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クロゥレン家の次男坊  作者: 島田 征一
ミズガル領滞在編
11/222

剣聖


 フェリスがサセットを下したあの時。俺には、あの勝負を認めないという選択肢は無かった。

 あれほど相手を読み切った勝ち筋に、称賛以外はあり得ない。しかし、そう素直に評価してしまったことで、ミル姉が手を挙げる結果となってしまった。

 あの時、どう立ち回れば、俺は自分の望みを叶えられたのだろう。あれほどまでに特定の相手と戦いたいと焦がれたことは、久しく無かった。

 俺とミル姉は、単独強度が8000を超えた時点で親父からやり合うことを禁じられている。拮抗する相手は一人しかいないのに、その相手と向き合うことは出来ない。

 全力を出してはいけない。本気で戦ってはいけない。

 その相手もいない。

 人は何故駄目と言われると、それをしたくなってしまうのだろう。理性で命に従ったものの、俺達はずっと、もう何年も欲求不満だったのだ。

「楽しみだなあ」

 今日は、誰も咎める者はいない。

 いつぞやは先を越されてしまったが、今度こそ俺の番だろう。


 /


 伯爵領と子爵領の境界線。俺はビックス様と一緒に、子爵領に戻る二人の見送りに来ていた。

 今日は朝から胸騒ぎがしていた。妙に意識の端々に引っかかるものがあり、その引っかかりがいつもの動作を妨げる。

 そんなことは気の所為だと違和感から目を逸らし、直感に背を向けた。

 だが、認めようが認めまいが、予感は現実になることがある。

「よし、じゃあ最後にやるか!」

 挨拶をしてさあ別れようという段になって、ジィト兄が長剣を抜いて俺に向き直った。

「……いや、やらんよ」

 つい最近死にかけたばかりなのに、また同じことを繰り返す意味が解らない。喉元に突き付けられた刃先を手でずらしながら、眉を顰めて返す。

 ビックス様も展開が急過ぎて目を丸くしている。流石、行動が唐突過ぎるため当主には向かない、とされただけのことはある。

 ……まあ、半ば解ってはいた。長い付き合いだ、ジィト兄の性格からして、何事もなく終わらないだろうと。しかし、伯爵家の人間がいる前で、己の戦力を晒すような真似をするとは思っていなかった。

 そして、引く気も無さそうだ。

「一応聞くけど、本気なんだよな?」

「そりゃあ勿論」

 いつになく目が煌めいている。そんな期待に満ちた眼差しを向けられても、こちらは困る。どう断るべきなのかを迷っていると、改めて刃先が突き付けられた。

「やるぞ、フェリス。俺だって本気を出したかったんだ!」

 至近距離でジィト兄が吼える。絶対に逃がさないと、その目が語っている。

 溜め込んでいたのは、ミル姉ばかりではなかったか……。

 そういえばと思い出す。ここしばらく、ジィト兄の対人戦は見ていない。誰がやってもまともな勝負にはならないのだし、そのことを不思議とは捉えなかった。

 俺も含めて誰一人として、姉兄に追いつこうとしない。だからといって、彼らは走ることを止められない。距離は開いていくばかりだ。

 彼らが不意に、後ろを走る人間を気にしてしまうことは、そんなにおかしいことだろうか?

 両手で顔を覆う。応えてやりたいが、酷い目に遭うことは明らかだ。

 俺は今どんな顔をしている?

