。俺も何をしてやれば暇潰しになるか解らず、フェリスには已む無く魔核をくれてやった。他に何もすることが――貢献出来ることが無い子供だったから、アイツはずっと魔核を弄っていた。そうこうしているうちに魔力量は増え、魔術を使えるようになり、やがて俺の弟子となった。
師弟と言えるほど、何かを教えた気はしない。ある面では、クインの方がちゃんと指導に当たっているくらいだろう。
クインは魔核を掌で転がし、大事そうに包み込む。
「魔力を伸ばしたいなら、取って置かずに遊んでみると良い。一般的な魔核なんてそんなに高い物じゃないし、それはやるよ。暇な時に魔力を込めて大きくしていけ」
「ありがとうございます。……僕も、フェリスさんやミルカさんのようになれるでしょうか?」
あの二人を目指すのは、尋常ならざる苦行だと思うが……真面目に取り組めば、三十年くらいでいけるか? クインの性格なら、鍛錬を続けること自体はやれるかもしれない。
会話に割り込むように部屋の扉が開き、フェリスが顔を覗かせる。
「うちの領地の守備隊に加入する条件が、単独強度4000以上だ。まずはそこを目指したらどうだ?」
「凄いんですね。……解りました。やってみます」
数字に怯むことなく、クインはあっさりと頷いた。
兵士を諦めてからの方が訓練に熱心になるとは、皮肉なものだ。魔術に手をつけるのがもう少し早ければ良かったが……まあ、それでもやる気があるだけマシだろう。コイツなら、いずれは魔術で身を立てられるかもしれない。
何を目指すにせよ、地力があった方が選択肢は広がる。
魔核で遊び始めたクインを横目に、フェリスは恨みがましい溜息をついた。
「さっきミル姉と話しました。カイゼンに行くことになりましたよ」
「そうか。……まあ、俺らも悪気があって言ってる訳じゃないんだ。素材が欲しいのも事実だしな」
「流石にそこは疑ってませんよ。カサージュ以外にも、使えそうな素材があれば確保しておきますけど……あっちって物送る時どうすりゃ良いんですかね?」
「俺もかなり前に一回行っただけだからなあ。大きい街なら組合があるから、定期便は使える筈だ。ただ治安がどうなってるか解らんから、ちゃんと届くか保証しかねる」
カイゼンはこの国のような貴族主義ではないが、権力が分散している所為で細かい派閥が多く、全体のまとまりに欠けている。街中で小競り合いに出会う国という印象が強い。
治安が悪ければ、人の物に手をつける奴だっているだろう。組合も所詮は人の群れであり、貧すれば法を犯す者も出る。とはいえ、それだって十年以上前の話だ。
俺の話を聞き、フェリスは眉を跳ね上げる。
「大丈夫なんですか? 大量の荷物抱えて移動するの嫌なんですが」
「まあ最近は国外から人が結構入るから、治安維持に力を入れてるとも聞くぞ? 結局は現地に行かなきゃ判断は出来んだろうな」
「……金はどうにか出来るとしても、貴重品はなあ……」
実際稼ぐだけなら、組合に納品をすれば済む話だ。コイツくらい多芸ならば、金には困らないだろう。
考えても仕方が無いという結論に達したのか、フェリスは諦めたような表情を浮かべる。そのまま机の上に転がっていた魔核を摘まみ上げ、魔力を流し始めた。
「何なんですかねえ。折角中央に来たんだし、色々教わりたかったんですが、時間が取れませんでしたね」
「俺のやり方に拘らなくても、お前ならやっていけるだろうよ。独り立ち出来るだけの腕はある」
「そうでしょうか」
静かで濃密な魔力が、細い糸を成すように魔核へと巻き付き、吸い込まれていく。外部に圧が漏れない緻密な流れだ。クインは思わず手を止め、フェリスの作業工程を凝視する。
やがて魔力が止まると、夕焼けを溶かし込んだような麗しい黄金の華が出来上がった。小さいながらも鮮烈な輝きに、不覚にも息を呑む。
「……素晴らしい発色だな。黄色系は掴んだか」
「色はさておき、造形はいまいちじゃないですか?」
「華なんだから、どういう形であれ人の目を奪えばそれで良いんだよ」
目指した元々の植物を知らないため、造形の良し悪しは解らない。ただ、小指の先ほどのこの小さな華には、宝石を超えた美しさが秘められている。欲しがる人間は多いだろう。
フェリスは出来にいまいち納得していない様子だが、これは迂闊に外に出してはいけない物だ。
「お前、これどうするつもりだ?」
「売れるんなら、ミケラさんに捌いてもらいますよ。材料費の足しにしましょう。きっとこれから、沢山失敗しますし」
絡繰り仕掛けの義肢なんて、俺もフェリスも作ったことが無い。試作が増えれば当然失敗作も出るが……、
「いや、お前な……もうちょっと採算を考えろよ。赤字が嵩むのは悪い職人だぞ」
「共同開発でしょう? 俺の分の損を俺が背負うのは当たり前じゃないですか」
「にしてもなあ。コレ、結構な値がつくぞ? 良いのか?」
「使い道が他にありませんよ」
フェリスは肩の力を抜くと、華を放り投げた。俺は慌ててそれを受け取る。
宙に透かして見れば、やはり美しい。
フェリスは俺の様子を眺めながら、小さく呟く。
「お隣でやっていけますかね、俺は」
「間違いなくやっていける。お前の腕前は俺が保証する」
現状の腕でも、充分に食っていける。扱う品次第では、名工扱いで持て囃されるかもしれない。
フェリスはようやく表情を緩め、少しだけ笑った。
「そう言ってもらえるなら、自信になります。……名残惜しいですが、明日には出発しようと思います。定期的に知らせは出しますので」
「ああ、期待してる」
フェリスならば間違い無い。大丈夫だ。
次に会う時には、もっと腕前を上げているのだろう。人の将来を想像し、心を躍らせるのは初めての感覚だった。
活動報告にも記載しましたが、繁忙期により休日が減るため、今後暫く更新の遅れが予想されます。
なるべく一定のペースを維持するつもりですが、遅れたら申し訳ありません。
ご覧いただきありがとうございました。