「ジィト殿、貴方は実の弟と離れがたいのかもしれない。ですが、その……戯れるにしては、力量が違いすぎるのではないですか?」

「いやいやビックス様、それを確かめるのではないですか」

 うん、ビックス様が止めようとしたからと言って、収まるものではない。

 対策が浮かばないまま、それでも覚悟だけは出来ていく。

 何故こんなことをしなければならないのか、全く理解出来ない。でもきっと、恩返しをしなければならないのだ。

「――ビックス様、グラガス隊長。……見届け人を、お願い出来ますか?」

 両手を顔から離し、唇を引き攣らせながら、どうにか呟く。ビックス様は驚き、グラガス隊長は天を仰いだ。

 名乗りのために、称号の設定を変える。どうせもう領内ではないのだから、好きにしたっていいのだろう。

 後ろに飛び、ジィト兄との距離を少し作る。至近距離からでは相手にならない。だから、これくらいは相手も許容する。

「俺は構いませんが、本当に、よろしいのですか」

「よろしくなくても、どうしようもないだろう。俺はただみっともなく、本気で抵抗するだけだ」

「フェリス殿がその気であるなら、私も見届け人を引き受けましょう」

 鉈と棒を構える。職人を目指しているのに、最近は戦ってばかりだ。

 深呼吸をし、異能を起動する。武器を握る手に汗が滲む。

 遠距離戦は不可能だろう。ミル姉とは全く違った展開になる。

「クロゥレン子爵家魔術隊長、グラガス・マクラル。この立ち合いの見届け人となります」

「ミズガル伯爵家守備隊長、ビックス・ミズガル。この立ち合いの見届け人となる。双方名乗りを」

 体内に魔力が巡っていく。

 他家の前で力を晒そうとしたのは、あちらが先だ。だから俺も、隠していたものを晒す。

「――クロゥレン子爵家守備隊長、『剣聖』ジィト・クロゥレン!」

「――魔核職人、『業魔』フェリス・クロゥレン」

 称号における魔の文字は、世界に魔術の腕を認められている証である。

 名乗ると同時、相手がたじろいだのが解った。そして、広がっていく満面の笑み。

「よく名乗ってくれた! 行、くぞォ!」

 輪郭がぼやけるほどの踏み込みで、ジィト兄が迫る。『観察』と『集中』で剣筋を見切り、どうにか鉈で一撃を流した。

「チィ!」

 解ってはいたが速過ぎる!

 俺は周囲にぬかるみを作り、武器を陰で覆う。相手を自由にさせないことが、俺の基本戦略になる。格上を思い通りにさせていたら、流れに飲まれてそのまま終わりだ。

 次は石壁で経路を狭めて――ッ、

「まどろっこしいぞ!」

 慌てて膝を曲げる。先程まで頭のあった位置を、横薙ぎの一閃が走る。軌道の先まで切り裂くような、猛烈な一撃。ミル姉もそうだったが、何故躊躇いもせず身内を殺しにかかるのだ。

 鉈を振るってどうにか追撃を弾き、途中になっていた石壁を生み出す。それなりに魔力は込めておくものの、盾にならないことは把握済み。

 ただ、ジィト兄の性格的に、壁ごと俺を斬りに来る。

「読み、通り!」

 石壁に潜ませた陰術が撒き散らされる。付与したものは麻痺と腐食。

 腐食が剣を劣化させ、麻痺で相手の四肢を強張らせる。これで少しは状況がマシになるか。

「いいねェ!」

 しかし、ジィト兄はそれを無視するかのように、右脚を振り上げた。予想より遥かに鋭い中段蹴りが、脇腹に突き刺さる。

「うぐぇッ」

 出がけに飲んだ水が胃から戻る。肋骨が一本いかれた。姿勢が崩れたところに拳による直突き。額で受けるが地面に押しつけられ、それでも、怯んでいられない。

 相手の力を奪っていなければ、首が折れていたか? 涙が滲んでも、痛いだけなら『健康』でどうにかなる。

 倒れている俺に、追い打ちの爪先蹴りが迫る。首を傾げて避け、きれない。掠った耳たぶが千切れて飛んでいく。

 しゃんとしろ、起きろ、膝に力を入れろ!

「ガアアッ!」

 地面を掌で叩き、反動で身を起こす。ついでに肌が爛れる毒を撒き散らし、相手を強引に退かせる。

 ああ、視界が溶ける。脳震盪が魔術の維持を妨げている。

 ムラがあると解っていながら、毒霧を生成。己の身にそれを纏わせ、鎧の代わりにする。

 意識から余分なものが抜けていく。

 ただ、真っ直ぐにジィト兄を見据える。ジィト兄はそれを受け止め、涼やかに口を開く。

「頭が良いのも考え物だな。余計なことを考え過ぎる」

「……頭が悪いから、余計なことを考えるんだよ。本当に頭が良いんなら、この状況で迷ったりはしない」

「迷う?」

 ああ、今回の俺の目的はなんなんだろうか。

 勝つことか? 殺すことか?

 何も定めていないから、何をすべきか解らない。俺が第一に間違っているのはそこだ。

「そう。俺は何で戦ってるんだろうな?」

「ああ……なるほどな。そりゃ確かに、頭が良いんじゃなくて、馬鹿だな」

 ジィト兄の姿が霞む。それはさっき見た。

 鉈を掲げて振り下ろしを受け流す。棒を振り回し、相手を牽制する。思わず見惚れるほど、相手の足取りは軽やかだ。

 多少とはいえ、毒を浴びせたはずなのだが。

「一度勝負を受けたんだ、そんなこと今更だろうよ。終わってから考えろ」

「そうなんだよなあ……っ!」

 また姿が消える。

 三度目は流石に無い。動作の予兆に合わせ、棒を突き入れる。毒を帯びた一撃が、ジィト兄の肩を掠めた。

「そうそう、お前はお前の長所を活かすべきだ。よーく『集中』しろよ」

 その発言で、ジィト兄の動きが鈍らない理由に気付く。

 ジィト兄の異能は『操身』と『鼓舞』と『大声』。毒で動かない体を、『操身』で動かしているのか。

「『操身』は完全に動かない体でも動かせるんだな」

「ああ、お前と戦うなら必要だと思ってな。久々だよ、こんな真面目に練習したのは」

 あれで強くなるなどと、迷惑な話だ。俺みたいに半端な強さの人間が、どれだけ苦労していると思っている。

「ふざけやがって」

 歯を食い縛る。

 本気を出したかった? 俺だって出したくても出せなかったさ。

 相手のことも、環境のことも考えずに、劇毒混じりの土砂流で全てを流し去ってやりたい。触れただけで死ぬような、濃密な毒を撒き散らしてやりたい。

 だが、ジィト兄は魔術の影響を打ち消す術を持っていない。

 だとすれば全力を出した後に、俺の周りには何も残っていないだろう。やり尽くした後に己を保っていられるかが解らず、俺はずっと足踏みを続けている。

 そこまでやったって、勝てるかなんて解らないのに。

 別に俺は、思慮深い訳じゃない。

 単に、取り返しがつかなくなりそうなことが怖いのだ。

「迷ってると死ぬぞ?」

「迷いを捨てたら、別の意味で死ぬんだよ」

 研鑽を積めば積むほど、陰術師の業は深まっていく。それに耐える精神力はどうすれば得られるのか?

 無難な道筋を考える、そのこと自体が純度の低さを物語る。俺が選べる術はなんだ。

「……どうにもなんねえんだよなあ」

 陰術の鎧をより色濃く。相手から見れば、俺は闇に覆われているように見えるはずだ。それに隠れて、鉈と棒を組み合わせる。

 出来上がるのは薙刀のような何か。

 武術強度が高い訳でもないのに、武術勝負に挑む――人はそれを、愚行と呼ぶだろう。

「これから、意味の無いことを、する」

「ふむ?」

 敢えて宣言するのは、自分に自信が無いからだ。

「がっかりするなよ」

 震える脚に力を込める。

 それでも行くのは、相手がジィト兄だからなのだろう。

 本日はここまで。

 ご覧いただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 感想を見てみると案の定反発されていますね。 強い兄がより強い者やモンスターに挑むのは読者に応援されやすいと思いますが、自分よりも弱いとされる弟に対して一つ間違えは死ぬ立ち合いで全力を…
[気になる点]  戦いを受ける条件として、「一切の能力も武器も使わない、使ったら反則負け」としないのはなぜでしょうね?  なんで弱い方がハンデ戦を受けねばならないのか、意味不明です。
[一言] 兄、姉二人とも異常者ですね。あっさりとこの兄を何らかの方法で殺してしまった方がすっきりするように感じます。相手は、殺す気で掛かってきているのだから、こちらが相手である兄を殺してもいいでしょう…
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